邪神さまのおつかい
「おお、びっくりしました。あなた様は噂になっている黒衣の魔術師殿では?」
「……」
「魔術師殿もこれから探索ですか? でしたら私どもにお手伝いできることはございませんか? 今から足りていないアイテムを買いに街へ戻るのは面倒でございますよ。食料に水はもちろん、傷を癒すありがたいポーションから、高名な神官さま謹製の魔法書まで色々揃っておりますよ!」
「冥い悲鳴が……クイーンの迷宮に……谺する……」
「えっ?」
「闇は告げる……昏き野獣の心より憤怒の欠片を呼び覚まさん。哀れなる行商人よ、我が闇の奥義の礎となる名誉を与えん」
「……あのう」
まずい。ひねり過ぎて全然、意味が伝わってない。
やはりリファに襲撃のセリフを考えさせたのは失敗だったか。
わかりやすくいこう。
「あなた達を襲撃します」
「ええ?」
戸惑う行商人と雇われている護衛は一斉に苦しみ始めた。呪いの効果は上々だ。
すぐさまリファが2人ほど護衛の戦士を薙ぎ倒し、俺は苦しむ行商人にナイフを突きつけた。
「動くな! 雇い主が死ぬとあなた達もも困るんじゃないですか? 武器を捨てて投降してください」
勝負はあっさりとついた。
護衛は全員戦意喪失。
行商人は青い顔をして呻いている。
「い、命ばかりはお助けください」
「……今日は迷宮に入らずにおとなしく帰ると誓いますか?」
「は?」
「ここで帰るか、終わりにするか」
「帰ります! おとなしく帰らせていただきます!」
「では荷物を持って速やかに帰ってください」
俺は行商人から何を奪うこともなく解放してやる。
迷宮の入り口に立っている兵士の目が点になっているが気にしない。
慌てて逃げ帰る行商人と護衛一行をしばらく警戒していたが、おとなしく帰ってくれたようだ。
「やりましたね、ご主人様♪」
「護衛は無力化していたし殴る必要は――」
「でもご主人様ってやっぱり悪者、ヒールだったんですねっ」
リファは瞳をキラキラさせながら言った。
「やっぱりって」
「だってご主人様は闇を操る魔術師様ですもんね! なんだか正義の味方っぽいことばかりして変だなーって思っていたんですっ」
俺たちはクイーンの迷宮の入り口入ってすぐの場所に陣取っていた。
さっきの行商人で3組目だ。
朝もまだ早いのに働き者ばかりだ。
行商人を襲撃しろということで、どこに待ち伏せしようかと考えたが。
入り口で張っていれば絶対に行商人は通るしな。
そしてそのうち強い護衛を引き連れた行商人が、俺たちを返り討ちにしてくれるだろう。
できるだけのことをやれば邪神にも言い訳がたつ。
困っている冒険者を飢えさせるってのはいい気分しないしな。
返り討ちにあう際に、致命傷を受けないように気をつける必要はあるが。
「でも行商人の護衛してる奴らはあまり強くないな」
「ですね。ああいう護衛の仕事は中堅より下の冒険者が受けるみたいですけど」
「ということはリファはもう中堅より上のレベルってことか」
「……なんだか変なんです。ご主人様と会ってから急に身体の調子が良くなっているという感じなんです。神様の祝福でも受けたみたいな」
いやそれ呪いだから。
「そっか。リファの隠された才能が花開いたのかもな」
「えへへー、そう思いますっ。ご主人様の訓練のおかげです!」
慢心気味だが嬉しそうにしていてよかった。
今のところ勝てそうにない奴は来ていないしな。
邪神の呪いで、相手との力量差が分かるのが地味にありがたい。
「魔術師殿! これは一体どういうつもりですか!」
呑気にリファとだべっていると、ヴェルヌさんが怖い顔でやってきた。
「ああ、ヴェルヌさん。この前はどうも」
「どうもではありませんぞ! 日も昇らぬうちからずっと行商人を襲っているそうではないですか!」
「あー、いや、まあ」
「しかもこんな兵士に丸見えの位置で! 一体どういうつもりなのですか!?」
そりゃ怒るわな。
「ヴェルヌさん。迷宮内の罪は一切問わないというのが王の決めたこと。いくらあなたでも干渉は困ります」
この無法地帯ルール。
あらためて考えるととんでもないよな。
最低限のルールとして王国の兵士への攻撃は禁止されているが、冒険者同士のトラブルは一切ノータッチ。
こんな危険な場所はそうそうないんじゃないか。
それともこういう迷宮は全部こういうものなのだろうか。
「ううむ。しかしこんな迷宮の入り口で襲撃など前代未聞ですぞ。しかも行商人から取る物も取らずにほぼ無傷で街に帰しているとか」
「ほらご主人さま、やっぱり身ぐるみ剥がないとクレームがきちゃうんですって!」
リファは強盗かわいいなあ。
強盗なんておおっぴらにやれば、どれだけ恨みを買うか分かったもんじゃない。
迷宮の入り口でとおせんぼしている時点で、風評は最悪なんだろうけど。
「なにか事情があるのでしたら、このヴェルヌが力になりますぞ?」
「いえこれは一重に俺の勝手。ヴェルヌさんには悪いですが好きにさせてもらいます」
しばらく詰問は続いたが、王国が敷いた法だから仕方が無い。
しぶしぶという感じで、入り口横の兵士詰め所に入っていった。
何かあったら飛び出してくるつもりなのだろう。
まあ、事故って怪我人をだしてしまった時は協力してもらおう。
「正体を現したようだな邪悪な魔法使いめ……! やはり父上を誑かしていたのだな!」
威勢良く現れたのは1人の女騎士。
ヴェルヌさんの娘さんだ。
前と同じで立派な鎧を着ているが、胸の部分に描かれたクイーン王国の紋章が削り取られて深くバッテン印が刻まれている。
「あははは! 見てくださいご主人さま♪ この女、騎士をクビになってますよ!」
「き、騎士の名誉剥奪か……! けっこう厳しい処分がくだったんだな」
「うううう、うるさい! だまれだまれだまれ!」
スラリと剣を抜き放つヴェルヌさんの娘――確か名前はローブラットさんだと聞いた。
父親と同じく剣と盾を使うスタイルらしい。なかなか様になっている。
強い相手ではない。まず負けないだろう。
「今や私は王国も父上も関係ない! 一人の騎士としてここにいるっ」
「仕える主もいないのに騎士、か」
「だまれだまれ! 聞けば仕事に励む行商人を次から次へと襲っているそうではないか! この蛮行、許してはおけぬ!」
なるほど。俺たちを退治する気か。
そろそろこういう手合いが来るとは思っていたけど、一発目がローブラットさんだとはな。
「私と決闘しろ邪悪な魔法使い! もちろん剣でだ!」
「はぁ~? ご主人様、この人すっごくわがままですっ。自分の得意分野で勝負しろなんて言ってますよ!」
さりげなく狡いんだな、ローブラットさん。
詰め所のほうに目をやると、心配そうにヴェルヌさんがこちらを見ている。
いや、あなたの娘さんを斬り捨てたりはしませんって。
「ローブラットさん、俺は剣なんて持っていませんから」
「だったら素手でこい。私は剣を使うからいい」
よくねえよ。
「ご主人様! ここは私にお任せくださいっ」
いやリファに任せると血が流れるから。
困ったなあ。武器無しで勝てるほどローブラットさんが弱くないのが厄介だ。
「ではゆくぞー! ほい!」
「え、ちょっと」
問答無用でローブラットさんが斬りかかってきた! 不意討ちかよ、きたねえ!
リファは素早く大剣を抜き放ち、ローブラットさんの剣に叩きつける。
ローブラットさんの細身の剣は半ばからぼっきり折れ、切っ先が地面に突き刺さる。
おい。
ローブラットさんの剣って鉄で出来ているように見えるんですけど?
「神聖な決闘を不意討ちで汚すなんて……! ご主人様、この人はここにいてはいけない人間です! 許してはおけない!」
「待ってリファ。落ち着いて」
リファを抱きしめて抑えつつ、詰め所のヴェルヌさんに目で合図をおくる。
慣れたもので、剣が折られ呆然としているローブラットさんをヴェルヌさんと兵士数人で担ぎ上げて行ってしまう。
なんにせよ大きな怪我人がでなくてよかった。
◆ ◆ ◆
それから3日ほど行商人を襲撃し続けた。
これまでにやってきた行商人はあわせて30組ほど。
噂を聞きつけたのか行商人に依頼されたのか分からないが、俺たちを討伐しにきた冒険者が8組。
全員、無傷でお帰りいただきました。
「もっと冒険者が来ませんかね? ぼっこぼこにしてやりますよっ」
「いやただの冒険者は普通に通すからね」
リファに絡まれた人は多少怪我をしているが。
しかし早くも行商人たちは対策を考え始めている。
不自然に大荷物の冒険者を捕まえてみたら、大量の食料を詰め込んでいた行商人の雇われだったとか。
どこかで見た顔だと呼び止めてみたら騎士の格好をした行商人だったりと。
やはり行商人というのは色々と知恵が回るんだな。
そんな事を考えていると今度はえらく大所帯で行商人たちがやってきた。
すごい行商人の数だ……50人くらいいるんじゃないか?
「黒衣の魔術師に告ぐ! 我ら行商人に対する様々な妨害、これ以上は看過できない!」
「これ以上の暴虐を続けるのならば行商人一同、一斉攻撃を開始する!」
「黒衣の魔術師を殺せ!」
「高値で冒険者からふんだくる邪魔をしやがって!」
「ぼったくりポーションが売れないと歓楽街で女の子にお小遣いをあげられないんです!」
「悪魔に魂を売った地上のオーガーめ! 地獄へ落ちろー!」
ついに数に頼んだ力押しできたか。
それにしてもどっちが悪魔に魂を売ってるんだか。
あ、俺は本当に売っているんだった。
邪神の手先だもんな。
「いよいよ最終決戦ですよ、ご主人さま。愚かな人間どもに思い知らせてやりますよっ」
リファはリファでのりのりだし。
3日もほぼ不眠不休なのにこのテンション。
間違いなく呪いのおかげだな。
リファの黒い紙の大剣も俺の呪いのナイフも、どうやらこれで敵を攻撃すると睡眠とか食事の心配もしなくていいらしい。
疲れたぶんそこらの魔物を斬りつければ疲労からなにから回復できるようだ。
やけにリファが目をギラギラさせ、頬がこけている気がしないでもないが。
だいぶ邪神サイドに近づいてきてないか、俺たち?
「高価過ぎて売れなかった魔法書用意!」
「神の雷を食らえ! 一斉朗読!」
行商人達が5人ほど前にでる。
50人ほどいるのに全員が魔法書を使わないのがまた興味深い。
たぶん売れないからと言っても無駄に商品を使いたくはないんだろうな。
せこいとも言えるが、こういう精神の持ち主だから商売ができるのだ。
「うお、あれはまずいな。リファは俺の後ろへ」
「大丈夫なんですか?」
「俺は大丈夫だがリファはまずいかもしれない」
店売りの魔法書は使い捨てだ。
一度読めば魔力が解放されて効果を発揮するという便利アイテムだ。
その大部分は神殿で作られており、光の神々の奇跡が封じられている。
ってリファが言ってた。
「なぎはらえー!」
「行商人ライトニング!」
行商人たちの適当な掛け声と共に激しい光が押し寄せてくる。
俺はリファをすっぽりとローブの中に入れて抱え込む。
光の神というのは電気属性なのだろうか。
邪神以外の神聖魔法は無効化できるという話だったが漏電とか大丈夫だろうな。
それにリファをかばうというのは有効なんだろうか。
いや待て、呪いの装備をしていると他の装備は――
「やったか!?」
「へ、へっ、ざまあないぜ」
「や、やばいんじゃないか……? まさかこんな威力が……」
激しい雷が何度も落ちてきた。
全身がざわざわする感覚がすり抜け、そして……無傷だった。
「大丈夫かリファ?」
「はい♪ ご主人様のおかげですっ」
今のは怖かった。
いくら無効化されるとはいえ雷の音が怖すぎた。
実験もせずにこういうぶっつけ本番はよくないな。
「ば、ばかな」
「さて行商人の皆さん、今のはなかなかのプレッシャーでしたよ」
怖気づく行商人たちにゆっくりと近づいていく俺。
「こっちが手加減しているからと言って行商人さんたちが手加減してくれるとは限りませんよね。とんな思い違いでした」
「ひぃ!?」
「すいません! 高級な魔法書ってこんな威力があるとは思わなかったんです!」
売れないほど高価な魔法書だもんな。
しかも一斉に使うことで相乗効果が現れていたのかも。
それにしたって商品の効果くらいきちんと把握しておいてほしいけどな。
「それでは我が闇魔法の実験に付き合ってもらいましょうか。あなた達のはらわたは有効活用してあげますからご安心を」
行商人達はもはや言い訳もせずに逃げ出した。
一目散としか言いようが無い速さで綺麗に撤退してしまった。
ふと兵士の詰め所に目をやるとヴェルヌさん達がぽかんと口をあけてこっちを見ている。
ちょっと能力を見せすぎたかもしれないな。
まあ防御力の高さを見せるぶんにはたいして問題ないだろう。
◆ ◆ ◆
「あれから誰も来ませんね」
「さすがに諦めたのかもな」
夜が来ていた。
俺たちは相変わらず迷宮の入り口に陣取り、そのへんの岩に腰掛けていた。
今日、行商人連合が帰ってからは、普通の冒険者がそそくさと通り過ぎるだけになってしまった。
来たら来たで面倒だったが、来なくなれば暇なものである。
迷宮の深層で梃子摺っているという冒険者達は無事なのだろうか。
地味な嫌がらせとも言えるが、補給を制限するというのは効果的なはずだ。
冒険者同士が協力して、食料やら医療品を融通しあっていれば助かるんだろうが。
果たして邪神の思惑どおり中堅冒険者たちは大きく削られてしまうのか。
ぼんやりと考え込んでいたが、リファが急に立ち上がって大剣を抜き放った。
入り口越しに町の方を見ると、白く輝く鎧姿の一団がこちらへと向かってきている。
「ご主人様、聖焔騎士団です」
「うわ……」
邪神から言われているのは行商人の阻止だけだ。
聖焔騎士団みたいな上級者には手を出す必要はない。
必要はないのだが、むこうさんがこちらを放置してくれるかはまた別だ。
「黒衣の魔術師だな」
「違います」
とりあえずとぼけてみた。
「行商人たちから相談を受けてな。随分と悪ふざけをしているそうではないか」
「知りません」
「貴公らは金も命も奪うことなく、行商人たちをただ妨害しているだけと聞いた。その心に免じて我らも命は奪わずにおこう」
相手は5人。
全員、鎧に兜までつけて、武器は槍を装備している。
苦戦は免れないが、勝てないことはないだろう。
ただ1人、俺に話しかけている奴は別だ。
邪神の能力が警告を与えてくる。
どうやっても勝てそうにない。よほどの幸運が無い限り殺される。
7回目となります。貴重なお時間をいただきまして、お読みいただきありがとうございます。
また自分で自分を評価するのは難しく、評価やお気に入り登録は大きな光明となっております。お礼申し上げます。
昨日未明に確認しましたところ、ジャンル別の日間ランキングにて10位内に入っているように見えました。やや寝ぼけておりましたので夢だったかもしれません。
読んでいて冒険を感じられるよう励んで参ります。ありがとうございます。