割れずにしぼんだ風船
次回は明日20時に更新します
夢・おぼえてますか
俺は覚えていません。
っていうか夢以外も色々覚えていない。
たぶん邪神から力を得た代償にそのへんの記憶を失ったんだろうな。
それでも邪神とかリファといる間は目的があったからよかった。
元の世界に帰りたいわけでもなく、ぷらぷらしてるだけなんだよね。
「マスター、いつものを頼む」
「はいよ」
コトリと安そうな酒が置かれる。
「いや、あの、俺ってここには初めて来ましたよね?」
「そうだな。裸で来たのは兄ちゃんが初めてだから間違いないぜ」
「じゃあなんでいつものって注文が通るんですか?」
「兄ちゃんみたいなギャグかます奴にはそれを出すようにしてるんだ。最悪、金のない貧乏人で飲み逃げされても、たいして損にならねえのを出してる」
しっかりしてるね。
「そうか……ところで景気はどうだいマスター?」
「そうだな、客がおびえて店に入るのをためらってて困ってる」
「ちっ、冒険者ってやつは野蛮なやつが多いからねえ。どうだい、食事代を無料にしてくれるなら俺が追っ払ってやるぜ?」
「じゃあ外からも見える目立つカウンター席で全裸で飲んでる変態を叩きだしてくれ。その酒代はいらねえよ」
「HAHAHA! こいつは参ったな! 一本とられたよ!」
「いいから奥のテーブルに座んな。聖焔騎士団から話は聞いてる。迷宮にやられたってんじゃそう冷たくもできねえからな。ただあまりぷらぷらさせるなよ。おとなしく座ってろ」
「オッケーだ」
「寒くねえのかねえ、かわいそうに」
お嬢様との再会の翌日。
俺は夜遅くに施設から解放、いや退所した。
迎えも何もなく不審に思って質問してみたのだが、なんでも今日までの料金しか払われていないらしい。
たぶん今は邪神の呪いによって迷宮で魔物が活発化したり脱出アイテムが使えなくなっていたりしている時期だったはずだ。
スピリッツさんも迷宮の深部に取り残されて、聖焔騎士団も俺にまで手が回らなくなってしまったのだろう。
ま、俺には関係ないけどね。
少なくともクイーンの迷宮なんて二度と行きたくない。
それにこの国の未来の荒れっぷりを考えればとっとと国外に逃げないとな。
「失礼しますよ」
「うげ」
案内された奥のテーブル席で一人ちびちび安酒を飲んでいると、騎士っぽい格好の中肉中背の男が相席してきた。
レーンさんだっけか。
「そういえばあなたもどっかの神殿の関係者なんですか? 聖焔騎士団とは敵対してたみたいですけど。でも神聖魔法じゃなくて変なアイテムで手下を強化してましたね」
「……」
あ、やべ。
また初対面の人に未来で知った情報を語ってしまった。
ここは小粋なジョークでごまかすか。
「まさか邪神関係者じゃないですよね? もうリファにはこりごりだよ~なんちゃって!」
「ばっ、ばっか! やめてくださいよっ。あんたほんとになんなんですかぁ!?」
急に女子っぽい仕草と話し方になるレーンさん。
なんだそのキャラ変は。
かわいくねえぞ兄ちゃん。
「べつに俺はオネエ系に差別意識はないんですけど、急にそんなことされるとリアクションに困るっていうか」
「誰がオネエ系ですか!? 私は立派な女子、レディですよっ」
「兄ちゃん悪ふざけはやめろ」
オネエとか関係なくこういうかわいぶってる奴って話してるとイライラするなあ。
「悪ふざけをやめるのはそっちです変態っ。なんで私の名前を知っていたんですか? それにこの人間を邪神の力で動かしてることまで知ってるってどういうことなんですか? あなたも邪神関係者ってことですかっ?」
なに言ってるのこの人。
マジで。
邪神の力で動かしてるって『従え』を使ってるってこと?
邪神関係者なのこの人。
っていうかこのわざとらしい舌っ足らずな話し方は……リファか?
「ふっ……邪神と同等だけど敵対もしない存在とだけ言っておきましょうか」
「そんなの聞いてませんし邪神も混乱してますけど……たしかに苦しめも効いてませんし奇妙な存在みたいですね……くそが」
やだこの子、ノーモーションで『苦しめ』攻撃してきてるんですけど。
だいたいめちゃくちゃ強化されたっぽいけど邪神とかリファが本気で俺を潰しにかかってきたら勝てるのかしらん。
呪いは効かなかったみたいだけどカウンターは発動してないっぽいし。
下手したらやられるんじゃね。
べつに生きる目的なんかないけどだからって畜生のように処分されるのはごめんなんですけど。
毎日だらだら酒でも飲んで周りにうざがられながら長生きしたいだけなのに……!
生まれ変わってまで邪神に振り回されるなんて冗談ではない。
「俺の力はわかりましたか? 虎の尾を踏んでしまう前にさっさと失せなさい、小娘。なにもされなければなにもしない。Do you understand?」
「殺せなくても苦しませる方法はいくらでもありますよっ? 死よりも恐ろしい苦痛を味わいたくなければ私に協力してください!」
こわ。
なんだこいつやべえ。
「いや……だから別に俺からはなにもしないって」
「知ってはならない秘密を知った相手は取り込むか消すか。それ以外ありえないですよねっ」
俺の肉体はたぶんだけど破壊されても例の謎機械で再構成されるんだと思う。
ただそれは予測に過ぎないし、肉体を破壊せずに拘束されたらどうなるのか。
でこから火炎放射と悪意ある攻撃に精神攻撃カウンターをするだけのこの身体でどこまでできるのか。
しかもカウンターには穴があるらしくて発動しない時もあるし。
くそっ、なにか武器はないのか?
ない、服すらない!
「ふむ、興が乗りました。あなたを殺すことなどたやすいことですが面白そうな遊びであれば協力するのもやぶさかではありません」
「別に殺してもいいですよ、替えの人形はいくらでもいますし。ただ、あなたがクソたれてる時に隣の個室に入って自爆することも可能だって忘れないでくださいねっ」
なんて嫌なガキなんだろうか。
しかしどういうことなんだってばよ。
リファが邪神の力を使えてレーンを操っている?
いやレーンの正体がリファだということか。
俺が邪神の力を持っているからリファも邪神によって強化されてるんじゃなかったのか?
リファはリファで邪神と直接コンタクトをとっていた……?
そうなると……つまり……どうなるんだ?
「弱い犬ほどよく吠えるってやつだな。それで? 君はご主人さまと一緒に冒険してるわけだが」
「ふむ、そんなこともわかるわけですか。なるほどなるほど」
なにがなるほどなのか分からないけど、なんか生き生きしてるな。
羨ましい。
やっぱり同じ人生ならこうやってキラキラしていたいよな。
俺も今からでも遅くないから何か目的とか夢を探してみようかなあ。
「――というわけでですねっ。今は安易に脱出する方法を封じられ絶望した冒険者の魂を邪神に捧げてパワーアップ大作戦中なんですけど、ちょっとヘルプがほしくてですね! きいていますか変態さんっ?」
「ああ、聞いている」
聞いてなかったけど。
「じゃあお願いしますねっ」
「え、なにを?」
「じゃあ私は忙しいのでこれでっ。ちゃんと元気な冒険者をぶっ殺してくださいね、少なくとも森の乙女は壊滅させてくれないと次会う時には死んだほうがましな目にあわせますから!」
にこにこしながらレーン(仮)は去っていった。
夢……目標……希望……。
それは輝いて美しく、そして時に競合する。
何かを夢見て迷宮を探索する者たち。
何かを夢見て邪神を強化するレーンさん。
この両者に違いなどあるのだろうか。
この俺にも夢はある。
夢のために犠牲が必要な時。
同じ夢を持つ者を犠牲にすることなど許されるのだろうか。
なにか同じ夢を持つ者同士で話し合って解決することはできないのだろうか。
◆ ◆ ◆
「おう、って、うわ!? お前が裸のやつか」
「あ、すいません、ちょっと通りますよ」
「いや待て。今は迷宮の様子がおかしくて危険だぞ? 基本的には探索禁止だ」
「あ、はい。でも行かないと、もっと危険なので……」
「あ、待て! もどれ! 命を粗末にするな!」
許されるのだ。
夢のためには許されるのだ。
俺には夢がある。
俺だけは平穏無事に生きるという夢が。
そのためにはリファさんに、レーンさんに従わなければやばいのだ。
森の乙女と邪神。
敵に回したくないのはどちらなのは自明の理である。
邪神に頭やられてなくても普通そんなもんでしょ。
「さーていっちょ本気だしますかぁ」
俺は裸で迷宮への一歩を踏み出したのだった。




