狂戦士集団の実態
神風。
恐らくは森の乙女の持つ合成魔法の中でも切り札の一つである。
属性を複合させて魔法を撃つことの多い森の乙女が、全員属性を一致させた風魔法を必殺の斬撃にのせる。
メンバーも欠けてほぼ死にかけの森の乙女たちによるこの一撃は、俺に死の予感をよぎらせた必殺の一撃である。
その全力の一撃を前に俺は、自分に向けて熱風を放った。
焼けつく空気の塊が俺を背後の壁に叩きつけ、森の乙女の斬撃は浅く俺の身体を斬るに留まった。
俺の背中にいるアーシュは思慮の外である。
仲間など死んでもいい。
その判断が俺自身の命を救ったのである。
「グゲゲゲゲゲ! オマエラ、エルフ、マタ、キタノカ。オマエラノノウミソ、ウマカッタ、マタクウ」
すかさず俺は知能0の魔獣のふりをして敵を挑発してみる。
これでペースが少しでも崩れてくれればいいのだが。
「全員納刀。土下座」
「「「「命ばかりはお助けください!」」」」
はぁ?
「あの……どういうことですか?」
「これは士道につながる由緒正しき降参のポーズよ。もう敵対しないし、この国から出ていくから許してほしいの」
「その証拠にほら……」
森の乙女たちは次々と懐から小刀を取り出し、ちょんまげのようなポニーテールを斬って地面に放り投げた。
なんだこれは。
なにかの罠か。
「私たちはね、疲れたのよ。森を離れて、憧れの外の世界で剣で身を立てるという生活に」
「楽しかったのよ。でも命を賭けるのが馬鹿らしくなったの」
「今の一撃は私たちの最高最大の一撃。これをかわされたなら勝ち目はないの」
「ここにはいないけど、仲間も死んで抜けたいと言ってる子たちはまだいるの。その子たちを連れて私たちは帰るわ」
「受け入れられないなら私たちも死ぬまで戦う。でもできればこれで許してほしいの。たぶん5、6人を除けば全員が二度とあなたを狙ったりしないわ」
どっちだこれ。
和解か殲滅か。
こんな脅迫風全面降伏ってあるのか。
現にこいつらは土下座して侍のトレードマークを斬り捨ててはいるが、剣は捨てていない。
しかし、いやだからこそこの和解案は真実味が帯びてくる。
これで俺が油断したところを襲い掛かってくるならば、森の乙女の所以たる面子に関わってくる。
死すら恐れない彼女たちがそんな汚い勝利で喜ぶのか。
言ってしまえば空想の中にしか存在しない誇り高きサムライの憧れのために命を捨てる武士原理主義者の彼女たちが。
「そういうのって、その、サムライ道を不覚悟とかでウォッシュさんやブレインさんが処断するんじゃないんですか?」
「そうね。だからこそ今が最後のチャンスなのよ。私たちは抜ける。命のほうが大事になったから」
「ウォッシュ姉さんたちが嫌いになったわけじゃない。今でも尊敬してるの。でももう仲間が死ぬのも嫌になったのよ」
筋は通る。
利害も一致する。
そもそも迷宮探索に命を賭けるのがイカレているのだ。
人里に降りて襲い掛かってくるならともかく、わざわざモンスターの根城に潜り込んで殺しまわって人間同士押しのけあって金目の物を奪い合う。
そんな浅ましい価値観に疑問を持って脱却をはかっているのだから。
初志を貫徹しないへたれ。
そういい捨てることは簡単だ。
しかし、人は反省し考え方を修正することで成長するともいえる。
しかし。
さっきまで俺と同じレベルで争いあっていたお前らが。
お前たちは。
「失せろ」
「……いいのね?」
「さっさとこのうざったい壁を解除して消え失せろ。それで俺が襲い掛かってきたらまだ持ってる剣で抵抗すればいいだろうが。甘えんな。とっとと俺の視界から消えろ」
森の乙女たち、いやエルフの女たちはうなずきあうと俺たちを囲う壁が音をたてて崩れ去った。
風の魔法でも使ったのか飛ぶように走り去っていく。
ぶっ殺してえ。
レーンとか邪神とか関係なく一個人として。
剣も何もかも捨てて無条件に降伏してくれば話は別だったんだが。
「ちょっと天使さま足どける。エルフの髪踏んでる」
「そんなものどうする気だよ」
「森の乙女人気。なかなかね。売れるこれ。高値つく思うよ」
うげ。
この世界にもそういう収集家がいるのね。
「天使さまー! なんか森と乙女とすれ違ったのに殺されなかったんですけどどうなってるんですかっ?」
俺は端的にレーンの要請が実質達成したことを伝えた。
もとは30人の戦闘集団が残りは5、6人。
いや未来の俺が会った時点ではウォッシュさんたち5人だけだからな。
8割は削って近い未来にはリファが吸収合併するのだ。
森の乙女の始末はもういいだろう。
「ふーむ、気に入りませんねっ」
まあレーンならそう言うと思った。
「ですが確かに森の乙女たちのほとんどが終結して出口に移動してますから間違いなさそうですね! それに天使さまが大丈夫だと思うなら大丈夫ですっ」
「ずいぶんと信頼してくれるんだな」
「当り前じゃないですかっ! 信じますよ、あなたを」
仲間として信じているわけではない、別の何かとして信じている、そんな感じがした。
「じゃあそういうことで……森の乙女に関するお前との依頼は完了というわけだな」
「そうなりますねっ。ご苦労さまでした、天使さま!」
「天使さま、終えた仕事か? 仕事やるきちんと偉い。きちんと仕事しない普通ね」
その感覚はどうかと思うが。
いや、むしろ一周回って正しいか?
「じゃあ、名残惜しいが俺は――」
「あとは互助会からの依頼と本チャンの迷宮お掃除大作戦ですねっ」
「やる! 迷宮みんなのもの! 冒険者わが物顔歩く、このまま盗賊たち死ぬ。まずいね!」
知らぬ間に俺どころかアーシュまで邪神の企みに参加する形になってるわけだが。
そもそもこの女は盗賊なのだろうか。
思想の傾向としては間違いなく良識派とはかけ離れていると思うが、俺がこの世界で関わった盗賊とは毛色が違う感じもする。
「今さらだがアーシュは俺たちと組んでいて大丈夫なのか? こいつはレーンの鷹どころか邪神とつながりのある人間だぞ?」
「邪神は火の神、地の神、神ぜんぶ違うか? 私から見る、邪神違う。決める私、違うか?」
いや意味がわからないが。
まあ宗教なんて科学をしらない心の弱い人間が信じ込む低俗な習慣だからな。
俺のような高度に発達した世界からやってきた文化人がとやかく口をつっこむことでもないか。
「天使さまたちがごちゃごちゃ言っているうちにさっきの森の乙女たちと合流したエルフたちはほんとに迷宮から出ていきましたね。迷宮探索に使う道具は放り捨ててますから間違いなさそうですっ」
「ばいばいね森の乙女!」
レーンは意地でも消すことにこだわりそうだったが意外とあっさり森の乙女の離脱組を見逃すんだな。
いや、むしろ満足気だ。
俺はなぜか怒りすら感じたのだが、このあたりは邪神と感覚が違うようだ。
「リタイア……リタイアか。なにも殺す必要なんてない。いやむしろ逃げ帰って……」
「どうかしましたか天使さまっ?」
「邪神の力で動かす死体ってコントロールはきくのか?」
「そこまで……まあできますよっ。動きも話し方も不自然極まりなくなるので、様子が変だってばればれですけどね」
だよな。
俺だってターゲット指定くらいはできたし、より高度な邪神の呪いを使うレーンであればそれくらいはできるだろう。
むしろもっと色々とできるのかもしれないが、そこまで手を明かすとは思えないし、今はそこまで手を明かしてもらう必要性もない。
「だったら使えるかもしれない。今のままじゃ聖焔騎士団への嫌がらせは不十分だ。ここはもっと大胆に動くべきだ」
そうだ、スマートじゃないんだよ邪神は。
人と人の争いは殺し合いだけじゃない。
むしろ殺し合いを封じた争いことが真の戦いなのだ。
見せてやろう、高次の世界からやってきた俺の戦い方というやつをさ……!




