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騎士任命

 数分前と同じように、二者が剣闘場の中心で一定の距離を取って向かい合う。先ほど違う点は、カズヒサ・イシハラからシャルロッテ・エセルバードに変わったこと、そして自分の得物、それも真剣を手にしているという点である。


「どうしたの? 抜きなさいよ」

 シャルロッテはすでに剣を構えている。トウギは言われるがまま、刀を鞘から抜いた。露わになった刀身を見て、観客達がざわめき出す。

 本物か? いや、色が似てるだけの別物だろう。口々から漏れるそんな声を、少し離れたところで試合を見守るフウカは聞いた。


 審判席に移ったイシハラが、開始の合図を送る。


 ――瞬間、シャルロッテは動いた。

 流石に喧嘩を売ってくるだけのことはある。スピードは中々のものだ。だが、回避できない早さじゃない。

 突きを起点としたレイピア独特の剣捌きも、カザマ流の前では無駄に虚空を斬るだけだ。


 なんで当たらないの!?

 シャルロッテは剣の腕には自信があった。だからこそ、自分の攻撃が掠りもしない現実に、彼女は確実に苛立っていった。

 一方でシャルロッテの突きを回避するトウギは、避ける度に不機嫌な表情を作り、それを隠そうとはしなかった。

 これは「面白い」剣闘なんかじゃねぇよ大将。こういうのは、「可笑しな」剣闘って言うんだ。彼もまた、苛立っていた。


「やめだ、やめ」

 何度目かの攻撃を避けた後、トウギはそう言って対戦相手(シャルロッテ)と距離を取る。そして一度も刀を振るうことなく鞘へと戻し、踵を返してシャルロッテに背を向けた。

 この行為に、シャルロッテは激昂した。

「ふざけないで!」

 トウギの背中を目がけ、攻撃を繰り出す。だがこれも躱され、ついでに足をかけられ転倒させられてしまう。しかも転ばせるだけで、それ以上の追撃はしてこない。


 剣闘の試合中に転倒させておいて、止めを刺さない。これはシャルロッテにとって屈辱以外の何物でもなかった。

「舐めるなぁ!」

 控室に戻ろうとするトウギを、再び背後から襲う。


 次の一瞬だけ、トウギが殺気を放ったのに気が付いたのは、対戦相手であるシャルロッテとイシハラを含む審判席で見ていた軍人達、そしてフウカだけであった。


「――ッ!」

 その一瞬で、トウギはシャルロッテのレイピアの刀身を二つに切断していた。オシデントの防刃軍服をも切り裂く罪斬であれば、レイピア程度の細剣を切断するなど造作もない。


 それと同時に、試合終了の合図が鳴る。剣闘において相手の武器を破壊するということは、その時点での勝利の確定を意味する。

 妙技を見せられた観客達は大いに湧き、先ほどまで不満げな表情を作っていた連中も、今度ばかりは認めざるを得なかった。


「真剣勝負を舐めてるのはどっちだ!」

 トウギは怒っていた。だがこの怒号は、盛り上がる観客席の軍人達には聞こえない。

 試合終了の合図、観客達のうねり、そして対戦相手(トウギ)の怒鳴り声でようやくシャルロッテは自分の武器(レイピア)が破壊され、敗北したのだと気が付いた。


「一つ聞くが、あんた、人を斬った経験は?」

 静かに、そして冷たくシャルロッテに問う。

「そ、そのくらいあります! この前だって剣闘の大会で――」

「違う、そういうことじゃない。あんた、人を斬り『殺した』こと、無いだろ?」

 シャルロッテはそこで、言葉を詰まらせた。



『無権兵』や『称号狩り』との斬り合いとは異なり、公式の剣闘試合で真剣を用いることは無かった。

 カミアズマが建国される以前、つまり千年以上昔からこの地方では、権力者達による代理戦争として剣闘が行われてきた。


 だが、それまで幾つかの国に分かれていた地域がカミアズマとして統一されると、代理戦争として行われてきた剣闘は不要のものとなり、民衆の娯楽として楽しまれるようになるのにそう時間はかからなかった。

 そうなると、今までと同じルールで剣闘をするわけにはいかなくなった。何故なら、民衆は強者同士の剣闘を楽しみにしている。それなのに真剣で斬り合ってしまっては、強者のうちの一人は死んでしまい、これを繰り返していけば剣士がいなくなり剣闘そのものが成り立たなくなるからだ。


 この理由によって、客が観戦料は払って見る公式な剣闘では、刃の付いていない武器を使用するというルールが適用されるようになっていた。

 つまり、公式の剣闘試合しかしたことの無い人間は、「罪に問われない殺生」をしなくても済んでいることを意味している。だが、今のカミアズマ国内の現状を考えるに、それはあり得ないことである。

 何故なら、『無権兵』や『称号狩り』は増加の一途を辿っており、剣の道を志す者や、軍人にとってこの「罪に問われない殺生」は避けては通れない問題であったからだ。


 しかし何事にも例外は存在する。

 有名な剣闘士や、名を馳せた軍人であっても、常に護衛を付け、『無権兵』やら『称号狩り』の露払いをさせているのであれば、公式な剣闘試合以外では闘わなくて済む。そういう上流階級も確かに存在していた。

 そして、エセルバード家は、そういった上流階級の名家のうちの一つである。



 何も言わないということを、トウギは肯定と捉えた。

「やっぱりな。分かるんだよ、人を斬ったことのない奴の剣ってのは」

 罪斬を鞘に収め、シャルロッテと向き直る。

「無意識のうちに、急所を外して攻撃するんだ。人を殺めないようにってな」

 彼の言っていることは正しかった。シャルロッテの攻撃は、そのほとんどが手や足などを狙ったものであり、トウギは回避をしながらこれを感じ取っていた。

「一言でいうと、あんたには『軍人になる覚悟』、『人を斬る覚悟』が足りない」

 シャルロッテの顔から、血の気が引いていくのがわかった。おそらく彼女にはその自覚があり、図星を突かれたのだろう。


 トウギの怒りは、一重にシャルロッテの剣術だけが原因ではない。

 彼女の温い剣術と、甘ちゃんだった昨日の自分を重ねて苛ついていたのだ。言わばこの怒りは、彼自身への怒りでもあった。


「あんたの剣闘の実力は置いといて、真剣で人を斬るということに関しては、フウカ・カザマの方が何枚も上手(うわて)だよ」


 え、私?

 まだ二人が何か言い合いをしていることに気付いて駆け寄ってきたフウカは、突然挙がった自分の名前に驚き、困惑した。

 だが、トウギがどうやら褒めてくれているらしいこと、そして、彼の口から「カザマ」の名を呼んでもらったことが、認められたようで少し嬉しかった。


「今からでも遅くは無い、剣闘士に転向しろ。その腕前とあんたの美貌があれば、すぐにでも人気剣闘士の仲間入りだよ」

 これはつまり「軍を辞めろ」という最大級の侮辱であったのだが、シャルロッテは言い返す事が出来なかった。だが、

「そうしたくなければ、あんた自身が『覚悟』を持つように変わることだな」

 この言葉で彼女は一変する。

「――貴方に! 私の何がわかるっていうの!?」

 それは、長い付き合いのあるフウカでさえ初めて見るシャルロッテの姿だった。

「シャル……?」

 怒り、悲しみ、そして諦めのような感情が入り乱れた表情を作る彼女を見てフウカは、ただ名前を呟くことしか出来なかった。


「少なくとも、剣の実力だけは分かっているつもりだ」

 冷淡にそう言うトウギの足元に、シャルロッテは破壊されて使い物にならなくなったレイピアの残骸を投げつけ、早足でその場から逃げるように去っていく。

「貴方、彼女に一体何を言ったの?」

「今聞いたろ? 軍人より剣闘士のほうが向いてるって言ったんだ」

「それだけで……?」

 それだけで、プライドの高い彼女があんなにまで取り乱すなんて。フウカはトウギの足元に転がるレイピアの柄を見ながらそう思った。



 立ち去るシャルロッテと入れ替わるように、カズヒサ・イシハラが現れ、

「なんだ? エセルバードの嬢ちゃんと何かあったのか?」

 早歩きで去っていく彼女の後ろ姿を見ながら言った。

「大将よぉ、あれのどこが『面白い』剣闘なんだよ」

 トウギはイシハラの質問には答えず、自分をけしかけた文言についてのクレームを付けた。

「そうか? 急所を狙わないで闘うなんて面白いじゃねぇか」

「そういうのは『可笑しな』剣闘って言うんだ」

「うーん、お気に召さなかったか。まぁなんだ、あの嬢ちゃんがやたらとカザマ流を意識してたからな、一度ぶつけてみようと思ったんだが、余計なお世話だったかのう」

「なんだ、そういうことだったのか。まぁ、俺の剣を受けてどう感じるかは相手次第だからな」

「うむ、そうだな。……さて、どうやら他に『待った』を掛ける者は現れんようだな。では、早速移動して始めるとするか」

「移動? 始める? 何をだよ」

 トウギの疑問に答えたのは、フウカだった。

「貴方の血与騎士任命式ですよ、トウギ」


                   *


 血与騎士団本部の団長室へと戻ってきたトウギ、フウカ、イシハラの三名は、臨時の血与騎士任命式を執り行った。


「――トウギ・フジヤ殿、貴殿を血与騎士として任命する!」

 真新しいカミアズマ軍服を身にまとったトウギは任命書と階級章を受け取ると、そのまま丸めて軍服のズボンのポケットへとねじ込んだ。

「あ! 階級章はちゃんと襟に付けてください!」

 フウカはそう言って、お手本を示すように自分の襟に付く階級章を見せつける。そこには『少尉』の階級を表す一本線の入った襟章がきっちりと付けられている。

「気が向いたらな」

「駄目です! 今です!」

 トウギが舌打ちをしたせいで一色即発の雰囲気になるが、イシハラが「まあまあ」とフウカを宥めて事無きを得た。


「それにしてもこの軍服、案外悪くないな。結構良い素材使ってて着心地が良い。そして何より支給品だからタダってのがいい」

「結局はそこですか。現金な人ですね」

 フウカの嫌みも無視して、トウギはイシハラにあることを尋ねた。

「そういえば、軍から支給されるものは服だけじゃないって話だよな?」

「あぁ。ちゃんと準備させてあるよ」

 イシハラはトウギに鍵を手渡す。それは、これから彼の住居となる宿舎の鍵であった。

「助かるぜ大将」

「うむ。これくらいは安いもんさ。さて、本格的に動き始めるのはまだ先だ。それまではゆっくり休養してくれ。列車の長旅に、ぶつけ本番での試験でさぞ疲れたろ」

「あぁ、そうさせて貰うよ」

 トウギは「退室する時はきっちり敬礼をしてからですよ!」とうるさいフウカを無視して、団長室を後にした。


                   *


 敬礼をしなかったことでトウギとフウカが小競り合いをしながら本部の廊下を歩いていると、

「トウギ・フジヤ君!」

 見知らぬ男が、手を振りながら声をかけてくる。

「どちらさんだ?」

 トウギはその男の顔に見覚えがあるような気がするも、思い出すには至らなかった。

「エリアス・ヴァーネット中尉、お疲れ様です」

 フウカはお手本のような敬礼をその男――エリアス・ヴァーネットに向ける。

「やあやあ、フウカ君。そして、はじめまして。トウギ・フジヤ君」

「どうも」

 トウギは低頭して返した。

「僕はエリアス・ヴァーネット、階級は中尉。君の剣闘、見させてもらったよ。君のような剣士が仲間になると思うと心強い。これからよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 トウギはエリアスと握手を交わして初めて、彼を思い出した。



 バランセンにいた時のこと、武具店の女将、マサコが一人の美男子剣闘士にいれ込んでいた時期があった。彼の試合になるとテレビに齧り付き、「エリ様~」と声援を送っていたことを思い出す。それがこの、エリアス・ヴァーネットというわけだ。

 彼はそのルックスと腕前で花形剣闘士として名を馳せるも、一年程前に軍人へと転向し、表舞台から姿を消した。その時のマサコの落ち込みようを、トウギはよく覚えている。



「君に会いに来たのは他でもない、一言お礼を言おうと思ってね。うちのお嬢様のことで」

「お嬢様?」

「シャルロッテのことですよ。中尉は彼女の護衛を任されています」

「ほぅ、護衛か」

 なるほど。彼女の代わりに人を『斬って』いたのは、この男というわけか。フウカの耳打ちを聞いて、トウギは納得のいったような声を上げた。


「ではお礼と言いますと中尉殿、お礼参りといったところでしょうかね?」

 腰の剣帯に収められている罪斬を、カチャリと揺らした。

「トウギ君、君は冗談が上手いなぁ」

 エリアスは笑いながら両手を挙げ、闘う意思の無いことを表す。

「本当の意味でお礼に来たんだ。うちのわがまま姫にお灸を据えてくれたお礼にね」

 そう言って彼はウィンクをした。


 おそらく、剣闘士時代のファンサービスの癖が抜けていないのだろう。それは彼のファンの女性達からすれば卒倒するほど嬉しいサービスなのだろうが、トウギからすればいくら美男子とはいえ男からのウィンクなど気持ちの悪い以外の何物でも無かった。


「シャルロッテから聞いたよ。君、彼女に軍人を辞めて剣闘士になれって言ってくれたんだって? いや全く、僕も同意見なんだよ。彼女が軍人になりたいなんて言い出さなければ、僕はまだ剣闘士でいられたのに、まったくいい迷惑さ」

「はあ」

 トウギは、そんな話には関心が無かった。だが、

「僕は彼女の護衛をしなくてはいけなくてね。護衛のしやすさを考えると、僕も一緒に軍人になってしまったほうが良いって話さ。そうなると、剣闘士は辞めなくてはいけないだろう」

 エリアスはそんな彼にはお構いなしに話を続ける。

「なら護衛なんて辞めてしまえばいいんだろうけど、そういうわけにもいかなくてね」

 聞いてもいないことを、よくもまぁペラペラと。トウギが抱いた感想はそれだけだった。

「なんたって自分の親から命令だからね。あぁ、まだ言ってなかったか、僕とシャルロッテは従兄妹の関係にあたるんだ」

「ん、従兄妹?」

 ここで初めて興味を惹かれる言葉が出てくる。


「なるほど、あの美人の親戚ならその美男子ぶりにも納得がいくってもんでさぁ」

「お褒めに与り光栄だけど、実は彼女は養女でね、僕とは全く関係無い他人の血が流れているんだ。まぁヴァーネット家は所詮、エセルバード家の分家だからね、そんなの関係無しに本家の当主を護衛しなくてはならないんだけど」

「へぇ」

 そうか、彼女もそうだったのか。トウギはシャルロッテに、少しばかり親近感を抱いた。

 彼も物心が付いた頃に、ギンジ・カザマに引き取られた。言わば、カザマ家の養子と言っても過言ではない。


 

 カミアズマでは、養子を取るということは珍しいことでは無い。

 農業などを営む家庭では長い期間労働力になるし、剣の才覚の片鱗を見せる子供は資質を買われて引き取られることもある。

 そしてカミアズマには、里親に引き取られるのを待つ孤児の数も多かった。

 そのほとんどが、無権兵達の子供である。自分が食っていくだけで精一杯の無権兵達は、伴侶と愛し合い子供をもうけても、そのほとんどを孤児院に入れてしまう。


 孤児院は国からの援助で運営されている為に、孤児の収容数には限度がある。だから成人、つまり十六歳になると孤児院から卒業しなくてはならない。そうして社会に放り出された孤児達が自らの権利や名前を売り、親同様に無権兵になってしまうという負のサイクルもまた、この国の社会問題であった。



「護衛対象が弱いとこっちは大変だよ。シャルロッテには身の程を知って欲しいものだ」

 他人事とは言え、こう言われてトウギが少し苛ついたのは、彼女へ抱いた親近感が原因であることは言うまでも無い。

「それは違いますぜ。彼女は弱いわけじゃない」

「ん? 君もシャルと剣を交えて気付いたろ? あの子が急所を狙わずに闘っているってことに。あれは彼女の弱さが急所を外させているんだよ」

「確かにあの剣闘は可笑しい。だけど、弱いわけじゃない。あれは彼女の優しさの表れだ。向き不向きは置いといて、現に血与騎士にだってなれているじゃありませんか」

「ふむ。ではそもそも、血与騎士のレベルに問題があるという見方は出来ないかね? まぁ僕は今ここでそれを議論しようとは思わないけど。ただ事実として、僕よりシャルロッテのほうが弱い。これは揺るがない。なんたって、階級がそれを証明しているからね」

 無駄口が多く自信過剰。こいつ、俺の嫌いなタイプの人間だ。トウギは社交辞令的な笑みを浮かべながら、心の中でそう思った。


「さて、そろそろ僕は戻ろうかと思うけど、最後に何か質問があれば言ってくれたまえ。先輩として何でも答えるよ」

 こういう輩を見ていると、鼻っ柱をへし折りたくなってくるんだ。トウギが不敵に笑うのを見て、フウカは少し嫌な予感がした。

「それじゃあ中尉殿、大した質問じゃないのですけれど、宜しいですかな?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「いやね、年齢は上だけど、階級は下の軍人相手には、どういった言葉使いで話せばいいんでしょうかね?」

「なるほど、それは良い質問だね。僕みたいに若くして中尉になってしまうと、年上の少尉というのは珍しくないからね。そうだな、僕の場合はお互いが敬語を使うようにしている、かな。互いが互いを尊敬し合う、素晴らしいことじゃないか」

「ほうほう、それには一理あります。しかしですなエリアス中尉、俺には別に敬語を使ってくれなくても構いませんよ」

 そう言ってトウギは、ポケットの中から任命書と一緒に丸められた階級章を引っ張り出す。

「年齢は、エリアス中尉のほうが上ですよね?」

 そして、それを見せつけるようにして襟に取り付ける。その階級章が示す階級は、

「た、大尉!?」

 横線が三本入った、尉官最上位を表すものであった。



 カミアズマ軍血与騎士団の階級は、一般のそれとは異なった選出方法がなされている。

 普通の軍隊では勤務年数や士官学校を出ているか否か、実績、能力、コネクションなど様々な要因が合わさって階級が決まる。

 だが、血与騎士団所属の場合は単純明快。自身の「強さ」が階級を決めるほぼ全ての割合を占めているといっても過言ではない。


 血与騎士の階級は――団長を務めるカズヒサ・イシハラの『少将』を除いては、『大佐』から『少尉』までの六段階になっている。つまり、『大佐』が一番強いわけであるが、ここに属する剣士は全ての血与騎士の一割にも満たない。

 そこから階級が下がるごとにその人数も増えていき、騎士達の大多数を占めるのが最下級の『少尉』ということになる。普通ならば、士官学校を卒業しなければ得られない階級であるが、騎士団の入団試験に合格さえすれば、誰もがすぐにその地位を得ることができる。


 そしてこの階級は当然として、カミアズマ全軍に共通するものである。これが何を意味しているかという例えとして、こういう話がある。

 軍に志願兵として入隊したある男がいた。彼の階級は上等兵だったが、血与騎士選定試験に見事合格、『少尉』の階級まで特進した。それによって、今まで彼をしごいてきた教育係の軍曹とは立場も実力も逆転してしまったという話だ。

 それだけ価値が、この『血与騎士』という称号にはある。


 だが実は、血与騎士になるよりも、その中で階級を上げるほうが難しいと言われている。

 何故ならば入団試験では敗北を喫しても、実力をさえ認められれば血与騎士になることは可能だ。だが階級を上げるには、年に二度行われる昇格試験の場で、上級の剣士を倒さなくてはならない。

 つまり、少尉から中尉に上がるには、先任中尉である剣士を倒さなくてはならないのだ。そして先任中尉は負ければ少尉へ降格となる為、手加減無しの本気で挑んでくる。これが階級を上げるのが難しいと言われている要因であった。


 その中で、二十一歳という若さで中尉になったエリアス・ヴァーネットは、史上最年少『中尉』として広く知られていた。彼自身も、そのことに誇りを持っていた。



「いやいや、違いますよエリアス中尉、これ、『大尉』じゃなくて『大尉相当官』です」

 目を白黒させる美男子中尉に、トウギは平然とそう言ってのけた。彼に与えられた階級、それは『大尉相当官』という例外的なものであった。


 彼は団長であるイシハラ少将に文字通り、土を付けた。限定的な試験での剣闘とはいえ少将を倒したとなれば、佐官クラスの階級が与えられてもおかしくはない。

 だが、彼自身がこれを固辞し、あくまでも軍人ではなく一般人でいたいという希望から、この『大尉相当官』という役職が与えられた。

 平常時は一般人だが、軍事行動中は大尉としての立場を与えられる。これが『大尉相当官』という階級の扱われ方である。



「君が、大尉……相当官?」

 エリアスは自分よりも若い奴が自分よりも上の階級になったという事実に、少なからずショックを受けた。

「俺、師匠から年上の人間は敬えって教わってるんで、中尉にはこれからも敬語でお話ししますけど、中尉は特に気にせずそのままでいいですよ」

 トウギはエリアスの肩に手を乗せ、そのまま横を通り抜ける。

「さて、俺はそろそろ行こうかと思いますが、剣術について何か質問があれば上官として何でも答えますから、いつでもどうぞ」

 こう告げて、トウギは背中にエリアスの視線を感じながら、意気揚々とその場を後にした。


 今日この日、トウギ・フジヤは、血与騎士団に大尉相当官として加わることが決まった。


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