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バランセン出国~帰国

 彼が言っていた「歩くのが嫌なら、追撃があることを願え」ということの意味を、フウカはようやく理解していた。

 トウギ・フジヤとフウカ・カザマの二名は今、無傷で鹵獲したオシデント軍用車に乗って『カミュール』へと向かっていた。


 運転席でハンドルを握るフウカは、助手席に座るトウギを横目でチラチラと窺っていた。先ほどの言い争いで、彼を怒らせてしまったのではないかという思いが拭いとれなかった。

「あの、車酔いは、大丈夫ですか?」

 トウギの機嫌を窺うように、恐々と質問した。

「あぁ。屋根が無いのはいいな、夜風が気持ちいいや。ちょっと寒いけど」

「そうですか」

 その言葉に怒気が含まれていないことが分かり、フウカは胸をなでおろした。


「……結局、カザマ流が漏れた直接の原因は分からなかったか」

 トウギは独り言のように呟く。

 彼が尋問にかけたオシデント軍人は、彼の欲しい情報を持ってはいなかった。

「でも、オシデント軍が一枚岩じゃないってわかっただけでもカミアズマにとっては有益な情報でした。とりあえずそのことは上層部に報告したいと思います」

 だが、軍としては有益な情報を聞き出すことには成功していた。


                   *


 まだ息があるオシデント軍人達を拘束し、武将解除をさせた後、トウギが尋問を開始する。

「オシデント軍人は誰にどうやって剣術を学んだ?」

 捕えた敵国兵士にする最初の尋問にしては、私的な事情を挟み過ぎていると言わざるを得ないが、トウギは真っ先にこれを聞かずにはいられなかった。それに、軍人ではない彼にとっては、これ以外の事柄などどうでもいいことである。

「……グレゴリオ、レヴォルト大佐だ」

 目の前で仲間を斬殺されたオシデント軍人はすでに戦意を根元から折られ、渋々ながらも情報を吐き出し始める。

 結果的に言えば、フウカの殺戮行為は尋問をスムーズに進める上で役に立ったと言えよう。


「グレゴリオ? そいつは誰だ、どういった立場の人間だ?」

「バランセン方面大隊で、副司令を務められているお方だ」

 オシデント軍人の口調に力が籠る。その口振りだけで、このグレゴリオという男が部下から信頼と尊敬の念を持たれていることが、トウギには理解できた。

 副司令で大佐。ということは、生粋のオシデント人だと断定してよいだろう。つまり、カミアズマとの接点は限りなく薄いと考えられる。


 グレゴリオという男は、ギン爺を斬った犯人じゃない。トウギは少し落胆しながらも、尋問を続ける。

「オシデント軍人は皆、そのグレゴリオに剣術を学んでいるのか? 他に剣術を指南できる奴はいないのか?」

 何故そんなことを聞きたがるのか。オシデント軍人はそう言いたそうな顔をしていた。

「バランセン方面大隊の軍人は皆、グレゴリオ大佐に剣術を教わっている。他にも剣術を教えている人達はいるが、彼らも元は大佐に教わったものを部下達に伝えているだけだ」

「それじゃあ、そのグレゴリオさんとやらは、どこで誰から剣術を学んだかわかるか?」

「……本国で稽古を付けてもらったとだけは聞いたことがある。それ以上のことは分からん。本当に知らないんだ」

 この状況で嘘を言えるほど、この軍人の精神力は強くなかった。



 彼の言っていることは本当で、オシデント軍の剣術指南の方法は、ピラミッド型を採用していた。

 まずは本国で剣術を学んできたグレゴリオが、バランセンの各基地から集められた精鋭達に剣術を指南する。次にその精鋭達が自分の基地へ戻り、新しく組織された剣術部隊の面々に剣術を教える。

 こうしてオシデント軍人達の間に劣化カザマ流とも言える剣術が広まっていった。


 この方法にはメリットもあるが、デメリットもあった。所詮は付け焼刃の技術を部下に教えることになるので、ピラミッドの下部に行けば行くほど、兵達の熟練度は下がっていく。そのことについてはオシデントも織り込み済みで、この問題をオシデントは、数で補おうとしていた。


 結局、この軍人から得られた情報は、グレゴリオ・レヴォルトという男のことだけであった。

 トウギはすでに、この軍人から興味を失っていた。



 順番待ちをしていたかのように、続いてフウカが尋問を開始する。

「お前の任務内容はなんだ」

 えらく気合の入った声だな、見栄でも張っているのか。トウギはフウカの声を聞いてそう思ったが、これは単に彼に戦闘を止められて不機嫌になっていただけのことであったとは、今の彼はこの時点で気付いていない。

「血罪騎士である女騎士の捕縛、及び討伐任務だ」

「誰の命で動いている? そのグレゴリオという男か?」

「違う! ……バランセン方面大隊司令、ダグラス・マクドナルド大佐の命令だ」

「なっ! 司令!? ダグラス……マクドナルド、だと!?」

 この名前を聞いて、トウギは思わず声を上げた。失いかけていた興味が再燃する。彼は今、二つの事柄で驚いていた。

 一つは、司令がわざわざ直接命令を下してまでフウカを狙ってきていたということ。そしてもう一つは、このダグラス・マクドナルドという名前に聞き覚えがあったからだ。



 ダグラス・マクドナルド。現在のオシデント軍バランセン方面大隊の司令官にして、かつて、カミアズマ方面大隊の司令官を務めていた男だ。

 先の『ドマージー戦役』でカミアズマ軍に初の白星を献上し、敗走後に消息を断っていた男は今、二階級降格の末にバランセン方面大隊のトップを張っていた。



「あぁそうだよ。昨日、副司令が作戦失敗して負傷されたのを受けて、我々が駆り出された」

「ちょっと待て、昨日の作戦失敗って、『クリーク』での戦闘のことか? それに負傷って、副司令が直々に前線に立っていたということか?」

「あぁ、そうだ。そこの女に斬られたんだろ? 違うのか?」

 そうか、あの手練の軍人がグレゴリオ・レヴォルトだったというわけか。あいつなら、剣術を教える側の立場にいてもおかしくは無い腕前だった。


 ただ、納得がいかない点がある。

 斬ったのは、俺だ。

 それを何故この男が知らない? 使い捨ての無権兵ならまだしも、司令から直々に命を受けている彼らが、そんな情報さえ知らないなんて普通に考えたらありえない。

 単に報告が上がってないのか? いや、斬られたという情報はあるのに、斬った相手のことが分からないなんてことは無いだろう。ならば一体なぜ……?


 トウギが考えを巡らせていると、

「違う、斬ったのは私ではない。そこの男だ」

 フウカが冷静に、そして的確にオシデント軍人の疑問を否定した。

『なっ!』

 トウギとオシデント軍人は同時に驚きの声を上げた。

 タダで情報を与えてんじゃねぇよ! 駆け引きってもんができないのかこの女は! トウギは怒りを通り越して呆れることしか出来なかった。


「貴様が、大佐を?」

「……あぁ、そうだな。そのグレゴリオ大佐かどうかは知らんが、昨日オシデント軍人の腹を斬り裂いたのは、この俺だ」

「だ、だとしたら貴様は一体何者なんだ!? 見たところ血罪騎士でもなければ軍人でもない、お前は一体……」

「そうだな、少しばかり剣闘が強いカミアズマ人ってところだ」

「カミアズマは、民間人まで戦争に――」

「おっと、質問をするのはこっちだ。あんたは、というより、あんたらは俺の存在を知らなかったということだな?」

「……あぁ、女騎士に協力者がいたなんて、微塵も聞かされていなかった」

「何故? 軍人にとって作戦前の情報は生死を分けるとても大事なものなのに、それを聞かされていなかったって」

 思ったことを何でも口にするってのも、悪いだけじゃないんだな。聞き出しにくいことをずけずけと質問するフウカを見て、トウギはそう思った。


 だが、ここにきて初めてオシデント軍人は口を噤んだ。

 今まではべらべらと喋っていたのに、おかしい。トウギは直感した。

 何か軍の機密に関することか? 情報が共有できていないということは、伝達機能が麻痺している? 軍内部で何か問題が起きているのか?

 そこまで考えると、トウギはオシデント軍に関するある噂を思い出した。

「派閥争いによる足の引っ張り合い、だから副司令は司令に俺の存在を報告しなかった……」

 トウギが呟くと、オシデント軍人は目を見開き、奥歯を噛み締めるように顔を歪ませた。その驚きの表情は、「何故そのことを知っているんだ!」と語っているようであった。


 彼が思い出したある噂とは、「バランセンのオシデント駐留軍には、酷い派閥争いがある」というものだった。

 この情報は、以前武具店の寄り合いに参加した時に、オシデント駐留軍に武器を卸している同業者から得た情報であった。その時は「出世争いって、軍も面倒なことをしているな」程度にしか考えていなかった。まさか軍のトップ二人が争っていたなんて、考えてもみなかった。

「司令と副司令が派閥争い? 軍の内部まで腐っているのね。ほんと、嫌な国」

 フウカが吐き捨てるように言った。



 剣の腕が立ち、自らも前線へと赴く副司令と、敵国に敗れて左遷されてきた司令官。部下達がどちらに付くかは明白。オシデント軍人の様子からも、人望が厚いのは副司令のほうだ。

 その副司令が昨日、任務を失敗し負傷した。

 そして、失敗したその任務を司令官自らが指揮をして果たせば、派閥争いで大きくリードすることになる。

 それ以前に、見ず知らずの民間人に斬られたとなれば、副司令自らの面子にも関わってくる。

 そういった色々と面倒臭い思惑が入り交じり、結果、副司令の腹を斬った武具店店員の存在は抹消された。

 トウギは、そう結論付けた。


「くだらない派閥争いで味方が殺されてるんじゃ、目も当てられないな」

 オシデント軍人は、何も言わなかった。

 トウギは一つ息を吐いて、

「おいカミアズマ軍人さんよ、もうこんなもんでいいんじゃないか?」

 カミアズマ軍少尉のフウカにそう問いかける。

 しばらくの沈黙は、否定の意味だった。せっかく捕縛したのに、もっと聞き出せることがあるかもしれない。彼女はそう思った。

 トウギはその沈黙の意図を汲んで、

「俺達は尋問のプロじゃない。バランセンのオシデント軍が一枚岩じゃないって分かっただけでも、充分すぎると思うんだがな」

 そう言うと、

「えぇ、そうですね」

 フウカは渋々ながら、納得した。


                   *


 軍人ならば運転くらいできるだろう、と半ば強制的に鹵獲した軍用車を運転させられているフウカは、もう一度横目でトウギの様子を窺う。すると彼は意外な事に、目を瞑ったまま頭を垂れて居眠りをしているではないか。

 何よ、私にだけ運転させておいて。それに今敵襲にあったらどうするつもりなのかしら。フウカはそう思いつつ、アクセルを踏む足に力を込めた。

 すっかり暗くなった夜の道を、二人の男女を乗せた軍用車が駆けていく。


                   *


 結局、国境沿いの町『カミュール』に付くまで、トウギの瞼が上がることはなかった。彼の指示で、車は町の郊外で乗り捨てることになっている。


 指示された町の郊外へ着くとフウカは、車のエンジンを切り、助手席に座る男の耳元で「着きましたよー」と意地の悪い声を出した。

 トウギは特に驚いた様子も無く目を開き、辺りを確認するように見渡す。

「寝ていましたよね?」

「ん、すまん、気が緩んだ」

 彼は素直に謝った。

「随分とお疲れのようで」

「あぁ、徹夜なんてしたのは久しぶりだったからな、身体が鈍ってやがる」

「……徹夜? 貴方、昨日の荷造りを朝までやっていたんですか?」

 そんなわけねぇだろうが! という罵声が喉元まで上がっていたトウギだったが、それを発するのも面倒臭くなっていた。


 彼が黙って溜め息をついた理由を、フウカは察した。

「まさか、敵襲に備えて……?」

「俺が一番避けたかったのは、おやっさんと女将に被害が及ぶことだ。武具店のシャツのままやり合ったのは、俺のミスだよ」

 だからトウギは昨夜、罪斬を抱えたまま全神経を尖らせ、そのまま一夜を明かした。

 彼が出国を急いだ理由も、自分が原因でお世話になった二人に迷惑を掛けてしまわないようにする為の配慮であったのだが、フウカがそこまで気が付くことはなかった。


「そんな、言ってくれれば私だって」

「いいんだよ、あの家ではあんたは客人だ。客にそんなことさせるわけにはいかない。ほら、行くぞ、カミアズマにさえ入っちまえば、もう奴らは追ってはこれない」

 トウギは車から降り、フウカの無駄に重いバックパックを背負うと、その足で関所まで向かう。言われるまま、フウカもその後に続く。

 彼の後ろ姿を見てフウカは、実はこの男、とんでもなく優秀なのではないか、と今さらながら考えた。


                    *


 しかし時間が時間だけに、関所は通れないのではないか? というトウギの心配は、フウカにとっては無用のものであった。

 確かに、一般人は夜の間に関所を通ることはできない。だが、軍人とその関係者は例外で、別の窓口からカミアズマに入国することができた。



 関所を出て、夜の『アイザ』を一望する。

「あんまり『帰ってきたー』って感じはしないな」

 三年ぶりに帰国した最初の一言がこれである。バランセン東部とカミアズマ西部では町の造りがよく似ている為、無理も無い。

 フウカはインカムを耳にはめて通信ができる状態であることを確認すると、目標(ターゲット)を発見しカミアズマまで連れてきたことを手短に報告した。


「で、ここからはどうするつもりだ?」

 フウカが通信を終えるのを確認し、トウギが声をかける。

「もう随分と遅い時間だけど、俺はあんたの指示に従うぜ軍人さん」

 本来の予定ならば、ここからカミアズマ軍本部のある『イナミナル』という地区には鉄道を使って移動する手筈だった。


 この大陸、とりわけ車の普及率の高くないバランセン、カミアズマの二国では、この鉄道という乗り物が最も速く正確な移動手段である。

 しかし、すでに今日の列車の運行は終了しており、予定は狂ってしまっている。フウカは軍で車を手配することも考えたが、同行する男がまた「気持ちが悪い」と喚き出しても困るので、それは取り止めた。


「移動は、明日にしましょう。今日はここで休んでください」

「それがいい。俺もその考えに賛成だ」

「えぇ。それでは、荷物をこちらに」

 フウカは、トウギが背負うバックパックを受け取ろうと手を伸ばす。

「これか? いいよ、ホテルまで俺が運ぶから」

 彼はそう言って、無駄に重いバックパックを背負い直した。

「いえ、そうじゃありません。私は街の外にテントを張ります。貴方はホテルで休んでください、お金は渡しますので」

「……は? 何お前、ホテルより野宿が好きなの? 変わってるな」

「違います! ……この手甲があると、大きなホテルには泊まれないんです」

 フウカはマントで隠された左腕を撫でた。


 そんな彼女の様子を見てトウギは、血与騎士を忌み嫌う一部の民衆がいたことを思い出す。彼は一つ舌打ちをした。

 久しぶりの祖国で、嫌な事を思い出しちまった。決して多くは無かったが、彼も胸の異物のせいで偏見の眼で見られることがあった。


「安心しろ。部屋の一つや二つ、どうとでもなる」

「え、でも」

 フウカは二の足を踏んだ。

 得体の知れない石に、自分の血を捧げる気味の悪い連中。こう蔑まされ、ホテルや飲食店ではいつも門前払いを食らっていた。彼女にとってはこれが屈辱で、そして、とても悲しかった。

「お前がテントと寝袋で寝たいってんなら止めやしないけど。ホテルでシャワー浴びてベッドで眠りたいってんなら、ついてこい」

 確信があるわけではない。だが、この男には説得力があった。フウカはおのずと、彼の後を追っていた。


                   *


「まさか、本当にホテルに泊まれるなんて」

 シャワーを浴び、シャツに短パンというラフな格好でベッドに寝転びながら、フウカは独り呟いた。

 トウギはあっさりと部屋と取り、有言実行を果たした。彼がとった方法は単純で、財布から惜しげも無く金を支払っただけであった。

「金さえ払えば客の素性なんぞ関係無しに泊めてくれるホテルなんて、探せばいくらでもあるんだよ」と彼は言う。


 また、お礼を言わなくちゃいけないな。

 このホテルのことだけではない。待ち伏せや追手のことだってそうだし、思い返してみれば尋問だって彼の手助けがあればこそだ。

 でも、またお門違いって言われてしまうかな。フウカはそんなことを考えながら部屋の壁を見つめる。その壁の向こうが、トウギの泊る部屋だ。彼はきっともう寝ているだろう。あんなに眠たそうにしていたのだから。

 もし明日機会があれば、一言くらいお礼を言おう。そう心に決めて、フウカはベッド横のスタンドライトの灯りを消した。


                  *


 作戦は失敗。二個小隊八名のうち、三名が死亡。

 オシデント軍バランセン方面大隊司令官、ダグラス・マクドナルドがこの報告を受けたのは、日が明けてからのことであった。


 昨夜に前祝として浴びるほど呑んだ高級ワインがまだ抜け切っていない頭は、この事実を受け止めることが出来なかった。

「ふざけたことを抜かすな! それでは、それでは私の面子は丸潰れではないか!」

 やつあたりもいいところだ。彼は怒りに任せ、報告にきた兵に平手打ちを浴びせた。



 同じ報告を、副司令のグレゴリオ・レヴォルトは病室のベッドの上で聞いた。

 彼もダグラス同様、報告にきた兵を叱責した。だが彼と異なる点は、その兵が嬉々とした表情で友軍の作戦失敗を報告したからだ。


「司令が直々に指揮した作戦が失敗しました! これで大佐の司令昇進が一歩進んだことになります!」

「貴様、味方が死ぬことの、何がそんなに嬉しい?」

 鋭い眼光で睨みつけられ、兵は自らの失言に気が付いた。背筋を正し、口を真一文字に結んだ後は、何も言わなくなった。


 グレゴリオは、生粋の軍人である。司令官の座を、左遷させられてきた性悪男に奪われたとしても、それが軍上層部の通達ならば何の疑問も持たずに従うような男だ。

 だが彼の部下達は、彼ほど軍に従順ではなかった。

 前任の司令官が退役した時、次の司令官はグレゴリオが務めるものだと思い込んでいた兵達は、カミアズマから敗走してきた新しい司令官に強い反発心を芽生えさせた。


「おそらくあの武具店の青年だろう。所詮は付け焼刃のオシデント兵の中に、彼を斬れる者はいない」

 だから、副司令の腹を斬り裂いた一般市民のことなど、報告するはずもなかった。軍人ならまだしも一般市民に斬られたなど、彼の経歴に傷が付きかねないからだ。

 グレゴリオは、部下がそんな余計な気を回したことをまだ知らない。トウギに斬られ撤退した後、すぐに軍病院に搬入され手術を受けた為、報告は全て彼の副官が独断で行っていた。


「トウギ・フジヤ……」

 自らに傷を付けた青年の名を呟く。

 部下にああ言った手前、無表情ではあるが、彼もまた心のどこかで喜んでいた。

 この傷の借りを返せる。あの男を斬るのは、私だ!

 グレゴリオは無意識のうちに、笑みをかみ殺していた。


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