VSルッキズム
次回の更新は6/4 20時です
土曜までは20時更新で、以降は2日に1回の更新に切り替える予定です
人を見た目で判断してはいけない。
裏を返せば、人はあまりにも人を見た目で判断するのだ。
全裸だからって変態扱いしたり、見た目が明らかに半人半鳥の化け物だからっていきなり襲い掛かって来るなんてもってのほかだ。
俺はこういう見た目差別と敢然と戦う人間になることを心に誓った。
皮肉なものだ。
こうやって化け物になるまでこんな当たり前のことも気づかなかったなんて。
「へへっ……手間どらせやがって」
「やっと追いつめたぜぇ。仲間の仇だ! 楽に死ねると思うなよ!」
「いやっ! 来ないで! なんでもするから許して!」
いかにも冒険者レベル1という女が行き止まりの壁に追いつめられていた。
盗賊の2人はいかにもな皮鎧を身につけ、槍を女に向けている。
ただ特筆すべきは盗賊の男たちの耳だろう。
獣耳、と呼ばれているものだろうか。
姿形は人間のそれだが、頭にちょっとかわいい感じの犬とか狼みたいな耳がぴょこっとついている。
いるじゃん獣耳。
猫耳が珍しかっただけか?
それとも人間の耳と猫耳が生えてるから注目されてたのか?
しかし、こういう獣人も盗賊に身をやつしているのだからファンタジーって世知辛い。
「おー、初めて見た」
「な、なんだてめえは……ぎゃあああああ化け物!」
「ハルピーか!? いや、それにしてはでけえし言葉をしゃべりやがる!」
思わず感想をつぶやいたら、盗賊2人が思いっきり俺に槍を向けてきた。
「あ、別に俺は関わるつもりはないので続けてください」
「ふざけんな! 後ろに魔物がいて安心してられるか!」
「へっ……珍しい魔物だぜ。身体も悪くねえし、しゃべるなんて聞いたことねえ。できれば生け捕りにするのもありだぜ兄弟」
「だな。フォーメーション3でいくぜ!」
「おうよ!」
槍を構えたまま2人が縦1列になって突進してくる。
人が親切に見逃してあげるって言ってるのに。
俺は槍の届かないところまで飛び上がって回避する。
「所詮話せても魔物だぜ、馬鹿が!」
「こいつ……仲間を踏み台に!?」
なんと後ろの盗賊が仲間の肩を足がかりに思い切り跳躍してくる。
魔法によるものなのか、獣人特有の身体能力なのかわからないが、すごいジャンプ力だ。
だが俺の放つ熱風に死角などない。
むしろ飛び上がったせいで回避不可能になっている。
「うお!? こいつ風だけじゃねえぞ」
「ハルピーのくせに炎まで。食らえ!」
飛び上がってきた盗賊は熱風で地面に叩きつけられたがピンピンしている。
そのうえ地上に残ったほうの盗賊が槍をぶん投げてきた。
「武器を投げるなんて愚かですねえ」
回避スキルなんてない俺の顔面に思いっきりぶっ刺さった槍を火炎放射で焼き尽くす。
一応、カウンターが効いたか確認するが盗賊は全然平気そうだ。
うーん、どういう機能のカウンターなんだろう。
「へへっ、食らったな」
「ああ、ばっちり食らわせてやったぜぇ」
「食らったよ。だがたかが顔に槍が刺さったくらいで俺は倒れない」
盗賊たちはにやにやと顔を見合わせた。
「その槍にはたっぷりと毒が塗ってある」
「地下30階クラスの魔物でも半日は動けなくなるような特別製だぜ」
「な、なにぃー!?」
盗賊が地下30階クラスでも戦えるような毒を!?
俺は驚いて地面にしりもちをついた。
「う、ひ、卑怯な……!」
「弱い魔物に使ったら麻痺が効きすぎて死んじまうくらいだからなあ」
「へっへっへ……おめえも死んじまったらすまねえな。そん時は剥製にして高く売ってやるよ、その身体なら買い手に心当たりがあるからなあ。へっへっへ」
「おのーれ! 人間どもめ……! 一方的に襲い掛かってきて……こんな危険な麻痺毒を……!」
「うるせえんだよぶわーか! 魔物のくせに説教垂れてんじゃねえ!」
「どうせ後ろから俺たち人間さまを襲うつもりだったんだろうが!」
「く……うぐぐ……見た目だけで凶悪な化け物と判断しやがって……」
「バケモンをぶっ殺すのが俺たちの仕事なんだよぉ!」
「話し合いで解決できるならそれが一番じゃないか」
「知るか! それは人間同士の話だ!」
「いやその理屈はおかしい!」
「お、おい……お前、えらく長く話せるな。舌とか痺れてこねえのか?」
「えっ?」
「ちょっと触れただけでもレッサードラゴンくらいなら鳴き声一つあげられなくなる毒なんだが……」
うーん……。
なんかすごい毒って聞いたから気分が悪くなった気がしていたけど、平気みたいだな。
俺はふわりと浮かび上がった。
「ふっ……知らなかったのか? ボスには状態異常は効かない」
「ぼ、ボス……なんだってんだ、ちくしょおー!」
「だったら尻餅なんてつくんじゃねえええ!」
◆ ◆ ◆
2人の獣人が永遠に物言わなくなったあと、おびえて戦いを眺めていた女が近寄ってきた。
なんか瞳が紅いけど大丈夫だろうか。
こいつまで俺に攻撃してこないだろうな。
「ありがとござます。助かたね。あなた恩人ね私の」
「お、おお。さっき助けてって言ってた時はめっちゃ普通にしゃべってたのに」
俺の姿におびえてうまく話せないのだろうか。
「私、あれだけ練習する。誰か助けてー。なんでもするー。これは大事。助け求める。命助かるね」
なるほどな。
海外に行く時も「助けておまわりさん!」って言葉は覚えたほうがいいって言うもんな。
「一応、言っておくけど俺はあなたを食べたりしないから安心してほしい」
「私の国、立ってるもの親でも使う。役立ったあなた使う。恩人ね。仲間する」
うん、なんかちょっと文化が違う気もするが友好的に接してくれるらしい。
「かなり遠国から来たか、あまり他と交流しない部族の出身かもしれませんね。このあたりで言葉が違うことはなかなか珍しいですから」
熱風に巻き込まれて避難していたレーンが解説してくれた。
そんな遠くだか交流しないところからでもクイーンの迷宮に潜りにくるんだな。
さすがは観光都市、いや迷宮都市か。
「ところでなんで一人でこんなところに? 仲間はいないんですか?」
「仲間ない。私、商人ふりしてる。毒もった。私追われた。ほんとは全部私のものね。でもあなた恩人。分け前する」
よく分からん。
さっきの盗賊の毒攻撃で仲間はやられたのかな。
よく分からんが何か分け前をくれるらしい。
女は嬉しそうに倒れた獣人2人のかばんを開け、装備もきれいにはがしとっていく。
か弱そうに見えても、やっぱり冒険者としてそういうところはきっちりやるのね。
「恩人、名前なにか? 私アーシュ。アーシュほんとちがう。アーシュよぶ」
どっちだよ。
「俺はコールフィールドだ」
「コール……ほかある?」
名前に別案なんてねえよ。
「天使さまと呼んでもいいですよ!」
「天使さま!? 恩人、天使さま!? 真的!?」
レーンが余計なことを言うとアーシュがやけに嬉しそうにピョンピョンしだした。
「天使さまそっくり思てた! 縁起いい。うちのじじい様言ってた同じ。アーシュを救ってくれた! 運良い!」
「なんだか純粋そうな子だなあ」
「そうですか? おそらくかなりの良家の出身で訓練も受けたエリートだと思いますよっ」
「そうなのか?」
「ここまで意思疎通できるレベルで語学力を持つ時点でかなり高いレベルの教育を受けてますね。有能なのは間違いないですっ」
そんなもんかねえ。
まあ久々にまともに歓迎されている感じだから悪い印象はないが。
「うまい商売。私売る。天使さま守る。チビいらないがいていい。もっと恩返す。やるか?」
「誰がいらないチビですかこのウソ片言娘!」
「なにをやるって?」
「さあ。詳しくはわかりませんけどうまい商売があるから一緒にやろうって言ってるみたいですね。そしたらもっと恩をたくさん返せるとかなんとか」
さっきまで盗賊に襲われてたのにたくましすぎないか。
「いや、せっかくだけど俺も忙しいから――」
「いいじゃないですか。やりましょうよっ」
またややこしいルートを選び出したよこの子。
「いいチビ。いいこと言う。やる。天使さまやったらいい!」
「いやでもレーン、そんなことやってる暇はさあ」
「そんなつまらないことよりも、こっちのほうが面白そうじゃないですか! 天使さまを使って商売するって面白そうですっ」
レーンも別に忠実な邪神の下僕というわけではないのか。
こうしてみるとただの好奇心旺盛な子供のように見えるね。
リファとして無邪気なキャラかを演じていただけかと思っていたが、けっこう素だったのかもしれない。
「5階行く。アーシュ飛べない。飛ぶいい?」
「え、いや、まあいいけど」
「ありがと」
いきなりアーシュが近づいてきて俺の背中に乗っかろうとしてくる。
「ちょ、やめ、おも……くはないけど」
「5階で商売するから乗せてくれって言ってるんですよ。天使さまがオッケーしたんじゃないですかっ」
あ、そういうことね。
別にいいけどさあ。
「まだ低階層をうろついてためぼしい冒険者も始末できたことですし、さあ行きましょう! ビジネスチャンスを活かして目指せ天使屋コンツェルンですっ」
「チャンス大事! 天使さまはやくいく! 売る時いま!」
まあいいだろう。
俺は見た目で差別する奴の敵対者。
そして見た目で人を判断しない人間の守護者なのだ。
化け物のような見た目の俺でも友好的に接してくるアーシュの手助けくらいしてやろうではないか。
俺は羽ばたく準備をしながら身ぐるみはがされた獣人の盗賊2人を一瞥した。
ぺっ。
卑劣な見た目主義者め。
俺はお前らとは違うんだよ!
もちろん彼ら犬耳2人組は盗賊ではありません




