地の神の巫女ハウエル
「おおう! 本当ですな。魔術師殿は指輪も腕輪も首飾りもつけておられない」
クイーンの迷宮から無限に湧き出てくる魔物の群れ。
これに頭を痛めているクイーン王国は、冒険者に魔物を討伐をしてもらう代わりに探索を許可している。
少なくとも建前上はそうしてあるわけで、冒険者達がどれくらい討伐に貢献しているかを気にする必要がある。
そこで希望する冒険者にはどの程度の数、もしくは強さの魔物を討伐したかが分かるマジックアイテムを与えているのだそうだ。
どの種類をどれくらいというはっきりしたことまでは分からないようになっているが、おおまかにこの程度と分かる記録されるらしい。
そうして討伐に貢献した度合いに応じて、金が入ってくるということだ。
ややこしいですか?
魔物を倒せばお金がふえるよ! やったねリファちゃん!
「倒した数や種類も分かれば便利なのにな」
「それは王国としてはそうですが、冒険者としては隠したいこともあるでしょう」
うわ。
この討伐数カウンターってもしかして。
「さすがは魔術師殿。王国は強き者だけを求めておりますゆえ」
冒険者を襲ったり、逆に盗賊を撃退した数もカウントしているんだろうな。
それにどういう魔物を多く倒しているかが分かれば、その冒険者の切り札だって見えてくる。
そういうものを知られたくない人は多いだろう。
特に俺。
「誰もが黒衣の魔術師殿のように、己のスタイルを公開したうえで生き残るのは難しいということですな」
「あ、そ、そっすね」
そうでした。
俺はどう見ても魔法使いで、ローブの色から見て闇魔法丸出しなんでした。
まあ実際は闇魔法なんて使えないが。
「なんでリファは教えてくれなかったんだ?」
「? 敢えて討伐数を誇らないのがご主人様の方針じゃなかったんですか?」
なんだよその方針。
聞けば、奴隷身分の人間が強制的に付けさせられる首輪にカウンターがついているらしい。
金が無くなれば換金するつもりだったらしいが、今の安宿生活であればしばらくは余裕だそうだ。
それにつけても邪神の説明不足よ。
邪悪以前にずぼら過ぎて信者が居なくなったんじゃないか。
なんにせよ後でもらいに行こう。
「それじゃあヴェルヌさん、見送りはここまでで大丈夫ですよ」
城門の外で俺はヴェルヌさんに声をかける。
この人にははっきり言っておかないと、宿屋まで護衛してきそうな雰囲気がある。
「かたじけない。すぐにやらねばならぬ用事を作った愚か者がおるのです」
たぶん娘さんの処分だろうなあ。
「色々とありがとうございました。ヴェルヌさんがいなければリファも危なかったですしね」
「そう言ってもらえるとありがたい。魔術師殿、それにリファ殿もどうかお気をつけて。多くの優秀な冒険者がたった一回のミスで帰還できなくなっているのですから」
ヴェルヌさんはそう言ってニコりと笑うときびすを返した。
言っちゃ悪いがヴェルヌさんも笑顔が怖い。
笑顔とは威嚇とかなんとか。
「ハウエルさまー! あ、あなたハウエルさまを見ませんでしたか?」
「いえ、見ていませんが」
ハウエルって誰?
俺は即座に答えると侍女っぽい女の人は城の中に入っていった。
よくわからないがお偉いさんの名前かな。へたに関わるとトラブルの種だろう。
「ハウエルか。男の名だな」
「女」
俺の独り言にリファではない少女の声が答える。
「なにやつですか!」
侍か。
リファが相変わらず時代劇がかったセリフで誰何する。
「私は女。ハウエルって女がいて何が悪いの?」
み、緑色の髪だ。しかも耳がエルフのように長い。
切れ長の瞳を怒りに燃やした少女が俺をにらみつけている。
「い、いや別に悪くはない。ハウエルさん、素敵な女性の名前だ。だから暴力はいけない」
「!? ご主人様! 私は? 私の名前はどうなんですかっ」
リファは邪魔臭いかわいいなあ!
とりあえずリファの頭を乱暴に撫でつつ、俺はハウエルさんに向き合った。
「暴力なんてふるわない。そんな野蛮な女性はこの国にいない」
どこぞのコネ女騎士がおりますが。
リファはいいんだ、かわいいから。
「そうですか。なんだかさっきあなたを探している人がいましたよ?」
「うん。祈祷めんどい。いま逃げてる途中」
なんだか自由そうな人だなあ。
しかし相手は緑色の髪のエルフっぽい少女だ。
俺の故郷の言い伝えによればすさまじくアンラッキーパーソンだ。
「さっきからあなたご主人様に気安いですよ! 何を隠そうこの方は王に認められし客員魔術師なんですよ!」
「私も地の神の巫女。王様公認で偉い」
た、他宗教のお偉いさんですか。
やばいぞこいつ。
よくわからんが神様パワーで俺が邪神の使徒だと看破してくるんじゃないか?
「ふーん。あなたが噂の黒衣の魔術師? 素手で魔族を殴り倒すように見えない。可愛い顔」
「な、なんと無礼な! ご主人様、抜刀の許可を!」
許可をと聞きながら、すでに抜き放ってますリファさん。
やばいやばい。そんな呪われた大剣なんて抜いたら。
「ん? あなたの剣は不思議。呪い……まさか」
小声で邪神なんて滅んだし、とつぶやくハウエルさん。
さあ盛り上がってまいりました。
「ふっ、控えよ小娘」
「は?」
「ご、ご主人様?」
ごまかすときは強引にいくに限る。
「我が奥義は闇。闇こそが人の安息となる。深淵なる闇魔法の秘術によって生み出された剣を、貴様如き小娘が理解できようはずもない」
「ひ、秘術……! ご主人さま、そんなにすごいものを私に……?」
「闇魔法? 初めてみた」
ハウエルさんは納得したようにうなずいた。
「そのローブも、その子の鎧も闇魔法が付加された魔法の武具? なるほどなるほど」
「そ、そういうことだ小娘」
にやーっと笑いながら俺に顔を近づけるハウエル。
「あなた、迷宮で探索しているの?」
「そ、そうだが」
「ない。あの魔物を殺った数を数えるあれ」
殺ったって。
「うん。まあそれはこれからもらいに行く予定だ」
「あげる」
ガチャリと腕に何かを付けられる。
手錠!?
……ではなくて腕輪だ。
「神殿でも配ってる。クイーンの迷宮に地の神の神官が挑戦することもあるから」
「そ、そうなんだ……いやでも俺は王国の詰め所でもらうから別に」
「外そうとしても無駄。付けてあげた人じゃないと取れない」
なんだその呪われた装備はよ。
もしこれが地の神の加護で動くんなら動作しないんじゃないか?
「な、なんなんですかこのチビ助はさっきから! ご主人様にちょっかいばっかりかけて!」
「黒衣の魔術師と黒剣士リファ。覚えておく」
好き勝手しゃべってハウエルさんは城の中へと消えていった。
できればそのまま忘れてほしいなー。
◆ ◆ ◆
色々あって疲れた俺は、晩飯にサンドイッチ(らしきもの)を買って早々に宿に引き上げた。
労力はかかったがこれで後ろ盾と収入源を確保できたはずだ。
「そういえばさリファ」
「ふぁい?」
口いっぱいにサンドイッチを頬張ったまま返事をするリファ。
「奴隷ってさ、主人にどれくらい逆らえないんだ?」
「ご主人様に反抗なんて微塵もできません!」
君を見てると、とてもそうは思えないんだけど。
「ほら、食事とかもさ。主人と一緒にはとらないとか俺の故郷ではあったからさ」
「ああ、そりゃそうでしょうね。王国でも一緒ですよ」
そうなの?
「でもご主人様はそういうの嫌いでしょう?」
「そりゃ、そうだけど」
よく分かったな。
けっこう人を見ているのか。
「私の契約は言葉どおり、ご主人様に命ある限りお仕えする事です。だから一般常識とか関係なくご主人様の嫌がる事はしませんし、ただひたすらお仕えしますっ」
なるほど。
かなりアバウトな契約を結んだしな。
本来は、常に絶対服従とかエロいことさせろとか、細かく宣言してから奴隷契約みたいなのをかわすのだろう。
リファがフランクな奴隷でよかった。この子なら邪神の事を教えても大丈夫かもしれない。
まあ言わないけど。
「もしかして奴隷を増やそうとしていたりします?」
「いや。リファだけで十分だよ」
「えへへー」
これ以上増えると面倒が大変過ぎるわ。
「でもクイーンの迷宮で戦っていくならいつかは戦力を増やす必要がありますね」
「そうか? 俺の闇魔法とリファの剣技があれば」
剣技というかケンカ殺法というか。
リファってケンカ慣れしてる感じなんだよなあ。
顔はすましていればお嬢様然としているのに。
「ご主人様が二人組で行きたいなら私はその方向でがんばりますよっ」
少なくともあのレッサーデーモンがうろつく階層までは大丈夫だろう。
邪神の力が強まれば、もっと強い呪いも使えるようになるだろうしな。
っていうか、即死する呪いまで手に入れれば、もう怖いもの無しだろう。
あるよね、デスとかザ○キ的なあれが。あとは石化とか。
こう考えると邪神って味方にすると心強いな。
「聖焔騎士団にレーンの鷹だったか」
「迷宮のトップ集団ですか?」
「ああ。他にも色々いるんだろう? 会ったことはないけど」
「あれくらいになると迷宮のどこかに中継地点を設営するらしいですからね」
なんだそれ、すごいな。
迷宮の中で暮らしているってことか。
リファの話によると一流の冒険者集団になると補給が専門の部隊がいたりするらしい。
「じゃあこの前にリファが叩きのめした聖焔騎士団の人って……」
「補給係の下っ端の下っ端でしょうね。さすがに本隊の人はあそこまで弱くないはずですよ」
なるほどなー。
どうりで弱いわけだ。
「あとは、わざわざ迷宮の奥に販売に行く行商人もいるみたいですよ。かなりの割高料金で販売しているそうですけど」
「それはまたたくましいな」
しかし背に腹はかえられない。
迷宮の奥で水も食料も尽きたとなっては、どれだけ高額でもありがたいだろう。
「……ご主人様は知っておられるでしょうけど」
「うん?」
「レーンの鷹にだけは注意しましょうね」
「高名な冒険者集団なんだろう?」
「いえ、むしろ悪名高いんですっ」
レーンの鷹。
名前にもあるレーンという人物がリーダーだという話だ。
リファが今まできいた噂によると、多くの冒険者がレーンの鷹の餌食になっているらしい。
俺たちが出会った日に襲ってきた盗賊達の、元締めのような存在になりつつあるとか。
「そんな危険な奴らまで王国は受けいれているのか」
「だからクイーンの迷宮は3つ巴なんですよ。魔物と犯罪者と冒険者、この3つが常に相争っている状態ですね」
そんななかへ邪神の教徒が様子見に行くわけね。えらく複雑な話だ。
邪神に捧げるのは魔物と犯罪者にしておきたいところだな。
別に善人を地獄に落とせとか贅沢を言ってくる様子はないし。
その晩はリファに色々と有名な冒険者について教えてもらった。
今日会ったハウエルさんと同じエルフだけで構成された美人冒険者集団もいるらしい。
はっきり言って遭遇するのが楽しみだ。
◆ ◆ ◆
「目覚めよ、我が忠実なる隷、カンゾーよ」
誰だ我が眠りを妨げる者は……?
「私だ」
「お前だったのか」
「なんですかこのノリ?」
知らん。
「なにか用ですか邪神さま」
「あ、はいちょっと今晩は神託的なあれをですね」
神託ってあれか。神からのありがたい言葉か。
「うーん、まあ堅く考えないでいいですよ。ちょっとしたお使い的なもんですー」
「軽いなあ邪神様」
「フランクにいかないと、頼んでもいないのにいたいけな子供を生け贄に捧げてきたりするアホがいますからねー。人間って残酷ですー」
引くわー。
「とにかくお使いですよー。お使いをこなすなかで、強力な切り札をカンゾーさんは得ることになるでしょー」
「切り札ねえ」
その切り札の代償が気になるところだな。
命と引き換えにとかならいらんぞ。
「邪神様にはお世話になってますからなあ。多少の無理ならやってみせますよ」
「あれれ? そんなに従順なキャラでしたっけ?」
最初こそあれだったけど、今ではプラスマイナスでプラスだからな。
ちょっとは信者として尽くす気にはなっている。
呪いがなければ確実に野垂れ死んでいただろうさ。
どれだけ人間として大切な何かを失おうが、死ぬよりはね。
「ここ数日、クイーンの迷宮の出入りがかなーり制限されたのは知ってのとおりですー」
「ああ。明日からは普通に入れるようになったがな」
「迷宮深部の探索が可能な冒険者達は、変わらず頑張っているわけでしてー。そうなるとどういう事が起きると思います?」
トップ集団だけが迷宮に入る事ができて、俺のような一般ピープルは入れない。
そこから導きだされる答えは一つ。
「わからん」
「ばーか」
「んだとコラ」
「あっ、すいません、ついです。嘘です。うっかり言っちゃいましたー」
どっちだよ。
「さっきリファちゃんが言っていたっしょー? 補給で稼ぐ商人まで出入り禁止状態ですよー」
「ああ、そういうことか。しかし補給部隊みたいなもんを用意しているんじゃなかったか?」
「そんなことができるのは一部の金持ち集団だけですって。聖焔騎士団くらいじゃないですかねー」
となると、それ以外の冒険者達はけっこうやばいのか。
でも食料が尽きても、非常口とかいう便利アイテムがあるし。
「ふふん。その非常口、かなり不安定になっているって話でしょー? あれってヴェルヌさんの調査不足なんですよねー」
「調査不足?」
「不安定、つまり使える時もあるよーって話ですよね。でも違うんですー。今現在、ある階層から深くになると非常口は全く使えなくなっているんです!」
邪神様は無い胸を張って言い放った。
やっぱりこの邪神のしわざで非常口が使えなくなっていたのか。
「しかも本来いないはずの場所に、迷宮深くから魔物が出張中。ヴェルヌさんは割と浅い階層しか調査してないんですよねー。非常口使用不可に魔物フルーツバスケット状態。これってトラブルの種になりませんかー?」
「そ、そこまでして冒険者の邪魔をしたいか」
「さすがに上級の冒険者は自分でリカバリーできていますが、中級程度のベテラン冒険者の中には、迷宮内で動けなくなっている集団がちらほらいますね」
「ふむふむそれでそれで?」
邪神にたりと笑みを浮かべた。
「そこに迷宮が解禁されたと同時に、颯爽と駆けつける商人達! 無事に困った冒険者たちは救われましたとさ、めでたしめでたし~」
「ま、まさか」
「そう。そんなつまらない結果を阻止するのです」
ついに邪神っぽい事を言い出してきたなこいつ。
「明日の朝、迷宮が解禁されると同時に張り込みなさい。大量に通るであろう行商人たちを襲撃するのです」
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