信頼ロックダウン
探索自粛。
クイーンの迷宮はロックダウンされ、冒険者が迷宮に入ることは禁じられている。
迷宮探索のセオリーが根幹から覆され、最後の希望である脱出アイテム、非常口すら使えなくなっているのだ。
当然の処置といえる。
しかし、すでに迷宮に入っている冒険者はどうなるのか。
自己責任。
あらゆるリスクがあることを承知のうえで、それによって命を落とすことにも同意して冒険する者たち。
建前のうえでは彼らがどうなろうが知ったことではない。
しかし、そういった安易な自己責任論によって斬り捨てることは本当に良い結果を生み出すのか。
救える命は可能な限り救うべきではないのか。
そこに利害を超越した人間としての選択肢は存在しないのか。
「聖焔騎士団です! こちらへ! 魔物避けも非常口も効果は発揮しないようです!」
「た、助けてくれ! 仲間が……仲間がまだ向こうで魔物と戦ってるんだ!」
「安心してください、団長もすぐに救援に駆けつけてくるでしょう。あなたがたはこちらの緊急避難部屋で待機していてください。じきに治療班もここにやってきます!」
「うぅ……かたじけない。こんな階層であんな魔物が……」
「くそ、明かりも切れちまった。誰か持ってるやついないか。金は払う」
「金はいらん。ポーションと清潔な布があればくれないか」
「布はないがポーションなら……しかし考えたな。普通ならこんな場所に入ったら逃げ場はないが、避難場所に使うなんて」
「たしかにな。さすがは聖焔騎士団……魔物避けを使ってこういう臨時中継ポイントを……魔物避け?」
「魔物避けは効果がないと言っていなかったか?」
「だいじょうぶです。聖焔騎士団です。魔物はきません。聖焔騎士団です。魔物はきませえええええええん!」
聖焔騎士団に扮した盗賊が部屋から笑いながら飛び出たことを確認すると、俺は熱風を放った。
「ぎゃああああ――!」
「や、やめああ――!?」
悲鳴がおさまるとアーシュは俺の背からひらりと飛び降りて持ち物を物色しはじめる。
なかなか効率のいい狩りだった。
盗賊地下街で雇った人間は5人。
盗品なのか横流し品なのか知らないが、聖焔騎士団の装備そのままを着させてここまで連れてくるのはそれなりに苦労したが。
レーンが邪神の支配で動かせているぶん、急造のチームの統率は完璧だった。
「持ってるもらった。次いくよ」
「なんか俺でも装備できそうなものとかなかった?」
「天使さまブラつけるよいか?」
「あっ、だいじょうぶっす……」
地下5階よりもさらに下層で活動する冒険者ともなるとそれなりに場数も踏んでいて手ごわいイメージがあったのだが、それは相手が万全の状態の話だ。
探索を終えてそろそろ帰ろうかという時に襲われ、しかも普段ではその階層で見かけないような想定外の敵に混乱しているのだ。
そんなところに救援にやってきた聖焔騎士団の姿を見れば、まさに地獄に仏だと思っただろうな。
ただ地獄では仏よりも悪鬼とエンカウントする確率のほうが高いと思うけどなあ。
「あーんもうっ。また盗賊が倒されちゃいましたぁ! もう聖焔騎士団に勘付かれてるっぽいです!」
ただ問題は上位ランカーとでも呼ぶべき凄腕の冒険者クラスタの実力だ。
レーンが操るモンスターや俺が待ち構えている袋小路へ誘導しようとしても、近寄ろうとしないどころか不振がって聖焔騎士団である証明を求めてきたりする。
森の乙女の一員にいたっては問答無用で斬りかかってきたらしい。
またレーンの粘着ストーカー能力で避けるルートを選んではいるが、本当に救援活動している聖焔騎士団に見つかってさらに損耗1だ。
「ちょっと欲張って地下に来すぎたんじゃないか? 森の乙女やらフロンなんちゃら隊だとかネームド冒険者にはこの作戦は通用しないじゃないか」
「うーん……まあ偽物の聖焔騎士団がいるっていう情報もきちんと与えられたことですし、ここからは堅実にいきましょうかっ」
「いや、偽物がいるってばれたらまずいだろ」
「いやいやいやっ。偽物がいるって分からせるのが大事なんじゃないですか!」
レーンいわく、この緊急事態であっても中堅以上の冒険者、特に聖焔騎士団やクレイジービーストといった高レベルの冒険者クラスタが団結すれば被害は相当数抑えられるらしい。
現に別クラスタ同士で一時的に行動しているらしき姿は確認されている。
「クイーンの迷宮では特に相互協力という意識が少ない冒険者が多いんですけどねー。こういう緊急事態の時にきれいな冒険者になる奴って多いんですよっ」
助け合いの機運が高まっている時に、救援者を装った悪意の人間が混じっているらしいという毒は効くんだとか。
災害時って悪意のあるデマって広がりやすいというしな。
それにデマじゃなくてマジで俺たちが動き回っているし。
「連れてきた盗賊の残りは3人か……金で雇ったとはいえ死なせてしまって大丈夫なのか?」
「死ぬいやね。金ない死ぬ。チビ金たくさん払った。家族助かる。そういう契約ある。天使さま、やさしね」
「気になるなら黄泉帰らせましょうかっ?」
「いや、いい」
なんかレーンの言うよみがえらせるは漢字が違う気がする。
「まあ冒険者狩りは別の私に任せるとして、天使さまには本来のお仕事をしてもらいましょうかっ」
「本来の仕事?」
「森の乙女狩りですよっ。ちょうど近づいてきてますし」
は?
ちょっと待て、森の乙女は俺の位置を把握してるのか?
「たぶん森の乙女が独自に生み出した魔法で仲間の敵を察知できるようにしてるんだと思うんですけどー。死ぬ直前に敵にマーキングしたり仲間に情報送ったりとかしてるんですかねっ?」
「見つけたんだからねっ」
「姿形を変えたってわかるんだからぁ!」
「全員詠唱。花火」
すさまじい閃光が俺の視界を焼き、炎の暴風が俺の身体を焼いた。
たぶんだが俺は炎耐性みたいなものを持っているからダメージ自体はたいしたことはない。
だが森の乙女の狙いは別のところにあるのだろう。
今の一撃で目がいかれて敵の位置がよくわからない。
「っていうかアーシュは今ので死んでないか?」
「死んだおもた。でも生きる。不思議ね」
この女、知らない間に仲間ポジションにいて協力的だなあと思っていたけど、もしかして……邪神に魅入られたか。
でも来てる服が黒くなったりはしていないようだが。
「くそっ、目が……目がぁ……レーン、指示をくれ。どっちに飛べばいい?」
「ちび燃えた。敵来る。天使さま高く飛ぶ!」
言われてみればそうだ。
高度さえとれば後はいくらでも料理できるんだった。
「なによ! 逃がさないんだからねっ」
「ここがあんたの墓場なんだからぁ!」
「全員詠唱。豆腐」
ごん、と高く飛び上がろうとした俺は頭をぶつけた。
地響きとともに何か大きな物が動いている音がする。
「な、なにか視力を回復するアイテムとかないのか、アーシュ!?」
「あるないね! 有料しかないある! 天使さまとちびの金、もう使たね。盗賊雇う金!」
「言ってる場合か! このままじゃ二人まとめて始末されるんだぞ!?」
「タダあげるならアーシュ死ぬいいよ!」
こいつも価値観やべえ。
さすが俺たちについてくるだけのことはある。
でも話しているうちに視界が戻ってきた。
「なるほどね、これが豆腐か」
「あんただけは逃さないんだからねっ」
「森の乙女の力を思い知ってもらうんだからぁ!」
土と岩で固められた壁で四方八方が囲まれていた。
動き回るには十分な広さだが高さが3メートルほどしかないので高度を上げて攻撃することはできない。
迷宮の通路いっぱい使って作り上げた即席決闘場ということか。
きっと外からみれば豆腐のような形をしているんだろうな。
「火でも放って窒息を……いやそれだと俺もまずいか?」
ワンチャン過酷な環境でも生存できる身体になっているのかもしれないが試してみる気は起らない。
戦闘狂集団、森の乙女。
厄介だな。
倒すだけでも大変なのに、倒したあとまでこうやって対策を立てて襲い掛かってくるのか。
同じクラスタの仲間同士で協力するだけでここまで強力なのだ。
利害を超えて人間同士が強力すればどれほどの脅威か。
邪神の目的はわからないが人を分断するために様々な対策を立てるのはわかる気がするな。
「1人抜刀。神風」
「なんかないか不良在庫なんかないか」
こちらのお仲間は容量謎のバッグを漁って使ってもいいゴミを探す女が1人。
いいだろう。
死すら乗り越える森の乙女の鋼の団結と、利害さえ一致すればいくらでも仲間が増える邪神サイドの連帯。
どちらが強いか試してみようじゃないか。




