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カミアズマ軍最大基地『イナミナル』~血与騎士入団試験

 何故だか扉のほうがえらく騒がしい。カミアズマ軍少尉、フウカ・カザマは、誰かが部屋の扉を叩く音で目を覚ました。


「何よ、うるさい」

 寝ぼけ眼を擦りながら、扉の向こうの人物をろくに確認もせずに扉を開けた。そこには、

「昨日、朝の何時に集合するって決めたか言ってみろ。そして今の時間を言ってみろ」

 すでに身支度を整えたトウギが、呆れ怒った表情を作って立っていた。昨夜、お互いの部屋へと入る前に決めた集合時間はすでに、三十分前に過ぎている。

「……はへ?」

 この間の抜けた一言が、彼の怒りの火に油を注いだ。


「いいから早くそのだらしない服を着替えろ! 『イナミナル』行きの列車が出るのは十五分後! それを逃したら次来るのは一時間半後だ! 顔洗う暇も、そのぼさぼさの寝癖を直す時間も無いと思えよ!」

 ここまで言われ、ようやく目が冴えてきたフウカが一番に気付いたことは、自らの服装についてだった。シャツに短パンと、普段よりも肌の露出が多いその格好に恥ずかしさが込み上げてくる。

「わ、わかりましたっ! すぐ着替えます!」

 そう言って扉を閉めると、あたふたと着替えに取りかかる。扉の外では、

「着替えたらすぐに出てこい! この街の皆さんにお前の恥ずかしい寝癖を見てもらいながら駅に向かうからな!」

 トウギが怒りながら叫んでいた。


                   *


 結果から言えば、列車には無事遅れることなく乗ることができた。だがトウギが気に食わなかったのは、フウカがきっちり寝癖まで直していたせいで、朝食を買うことができなかったことである。

「あの、支給品の乾パンならありますけど……」

「いらん」

 トウギは窓枠に肘を乗せ、わざとらしく貧乏ゆすりを繰り返していた。フウカは彼に拒否された乾パンの缶詰を開け、一人で齧り始めた。ボックス席で向かいあって座る二人の男女の間には、嫌な空気が垂れ込めていた。


 そんな空気を払拭する為、フウカは次の停車駅の売店でこれでもかと大量の駅弁を購入してきた。トウギは黙っていくつかの弁当を食すと、それ以後は文句を言わなくなった。


                   *


 およそ三時間の列車旅を終え、『イナミナル』の地へと降り立った二人は、その足でカミアズマ軍本部へと向かった。

 軍の敷地に入ると、多くの軍人達が遠巻きに二名の様子を窺った。

 ギンジ・カザマの孫娘が、祖父の弟子だったらしい男を連れて帰国した。という情報はすでに、多数の将兵達の耳に入っていた。

「驚いた。初めて来たけど、随分と広い上に新しいんだな」

 トウギがそんな声を漏らすのも当然だった。



 この『イナミナル』という地区は、それまでは広大な田園地帯だった土地に軍施設を新設した、この戦争の最重要拠点となりうる場所だ。

 それらの施設には『血与騎士』だけではなく、一般の軍人が利用する施設も含まれており、『血与騎士』とそれ以外の兵を含め、多くのカミアズマ軍将兵達がこの『イナミナル』で生活をしている。

 また、少し離れた所には彼らの家族が利用する為の住宅地や商業地も確保されていて、この地区は一つの都市のような機能をも備えていた。



 トウギとフウカは、数多くある施設の中でもとりわけ立派な建物の中へと入っていく。カミアズマ軍の中で最大の戦力となる血与騎士団の本部が立派であることに、異議を唱える者は誰ひとりとしていない。

「最初に、血与騎士団の団長に会ってもらいます。失礼の無いように」

「はいはい、分かってるって」

 トウギの気の無い返事が、終わるか終わらないかくらいのタイミングで、

「フウカ・アットネン!」

 二人の背後からフウカを呼ぶ声が響く。その声が呼んだフウカの姓は、現在名乗っている『カザマ』のものではなかった。


 アットネン? あぁ、母方の苗字か。トウギにはそれが、フウカがカミアズマに来るまで名乗っていたオシデント側の苗字であることがすぐに分かった。

 二人が振り向くと、血与騎士の軍服を纏った女性が、挑戦的な笑みを浮かべている。

「おぉ、美人」

 その女性の第一印象を思わず口に出してしまったトウギを、フウカは厳しく睨みつけた。

 彼にそう言わせるほどの美貌が、その女性にはあった。佇まいや雰囲気からは気品が溢れており、彼女の育ちの良さを窺わせる。だが、腰に備え付けられている突剣(レイピア)と、左腕の手甲は、彼女が血与騎士であることの証明だった。


 その女性騎士は笑みをそのままに、ツカツカとフウカの目の前まで前進してくる。歩く度に綺麗な長い金髪を靡かせるその姿には、フウカとは無縁の女性らしさが現れていた。

 どうやら、友達では無さそうだな。面倒くさいような、苛立っているような、そんな微妙な表情をしているフウカを見て、トウギはそう思った。


「フウカ・アットネン少尉。任務ご苦労様です」

「ありがとうございます、シャルロッテ・エセルバード少尉。ですが一つ訂正を。何度も言うようですが、私の名はフウカ・カザマです」

「何度も言うようですが、(わたくし)、貴女が『カザマ』を名乗ることを認めておりませんの」

「貴女が認めていなくても、『カザマ』は私のおじいちゃんの姓で――」

「あーはいはい、そんなことは今どうでもいいの」

 どうでもいいですって? そっちから喧嘩吹っ掛けてきたくせに! フウカの眉間には深い皺が寄る。


「私、トウギ・フジヤさんにお会いしたいのですけれど、彼は今何処(いずこ)に?」

 何を言っているの、この女は。

「彼なら、今まさに貴女の目の前にいますが」

「目の前?」

 シャルロッテと呼ばれた女性騎士の目が、トウギの目と会った。

「いや、この人は貴女の荷物持ちでしょう? そんな意地悪を言わないで、彼の居場所を教えてください」

 確かに、フウカの隣にいるこの男は今、彼女の無駄に重いバックパックを代わりに背負ってやっている。一見すれば、荷物持ちと見られても仕方がない状況だ。

「えらく失礼なお嬢さんだな。俺がこの女の荷物持ちだなんて」

「……まさか、貴方が本当に、トウギ・フジヤ?」

「最初からそう言ってるでしょ」

 フウカがそう言うのを聞いてシャルロッテは、我慢できないといった様子で笑い始める。


「ごめんなさい。まさかギンジ・カザマのお弟子さんが、こんな普通の人だったなんて、あまりにも拍子抜けでしたので」

「ちょっと、彼に失礼でしょ!」

「いいよ、別に。あんただって最初、おやっさんを俺だと勘違いしたじゃねぇか」

 それを言われると、フウカは黙るほかない。

(わたくし)、フジヤさんと少しお話がしたいと思って参ったのですが、その必要は無さそうですね」

 目尻の笑い涙を拭いながらシャルロッテは言う。

「それでは、これで失礼致します。トウギ・フジヤさん。フウカ・アットネン少尉」

「まだ言いますか!」

 フウカの反論は聞かず、シャルロッテ・エセルバードは踵を返して去っていく。


「ほんと、いけ好かない女!」

 シャルロッテの姿が消えてから、フウカは思い切り吠えた。

「トウギ! 分かりましたか!?」

「何がだよ」

「あの女の性格の悪さです!」

「……性格の良し悪しは置いといて、軍隊にも、いろんな人間がいるんだなって思ったよ」

 怒れるフウカを見てトウギは、少しだけ彼女に同情した。


                    *


 怒りを鎮めたフウカは、トウギを団長に会わせるという本来の任務へと戻った。

 最上階にある大きな扉の前で一度立ち止まり、大袈裟にノックをし、

「フウカ・カザマ少尉、入ります!」

 扉を開けて室内へと入っていく。トウギもそれに続いた。


 中にいた人物は二人に背を向け、窓の外を眺めるようにして立っていた。トウギは、その後ろ姿に見覚えがあった。

「彼が血与騎士団団長、カズヒサ・イシハラ少将です」

 紹介され、振り向いたのは、白髪の大男である。

「カズヒサ・イシハラって、『大将』じゃねぇか!」

 紹介された人物を見て、トウギは驚きと喜びが混ざったような叫び声を上げた。

「大将じゃなくて少将です! いきなりなんですか、失礼でしょ!?」

「いいんだよフウカちゃん。こいつはそっちのほうが呼び慣れてんだから」

 トウギに『大将』と呼ばれたカズヒサ・イシハラ少将は、柔和な笑顔でフウカを宥めた。

「呼び慣れてるって……」


「久しぶりだなトウギ。元気にしとったか?」

「あんたこそ、何でこんなとこにいるんだよ? 店はどうした?」

「ありゃ倅と婆さんに任せてきた。この歳にして現場復帰だよ、笑っちまうだろ」

 イシハラは豪快に笑ってみせた。この口振りに加え、二メートルはあろうかという巨躯を持つ彼が来年で七十を迎える老人であるということを、兵達はにわかに信じられずにいた。



 カズヒサ・イシハラ。彼は、ギンジ・カザマの古い友人であった。

 剣闘では数多くの名勝負を繰り広げた戦友であったし、酒の席ではお互い潰れるまで酒を酌み交わす仲であった。

 彼とギンジの剣闘はゆうに三百試合を越すが、そのほとんど、と言うより全てがイシハラの勝利として記録されている。だがこれは、ギンジが勝敗の決する前に試合を止めてしまうことがほぼ全ての原因だ。

「実質、俺は半分も勝ってねぇよ」と、カズヒサ・イシハラは語る。

 そんな彼は剣闘士引退後、剣を包丁に持ち替えて寿司屋を営んでいた。そこでの彼の呼び名が『大将』だったというわけだ。


 そうか、おじいちゃんの友達とおじいちゃんの弟子なら、繋がりがあってもおかしくないのか。フウカはようやくその考えに行き着いた。

 実際、トウギは幼い頃から師に連れられて、何度もその寿司屋を訪れたことがあった。



「来年七十になるジジイを捕まえて騎士団の頭を張れってんだから、年寄りに優しくない国だよ、全く」

 口ではそう言うが、若い奴らに負ける気などさらさら無い。彼の性格を理解しているトウギは、そのことに気付いて苦笑した。なんて元気な爺さんだ。


「それよりもトウギ、おめぇが戻ってきてくれて本当によかったよ」

 イシハラは団長室のソファに腰を降ろす。

「ギンジのことは、フウカちゃんに聞いたろ?」

「あぁ。イシハラの大将でも、斬った犯人に心当たりはないのか?」

「無いね。ギンジを真正面から斬れる奴なんて、全盛期の儂でも難しい」

「やっぱり、国内の剣闘士という線は薄いな」

 ここでトウギはフウカのほうに目を向ける。

「おい、あのことの報告は?」

「いえ、これからしようと」

「あのこと? 何だそれは」

「今から詳しく報告するよ」

 トウギはイシハラと向かいあうようにしてソファに腰掛ける。ついでにフウカのほうを見やり、お前も座れと目で促す。

 それに気付いたフウカは、「失礼します」と律儀に敬礼をしてからトウギの隣に座った。



 最初にフウカの口から、『クリーク』での戦闘のことが報告された。オシデント軍人が剣を操り、血与騎士との戦争に備えているという情報だ。

 次にトウギから、そのオシデント軍人がカザマ流を簡素化した実戦向け剣術を使っていたことが語られると、イシハラは絶句した。


「俺はオシデントにカザマ流を漏らした奴こそが、ギン爺を斬った犯人だと睨んでいる」

 というトウギの発言に、イシハラも頷き、

「その可能性は大だな」と同意した。

「問題はその犯人が誰かってことなんだけどさ、大将は俺以外にカザマ流を使いこなせる奴、誰か知らないか? 例えば、遠い昔にギン爺が弟子を取っていたとかさ」

「いや、それは無い」

 イシハラは即答した。

「若い頃にあいつが弟子を取っていたなんて聞いたことも見たことも無い。カザマ流を使いこなせるのは儂の知りうる限り、この世でお前さんだけだよ、トウギ」

 こう断言してから、イシハラはちらりとフウカを見た。

「まぁ将来的に使いこなせるようになる剣士なら、ここにもう一人おるがな」

 それを聞いてフウカは、少し照れたように身体を強張らせた。だがトウギはこれについては何も言わなかった。



 結局、ギンジの旧友であるイシハラからも、有益な情報を得ることは叶わなかった。

 だが報告はこれで終わりではない。悪い報告ばかりでは無く、良い報告もある。

 追撃にきた部隊を返り討ちにして得た情報も、しっかりと報告した。



 かつてのカミアズマ方面大隊司令、ダグラス・マクドナルドが現在のバランセン方面大隊の司令であるということ。その司令直々の命を受けてフウカを狙ってきた部隊がいたこと。

 副司令のグレゴリオ・レヴォルトという男と剣を交えたこと。そのグレゴリオがバランセンのオシデント兵に剣を指南しているということ。

 そして、ダグラス司令とグレゴリオ副司令が派閥争いをしていて、バランセン方面大隊が一枚岩では無いということ。



 これらの報告を聞いてイシハラは、

「十分に勝機があるじゃねぇか」

 にやりとほくそ笑んだ。

「敵の大将様が一度は逃げ帰った臆病者だと知れば、兵達の士気が高まる。それだけでも充分なのにわざわざ内部で対立してくれているとは、有難いねぇ」

 だけどよ、とイシハラはトウギを見据える。

「一番の戦力増強はお前さんだよ、トウギ。おめぇがいてくれりゃ一騎当千ってもんだ!」

「やめてくれよ大将……これでも三年のブランクがあるんだ」

「それでもお前は剣術指南役の副司令を斬ったんだろ? それだけで証明は十分だ」

 この言葉に、トウギの隣に座るフウカが「うんうん」と真面目な顔をして頷いた。


「トウギ、お前さんが『ドマージー戦役』のせいでこの国と軍を好いてねぇのは知ってる。だけどよ、戻ってきてくれたってことは、俺達に力を貸してくれると考えていいんだよな?」

 イシハラは前のめりになり、真剣な顔を作ってそう言った。

「大将、あんまり野暮なこと聞くなよ。一応そのつもりで戻ってきたんだぜ」

「うむ。有難うよトウギ。我々血与騎士団は、お前を歓迎する!」

 イシハラ少将はその場で起立し、見事な敬礼をトウギに送って見せた。だが、その敬礼はすぐに崩される。


「……と、言いたいところなんだけどよぉ」

「どうしたんです?」

 と、疑問符を付けたのはフウカだ。

「実は、兵の中にはお前の実力、というより、お前の存在そのものを疑問視する声が多少、というより、結構あってだな……」

「な、何ですかそれは!」

 と、憤慨したのもフウカだった。

「彼を捜し出して仲間になってもらうっていうのは、カミアズマ軍の総意では無かったのですか!?」

「つまりあれだろ、ギンジ・カザマの弟子なんて話は眉唾物ってことだろ? なんとなくそんな気はしてたよ」

 当のトウギは、へらへらと笑っていた。

「だって本当に俺の力が借りたいなら、もっと大人数とか、お偉いさんが来たっておかしくない。なのに迎えにきたのが、こんな小娘一人だもんな」

「そ、そんなこと……だって、遺言だって残ってるじゃない」


 フウカの言う通り、ギンジ・カザマは死の間際に「トウギ・フジヤを捜せ」という言葉を遺した。だがこれは、「遺言」であって彼本人の口から語られた言葉ではない。

「あんた、自分で言ってたろ。ギン爺が死んだってこと自体まだ秘密になってるって。だとしたらその遺言とやらも、秘密にされてて当然だとは思わんか?」

「それは、そうですけど……」

「トウギの言ったので、ほぼ九割は正解だよ。でもよぉトウギ、おめぇにも非はあるんだぜ? 実力はあるのに剣闘の試合にほとんど出てないから、名前が売れてねぇんだよ」

 何も言えなくなってしまったフウカに代わり、イシハラが胸のポケットから取り出した紙巻に火を灯しながら口を挟む。

「そりゃ中にはお前のこと知ってる兵だっていたし、そいつらからはすぐにでも捜し出して力を貸してもらうべきだって意見は出た。でも儂を含めても結局は少数派の意見だ、捜索部隊は一人しか出すことができなかったんだよ」


 その一人に選ばれたのがフウカ・カザマ少尉だったわけだ。

 これはカズヒサ・イシハラ少将の一存で決められた人事だったが、目標(トウギ)を連れ帰るどころか、敵の情報まで得て戻ってきたのだから、結果からすれば適役だったと言えよう。


「で、俺は何をすればいいの? 俺のこと認めて無い奴らを片っ端から斬っていけばいいわけ?」

 やる気満々と言わんばかりに、トウギは罪斬を手に取る。

「そんな面倒なことはさせんよ。なーに、お前を入団さえさせちまえばこっちのもんだ。てことで、お前には簡単な入団試験を受けてもらう」

「入団試験、ねぇ。筆記試験は勘弁してもらいたけど」

「心配するな、試験内容は単純明快。儂と闘う。これだけだ!」


                   *


 ギンジ・カザマの弟子だという男が、イシハラ団長と闘う。

 本来この入団試験は、軍上層部の人間のみに公開され、合否を判定される限定的な試験だった。だが、人の口に戸は立てられない。その噂はあっという間に広まり、その結果……。


「なんちゅうギャラリーの多さだよ、これは」

 騎士団本部のすぐ隣にある屋外剣闘場の観客席には、これでもかというほどの観客に埋め尽くされていた。この剣闘場は訓練用の為、観客席が十分ではない事を考慮しても、多すぎる数と言えよう。

「逆に良かったろ。これでお前の実力が皆に知れ渡る」

「俺は見世物じゃねぇぞ」

 剣闘場の中心に、トウギとイシハラは立っていた。少し離れたところには、フウカがこの二人を見守っており、その手には一本の古びた刀が握られている。


「さて、さっさと始めようか」

「待て、そう急くな。もう一度試験内容を確認するぞ。儂と闘うだけで、勝ち負けは合否の判定に含まない。条件はお互い自分の得物を使わずに、こちらで用意した軍指定の武器を使う」

「さっき聞いたよ。説明はもう十分だ」

「うむ」

 イシハラは審判席に座るカミアズマ軍高官達に目で合図を送る。すると控室のほうから大きな樽が運び込まれ、二人の前に置かれる。その樽の中には様々な武器が入れられており、どうやらこれらを使って二人は対決をするらしかった。

「その中から好きな物を選べ。決まりとして受験者のほうから先に選べることになっておる」

 言われるがまま、トウギは樽の中の武器を物色し始める。



「……大将、あんたもくだらない試験を考えるもんだな」

「おっと、勘違いするなよ。これは儂が考えた試験でもなければ、くだらない試験でもない。実際の入団試験でも使われる由緒正しい試験なんだぞ」

「マジかよ。阿呆なことやってんな」

 トウギは樽の中から刀と剣を一本ずつ取り出すと、そのうち刀のほうをイシハラへと投げてよこした。


「ほれ、大将はそれ使え。俺はこっちを使う」

「なんだよトウギ、わざわざ選んでくれたのか?」

「時間の節約だよ。ほら始めるぞ」

「うむ。しかしよぉ、トウギ。おめぇとやり合うのはいつ以来かね?」

「さぁな、昔過ぎて忘れたよ。けどよ大将、俺を入団させる為にわざと手を抜くなんて真似はしないよな?」

 イシハラは「ガハハッ」と腹の底から笑い声を上げる。

「儂を誰だと思っている?」

「すまん。今のは愚問だったな、忘れてくれ」



 武器の入った樽が下げられ、互いに位置に着く。イシハラは刀を抜き、トウギは体勢を低く構えるも鞘から剣は抜かずにいる。

 審判席に座る軍人の合図によって、試験という名の剣闘が開始された。



 ――先に動いたのは、イシハラだった。

 剣闘場に響き渡る咆哮をあげながら、猛烈な勢いでトウギへと猪突する。

 いつ聞いても大将の大声は痺れるな。トウギは懐かしさのあまり、口角が上がるのを我慢できずにいた。


 笑顔を作っていたのはイシハラも同様だ。彼は笑みを湛えたまま、剣を振り下ろす。動作(モーション)が大きい為、回避をするのは容易い。トウギは半身になって斬撃を躱す。

 ただ、避けた後に聞こえてくる風切り音は凄まじく、トウギのこめかみから冷や汗が流れた。


 初撃が躱された後、返す刀で二撃、三撃と連続で攻撃を繰り出すイシハラ。最初の一撃とは違い、無駄な動作無く繰り出されるその攻撃のスピードとパワーは、齢六十九の老人とは到底考えられない。

 全く衰えてねぇ。けど、そんな爪楊枝みたいな刀じゃ、せっかくの石砕(せきさい)剣術も肩無しだな。

 トウギはイシハラの攻撃を避けながら、自分の得物を使えないというこの試験のルールを呪った。



 石砕剣術は、カズヒサ・イシハラが独自に生み出した我流剣術である。

 本来イシハラは、自分の身の丈ほどの大きさもある巨大な両手剣(ツーハンデッドソード)を武器にしている。

 この巨大な剣を腕力に任せ振り回し、剣闘場の地面をも叩き壊してしまう。石を砕く剣術と呼ばれているのはこの為だ。


 この地面を破壊するという行為には大きな意味があり、カザマ流のように動き回る相手の足止めをすることができる。だがこれは、本来の武器を使っている場合の話だ。

 この試験の刀では、地面を壊すことなど不可能。そもそも、地面を破壊できるほど巨大な武器など、最初から樽の中には用意されていない。



 それから数分の間、トウギがイシハラの攻撃を回避し続けるという時間が流れる。フェイントを交えた攻撃や、奇を衒った突きも、トウギは難なく躱していく。

 観客席からは「逃げ回ってるだけじゃねぇか!」と野次が飛ぶが、その野次を飛ばした兵は自らの実力の低さを露呈したことに気付いていない。


 何を言っているの? その逃げ回るということがどれほど大変な事か分からないの? フウカは野次の主のほうを睨みつけてやろうかと考えるも、目の前で繰り広げられている闘いから目を離すことはできなかった。

 当たれば一撃で試合が終わってしまうほどの威力を秘めたイシハラの斬撃を、首の皮一枚のところで躱し続ける技術と精神力。並の剣闘士なら防御本能から一度くらいは剣で受け止めてしまおうとするものだ。

 だがトウギは、一貫して回避を続けている。フウカにはこの難しさが、カザマ流を扱う者として理解出来た。


 ――そして、試合は次の一瞬で動きを見せる。


 イシハラが斬撃を放ち終えた後の一瞬の隙、それを見てトウギがイシハラの側面へと回り込み、踵を思い切り蹴り上げた。

「――ぬぁっ!」

 これによってバランスを崩したイシハラは仰向けに倒れる。

 トウギは馬乗りとなり、ここでようやく剣を鞘から抜きそして――、


 何の躊躇いも無く、剣をイシハラの胸へと突き刺した。


 その胸には鉄製の胸当てが装備されているが、この至近距離からの突きを食らえば、そんな胸当ては紙同然の防御力しかもたない。

 ――はずだった。

 トウギが持つ剣の剣先が胸当てに触れた瞬間、まるで弾かれるように剣は根元から折れ、砕け散った。彼が持っていた剣だった物は、柄だけとなった。


 観客席からこれを見ていた兵達の反応は二種類だった。一つは団長が傷付かずに済んだという安堵のため息。もうひとつは、驚愕のそれだ。

 躊躇なく下ろした剣が折れた、ということは、最初から折れると分かっていたってこと!? フウカが示した反応は、後者のものだった。


「……で、折れる剣を使って闘った俺は合格? 不合格?」

 トウギはイシハラに手を貸して引き起こす。起こされたイシハラは手に持つ刀を地面に突き刺し、戦意の喪失を表した。

 ここで先ほど安堵のため息を漏らしていた連中も、異変に気付いて騒ぎ始める。先ほど驚愕していた者達は、疑惑を確信へと変えていた。

 やはりあの男、最初から折れる剣を選んで闘っていた。フウカを始め、多くの兵達がこう思った。



 この試験の表向きの概要は、不慣れな武器での戦闘、というものだが、その本質は全く別のところにある。

 最初に用意された樽の中にある数十本という刀剣は、ただ一本を除いて、全てが折れ易いように細工されている。

 その中から、細工の施されていない武器、つまり折れない武器をしっかりと見極めることができるかどうかという点が、この試験の真の目的であった。

 トウギ曰く、「くだらない試験」である。


 結果だけを見ればトウギの剣は折れ、イシハラの剣は地面に突き刺しても折れなかった。つまり、本来ならばトウギは不合格である。ただ一つ例外を挙げるならば、その折れなかったイシハラの剣を選んだのも、彼自身だということだ。



「大将、いかんせんスタミナ不足だぜ、数分間剣を振り回した程度で足元がお留守になってるようじゃあな。役職が与えられてデスクワークが多くなってるんじゃないの? 少し走り込んだほうがいい」

「無茶を言うな。少しは老人を労わらんかい」

 イシハラはズボンを払いながら言った。

「悪かったよ」

 都合の良い時だけ、老人面するなよな。トウギは苦笑する。


「ところで、軍はこんな試験で『騎士』を選んでるのか?」

「いやいや、これは最初の小手調べみたいなもんだ。本番はこれの後に筆記試験、面接、実技試験とか色々経て選出しておる」

「それを聞いて安心したよ」

 トウギは柄に残った剣の折れ口に触れながら言った。


「それでだ、トウギ。何故、折れる剣を使って闘おうと思った?」

 この場にいる兵達の多くが抱いている疑問を、剣を交えたイシハラが代表して問う。

「だってあの樽の中、丈夫な剣は一本しか入ってなかったじゃねぇかよ」

「お前がそれを使えばよかったじゃねぇか」

「馬鹿言うなよ大将。あんたがこんな脆い剣を使ったら、素振りだけで壊れるぞ」

 残った柄だけの部分を、その場に放り捨てる。

「それでよかったんだよ。そうすりゃ問答無用でお前は合格だった」

「大将と久しぶりに闘えるってのに、そんなつまらないことできるわけ無いだろ」

 トウギがニカッと白い歯を見せると、イシハラも呼応するように歯を見せて笑った。


「よろしい! トウギ・フジヤ、血与騎士団入団試験、合格!」

 イシハラが声高らかにそう宣言すると、観客席はドッと湧いた。しかし中には、不満げな表情をしている輩もいる。ただ、不満そうな顔を作っているだけならまだいい。実際に、

「ちょっと待ってください!」

 と、剣闘場に乱入してくるよりはずっと冷静だと言えるからだ。


 多くの観客達、そしてトウギ、イシハラの視線がその「待った」を掛けた声の主のほうへと集まる。

 その人物は、綺麗な長い金髪を靡かせながら、ツカツカと二人の前へと近づいてくる。

「シャルロッテ・エセルバード少尉、どういうつもりですか?」

 金髪の美人騎士・シャルロッテと、トウギ、イシハラの間に、フウカが颯爽と割って入った。


「フウカ・アットネン少尉、簡単な事です。(わたくし)、そこの男の実力にどうしても疑問符を付けざるを得ませんの」

 挑戦的な笑みをトウギへと向けるシャルロッテ。

「つまり、カズヒサ・イシハラ少将が下した判断に不服があると、そう仰いたいのですか?」

 フウカがそう問うと、彼女はばつが悪そうに団長を見やる。

「そ、そこまでは申しておりません……ただ、本当に血与騎士、そしてギンジ・カザマの弟子を名乗るに相応しいかどうかを、自分自身の剣で確かめさせていただきたい」

 シャルロッテは腰からレイピアを抜き、それをトウギのほうへと向ける。

「是非、真剣勝負で!」

 この一言で、観客席は今日一番の盛り上がりを見せる。


 真剣を相手に向けるという行為は、剣闘を申し込むことを意味する。それも公式試合のものではなく、『無権兵』や『称号狩り』が行う、相手の称号や社会的地位を奪う為の真剣勝負での剣闘だ。


「すぐに剣を降ろしなさい!」

 フウカはトウギの正面へと回り、シャルロッテと相対した。

「その男を庇うつもり? たった数日一緒に行動しただけで、変な情でも湧いたのかしら」

 この男を庇う? 私が?

「馬鹿言わないで。私は貴女の為を思って言ってるのよ」


 フウカとシャルロッテは、軍学校での同期だ。年齢こそはシャルロッテのほうが二つ上だが、学生時代から切磋琢磨し、剣の腕を磨き合った仲だからこそ、フウカは彼女の剣の実力を知っている。

 そして、ここ数日で知ったトウギの剣の実力と照らし合わせると、真剣なんかで斬り合えば、彼女の綺麗な金髪は一瞬にして、自身の鮮血で染め上げられてしまうと予想できる。

 だから、フウカは身を呈してトウギの前に立ったのだ。


「私の為を思うなら、そこを退いてくれない?」

 シャルロッテは一向に剣を降ろす様子は無い。

「別にいいじゃねぇか」

 愉快そうに言ったのは、血与騎士団団長、カズヒサ・イシハラだった。

「トウギ、一つ付き合ってやれ」

「イシハラさん!」

 どうしてそんなことを言うの!? フウカの声には怒気が含まれている。

「まあまあフウカちゃん。ほれ、別に構わんだろトウギ」

「面倒だな、乗り気にはなれない」

「逃げるの? 男のくせに」

「そんな安い挑発には乗らんよ」

「そうよトウギ、挑発に乗っちゃ駄目!」

「まぁそう言うなってトウギよ」

 ここでイシハラはトウギの耳元に顔を寄せ、囁いた。


「エセルバードの嬢ちゃんは中々面白い剣闘をする。一度見ておいても損はしまい」

 ほぅ、大将にそこまで言わせるのか。なら少しくらい、いいか。トウギはフウカを押しのけて、シャルロッテの剣先の前へと出る。

「わかったよ。いいぜ、その喧嘩買ってやる」

 トウギも負けじと挑戦的な笑みを作る。

「ちょっと、トウギ!」

 黙れ、と言わんばかりにフウカの顔の前に手を差し出すトウギ。

「罪斬を。お嬢さんは真剣勝負をご所望だ」

「駄目です! 渡せません!」

 フウカは「試験じゃ使わんらしいから、お前が持っとけ」と言われ預かっていた赫刃・罪斬を、抱きかかえるようにした。そんな彼女を見て、トウギは浅く溜め息をついた。

「何を心配してるのかは知らんが、いや、大体は想像が付くけどよ、お前が考えてるようなことにはならんよ」

 まるで自分の考えを見通しているかのような彼の笑顔に妙な説得力を感じ、フウカは渋々ながらも罪斬を手渡した。


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