相対的幸福理論
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【嫌がらせをしてほしい】
聖焔騎士団が民衆の代弁者のように振る舞っている。迷宮の異変にも王国騎士団を差し置いて、冒険者の救援活動を積極的に行って評価もうなぎ上りだ。王国の治安を守るのは名誉ある王国騎士団の仕事であって、火の神の神殿ではない。王国騎士団の面子、ひいてはクイーン王国の平和のためにも奴らの足を引っ張ってほしい。ただし奴らの命までは奪わないようにしてほしい。もし、ことが露見したときに私の命が危ないからな。
例えば目の前に飲み水すらろくに手に入れることができない人間がいたとして、人は幸せを感じることができるだろうか。
家も食べ物も服も、何不自由ない人が何も持たない人を見て幸せを感じるのか。
人は別の誰かと比べることで幸福になれるのか。
ローブラットという女がいる。
彼女はクイーン王国騎士団団長の愛娘であり、自身も王国の騎士である。
彼女よりも多くを持つ人間はたくさんいるだろう。
しかし彼女の家は迷宮の地下2階ではない。
生まれながらにして魔物の住む森や迷宮の地下で暮らしたいたわけではないのだ。
決して盗賊を正当化するわけではない。
しかしこの薄暗い地下に住む子供たちの親は卑しい盗賊で、ローブラットさんの父親はクイーン王国騎士団団長なのだ。
どう考えても彼女は幸せでなければおかしいはずだ。
「うわあ……嫌いじゃないですけど、すがすがしいまでのクズ依頼ですねっ」
「わかる気持ち! 光まぶしいうざいよ。闇の中平等! ひきずる正しい!」
「きょ、共感できるならなによりだぜ。報酬も多いがこのクライアントとつながりができるのは大きいからな……できれば隠密任務ができて腕もたしかな奴らに任せたい」
ついでに言えば失敗したときに切り捨てやすいよそ者がいいんだろうな。
俺ならそうする。
バカ娘と癒着できればよし、あまりにもバカで事が全部ばれてしまえば功を焦った新参の暴走としてなんとか損切りしたいはずだ。
ここで互助会とやらの腹心の部下を使っては後に引けなくなるだろう。
「いいですよっ。この依頼、受けちゃいましょうよ天使さま!」
森の乙女の戦力を削るためには迷宮のさらに地下に行く必要がある。
おそらくはスピリッツさんたちも森の乙女が活動しているような階層で、取り残された冒険者の救援活動を行っているはずだろう。
ついでに嫌がらせをするならできるかもしれないが……。
「この依頼って達成条件が曖昧ですが、なにをもって達成とするんですか? 始末しろってわけでもないようですが」
今までならリファがこういうことも指摘してくれたはずだが、思考分割とやらをして動かしている妖精レーンはかなり雑だな。
短絡的で凶暴な部分がかなり前面にでているというか。
「そこがこの依頼主のうぜえところだぜ。できれば命は奪うなみたいな文言も含めていざという時にはこっちに責任をかぶせる気まんまんなんだよな」
「全部やる、文句でる、そいつやる、それシンプルいいないか?」
「いいじゃないですかっ。細かいことは実行部隊である私たちが詰めていけば!」
「そうしてもらえると助かるぜ。必要なことがあれば言ってくれ、できるだけ便宜ははかるぜ」
渡りに船とばかりに互助会の会長は安堵した声で答えた。
あーあ、大丈夫なのかねえ。
「ありがとうございますっ。ただ言っておきますけど」
レーンは互助会会長の目の前に飛んでいくとにこにこしながら言った。
「こんなに投げっぱなしな依頼をしておいて、もしあなた達やクライアントの思い通りでない事態になった時、天使さまたちに責任をかぶらせたらレーンの鷹たちがこの街を焼きますよ」
「な、そそそ、そんなことはしないぜ。しかしお前さんたちはレーンの……?」
「斬り捨てるべきはなにかをちゃんと考えておいてくださいねっ」
街を焼くってそんなおおげさな脅し文句をさあ。
一瞬、半笑いになった俺だったが、しかし他の誰も笑っていなかった。
しばらく重苦しい沈黙が続いた。
「……お客様のお帰りだぜ。しっかりと休養してもらって便宜をはかるんだぜ」
互助会会長はそれだけ言うと奥へとひっこんでいった。
「あ、あの……受付のおっちゃん?」
「ひぃ!? い、いや俺はなんも聞いてねえから! 覚えてもねえ! 地下街の宿屋にこいつを見せればわかるから、ほらよアーシュ、案内してやんな!」
受け付け親父はあわててカウンターの引き出しから妙なエンブレムを取り出してアーシュに投げてよこした。
「わかた。じゃ行く。天使さまチビ、はやくメシする!」
「はーい」
「じゃ、じゃあそういうことで。会長にもよろしくお伝えください」
そうして俺たちが互助会事務所を後にしようとしたとき、またしても受け付け親父が呼びかけた。
「ま、まってくれ! そ、そこの妖精さん、あんたマジでレーンの狼の関係者で……?」
「はい、まあそうですねっ。関係者ですけど? 証拠でも見せて――」
「あ、握手してくんねえかな? 俺、駆け出しの頃からのファンなんだよ……あんたらの残虐ぶりに憧れててさぁ……」
「……いいよ」
初めてレーンの素の表情を見た気がした。
◆ ◆ ◆
迷宮で冒険者を襲う盗賊の街。
なにがどうなってこうなってしまったのか不思議で仕方がないが、俺も落ちるところまで落ちたという感じだな。
しかしところどころ街灯というほど明るくはないが、魔法的な光っぽいものが置かれていて、ひたすら陰鬱という感じでもない。
間接照明がオサレだと感じるような人にはけっこう好まれるかもしれない雰囲気だった。
モンスターや他の人間に存在を知られてはまずいからにおいもしないしな。
さすがに数は少ないが、母親らしきものに手を引かれて歩いている子供もいるし。
もしかしたら奴隷として売られていく光景なのかもしれないが。
「どうしたんですか天使さまっ。窓から道行く親子を眺めたりなんかして!」
「いやべつに……不思議な光景だなあって。迷宮の中とは思えない。しかも、ここにいる人が全員盗賊関係者だなんてさ」
「そうですよね、私もこうやって落ち着いてここに来たのは初めてですっ」
「宿屋に来るまでに露店なんかもあったけどさ。みんな声は潜めているけど、生き生きしているというか、いつ王国が踏み込んでくるかもしれないのに希望を持って生きてるよな」
今まで襲い掛かってきたからってげちょげちょに始末してきた盗賊たちの家族もここで暮らしているのだろうか。
いやまだ今の身体に再構成されてからは盗賊なんてほとんど、っていうかあれはどうやら盗賊じゃなかったらしいから1人も倒してないのか?
とにかく、こうして平和に暮らしているところを見ていると何と言うべきだろうか。
もやもやとした言葉に言い表しにくい、言葉にすべきでないような感情が心の奥底から湧き出てくる感じがするのだ。
「なんかむかつきますよね、こいつら」
それだ。
「人から奪うんなら、もっとみじめったらしく恨みがましい眼で下を向いて歩いてほしいかなーって。あはは!」
言ってしまえば持たざる者の集まりなのに楽しそうなのだ。
着ている服だって売っている食い物だってそこそこのものすら少なそうなのに。
明日も知れないろくでもない人間の吹き溜まりのはずなのに。
「できた補給! チビ言ってる駒とブツある。いつでもいけるよいよ!」
アーシュがほくほく顔で部屋に入ってくるとレーンは満足そうにうなずいた。
「おおいにけっこうですっ。それではまず私たちで打ち合わせですね! 名付けて迷宮お掃除大作戦ですっ」
なし崩しに悪事に巻き込まれっぱなしだがテンション上がってきた。
わかるよ、ローブラットさん。
生き生きとして社会で活躍してるスピリッツさんが妬ましいんだよな。
でも真正面からボロクソに言う勇気も持てない。
そういうもんだ。
人は誰かと比べても幸せになれない。
でも人は誰かと比べて不幸にはなれるのだから。




