露見
聖焔騎士団との会談は恙無く終わった。
スピリッツさんの質問をのらりくらりとかわした俺は、とりあえず協力できる時は協力しましょうという話で終わった。
ヴェルヌさんは王城へ戻るという事で、ハウエルさんも一緒に戻ると思っていたのだが。
「ついてく」
「は?」
「ご主人様は忙しいんですっ。地の神の巫女はさっさと地の神の神殿にお帰りください!」
「嫌」
困り顔のヴェルヌさんだったが、ハウエルさんの奇行はよくあることらしく強引にお願いされてしまった。
ついてくと言われても、安宿に帰るだけなのだが。
「魔術師殿の宿に迎えを寄越しますので、どうかご安心ください。では御免!」
なにが安心なのだろうか。
帰りの道すがら、何か話したいことでもあるのかと思っていたが、ハウエルさんは何を話してくるでもなく安宿についてしまった。
せいぜいリファをからかい半分でいじってきたくらいだ。
「ここが魔術師の部屋?」
「そうですけど」
「ねえご主人様、ほんとにこのチビ助を部屋に招くんですか? いくら子供でもそういうの良くないって思いますっ」
いやリファの方が小さいけどね。
「禍々しい」
ハウエルさんの第一声がそれだった。
おいおい。やばくないか。やっぱり地の神の巫女パワーで何かを勘付いているんじゃ。
「ふふん、びびりましたかチビ助? ご主人様は闇魔法の使い手ですからねっ。深淵なる闇にちびりそうなんじゃないですか!」
「やっぱり違う。ほんとは闇魔法を見たことあるけど、これは別。あなたの鎧も魔術師のローブもうっすらと同じ気配を感じる。これは……邪神?」
おいあのバカ邪神。あいつこの部屋に妙な呪いでもかけたのか?
バレバレなんですけど。
「邪神だったらどうなるんです」
万が一。
俺も火炙りやら水責めなんかで、異端者として処刑されるのはごめんだ。
もしハウエルさんがそういうつもりなら。
可哀想だが仕方が無い。
俺も俺とリファを守るために動かざるを得ない。
まだ分からないが。
万が一の話だ。
「何もしない」
「邪神を信奉していても?」
「王国は、レーンの鷹のような犯罪者集団でもルールを守る限り受けいれている。地の神も魔術師を討てとは言っていない。だからそんなに怖い目で睨まないで」
よかった。
まあ一人でついてきた時点で大丈夫じゃないかと思っていたが。
「邪神の信者達は勝手に滅びた。自らが信奉する邪神によって非業の死を遂げていった。邪神を恐れる人はいるけれど、邪神の信者を国を挙げて迫害した事など歴史上ない」
おい邪神。
そういえば邪神自身が言ってたな。信仰するメリット皆無のダメ邪神だったか。
全盛期の邪神に目をつけられなくてよかった。
『てへぺろ』
急に邪神の声が俺の頭に響いた。
こいつ夢の中だけでなく、ちょくちょく出てくるようになってきてないか?
「ご、ご主人様は邪神官……いえ、エビルプリースト様だったんですかっ?」
「あ、うん」
なぜカタカナで言い直したのか。
俺の歳でエビルとかちょっちキツいんですけど。
いや読むぶんには好きなんです。
ルビとかふってあるとたまらないです。
でも自分では名乗りたくないのよ。
「かっこいい……! じゃあ私は邪戦士、いえ、ダークナイトですねっ」
リファは厨二病可愛いなあ!
「個人として邪神には興味がある。やっぱり世界を滅ぼそうと頑張っているの?」
「いやいやそういう命令は受けていないなあ」
「命令? 魔術師は邪神の声がきこえるの?」
あ、やべえ。うっかり喋り過ぎた。
「い、いや我がエビルバイブルにはそのような教えはだね――」
「それは嘘。地の神の巫女は相手の嘘を見破る能力がある」
「ちくしょう、邪神とは偉い違う使いやすそうな能力じゃないか。あとで文句言ってやる」
ハウエルさんは俺の言葉を聞いてにやりと笑った。
「嘘を見破る能力なんて嘘。でも間抜けが見つかってよかった」
こ、こいつ……!
「神の声が聞こえるのは巫女だけのはず。邪神は違うの?」
「えっ? ご主人様は巫女様でもあるんですか?」
変な属性を付けるのはやめていただきたい。
しかし若い女にしか話しかけないって光の神々もたいがいだな。
「いや。巫女ではない。悪いけどハウエルさん、俺は邪神の事を人に詳しく話したくない」
「なぜ? 交流は大事。仲良くしたい」
ずいぶんと平和ボケした考えだ。
火や地という違いはあれども、光の神々で統一されているからか。
宗教の違いって政治にまで影響を与えるような、かなり物騒なことになるんじゃなかったか?
いや逆か。
政治的な意図によって宗教が利用されているんだったか?
よくわからなくなってきた。
少なくともこの世界で邪神の信者と知られても火炙りなんかにはならない……?
いや、そもそも信じるものが違うからというだけでボコボコにされる事がおかしいとは思うのだが。
「あくまで私個人として知りたいだけ。魔術師がいやなら、神殿の者や王宮の人間には話さない」
「例え個人であってもだ。俺は俺自身とリファだけで手一杯だからな。用心に用心を重ねても足りないくらいだ」
「ご主人様……そんなに私のことを……!」
ここまで呪われてしまった子を今さら放置するわけにもいかないしな。
なんだかんだでこの軽率な子に情がわいちゃってるし。
「だったらスピーに魔術師にいじめられたと言いつける」
「すぴー?」
誰だよ。飼ってる犬か何かか?
「スピリッツ。聖焔騎士団団長」
「やめてください、しんでしまいます」
絵に描いたような虎の威を狩る狐だ。
スピーって面かよ。
しかし、こちらとしても安全が確保される範囲で、仲良くしていきたいのは確かなんだが。
「たまに地の神の神殿に顔をだすくらいでいいから」
「いやそれが嫌なんですよ。信者だと勘違いされちゃうかもしれないし」
「むしろそっちがご主人様の神殿に来いって感じですよねっ」
俺の神殿って、このボロい宿屋の部屋のこと?
「じゃあそれでいい。今後ともよろしく、魔術師、リファ」
「馴れ馴れしいですねっ。魔剣士と呼んでください!」
魔剣士というよりは呪剣士だけどな。
もう少しハウエルさんに突っ込んだ話をしてみたのだが、俺やリファから禍々しい雰囲気がうっすら漏れているらしい。
巧妙に隠されてはいるらしいのだが、ハウエルさんやスピリッツさんくらいの神の声が聞こえる巫女までいくと分かるんだとか。
この部屋に至っては禍々しい何かが降りてきたような気配が漂っており、無意識レベルで犬猫や虫も近寄らなくなっているんだとか。
霊感少女の妄言のような気もするが、いちおう言っているのは巫女だしな。
そうなると邪神の奴、俺が寝てる間に直接やって来て枕元に立っていたのか?
気合の入ったストーカーみたいで超怖い。
「興味深い時間だった。また来る」
「あんまり頻繁には来ないでくださいよ、ハウエルさん」
「スピーも連れてくる」
「やめて!」
ハウエルさんは満足げに帰っていった。
リファも話しているうちになんとなくハウエルさんを気にいってきたらしく、笑顔で手を振っていた。
今度こそしっかりがっつり寝てやりたいところなんだが。
俺はあまり気乗りしないままベッドに寝転んで意識を集中させた。
リファがなにか声を掛けてきていたが聞き取れない。
聖焔騎士団のファイだったか。
呪いが効いているか確かめてやる。
◆ ◆ ◆
「――らないのです」
「分からないじゃないよ。ファイほどの戦士が何をされたかも分からないまま、あの坊やに一撃で気絶させられたっていうのかい?」
ここはさっきスピリッツさん達と話していた聖焔騎士団の拠点の一室だな。
聖焔騎士団のファイさんには、見事に支配の呪いがかかっているらしい。
邪神によると直接操ることもできるし、自動操縦で放置する事も可能なのだとか。
こうして操作せずに、操っている対象の目や耳から情報を得る事もできる。
プライバシー無視の最低の呪いだな。
これって人数制限とかなく無限に支配できるのだろうか。
そうなると俺がこの世界の王とか神として君臨できるんじゃないか?
「あの奴隷の少女の攻撃を回避したところまでは覚えているのですが」
「うーん。ファイは人が良いからねえ。どうせ子供相手に手加減しようとして、そこをつけこまれたんだろうけどねえ」
スピリッツさんは腕を組んで首をかしげている。
見た目は脳筋っぽいのだが意外と分析家なんだな。
「いいかいファイ? 整理するよ。まずあの坊やの魔法らしき何かで団員が苦しみだした。ファイも魔法の気配は感じたんだね?」
「はい。確かに何かの魔法に抵抗しました。あれは風の神聖魔法のような麻痺……いえ、もっと重たい嫌な感じの何かでした」
「それが闇魔法ってやつかねえ。それでも抵抗できた団員で炎の壁は完成したんだろう?」
「ええ。しかし魔術師とその従者は平気そうでした。普通ならすぐに熱で意識が朦朧とするはずなのですが」
例の炎の牢獄か。あれってそんなえぐい技だったのか。
それ熱もあるんだろうけど酸欠じゃないのか?
火の神による炎と、普通の炎はまた別物なのかな。
「それでわざわざ1対2の状況を作って返り討ちにあったって? そこまでいくと優しいというより、相手を舐めすぎだろ」
「はあ……おっしゃるとおりです。見た目よりは良い動きをしたのですが、それでも負けはしないと思ったのですが」
「こりゃ、訓練不足だね。迷宮の雑魚どもに慣れちまって、想定外の強敵に不意をつかれてるんじゃないか。あんた達、相手が優しい坊やじゃなければ死んでるよ」
「ぐっ……申し訳ありません」
急に視界が床に向く。
ああ、ファイが頭を下げたのか。
このあたりちょっと不便な感じだな。
「ファイ、あんたは負けはしないと思ったなんて言うけどね。実力が上であろうが下であろうが勝負には関係ないだろう? 勝つか負けるか。生きるか死ぬか。それが全てじゃないのかい?」
「おっしゃるとおりです……」
な、なんだよ。
やけに理論的じゃないか。
脳筋戦士たちってこんなに色々考えて戦っているものなのか?
やはり能力は人に見られてはいけないな。
呪いも苦しめるくらいなら見せ技としていいが、それ以上はできるだけ使わないでおこう。
あっさりと対策されて終わりそうだ。
リファにもよくよく教えておかないとな。
「ただいま。スピー、お説教?」
「エルじゃないかい。坊やとは話せたかい」
「うん。今晩はファイも一緒に呑む?」
「いえ、私は訓練が……」
急に世界がプルプルと震える。
あまり首とか振らないでほしいな。
「公私は分けるって言っても今日くらいいいじゃないか。めずらしく幼馴染3人が揃ったんだからさ」
「だ、団長」
「今からはただのスピーさ。なあエル?」
「ファイは真面目過ぎる。火の神も地の神もあまり格式ばったものは好まれない」
「……まったくあなた達は。昔から気が抜けているというかなんというか」
スピリッツさんとファイさん、ハウエルさんたちは幼馴染のようだ。
スピリッツさんの目線から察するに、エルってのはハウエルさんの事ね。
なんだか名探偵っぽい愛称だが。
「なんとか生きて帰れたが、今回はやばかったよ。ファイを補給部隊に回したのは失敗だったね」
「団長ならレッサーデーモンどころかラージデーモンでも余裕でしょ?」
「それが違うのさ普通のデーモンじゃない。大きさも強さも段違いってやつさ」
おい。
じゃあヴェルヌさんと一緒に戦ったあのレッサーデーモンも普通とは違うのか?
あのでかさが何がレッサーかと思ってはいたけど。
そんなやばい突然変異みたいなやつなら言ってくれよ。
「苦労して作った休憩所もたぶんダメだろうね。火の神の護りも関係なく魔物達が雪崩れ込んできたからねえ」
「だからスピーにもヴェルヌにも忠告した。地の神の巫女に従わないのが悪い」
「まったくだねえ。あたしもこれを機に宗旨替え……冗談だから睨まないでおくれよ、ファイ」
じっとファイさんが睨んでいるのか、スピリッツさんのおどけた笑いが見えている。
こうやっていると派手目の褐色美人なんだけどなあ。
「それでエルはどうなんだい? あの坊やのことは何か分かったのかい?」
「邪神の信徒だった」
「……え?」
「しかも邪神を降ろせるレベルの」
「なんだって!?」
ハウエルさん……!
こいつ思いっきり口が軽いぞ。
腹が立ったのでファイさんを操作して思いっきりハウエルさんの頬をひっぱってやる。
「ひはいひはい、なんでつねるの?」
「えっ、あ、ごめん。なんとなく」
「いやファイの気持ちもわかるってもんさ。エル、あんた夢でも見てるんじゃないのかい?」
操作されるとなんとなく自分の意思でやったかのように錯覚するんだな。
あまり濫用するとバレそうだが、目や耳を借りるくらいなら問題なさそうだ。
「邪神ってのは、信者どころか自分自身をも、呪いで滅ぼした狂気の神だろう?」
「邪神についての記録は曖昧。よく分からないうちに関係者全員、歴史から消えた」
「うーん。確かに邪神については誇張されたような言い伝えしか残っていないわよね」
なんか出来の悪い笑い話みたいだよな、邪神の伝説って。
自分の毒で死んだふぐみたいな。
「魔術師はヒミツにしてほしいって言ってた。だからスピーもファイもこのことは内緒」
「な、内緒ってあんた……あたし達に言ってよかったのかい?」
「あ」
スピリッツさんは理知的だけど、ハウエルさんは意外とバカキャラみたいだな。
なんだこの凸凹巫女ズは。
「しかし邪神ってのはまた珍しいねえ。それに邪神の神官だっていうなら、ファイを地獄に落として邪神に捧げるとかしないのかい?」
「や、やめてよ物騒な話は。それに魔術師くんは無謀な行商人を助けてあげた訳でしょう? いい人なんじゃないの?」
「それも気になるところさ。何か嫌な予感もするんだよ、あの坊やには」
さすがに聖焔騎士団の団長を務めるだけのことはある。
俺は平和に暮らしたいが、邪神次第ではわからないからな。
今のところ、やることなすこと失敗ばかりの邪神だけどな。
中堅の冒険者を削るどころか、ぼったくりだが大事な補給線でもある行商人を救ってやんの。
「魔術師は悪い人ではない。でも邪神は分からない。警戒は必要。だから直接接触した」
「ふーん。エルが言うならそうなんだろうね」
「私は魔術師くんって良い人だと思うけどなあ」
やけに俺への好感度が高いファイさん。
もしかして支配の呪いの影響か。
「……男嫌いのファイにしてはやけに坊やの肩を持つじゃないか」
「さっきからファイは変。……誰?」
「えっ? な、なに?」
ハウエルさんが急に目をのぞきこんでくる。
「……誰?」
やばい。
俺は慌ててファイさんとのつながりを中断した。
できれば支配を解除したいんだけどな。
解除も直接本人に触れないとできないんだよなあ。
うわー、まずったかもしれない。
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