自自自自己決定セルフデストラクション
次回の更新は6/5 20時です
土曜までは20時更新で、以降は2日に1回の更新に切り替える予定です
地下5階。
冒険者達の休憩所が多数作られているこの階層ではちょっとした騒ぎになっていた。
もちろん俺の姿のせいである。
「ひぃ!? ば、ばけもの!」
「化け物ちがう! 私の国、天使さま言う! とてもありがたい! おまえ他国の神ダメ言うか? ダメ言うならおまえ邪神信者。異端審問かけられるちがうか?」
「て、天使……? たしかに女のような姿をしているが……」
「地方の神殿の聖獣か……? だったらへたにいじるとまずいぞ」
「実際、この子はこれに乗ってきたしな……」
「私の国の天使ね。うちで買えば天使さまの利益ある、商人いまここ他ない。買ういいよ!」
「確かに補給物資を運ぶ商人が途絶えて久しいが……」
「スクロールある! メシある! メシそのチビ作った! 手作り!」
「が、がんばって、つくりましたっ」
「えっ、そのかわいい妖精さんの手作り弁当!?」
「お、俺は買うぞ! 保存食はもう食べ飽きた!」
「よく見たらこの武具も中古だがなかなかの業物じゃないか」
「こんな強そうな魔物……いや聖獣なら本当に魔除けの効果を持ってそうだな……」
「くれ! 俺もこのポーションを買うぞ!」
勢いさえあればなんとでもなるものなんだなあ。
絶対に殺し合いになると思ったけど。
なにげにこの世界でも容姿が可愛らしい妖精はマスコット的な人気があるらしい。
ちなみに弁当はあらかじめアーシュが外から仕入れたものでレーンは一切手作りしていない。
「はい、まいど。お会計はできるだけお釣りのないようにお願いしますね」
「うお!? しゃべった!」
「会計は聖獣がするのか!」
「しかも言ってることが微妙に俗っぽいぞ!」
レーンが言うにはアーシュの商品の価格設定は迷宮内価格としてもかなり強気らしいがけっこう売れている。
もう今の時点で危険を察知した行商人の足が遠のいているのだろうか。
「品揃えはいいが……もうちょっと安くなんねえのか姉ちゃん?」
「私クビ吊れ言うか? ここまで来る命懸け。死体いっぱい。でも私アイテムいっぱい。助かった。お前ケチって死体なる好きか?」
「うっ……まあ帰るのも非常口は使えねえから準備は必要か。一体どうなってんだよここ最近の迷宮はよぉ」
一言でいえば邪神が暴れまわってるわけだが。
「う……このお弁当!」
「どうした!? やっぱり妖精が作ったんだからやばかったんじゃねえのか!?」
「サンドイッチのパンにハートマークの焼き目が入れてある!」
「いいなあ!」
「妖精さんの愛情入りだ!」
「俺のは冒険ガンバ!って書いてある!」
「お、俺も弁当くれ!」
「名前入れサービスはないのか!?」
嬉しそうでなによりだ。
しかしアーシュはどこからあんなに大量の在庫を並べているんだろうか。
でかいリュックを持ってるわけでもなし、魔法のポケットでも持ってるのだろうか。
そういう便利アイテムがあってもおかしくないが、そのあたりの知識が増える雑務はリファ任せだったから知識が子供以下になってるんだよなあ。
「むむっ。王国騎士団がこちらに近づいて来てます! ずらかりますかっ?」
「今べつに悪いないよ。逃げるおかしい」
公権力が近づいただけで逃げる選択肢がでてくる時点でまっとうではない気もするが。
「そこの商人……とひぃ!? 魔物!?」
「落ち着け。彼らが人を襲っている様子はない」
この懐かしい声は……ヴェルヌさんか。
「この天使さま、守る神! 魔物いうのおかしい。私たちの神否定するの異端者か?」
「部下が失礼しました勇敢な商人のお嬢さん。我々はクイーン王国騎士団です。少し聞きたいことがあるのだがご協力いただけないですかな」
「クイーンの迷宮、許可ない。自由。みんなニコニコ。私いい商売してるね」
「ああ、商売の邪魔をしにきたわけではありません。この階層に来るまでの道中で我々騎士団の人間に会いませんでしたか?」
あっ……。
「騎士団か? 騎士団は――」
「俺たちが通った時には見かけませんでしたよ」
「おう!? い、いや失礼。貴公は言葉を話せるのか……いや話せるのですね天使殿」
驚くヴェルヌさんとちらりと俺の目を見るアーシュ。
「騎士団ないよ。どこいた?」
「地下3階に予備隊を残していたのですが……やはりまだ深層の強力な魔物が残っておったか……!」
「あっ、そういえば地下1階の途中にわりと大勢が戦ってるような音が聞こえた時がありましたよっ」
「話せる妖精殿まで……しかしたかが地下1階の低層で集団戦の音ですか」
「見たことないある、たくさん! 危険! クレイジービースト! ちょっと死んだ! やばい!」
「あ、そうですねっ。クレイジービーストのメンバーらしき死体も見ましたよっ」
「クレイジービーストまで犠牲者が!?」
なんだそのネット始めたての親父が決めたハンドルネームみたいな名前は。
ただヴェルヌさんにとってはクレイジービーストという言葉は重要だったらしい。
「伝令はおるか!」
「はっ」
「この階層にいる兵士に伝えよ。撤退だ」
「団長! しかしまだ聖焔騎士団は帰還しておりませんぞ!?」
「後方部隊も安否不明で撤退ルートの確保もできず、スピリッツ殿の安否もわからん。こうなっては無事に帰還して報告できるのは我々だけだ」
なるほどね。
こういう感じでヴェルヌさん達の撤退フラグが立ったわけか。
地下3階の兵士たちが全滅していなければ、もう少しヴェルヌさんたちは迷宮内に留まっていたと。
これって未来を改変できるとかそういう系ではないのかもしれないな。
むしろ過去に再構成されている俺(天使)の行動によって知っている過去の出来事が忠実に再現されてるんだが。
どうやっても同じ結果に収束するなら気楽だよな。
まあ厳密には俺ってタイムトラベラーじゃないけどな。
「はー、騎士団の人が撤退しだしたら客も帰る準備したり打ち合わせに行っちゃいましたねっ」
「おっけーね。在庫ほぼ空。もう用ない。分けるするか? さき街行くある?」
「分け前ね……。さすがにそこまでの時間はなあ。どうしたんだレーン? 口に手を当てて旅団の団長みたいな考え込むポーズとってるけど」
「襲っちゃいましょうか、さっきの王国騎士団」
は?
「襲うやるか? アーシュ奪う好きよ!」
「天使さまがいれば飛行系のモンスターを追い込むのも簡単そうですし、実験がてら空からの強襲やってみましょうか」
「いや、でも人なんか襲ったら本当に俺がモンスター認定されるじゃん」
「邪神の力で見た目を異形に変えるのはできますし。うまくいけば別の邪神の使徒と挟撃にできそうなんですよね」
できそうなんですよねって、さっきまで普通に会話してた相手を襲うか普通?
邪悪すぎるだろこいつら。
「殺す奪う、迷宮ルールある。王国決めた。自分は例外おかしね。チビいいこと思いつく! アーシュやるある!」
「そうですよねっ。他の冒険者は勝手に争ってね、でも王国は攻撃しないでねって都合よすぎますよね! わかってるじゃねえですか没個性ウソ訛り娘!」
なんだか意気投合してるが。
俺、ヴェルヌさんはそんなに嫌いじゃないんだよな。
それにせっかく運よく生きて脱出できるであろう十数人の騎士団員を襲うのも気がひけるっていうか。
「レーン、それにアーシュも聞いてほしい。主義主張は色々あるだろうが、俺たちの共通認識として命は大事というものがある」
「天使さま?」
「命大事な! いっしょ! 自分命だけは大事な! 天使さま言うこと良い!」
「そうだ。だからこそ俺たちもできるだけ人の命は大切にすべきなんじゃないのか? べつに人類のために犠牲になれとは言わない! だけど奪わなくて済む命であれば無駄に奪うことはやめるべきだ!」
俺の熱弁にレーンとアーシュは顔を見合わせた。
あまりにも文化レベルが高い生命の尊厳という概念に心震えたか?
「天使さまは本当に天界に住んでいたんですか?」
「常識ない。天使さまきれい。それ死ぬよ?」
あれ?
「それだと搾取されっぱなしになるじゃないですか。強い者が勝手に決めたルールで搾取してくるんですから私たちはチャンスさえあれば搾取し返さないと死ぬのを待つだけになっちゃいますよっ?」
「私、仲間、死ぬ。子供、女。夫悪い。家族死ぬ。だから殺す。それ当たり前こと。子供、女、恨む。殺す。奪い返す。当り前ある。奪う、仕返し。世界回る。奪わない、死ぬだけ!」
よくわからない。
よくわからないがここで俺が知った風なことを続けて言うと俺は確実にこの2人を敵に回す。
だがそれがどうした?
新しい思想を、正しい考えを啓蒙するのにこれくらいの周囲の反対があって当然なのだ。
恐れてはならない。
恐れるべきは己の信念が死ぬとき。
そうだ!
俺は……正しいことを……!
◆ ◆ ◆
「ひゃっはー! 生きては帰さんですよっ」
アーシュは不良在庫で長らく残っていたという鳥笛を必死で吹いている。
なんでも鳥を本当に寄り付かせるという便利アイテムだが、ただの鳥以外にもモンスターまで呼び出すということがわかり国際的に製造が禁止されたシロモノだという。
なんでそんなやばいもの持ってるんだか。
「あの、本当に俺の姿はちゃんと違う化け物になってるんだよね? 声もちゃんと変な感じに聞こえてるよね? 見破られたりしないよね?」
「大丈夫ですよ、たぶんっ」
思想……信念……正義……誰が決めて、誰に守らせる?
そんな無意味なものは。
「リファーファッファッファッファ!」
「ハイダラー!」
何十の空飛ぶ魔物を引き連れ、空に無警戒な王国騎士団に俺たちは突撃を敢行したのだった。
人は誰かになれる。
きっと英雄にも、勇者にも。
邪神の手下の子分にだって。
邪神に関する知識は一般人と専門家でかなり違います
ハウエルさんの知識のほうが正確です
 




