下の信頼
「うぅ……だ、だれかいるのか……?」
「おいっ、しっかりしろ! う、この傷は……!」
「これは……街にでも戻れば助かるかもしれないが……」
「街に戻るにも非常口は使えないんだ。なんとか今ある道具で――」
「む、無理だ。お、俺はもう助からない……それよりも……うぅ……!」
「やめろ! 話したら余計に……!」
「い、いいんだ……それよりも……聖焔騎士団に……あいつらは悪魔だ……逃げろ……迷宮から逃げ……!」
「聖焔騎士団!? 一体どういうことなんだ……!?」
「よせ。彼はもう……」
冒険者は必死に問いかけるがゾンビはもう口を開くことはない。
レーンはそのまま呪いを解除したのかがっくりと力を失い、ただの死体となった。
「よしオッケーだ。あの冒険者たちはしっかりと陰から護衛して脱出させてくれ」
「はぁ~確かに損傷が少ないゾンビは重傷の人間に見えますけど……こんなきたない使い方があったんですねっ」
「なにも殺すだけが戦いじゃない。無駄に命を奪うなんて野蛮だよ」
高等な文化レベルを見せつける俺に対して、レーンとアーシュからの視線は不思議と虫を見るようなものに感じるが気にしない。
これで聖焔騎士団に対して不信の種を植え付けた冒険者は5組目だ。
全部の種が芽吹くとは思わない。
しかしきっといるはずだ、この状況で活躍する聖焔騎士団に嫉妬する人間が。
この悪意の種は必ず、人を引きずり降ろそうとする連帯につながる。
俺は人間を、人の心を信じている!
「あー! 私のお気に入りのロボだったのに~! あーあ……」
悪意の種を植え付けた冒険者をスルーしたところで唐突に場違いなかわいらしい声がひびいた。
レーンが憤慨したようにして指でつついているのは冒険者にやられたであろうモンスターだ。
迷宮の通路にゴミのように倒れ伏しているモンスターはもはや原型すら留めていないものも多い。
そういえばモンスターの死体ってどうなってるんだろう。
素材とかはぎとったり、可食部は持ち帰ったりするのかもしれないけど、基本は放置するよな。
普通に考えれば腐ったりして迷宮内が相当ひどいにおいになっていそうだけど。
一定時間経てば虚空に消えたり迷宮が吸収したりするのだろうか。
「人間どもめ……我が母、我が父、我が兄弟の恨み……思い知らせてやる……!」
不意に口に出たのは俺が考えている内容とは全く違う内容だった。
なに言ってだ俺。
「天使さま?」
「あ、いや……くっくっく……我はもはや人にあらず……むしろ魔に生きるものこそが我が眷属よ……」
「か、かっこいい……! そうですよねっ、人間どもの負の感情とかが天使さまのごはんですよね!」
いや、べつにそういう設定はないのだが。
おかしいな。
もしかしてモンスターを吸収するのって能力だけじゃなくて精神まで吸ってるんじゃ……?
このパターンは稀によくあるよな。
今後は自分が人の道に外れた判断をしないか気を付けたほうがよさそうだ。
まあ、こんなやばいフラグにいち早く気づくことができる俺が間違いを犯すことなんて万に一つもありえないだろうが。
「あ、すいません天使さまっ。やばいのが来ます。接触は避けられ――」
「そこにいるのは誰だ……魔物!?」
「みんな気を付けて! 見たことがないやつよ!」
な、なんだこいつら。
えらい大所帯なんですけど。
総勢……20、いや30人くらいいないかこいつら。
「待つ! 違う魔物! 天使さまかわいい!」
「て、天使さま……?」
「なんだか攻撃の意思はなさそうね」
アーシュお得意の無害な商人ムーブによって戦闘は回避できそうだ。
しかし変わった集団だ。
冒険者と言えば動きやすくはしてあるがいかつい装備に身をかためているものだ。
しかし、どうにもこいつらは軽装というか戦う気のなさそうな服装の人間が多い。
さすがに魔法使い然としたローブ姿のやつはおらず、靴は丈夫なものを使ってそうだが。
「あのっ、天使さま」
レーンが耳元でこしょこしょとささやいてくる。
「こいつらフロン探索隊っていうんですけど」
「始末するのか?」
「ばかたれがやめてくださいっ。厄介ですよ、こいつらは。ケンカ売らないでくださいね」
いまこの子、ばかたれって言った?
人を野蛮人みたいに言うのはやめていただけないだろうか。
そもそも俺は無駄な殺生を避ける人道主義者なんですが。
「これこのお金限界よ? ほんと。これ以上首吊れ言うか?」
「いやどう考えても高いわよ。緊急事態なんだから助け合いましょう?」
「お前死ぬわからん。サービス意味ないよ。もらう時もらう」
「いや……そりゃそうなんだけど……」
さっそく商品を広げてフロン探索隊に商売を始めるアーシュ。
コミュ力たけえ。
「すごいよこの魔物。パッと見は鳥みたいな翼だけど、かなり硬質みたいだ。身体は本当に人間みたいだけど、目の瞳孔は人間とかなり違うな」
「ち、近づいて大丈夫? かまれたりしない?」
俺をしげしげと観察してるやつらもとても戦闘員には見えない。
どちらかと言えば学生みたいな。
冒険者は比較的若い人間も多いが、そのなかでもかなり若い人間の集まりに見える。
これがフロン探索隊? 脆そうだぜ。
「なんか戦闘シーンカット後に殺されてそうな顔してますから、もう一度言いますけどケンカ売らないでくださいねっ」
「わ、わかってるよ」
「しゃ、しゃべった!?」
「人型の魔物でもここまで流暢にしゃべるのは珍しいな。それに妖精も話せる子がいるんだね」
積極的な子もびびってる子も俺とレーンを観察しながらなにやら書き込んでいる。
「迷宮に観察で来てるんですか?」
「わ、私たち2人は魔物専門ですね」
「僕たちはフロン王国の学士候補でクラスのままクラスタを結成してこの迷宮に来ているんです。翼とかさわってもいい?」
「だめです。神聖な翼だから罰とかあたりますよ」
「そういう逸話のある聖獣は見たことあるけど、自分で言う聖獣は初めて見たよ」
しかし、この学術的というかおよそ戦闘には向いていなさそうな集団をレーンさんが警戒するとはな。
「たぶんやけどその人、魔物ちゃうよ」
「そうなのか?」
「うん。人間かって言われたらそれも違うかもしれないけど」
なんだこの女。
人間じゃないかもとか失礼すぎるだろ。
……いやあってるのか、もしかして。
「でも安全ちゃうから近づいたら危ないよ」
「ひうっ!? や、やっぱり~!」
「そうなの? 残念だなあ」
関西弁みたいな女はかなり信頼されているらしく、無防備に近づいてきた隊員たちは俺から距離をとった。
気になるなこの女。
俺を見ているようで別の何かを見ているような目をしている。
俺よりも少し手前あたりの空間というか。
確かに俺はこいつらフロン探索隊に敵意を持ってはいるが、それを感じ取ったというよりも、もっと信頼性の高いなんらかの確信を持っている気がする。
それに関西弁キャラのわりに訛りが弱いというかキャラの押しも弱い。
そのキャラでこの集団のなかで強い影響力を持てそうな感じはしないのだが。
「商売終わった。もうこいつら用ない。行くかチビ?」
「そうですねっ。行きましょうか。ねっ、天使さま」
ドンと胸をレーンに押されて促されるまま、俺たちはフロン探索隊と別れた。
ま、別にどうでもいいか。
こんなクラスタは俺の未来で関わることもなかったし。
どうせこれからのクイーン王国のごたごたのどこかでくたばっているのだろう。
「ちなみにあの変なしゃべり方の女がクラスタマスターらしいですよっ。特に強いリーダーシップを発揮してるようには見えませんけどねー」
「言葉変わったねあの女。キャラ付けるか?」
「まあ、あなたには言われたくないと思いますけどねっ」
なにかひっかかる。
若さあふれる新進気鋭のエリート集団に対する嫉妬以外の何かがある。
だが今は待とう。
必ずある、特にこういう勢いのありそうな奴らは必ず何かの波風に巻き込まれる。
いや、誰かが彼らの周りに波風を起こす。
その機会にうまく関わることができることを祈ろう。
負の連帯。
俺たちは一つの利害で一致しているのだ。
自分より幸せそうでなんとなく気にくわないという共通の価値観によって。




