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5月5日(土)。瀬那敬 / 香坂悠李

 敬はドイツを堪能する両親について回っていた。特に母・あかねのはしゃぎっぷりがすごい。毎回のループの時に思うが、そんなにドイツに来たかったのだろうか。父・淳司じゅんじは茜に付き添っているので、つかず離れずの距離で敬は父方の祖父母とともに、少し離れて2人について回っていた。


「敬はあっちに混ざらなくていいのか?」


 祖父の竜太郎りゅうたろうに尋ねられ、敬は苦笑した。

「俺はそんなに興味ねぇからな。友達に土産買ってこいとは言われてるけど」

「あら。学校ではうまくやっているようね。安心したわ」

 上品な口調で笑いながら言ったのは祖母の玲子れいこ。お察しいただけただろうが、お嬢様育ちである。どこか恭子と似通った部分を感じるが、少々恭子の方が腹黒いかもしれない。

「……ばあちゃん。俺、あの学校には中等部のころから通ってんだぜ……」

 さすがに溶け込むくらいはできる。コミュニケーション能力ばっちり! とは言わないが、良好な関係を築けるくらいの対人能力はあると思っている。

「それもそうねぇ」

 やはりおっとりと玲子は言った。



 話は変わるが、魔術師が国外……というか、旅行に行くのは大変である。飛行機、電車などの搭乗手続きが大変なのである。魔力があると判断されれば、その人は政府に登録され、FCUという魔法相殺装置を付けさせられる。相殺、と言ってもすべての魔法を相殺するわけではない。たいていはブレスレット型で敬も左手首に2つつけている。


 魔法が電子機器に影響を及ぼすことがある。それは、世界的に知られた事実である。もちろん、完全に電子機器を使えなくなるわけではないが、力の強い魔術師は電車、飛行機内で隔離されるのだ。魔力を遮断する材質を使って作られたコンパートメントに放り込まれる。つまり、敬は飛行機の中で家族と別行動だった。と言っても、父・淳司も魔術師なので一緒だったが。


 父によると、一時期、移動を本当の意味で制限されていたことを考えれば、飛行機に乗れるだけ進歩なのだそうだ。電車も飛行機も、それどころかこの世界の生活は電子機器で成り立っていることを考えると、電子機器に影響を与える魔術師がこうして隔離されるのは仕方がないことだと思う。言うほど影響を与えない事実がわかってきてはいるが、特に空を飛ぶ飛行機などは、制限が厳しくなるのは仕方がない。


 先ほど、魔力を遮断する物質があると言ったが、遮断すると言ってもこちらも完全ではない。例えば、魔力が強すぎると完全に遮断できない。だから、強力な魔力を持つ魔術師はあまり長距離移動ができない。


 魔術師の搭乗手続きが面倒なのは、そう言った背景がある。万が一、電子機器に狂いが生じた時の為、名前、住所(場合によっては本籍も)、生年月日、勤務先(もしくは学校)、連絡先、血液型、身長、体重、FCUの数、魔力傾向などが聞かれる。FCUの数や魔力傾向によってははじかれることもあるらしい。敬の友人の中では、悠李がはじかれたことがあると言っていた。


 これに加えて契約書にもサインがいる。要約すると、『飛行機の中で魔術を使わない』、『万が一、電子機器に影響が及んだ場合は原因追及に協力する』などの項目だ。もう少しいうと、『搭乗中の有事には乗組員に協力する』というものもある。


 まあ、たいてい何もないため、魔術師たちは特に契約書を読まずにサインを書く。敬もそのくちだ。実際、何もなかった。



 敬は土産を買って来いと言う友人たちの言葉を思い出し、母が入って行った土産屋に入った。店員にドイツ語で話しかけられるが、ドイツ語は分からない。英語ならそれなりに理解できるのだが。


「敬、お土産ならこれなんかどう?」


 母の茜がやってきて見せたのは、ファンシーなマグカップだった。そう言えばここはメルヘン街道だった。ちなみに、『いばら姫』ルートである。

「……いや、普通にお菓子とかにするよ」

「ええ~、そう? 女の子とかには喜ばれると思うけど」

 茜が不満げにマグカップを戻した。確かに、恭子や紗耶加なら微笑んでもらってくれるだろうが、やはり無難に菓子にする。これまでのループで、物のお土産を買ったこともあったが、もう6回目とあっては消え物の方がいい気がした。敬の誕生日プレゼントもお菓子だったし。


 いったんは引いたかに見えた茜だが、今度は何か布っぽいものを持って戻ってきた。


「じゃあ、いばら姫の恰好しない? 赤ずきんちゃんでもいいわよ」


 じゃーん、とばかりに見せられたのはいばら姫の衣装と赤ずきんちゃんの頭巾付きマントだった。

 客観的に見て、敬が女顔なのは事実である。中性的な顔立ちをした悠李などと並ぶと、男女逆に見られることもある。だが、これはないだろう。


 不意に、碧の兄のことを思い出した。碧の兄には女装癖がある。もともとは母親が少年時代に女の子の恰好をさせたことがきっかけらしい。何なのだろうか、母親ってそう言う生き物なのだろうか。

 敬が反応に困っていると、父・淳司が母を回収に来た。

「茜。敬はこれでも男だぞ。かわいそうだからやめてやれ」

「ええ~。そう? 似合うと思うんだけど」

「似合うかもしれないけど駄目だ。こっちにケーキがあったぞ。見に行かないか」

「行くわ! じゃあ敬。ゆっくりお土産選びなさいね~」

 突然乱入してきた茜は淳司に回収されていった。父にもなかなかひどいことを言われた気がするが、ここは感謝しておくことにする。敬は適当に土産を選ぶと、隣接したカフェの方に向かった。両親どころか祖父母もそこでまったりくつろいでいた。


 何となくため息をつきたくなりながら、敬は空いている席に腰かけて紅茶を注文した。




――*+○+*――




「それでね、みんなでかけっこをしたの。わたし、一番遅かったけど、楽しかった!」

「そう。それはよかった」


 笑顔で相槌を打ったが、楽しげに語っていた女の子はその途端にしょんぼりした表情になる。


「……本当に、走れるようになればいいのに……」

「……そうだね」


 女の子の病状は重かった。だから、医者ではない悠李には軽々しいことは言えない。女の子が楽しげに話してくれたのは、悠李が見せた夢の内容である。


 女の子にせがまれるまま学校の話をしていると、母が戻ってきた。どうやら帰る時間のようだ。悠李は立ち上がる。

「お姉ちゃん、帰っちゃうの?」

「ごめんね、美優みゆうちゃん。帰らなきゃいけない時間だ」

「また来る?」

「たぶんね」


 この病院は、母の研究関連で訪れたに過ぎない。また来るかどうかはわからなかった。

 美優ちゃんの「約束よ」という声に少々後ろ髪をひかれながら、悠李は廊下にいる母の下に向かった。

「あなた、カウンセラーや教師に向いてるんじゃない? 私の子どもとは思えないわ」

「どこからどう見ても、僕は母さんの子どもだよ……」

 悠李は苦笑気味に言った。


 悠李の母は智恵李ちえりという。性格はクールで、魔法省に所属する研究機関の研究員である。


 性格は似ていないが、2人は関係性を否定できないほど容姿が似ていた。背丈は若干悠李の方が高いものの、2人ともすらりとした痩躯。髪は智恵李が背中の中ほどまである髪を縛っているが、顔立ちは双子か、と言われるほど似ている。


 智恵李は野暮ったい眼鏡のブリッジを押し上げると、悠李に荷物を半分持たせて歩き出した。

「魔力テストはもういいの?」

「十分よ。家に帰ってから詳しい調査をするけど、また魔力が上がっているわね。FCUを増やすか、改良するわ」

「またか……」

 悠李は空を仰いだ。すでに、悠李は5つのFCU……つまり、魔法相殺装置を身に着けている。左手首に2つ、右手首に1つ、首元に2つだ。これらを隠すため、悠李の私服は装飾品が多くなる傾向がある。今日もそうだ。


 『ドリームメーカー』。悠李の魔法、もしくは悠李自身を指す場合もある。その名の通り、人に夢を見せる魔法が悠李の主能力である。精神感応魔法に分類され、使用は許可制。夢を見せる魔法は、洗脳魔法に近い。そして、悠李の能力は対象の深層心理を夢として表す、というものだ。夢を使った精神攻撃も可能。夢を作り、それを相手に見せることもできる。『夢』と言う空間に限っては、悠李は最強だと言っていい。


 使用に強力な制限がかかるこの魔法。普段悠李が使っているのは戦闘補助用の魔法ばかりである。FCUを5つつけた状態では、対象に触れて睡眠導入剤になるくらいが関の山である。


 精神感応能力者であると言うだけで敬遠されがちだが、悠李の能力を知れば、離れて行くものはより多いだろう。『夢』を自在に操れるだけで、通常の精神感応魔法と同じようなことは何一つできないのだが。




 車に乗り込むと、運転しながら母が少し詳しい話をしてくれた。

「初めからその危険性があるってことで使用を制限されてたけど、あなたの『ドリームメーカー』は麻薬に似た作用があるわね。依存性が高く、使用し過ぎると精神崩壊の恐れもあるわね」

「……そうかぁ……」

 覚悟はしていたが、やはりそうか。悠李にやや洗脳魔法の適性があることから何となくわかってはいたが、やはり依存性が強いらしい。まあ、麻薬と言うよりも睡眠薬に近いらしいけど。


「ただ、使いようによっては立派な精神攻撃魔法よ。あなたは『夢』を作ることもできるんだから。夢と現実は全く別ではないわ。あなたほど干渉力の強い魔法なら、夢での出来事がそのまま現実に現れても不思議はないのよ」

「それは何度も聞いたよ……」


 幼いころから何度も言われてきた。みだりに魔法を使うな。夢が現実になることもある。夢が人を傷つけることもあるのだから、と。

 その可能性があるから、悠李が人に夢を見せるときは、その人の深層心理を利用し、その人が見たいと思っている夢を見せる手伝いをしていた。

 だから、実際に悠李がしていることは、『夢を作って見せる』ことではなく、『見たい夢を見るための道を作る』ことだ。


「まあ、今のところ暴走したこともないし、このまま力のコントロール訓練を続ければ問題ないでしょう」


 智恵李は簡単に締めくくった。そんな簡単に言うな。


 魔力は遺伝することが多い。母が魔法研究員で、家が魔法道場であることからもわかると思うが、悠李は両親ともに魔術師の家系だ。研究員などをやっているが、智恵李は強力な攻撃魔法の使い手である。

 悠李の精神感応魔法の遺伝は、父からである。父は精神感応魔術師であることを悲観した様子はないし、悠李もそのように育ってきた。


 悠李が父から精神感応魔法が遺伝したように、親子の魔力傾向は似てくる。家族内では、父、兄、悠李が精神感応魔法寄り、母と弟の千尋が攻撃系魔法寄りだ。


 恭子は亡くなった母親が魔力持ちだったらしいし、碧と敬は父親が魔術師だ。晃一郎と紗耶加は隔世遺伝らしく、それぞれの祖父母が魔術師だったという。魔術師でない家系に突然魔術師が生まれることはあるらしいが、稀だ。



 こんな話がある。とある国で、魔力のない普通の親から予知能力者が生まれた。未来のことを言い当てる我が子を怖がり、その親はその予知能力者を捨ててしまったそうだ。今、その子はその国の政府に厳重に守られている。事実上の軟禁だ。



 これは極端な例だが、魔術師でない者は魔術師を怖がる傾向がある。自分に理解できないものは、そりゃあ怖いだろう。悠李もそれを否定するつもりはない。悠李自身も、4回目のループの時だれが自分を殺したのかわからなくて気持ち悪い。


 この世界の人口の約3分の1が魔力持ち、そのうち3分の2が魔術師なのだという。それだけ多くの人が魔術師なのだから、世界はもう少し魔術師に優しくてもいいと思う。


 これは、常に5つのFCUを付けさせられている悠李の深層心理なのかもしれない。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回は敬と悠李。自分で考えたのに、悠李の魔法の定義が難しい……。


次は7月19日です。次で、ゴールデンウィークは最後。

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