悪
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モンスターの群れは人間たちの連合軍によって全滅した。
盗賊と一言でまとめられるものの、その能力には当然個体差がある。
無防備に迷宮を歩く初心者を狙う盗賊がすべてではない。
迷宮で活動する盗賊たちの根拠地には戦闘要員も当然多く配置されていた。
それを見越しての戦力をレーンさんも用意していたのだろうが、聖焔騎士団と盗賊が協力することは想定外だったのだろう。
「とりあえずは礼を言っておくぜ」
「必要ないねえ。あたしたちはあんた達と馴れ合う気はないからね」
盗賊互助会会長と聖焔騎士団がこうして会合を持つことになるとはなあ。
そしてなぜかごつい盗賊やら騎士やらが集まるなかで、俺までいるのか。
「会長、もしかしたらこいつらが魔物どもを誘導してきたのかもしれやせんぜ?」
「可能性はあるな。だけど私たちを助ける理由はないぜ? それに戦闘に参加していた奴らからの報告ではとても演技には見えない助け方だったぜ」
「う……それは……たしかに頭の言うとおりですが」
まあ実際にモンスターを呼び込んだのはスピリッツさんたちじゃないしな。
「違う聖焔騎士団。声の魔物聞いた、助け行く、できる証明よ」
真っ黒な目をくりくりさせながらアーシュは口をはさんだ。
すっかり邪神サイドに立ってるみたいだが、ここでこいつを告発すればどうなるんだろうな。
うまいこと聖焔騎士団に潜り込んでいるみたいだが。
「金次第でどうにでも抱き込める流れの商人なんぞ証人にはなれないぜ……と言いたいところだが。さっさと話を進めるぜ。聖焔騎士団はどうするつもりだ?」
「どうもこうもないねえ。迷宮で人間が魔物に襲われていたから助けにきただけさ」
「見逃してくれるってことか?」
「迷宮の中じゃ誰を襲おうが返り討ちにしようが自由。あんたたちが向かってくるなら今からでも相手になってやるよ」
「わかったぜ。お前たちも怪我人を抱えているらしいからな。迷宮を出るまでは手をださない。店も使えるよう手配する」
なるほどね。
わかりやすい手打ちだ。
協力は緊急回避の今回のみ。
あとはこのまま不干渉で関係は一切もたないというわけか。
「あまっちょろいねえ2代目会長は」
スピリッツさんは獰猛な笑みを見せて会長を見据えた。
「どういう意味だぜ?」
「ボンクラな2代目なんざ知ったこっちゃないけど、あの半裸で女子供を誘導していた娘たちに敬意を表して教えてやるよ。こんな場所のことは王国はとっくの昔に把握してる。迷宮を脱出しているあたしたちがこんなルートを通るわけないだろ」
言われてみればそうだ。
無駄に迷路が広がるだけの階層なんて歩く意味ないもんな。
ましてや怪我人を抱えて撤退中に理由もなくここを通りかかるわけがない。
「ハウエルさんか、いやケインさんにでも頼まれたのか?」
「そっちにも多少わかってるのもいるみたいじゃないか」
あ、やべ。
おもわずボソッと言ったことをスピリッツさんに拾われてしまった。
「天使さまとか呼ばれてるそうだね。あんたにお願いがあるのさ。安心しな。あんたにも、それに会長とやらにもうまい話さ――」
あ。
これお願いという名の命令をする時の空気だ。
◆ ◆ ◆
盗賊の街は迷宮の中にあるわけで。
ある意味、どこでも屋根のある屋内で浮浪者にも優しい街ともいえる。
そこら中にケガをして手当を受けている人間がいたり、炊き出しをみじめに食べている人間であふれていた。
奇妙にもケガを負った騎士に盗賊丸出しの人間が飲み物を渡していたり、包帯を巻いた冒険者らしき風体の人間が盗賊に薬品を塗っていたりしている。
人から物を奪って生きるというおよそ下劣極まりない生き方を選んだ人間がどんな目にあっていようとも自己責任と言うことは簡単だが。
簡単だが。
「あ、天使さま」
そんな災害真っ只中の現場でやけに露出の多い服装の女たちがいた。
元スサレノオンケッゼのメンバーたちである。
彼女たちの周囲にはこの街には数少ない女子供が身を寄せ合い、なにやら罹災後とは思えない明るい雰囲気があった。
俺は冥い気持ちを押し込めつつ、笑顔で彼女たちに語り掛けた。
「今日はスサレノオンケッゼのみなさんにお別れを言いにきました」
「ど、どういう意味ですか?」
「私たちクビってことですかっ」
確かに今思えば自分の命よりも無辜の市民の救出活動を優先した時点で、どさくさにまぎれて……。
いや、今さら考えても詮無き事か。
「クビになったのはむしろ俺ですね」
「天使さまがクビ?」
「ええ。皆さんは聖焔騎士団といっしょに迷宮を出てもらうことになりました。おそらくは地の神の神殿預かりということになるでしょう」
「聖焔騎士団……? 地の神の神殿?」
混乱するスサレノオンケッゼのメンバーに、できるだけぼやかしつつ聖焔騎士団団長に目が留まり更生可能な犯罪奴隷のモデルケースに選ばれたかのように説明した。
彼女たちが今のように社会奉仕活動と芸能活動を両立していくなかで、犯罪者は更生可能であるという見本を示すことになる。
それは多くの犯罪をせざるを得なかった人間と、犯罪者を生かす意味に疑念を持つ人間に光を示すことになるとか、そんな感じのこと言った。
「私たちが……手本に」
「ええ、ですからすでに皆さんは俺や互助会会長の管理からは離れています。よかったですね」
「で、でも! だからって天使さまと離れる必要は」
離れる必要はおおいにある。
なんとなくだがなんちゃらの神の巫女という奴らは優れた直観力があるような気がする。
火を使った攻撃など特別珍しいものではないが、なにかしら俺と今回の騒動で暴れまわったモンスターをつなげて考えているような気がする。
こういう予感は当たっていようが当たっていなかろうが念のために逃げをうつに限るのだ。
そもそも俺の精神が、今後の元スサレノオンケッゼたちがたどるであろうルートに耐えきれるとは思えない。
「あなた達でまた別のグループ名でも考えて活動していってください。おつかれさまでした」
「でも、そんな急に……」
「そうですよ! だって私たちは天使さまに拾われてこうやって皆さんと楽しく――」
「いいんです。それ以上言わなくて」
「天使さま……」
「いいですか? 俺があなた達に教えることができたのはまだほんの一部のことでしかありません。例えばスサレノオンケッゼの新入生には男性グループも入れていくつもりでした」
俺はせめてもの抵抗として、知りうる限りのアイドルグループの運営上の失策を彼女たちに正しい指針として伝授したのだった。
◆ ◆ ◆
「うおおおおおん! 元気でなー!」
「二度とこんなクソみてえなとこに戻ってこないようになー!」
いかついおっさんたちに見送られてスサレノオンケッゼたちは聖焔騎士団たちと街をあとにしていた。
どうせならこのタイミングでレーンさんがまたモンスターをけしかけてくれたら面白いのにそんな雰囲気もない。
どうも今回の騒ぎでかなりの戦力を放出してしまったのではないだろうか。
「短い間とはいえ気持ちのいい連中でやしたね。姉さんがたもなんで犯罪奴隷になっちまったんだかわからねえ」
「ちげえねえ。姉さんたちは俺たちからなんも奪わなかった」
「いや……彼女たちは大変なものを奪って――」
「がんばれよー!」
「聖焔騎士団もしっかり姉さんがたを守ってくれよー!」
いや聞けよ。
一回でいいから言ってみたいセリフだったのに。
しかし取引で得はしたものの、まさか再び俺が追放されることになるとはな。
追放された後の真の仲間ってズッ友じゃねえのかよ。
まああの女たちは期待外れだったから惜しいという気持ちもないが。
前歴を考えれば、虫も殺さないような顔で男たちからすべてを奪っていくことを期待したいたのだが。
手を汚さずに、むしろ被害者のほうから喜んですべてを差し出すような妲己のような女たちだと思ったのに。
所詮、悪事が露見してしまって奴隷に落とされてしまう三流の人間は安っぽいヒロイズムに生きてしまうのだろう。
むしろ損切りできてよかった。
「天使さま、最後まで見送らないんですかい?」
「ええ。俺はべつに」
自らは手を下さず、周りからは慕われながらも、すべて自分がもっとも有利になるように。
「あれ?」
 




