聖焔騎士団
邪神を信仰していると敵との力の差が分かるという。
初めて迷宮に来たとき、俺は狼に襲われた。
狼はそこまで強くないように感じたが、俺は確かに手傷を負って血が流れた。
同日、リファは恐らく盗賊に勝ち目がなかった。
しかしリファの攻撃で盗賊は殴り倒されていた。
ここから考えると、格上だからと言って勝ち目が無いわけではない。
お互いに全力を出せば、格上に勝つ見込みはないのかもしれないが。
人間が全力を出せる時なんて稀だ。
いつだって力を出し切れないで、負けるのだ。
スポーツ選手の多くはそう言ってた。
できるできるやればできる。
知恵と工夫で戦えばなんとかなる。
なによりも勇気さえ出せばなんとかなる。
「誰ですかあなたたちは? 何を勘違いしているのか知りませんが、私たちは迷宮の入り口を見に来た観光客です。幼い妹もいるんです。物騒なまねはやめてください!」
俺の嘘だらけの言葉に、2人ほど聖焔騎士団のメンバーが戸惑いの表情を浮かべる。
根っからの善人をだますのは心苦しいが。
あまり大きな怪我はさせないようにしよう。
苦しめ。
「ガッ!?」
「全員展開! 魔術師の攻撃は始まっているぞ!」
油断した2人は首をおさえて武器を取り落とすが、残りの3人は平気なようだ。
抵抗された?
聖焔というくらいだから火の神の加護でもあるのかもしれない。
「詠唱開始! 壁で囲め!」
隊長らしき団員は指示したと同時に、槍を長く持って殴りかかってくる。
リファがさっそく迎撃するが力が足りない。大剣で攻撃を受け止めきれずに俺のところに吹っ飛ばされる。
「火っ!? なんだ、炎の……壁?」
リファを受け止めて後退しようとするが、いつのまにか自分たちが炎に囲まれている事に気付く。
すごい。
さっきの商人ライトニングもびびったが、魔法ってほんとにあるんだ。
俺の使う呪いとは違って、派手でかっこいい。
「逃げ場はない。おとなしく武器を捨てよ」
隊長格の団員が油断なく槍を構えている。
高い炎の壁に取り囲まれ、周囲の様子は見えない。
俺たちと一緒に隊長さんも炎の壁に閉じ込められておりますが。
1人で俺とリファを倒す自信があるというわけか。
あと無駄に他の団員を怪我させたくないとか。
部下想いの良い隊長さんだな。
ただ俺だったら絶対に単独行動なんてしないがね。
状況的に俺たちが圧倒的に有利になってしまった。
炎の壁……いや炎の牢獄からの脱出は難しいだろうが。
脱出する気もないし。
「お、お兄ちゃんをいじめるなー!」
リファはぷるぷる震えながら大剣を構え、隊長さんに対峙する。
お兄ちゃんって誰かと思ったが、さっきの演技の続きね。
この子、けっこうあざといぞ。
「お兄ちゃんは私にかまわず逃げて! 私がなんとかしますっ」
「リファ……そんなお前を置いてなんて……」
俺に振り返りつつ悲痛な決意を叫ぶリファ。
でも口元がちょっとにやけている。
隙を作るから、俺になんとかしてくれって話か。
「な、なんという。貴様は奴隷の、しかもこんな幼い少女に守られて恥ずかしくないのかっ」
奴隷だってばれてーら。
あ、そっか。首輪で分かるのか。
「お兄ちゃんは奴隷の私に優しくしてくれたもん! 今がご恩返しのときなんですー! てりゃー!」
リファによって設定がどんどん作られていく。
それだと俺が奴隷にお兄ちゃんと呼ばせている変態みてえじゃねえか。
このままいけば恋人設定まで付け加えられかねない。
「ま、待つんだリファ! お願いだ! その子だけは、その子だけは殺さないでくれ!」
俺も適当なセリフを吐きながらリファを追って走り出す。
名女優リファが、いかにもド素人ですという風にへっぴり腰で、しかも目を瞑って大剣を振り回しながら、隊長さんに突撃する。
隊長さんは少し同情するような顔で、槍の穂先とは反対の方をリファに向ける。
やっぱり良い人だ。気絶させるくらいですましてくれるらしい。
そこでリファは目をカッと見開いた。
大剣をしっかり持ち直し、腰の入った掬い上げるようなフルスイングで隊長さんの首を狙う。
いやいや首狙うか、ふつー。
「な!?」
「ちぃ! 外しましたっ」
隊長さんもさるものである。
咄嗟に頭をそらせて、リファの必殺の一撃を回避する。
大剣がかすって、隊長さんの兜がどこかへと飛んでいく。
短く切りそろえた髪があらわになる――もしかして女か?
すでに走り出していた俺は、即座に隊長さんに接近し、無防備な首を鷲掴みにする。
「俺の名は黒衣の魔術師、カンゾー。お前は?」
「せ、聖焔騎士団、ファイだ」
よかった、馬鹿正直に名乗り返してくれた。
商人連合を相手にしたくらいから使える気がしていた呪い。
すこし厄介な条件だったが、やっと揃った。
従え。
ファイさんはびくりと痙攣し動かなくなる。
成功したか?
「やりましたか、ご主人様!」
失敗した気がしてくるからやめて!
リファの声と同時に炎の壁が消え去る。
外の4人が異変を察したらしい。
俺はファイを地面に横たえ、首元にナイフを向ける。
やっぱ鎧着ている人は重いわ。
「隊長!」
苦しげにうずくまっている団員の一人が悲痛な声をあげる。
いやいや命までは奪ってませんから。
「あなたたちの隊長は無事ですよ。ちょっと気絶しているだけです」
「これ以上、ご主人様に反抗するというのなら、命の保証はありませんけどね!」
リファは余計なこと言う可愛いなあ!
脅しが効いたのか両手を挙げ投降の意思を示す聖焔騎士団さんたち。
なんとかなるものなんだなあ。
勝っちゃったよ。
でもこの人達って聖焔騎士団の補給部隊とかだよな。
これ以上、やばいのが来たらまずい。
そろそろ限界だと思うのだが。
『……もう、いいですよ。おつかれさまでしたー』
そんなことを考えていると邪神の不貞腐れたような声が聞こえた。
なんで不機嫌なんだよ。散々わがままに付き合ってやったっていうのに。
「なんだい、あんたたちこんな坊やにやられちまったのかい?」
肉食獣を思わせる獰猛な気配がただよっていた。
毛皮のようなマントをまとったでかい男……いやでかい胸と整った顔立ちから察するに女か。
いつの間に。
「ヴェルヌ! いないのかい! 手を貸しな! 怪我人が大漁なんだよ!」
大女が怒鳴るとヴェルヌさんをはじめ、兵士たちがあわてて詰め所を飛び出してきた。
迷宮からわらわらと荷台やら担架に乗せられた怪我人が列をなして運び出されてくる。
「な、なんなのだ? 皆、実力ある冒険者ばかりではないか。迷宮で何が起きているというのだ!?」
「こっちが聞きたいさヴェルヌ。中層で上級のデーモンまで暴れていたからねえ。今のクイーンの迷宮はあたしたちが知っている迷宮じゃないね」
首をゴキゴキと鳴らしながらヴェルヌさんに答える大女。
俺はさりげなくリファの手を引いてその場を立ち去ろうとしていたが、大女はすぐさま俺に声をかけてきた。
「坊やかい? 迷宮に入ろうとする行商人を入り口で追い返している魔術師ってのは?」
「ぴっ!? ち、ちがいましゅ」
この大女には絶対に勝てないだろう。奇跡が起きても寿命が一瞬延びるだけだ。
邪神の能力が憎い。
必要以上に俺をびびらせてきやがる。
「そ、そうですよ! あ、あなたが聖焔騎士団の団長ですかっ。子分たちはご主人様と私が成敗しました! か、かかってくるならかかってこりゃー!!」
怯えながらも吠えるリファ。
さすがに相手の強さが分かるのだろう。
本気でぷるぷる震えながらの挑発だった。
「いや。むしろ良くやったよ坊やたち。あの行商人どもは強くもない安い護衛を引き連れて、無理矢理あたしたちのいる階層までやってくるからねえ。今の迷宮にもし入っていたら、間違いなく全員あの世行きだったろうさ」
「おお! つまりそういうことだったのですな、黒衣の魔術師殿!」
大女の言葉を聞いたヴェルヌさんは、感心したように話しかけてきた。
「クイーンの迷宮の不穏な気配を感じ取り、無謀な冒険をする行商人たちを無理矢理にでも引き止めておられたのですか!」
「あ、ああ。あの手の行商人たちは口で言っても聞かないだろうからな」
そういうことにしておこう。
「魔術師殿も水臭い! でしたら我ら王国騎士団も協力しましたのに」
「確信が持てなかった。とりあえずは泥をかぶるつもりで客員魔術師としての責任を果たしたまで。勝手な行動かと思ったが、行商人たちの犠牲が減らせてよかった。彼らは冒険者を陰でサポートしてくれる縁の下の力持ちだからな」
キリッとした顔で思いつくままにコメントする俺。
すいません、本当は違うんです。
すいません。
「聞いたか皆の者よ! 黒衣の魔術師殿の深謀深慮! そして聖焔騎士団の勇猛なる活躍によって多くの命が救われたのだ!」
ヴェルヌさんの堂々たる宣言に、聖焔騎士団達となぜか俺に尊敬の眼差しがおくられる。
「しかし坊やは魔術師なのに強いんだねえ。うちのファイを倒すなんて、しかも命を奪わずにさ。手加減してくれたんだろう?」
「い、いやギリギリ、運良くギリギリでして」
呪いで戦闘不能にしただけだからなあ。
しかもファイさんはリファに手加減するつもりだったし。
まともに戦えば間違いなく俺の胸にぽっかりと穴があいていただろうな、いや比喩じゃなくて。
「そこの嬢ちゃんも、あたしに啖呵切るなんてたいしたもんさ……なかなか美味そうなルーキーだねぇ」
べろりと舌なめずりする大女。
聖焔騎士団って光の神々である火の神に仕える聖職者集団じゃなかったっけ?
どう見ても蛮族の族長なんですけど。
それから俺たちも怪我人の搬送を手伝った。
怪我人は町にある各神殿に収容され、神の奇跡によって治癒を受けるそうだ。
呪われた俺たちには縁の無い施設だが。
ほんと今回みたいな無理はやめたほうがいいよな。
◆ ◆ ◆
3日ぶりにがっつり眠れると宿に引き上げたはずの俺たちは、聖焔騎士団の拠点の前に立っていた。
この街には火の神の神殿はないらしく、聖焔騎士団の拠点がそのまま神殿の役割も果たしているんだとか。
普通に綺麗な石造りの建物なんだけど、さっきの大女の拠点と知っていると、魔王城にも見えてくる。
「ご主人様、ここって?」
「聖焔騎士団がこの街で借りている拠点らしい」
「カチコミですねっ。さすがご主人様♪ くぉらぁー! でてこいや聖焔騎士団~!」
リファはあほすぎてかわいいなあ!
可愛らしいカチコミをかけるリファに反応してゾロゾロと出てくる聖焔騎士団の皆さん。
「討ち入りか?」
「団長を守れ!」
「我は黒き剣士リファ! 恨みはありませんが聖焔騎しえびっ!?」
堂々と名乗りをあげるリファに拳骨を落として黙らせる。
すぐさま俺は謝罪と共に、団長さんから招かれたと説明する。
「なーんだ遊びに来たんですね」
「そんな軽い話でもないと思うんだけどな」
団員が不信感丸出しの目つきで、俺たちを中へ案内してくれる。
団長の大女が居るという事は、今日は聖焔騎士団のメンバーは全員そろっているのだろうか。
歩きながら邪神に粘着を願うと、辺りの人数が把握できた。
ざっと30人ちょっとか。けっこうな大所帯だな。
この全員が今日戦った平団員くらいの力を持っているのだとすれば脅威だ。
「黒衣の魔術師殿をお連れしました」
「来たかい坊や」
「おお、魔術師殿」
なんだろう。
居間……なのだろうか。
暖炉にソファーという温かそうな空間に大女とヴェルヌさん、そして緑色の髪のエルフの少女がいた。
ハウエルさんだったか?
「一体、なんの集まりで俺が呼ばれたんですか?」
「おう、では私が説明いたしますぞ」
「いや、あたしが教えてやるよ」
「絶対に私が説明する」
「ご主人様に説明するのは私の役目ですっ。ポッと出の人達は控えなさい!」
普通、こういうのってもっとスムーズにいくはずなんだけどなあ。
とりあえずリファを押さえ込み、3人が口々に説明する話をあわせると、要は今後の方針らしい。
クイーンの迷宮の魔物が活発に動き出したこと。
特に中層以降から、これまで発動していなかったトラップも多数発動するようになったこと。
頼みの綱の非常口がろくに発動しなくなったこと。
これらを考えて、聖焔騎士団は迷宮の上層から状況把握も兼ねて探索をやり直していくそうだ。
「王国騎士団としましても、安全な階層を見直さざるを得ませんな」
現在、クイーンの迷宮は地下5階までを区切りとして自由に解放していたそうだ。
地下5階以降は討伐数に応じて、実力を認められた冒険者だけが進めていたらしいのだが。
「ま、安全な階層なんてあってないようなもんさね。行商人なんかは勝手にすり抜けてあたしらのところまで来てたしねえ」
「我が王は関所を突破できる者も相応の実力ありとして、探索を許可されておりますからな」
色々と初めて聞くことが多いな。
本腰を入れた冒険者は覚えることが多くて大変だろうな。
ネットはおろか、開放された図書館すらないからなあ。
冒険者仲間とか王国や神殿を通してしか情報を得られないってわけだ。
「それで聞きたいんだけどね、坊や。あんた魔物の動きでも分かるのかい? どうやって迷宮の上のほうにいながら、深部の異変に気付いた?」
「それは……」
ちょっと考えどころだな。
邪神に言われて商人妨害してましたなんてのは論外として。
気配で分かると言ってしまえば俺の利用価値が上がってしまう。
今の邪神の粘着だと迷宮の奥までは分からないしな。
「クイーンの迷宮が閉鎖されていたでしょう? ただその間にも探索を許可されていた強い冒険者たちが、ほとんど帰ってきていなかったからですよ」
「おお! 言われてみればそうですな」
ヴェルヌさんが得心がいったようにうなずく。
ほんとは探索中の冒険者の出入りなんて全く気にしてなかったけどね。
まさかあんなに足止めを食らっているなんて思わないし。
「ふーん。そうかい」
大女はあまり信じていないようだ。
しかし彼女も冒険者。能力を明かさないのは理解してくれるだろう。
緑のハウエルさんは何が面白いのかさっきからリファをじっと見ている。
リファもハウエルさんに対抗してメンチらしきものをきっているつもりらしいが、ちょっと変な顔になっているだけである。
ハウエルさんは不意に口をタコのようにして笑わせにきた!
「ぷっ! あははは! ……な、なにすんですかこらぁー!」
「先に変な顔して笑わせてきたのは魔術師の従者」
怒るリファの頭を撫でるハウエルさん。
この人は何しに来たのだろう。
「そちらの巫女さんは一体?」
「ハウエル殿は……スピリッツ殿、なぜハウエル殿がここに?」
ここで聖焔騎士団の団長である大女の名前が判明した。
スピリッツさんというのか。
「意外と可愛い名前なんですね」
「ぶっとばすよ」
大女は俺を睨みつけると咳払いをして言った。
「ハウエル……エルとはダチでね。神に仕える巫女同士として仲良くしてるのさ。エルは坊やに興味があるらしいってんで同席してもらった」
「巫女ぉ!? えっ? ええ~!?」
慌てふためいてヴェルヌさんに視線をおくると、彼も悲痛な面持ちでうなずいてみせた。
マジか。
巫女なのか。
美人だがこのいかつい大女も巫女か。
蛮族スタイルのせいで、確かに腋が丸出しではあるが。
「いや失礼しましたスピリッツさん。清らかな貴女に巫女はぴったりだと思っていました」
「嘘言ってんじゃないよ、ったく」
変に言い訳するよりは良かろうと、見え透いたお世辞を並べて勘弁してもらう。
あれ、でもなんだか顔が赤いぞ?
「はっはっは! 魔術師殿は積極的ですな。スピリッツ殿はどうか知りませぬが、生来の火の神の信徒は情熱的。一度気にいられれば果敢なる突撃をすると聞きますから注意が必要ですぞ」
いやいやいや。
変なフラグ立てないでヴェルヌさん。
でも懇意にしておいたほうがいいのか?
「でもハウエルさんとスピリッツさんは同い年ではないですよね?」
聞かなければよかった。
2人はまさかの同い年で、リファと3つしか違わなかった。
そうなると、たぶんスピリッツさんは俺より年下だよな。
はっきりと自分の年齢を覚えていないからあれだけど。
えー。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
解析によりますとユニークユーザー200に届きそうでした。そのまま200人の方々に読んでいただけたという訳ではありませんが、緊張感を持って投降して参ります。
評価やお気に入り登録も誠にありがとうございます。またありがたいことに感想もいただいております。日々、脳内会議を開催し、検討を重ねてはおりますが、一つブレインストーミングにご参加していただくおつもりで、お気軽にご感想をいただければ幸いです。
非才の身でありながら、優しい読者様がたに出会えたことは非常にありがたいことです。感謝申し上げます。