暗い夜の森の中で
――囲まれた。
暗い森の中、その少女――フウカ・カザマが気が付いた時にはすでに、いくつかの銃口が彼女に向けられていた。
数はそれほど多くはないだろう。約八人、二個小隊がいいところだ。
「こんなとこにまで来てるなんてね」
事前の情報では、このあたりは安全だと聞いていたのに。
現在単独行動中である彼女は、誰に言うわけでもなく呟き、焚火に薪をくべる。
彼女が口を閉じると、野営をしている森は夜特有の静寂に包まれ、くべられた薪の出すバチバチという熱そうな音しか聞こえない。その静寂に終わりを告げたのは、銃のセーフティを解除する冷たい音だった。
フウカは素早く立ち上がり、腰に備え付けられている剣の柄に手を掛ける。それと同時に四方八方から、銃声と鉛玉が彼女の身体を突き抜けようと勢いよく飛び出る。
しかしその弾丸が、彼女の身体に届くことは無い。
発射された全ての弾丸は、彼女の周囲五メートルほど手前でまるで壁にぶつかったように停止し、ぽとりぽとりと地面に落ちる。
全く学習しないな。と、フウカは思う。
少し前までは、死なないと分かっていても銃を乱射されるのは怖かった。だが、今はそれがひどく退屈に感じる。
けれどもやはり、銃が生み出すこの耳をつんざくような音はいくら聞いても慣れる気がしない。また耳鳴りで困らされるのは勘弁してもらいたい。
フウカは剣を抜くと一番近くの銃口があると思われる、十メートルほど離れた茂みに飛びつき、斬りかかる。
銃撃の轟音と共に、若い青年のものだと思われる叫び声を聞いた。
うるさい。
彼女は剣を上段に構え、それを重力と腕力に任せ振りおろす。銃撃音が一つなくなるのはいいのだが、今度は断末魔が彼女の鼓膜を襲う。次から耳栓を付けようかと考えるが、現実的ではないのですぐに諦めた。
剣の血を払い、それを鞘に収め、切り捨てた敵兵を確認する。予想通り、フウカと同じ年頃の青年だった。
「随分お粗末な装備ね。やっぱり、お金で雇った『無権兵』ってところか」
無権兵とは、ひと月の食費程度で底をつく端金で、自らの権利も戸籍も名前も売ってしまった者達が武装した傭兵の総称だ。金の為なら犯罪でも何でもする彼らのような存在は、この国の社会問題となっている。
すでに銃撃は止んでいた。恐らく逃げたのだろう。もし戦略的撤退だったのならば、あんな情けない声など聞こえてこないはずだから。
確かに、常識的に考えれば、銃が効かない人間なんて恐怖の対象でしかない。おそらく彼ら、もしくは彼女らは『血与騎士』の存在を知らなかったのだろう。
もう世間に知れ渡っているものだとばかり思っていたけれど、知られていないのならば、それはそれで有難いことだとフウカは思う。『血与騎士』の証である左腕の手甲をわざわざ隠さなくて済むのだから。
『血与騎士』とは自らの血を対価とし、ある特別な力を得ている者達の総称だ。
その力とは、自らの周囲に目には見えない障壁を生じさせる力である。その障壁によって、投石や爆風はもちろんのこと、銃弾からも自らの身体を守ることが出来る。
この障壁を通り抜けることが出来るのは人間と、その人間が触れているもの。つまり、『血与騎士』を殺害しようと思うのならば、刀剣などの近距離武器で直接叩くほかない。
だが『血与騎士』に任命される者は皆、剣術に長けた者ばかりなのでそう容易なことではない。
青年無権兵の死亡を確認したフウカは、耳栓を付けられない要因の一つであるイヤホン型のインカムのスイッチを入れ、
「こちら独立捜索部隊隊長、フウカ・カザマ少尉です。国境付近の森で二個小隊の敵ゲリラ兵と交戦、おそらく無権兵だと思われます。一名は討ちましたが、残りは捕り逃がしました」
と、機械的に報告した。
ややあって、野太い男の声で「了解。支障が無ければ引き続き任務を続行。分かっていると思うが国外に出ると無線は使えなくなる、その点に注意せよ。以上」と一方的に回線を閉ざされてしまう。支障の有無すら聞かずに。
それならこんな通信させるなっての。
フウカは耳からインカムを引っこ抜く。決まりとは言えこの通信での報告作業は、彼女にとっては煩わしい以外の何物でもなかった。
今日は最後の最後で疲れた。テントに入り込もうと思ったフウカだったが、先ほどの戦闘を思い出してしまう。
その結果、スコップを取り出し、泥だらけになってから寝袋に入るハメになった。