こんなところにいましたのよ(エクストラマイルド)
【これまでのあらすじ】
目が覚めたらここにいた
天使は、美しい蝶が舞う穢れなき花園の住人ではない。
業火に苦しむ餓鬼畜生がいる煉獄の住人である。
◆ ◆ ◆
神を祀る棚。
この王国であれば地の神が祀られている場合が多いその棚を、あろうことが一人の全裸の男が開け放った。
開けたからといって神の裁きがくだるというものでもないが、設置や掃除の時をのぞいて普通は触れるものはいない。
全裸の男は棚の中をのぞきこんで安堵したようにつぶやいた。
「よかった……パンツがあったら大陸で炎上していた」
あまりにも奇妙な言動をとる全裸の男に、しかし、誰もとがめるどころか気にも留めない。
そう、むしろこの全裸の男の行動など、この場所においてはささいな問題なのだ。
「こんにちわ。ご無沙汰しております。こんにちわ。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
全裸の男の近くで、誰もいない空間に申し訳なさそうにあいさつを繰り返す女がいる。
あいさつをしてお辞儀するたびに頭を強くぶつけるので、額が少し赤くなっている。
白い服を着た女があわてたようにやってくると、申し訳なさそうにあいさつを続ける女を強引に椅子に座らせ、両手両足を椅子にしばりつけた。
「こんにちわ。お世話になっております。ありがとうございます、生きていてすいません、申し訳ありません、ありがとうございます……」
「もうすぐごはんの時間ですからね。それに今日はお風呂に入れる日ですよ」
白い服を着た女は子供に言い聞かせるように優しく言った。
しかし、また近くで誰かが叫ぶような声がすると、厳しい顔に戻り足早に走っていった。
あまりにも強いお香にまぎれて、かすかに糞尿の臭いがする白く清潔な施設。
ここはクイーン王国特別回復施設――ある者にとっては一時的な休養施設であり、またある者にとっては終の棲家である。
◆ ◆ ◆
お嬢様、と呼ばれていた少女を覚えているだろうか。
ちなみに俺はほとんど覚えていなかった。
スピリッツさんの従姉妹で最後に会った時には聖焔騎士団を率いていたあの過激派少女。
ある日、唐突に俺にコンタクトをとり、冒険の話を聞かせろと言ってきた大きなお屋敷の少女。
はっきり言って彼女ほど初対面からキャラの印象がコロコロ変わった人はいない。
あまりにも寛大な一面とあまりにも凶暴な一面が同居する、言ってしまえば不安定な人格の持ち主だった。
思えばそれは前ふりだったのだ。
「お嬢様……ですよね?」
「あら? そんな風に呼ばれるのも久しぶりね。もしかして、やっとここから出してもらえるのかし……ら……なぜあなたは裸なの?」
施設の中庭にあるテーブルで優雅に一人お茶を飲んでいるお嬢様はなぜかドン引きした顔で答えた。
そういえば彼女は元々はただのお嬢様ではなく、もともとは聖焔騎士団のメンバーだったと言っていた。
休養を余儀なくされクイーン王国にやって来た、いや連れてこられたんだったか。
しかし、初めからあんなお屋敷で優雅に暮らしていたわけではなかった。
ここにいたのだ。
むしろ、この施設での治療がメインだったのではないか。
「お嬢様……いや放火魔……とか呼ばれていたんでしたっけ。一体、なにをやらかしてこんなところに?」
「ただの変態ではないみたいね。レッドフォレスト家の恥として隠されているって話だったけど」
周囲の温度が上がった気がする。
いや比喩表現ではなく、これはマジで温度が上がっている。
ただの好奇心だったのだが藪蛇だったか。
「あらら、ごめんなさい。でも安心して、あなたも飲まされたでしょうけどあれのせいでほとんど神聖魔法は使えないのよ。いえ、使えなくされている、というのが正しい言い方ね」
「いや、こちらこそ不躾に事情を聞いたりして失礼しましたお嬢様。まあ色々ありますよね。俺も全裸で迷宮探索した帰りに地の神の巫女に捕まって異端審問にかけられて聖焔騎士団の出張所でスピリッツさんとファイさんが真剣に迷宮の異変について話し合っている間に座って食事をしていたら顔面に燃え盛るリンゴを叩きつけられて忙しいから2~3日ここにいろって言われたんですよね」
「そ、そう……個性的な理由で来たのね。でも面白い。私はただちょっと過激に慈善活動しただけっていうつまらない理由しかないわ」
他者犠牲呪文がちょっと過激なんですかねえ。
「他者犠牲呪文がちょっと過激なんですかねえ」
「不思議ね。なんでそんなことまで知っているのかしら。一体、何者なの?」
あ、やべ。
まあいいか。
俺の知恵と経験をもってすればこの程度のミスは挽回可能だっちゅーの。
「な、なぜ無言で胸を寄せたポーズをとっているの?」
「お嬢様、俺は預言者なのです」
「預言? それは神聖魔法? それとも一般魔法? 魔法とは全然別の能力? どうやって未来を知るの? 水晶とかカードは使わないの?」
お嬢様めっちゃしゃべるやん。
そんな細かい設定とか急に聞かれても困るのだが。
「ええ、つまり、そのポエム的な……勝手にその、すごい、すごいなにか、書いてくれる、ポエムを、そうなんかこう」
「ポエム? 預言のポエムが勝手に? ちょっとやってみせてくれないかしら」
お嬢様がベルを鳴らすと白い服を着た職員がやって来る。
「紙とペンをちょうだい」
「申し訳ありませんが施設内では……」
「禁止なのは知ってるわよ。だからあなたに頼んでるんじゃない」
この職員、見覚えがあるな。
誰だっけ。
「はい、どうぞ預言者の……あなた名前は?」
「えっと、たしかコール……コールフィールドだったと思います」
「思いますってあなた……まあいいわ。とにかく預言を……そうね私の未来なんて教えてもらえるのかしら?」
いやいやいや好奇心のかたまりだなこの人。
娯楽どころかいるだけで陰鬱になる場所に押し込められているから仕方ないのかもしれないけど。
なんとなくで設定を作った預言ポエムなんて書けるわけが……。
「どうしたの? 誰かの未来とかそういう指定をしてポエムを書くことはできないの?」
「書けらぁ!」
「な、なんで叫ぶのよ? じゃあ預言のポエムとやらをお願いするわね」
「えっ!? 預言のポエムを!?」
「なぜ自分の言い出したことに驚いてるのよ……」
ごまかすのも限界だな。
ええい、ままよ!
「ではペンと紙をお借りしますよ」
「うわ、急に素に戻ったわね」
まあ未来が分かるというのは本当なんだ。
この人が進むであろう未来をなぞって……クイーン王国で起こる事、でもある程度は広く解釈できるようにふわふわ言葉を使って。
聖なる火が闇に隠れ
種火は箱から巣へと移される
巣を燃やすことは勧めない
聖なる火はまだ消えていない
黒い詐欺師と悪鬼の少女が
種火を箱から守るだろう
心正しき忠臣を信じてはいけない
あなたもまた闇に還るのだから
仲間と共にでかけよう
連れは2人がいい
熱き火は羽ばたきにかき消され
種火は巣から解放されるだろう
「これが……預言のポエム? 意味がよくわからないわね」
俺もそう思う。
っていうか、うっかり知っている未来をそのまま暗示するようなポエムを書いてしまったけど、俺がこんなポエムを書いたから、いきなりお嬢様に呼び出されたのだろうか。
そうなると俺がリファと活動していた時にはすでに全裸の俺がいたことになる。
でも全裸の変態が街中をうろついていたら噂の一つや二つ聞きそうなものだけど。
「そのポエムはお嬢様の未来を暗示するものです。特に重要なのは指示や忠告のように書かれていることですね」
「ふむふむ。巣を燃やさないほうがいいとか書いてるわね。巣がなんなのかわからないけれど」
「そういう忠告を守ることでなんらかの不幸が回避できる場合が多いそうです。逆に指示や忠告に逆らうことで、それ以降のポエムとずれが生じたり、全く別の未来になるんだとか」
「ふーん、でまかせにしてもなかなか興味深いわね。これって何か元ネタがあるんでしょう?」
「ありません、オリジナルです!」
「ウソばっかり。絶対なにかのパクリでしょ。あなたってこんな凝ったことを思いつく才能なんてなさそうな顔してるもの。でもそうね……巣というと安全なイメージがあるけれど、最後には巣から解放とあるわね。どういうことだと思う?」
「あ、すいません。俺は自分のポエムは読まないようにしているんです。そうしたほうが当たりやすい気がするっていうか」
「あなた書いてる時に自分のポエムをモロ見てたと思うんだけれど!?」
そうなんだけどあまり自作ポエムにツッコミを入れられると恥ずかしくなるだろうが。
察してよ。
「お嬢様、もうポエムの内容は覚えましたか?」
「ええ、これくらいの内容は覚えないと立場上やってられないわよ」
「では」
俺はおでこから火炎放射を放ってポエムの書いた紙を焼き尽くした。
「あ、あなた……!」
「ふふ、魔法が使えて驚きましたか? 人間如きが俺の力を封じようとしたところで無駄なんですよ。そもそも魔法などという低俗なものとこの俺の力を同列に考えること自体が無礼なんですよね」
「いや、そうじゃなくて、こんなところで煙ぼわぼわで燃やしちゃったらあなた……」
「なにをしているんですかコールフィールドさん!?」
白い服を着た女がめちゃくちゃ怒りながら走って来た。
やべ。
「おとなしくしていなさいって入所の時に言いましたよね!? 今日はおやつ抜きです!」
「ひぇ! だ、だって、俺は世界を滅ぼすこともできるほどの……」
「お二人ともケガはないようですね。コールフィールドさんには部屋に来てもらいます。さあ! 立って!」
がしりと腕をつかまれると無理やり俺は立たされた。
そのまま引っ張られるようにして連行される。
「いや、まだ俺はここでティータイムをしながらオサレな会話の駆け引きとか……いやっ、やめて! さわらないで!」
「だめ! おとなしく来なさい! 短期入所だから手加減していましたけど、今日はうんと痛い治療魔法をかけますからね!」
「いやだー! 善意でかけられた魔法の副作用はカウンターできねえから! 助けて!」
「な、なんというか……楽しかったわよ預言者さん。参考にさせてもらうわね」
◆ ◆ ◆
「さあお食事の時間ですよー。どうぞコールフィールドさん」
食事がでんと目の前に置かれ、白い服の女が俺をガン見している。
部屋の四方八方の壁はやわらかく、しかし簡単には破けないような素材でできていておよそ生活感はない。
「あの、そんなにじっと見ていられると食べにくいんですけど」
「そうですよね。だから早くここを出られるようにがんばりましょうねー」
にこやかに答えつつも少しも目が笑っていない白服。
「ぼくがんばってるよ?」
「お食事が嫌なら魔法で栄養を入れるよう先生にお願いしましょうかー?」
「……いただきます」
「はーい。ゆっくりでいいですからねー」
うそつけ。
食事時間は決まっているから、あまり時間をかけて職員をわずらわせると栄養魔法コースだろうが。
それにしても妙なことになってきたな。
この施設はクイーン王国の裏の機能だ。
迷宮関連施設による儲けももちろん大きいが、この特別回復施設で政治的に隠匿して治療したい人物、もしくはただひたすら隠匿したい人物を受け入れることで、王国に経済的政治的に大きなアドバンテージをもたらしているのだという。
もちろん表向きは過酷な迷宮探索で精神に支障をきたした冒険者への支援という名目で運営されているわけだが。
裏の理由でここに入る人物はかなり重篤な場合が多い。
お嬢様は数日のうちにここから出てあのお屋敷に住むことになるのだろうが。
おそらくだが彼女は決して回復して退所したわけではない。
いわゆる寛解、専門の知識のある人間の目は必要だが、自宅からの通所で大丈夫なレベルではないだろうか。
それが生まれついてのものか過酷な軍務によって心が擦り切れたせいかはわからんが。
嬉々として盗賊を攻撃する姿は異常だったもんな。
間違っても凶悪な感情を呼び起こす戦闘行為はご法度だったんだろう。
「あんまり食事がすすんでいませんね。やっぱりちょっと鼻から栄養魔法しましょうか」
「えっ、いやちょっと待ってください」
「もうすぐ出られますから、ちゃんと元気になりましょうねー」
「食べるから! 食べるからやめてください!」
看護を行う天使たちは、人の定義を、人の幸福とは何かをいつも自問し、研鑽している。
例えそれが豚を囲い込み、餌を与えて太らせ、ただ糞尿の世話をしているだけに見えたとしてもそれは偶然の一致にすぎない。
完全に一致していたとしてもその行為は慈悲の発露であって利益追求ではないのだ。
【注意】
この物語はフィクションです
実在の人物・団体とは一切関係がありません
日本国では患者の身体拘束は安易かつ一職員の判断では行えません




