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邪神様の仰せの通りに迷宮探索  作者: 内村ちょぎゅう
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燃え盛る焼きリンゴが顔面に叩きつけられる話

 聖焔騎士団の詰所には食堂兼会議室が存在する。会議室と兼用と言うとかなり安っぽいと思う人もいるだろう。実際、安っぽいのだ。普通は分けるだろう。

 おそらくだが聖焔騎士団をクイーン王国へ派遣するというのはなし崩し的に決まったのではないだろうか。だからある程度の人数が入れる食堂と会議室を別に作るほどの土地とか建物が用意できなかったのではないか。

 まあそれはいい。

 聖焔騎士団の食堂はA定食とB定食が選べる。または簡単な調理でできるもの――例えばパンとチーズのセットとか少し手の込んだものであればサンドイッチとか――は常駐メニューとして存在している。

 空いている時間は俺のいた世界のすき屋のように24時間いつでもあたたかくておいしい牛丼が紅ショウガも入れ放題(でも良識をもって使おう。間違っても動画撮影のネタのために漫画の真似をして食いたくもないほど山盛りにしてはいけない)というわけにはいかないが、聖焔騎士団の団員たちは夜遅くまで活動しているのでわりと融通のきく施設となっている。

 さすがに深夜まで調理係の人が詰めているわけではないが、作り置きのサンドイッチくらいであれば買うことはできたり。

 そんなありがたい聖焔騎士団食堂なのだが、居候の俺はありがたいことに一日に四枚食券を支給されている。

 雑用の報酬として寝る場所と食券の支給のみなるとこの世界の相場ではどうなのかわからないが、俺としては文句はない。

 今日の朝掃除は終わり俺は少しゆっくりめの朝食、いや優雅にブランチをとろうとしていた。

 A定食かB定食か、それが問題だ。

 もちろんサンドイッチという手もある。

 この時間帯は朝勤務の人が深夜帯の作り置きの売れ残りを廃棄にしてしまっているので、新しいものかうまくいけば出来立てが食べられる。

 しかし俺は清掃に携わるゆえに廃棄食品の情報には詳しい。

 わざわざ支給される食券を使わなくても廃棄をガメて食べればいいのだ。

 舌が肥えているのであれば分かるのかもしれないが、俺としてはちょっと挟んである野菜がしんなりしてパンがパサッとしているかもという程度だ。

 サトシのお母さんが言うには朝の食事は重要だ。

 俺としても一日の最初に食べるもの次第でその日の気分が変わると思う。

 ここは慎重にメニューを見定める必要があるだろう。

 ちなみに聖焔騎士団食堂の定食は文字表記ではなく、実際に作られた定食が虫よけのショーケースに入れられて陳列されている。

 A定食はパンにソーセージ……らしきものにポテトサラダっぽいものとよくわからない豆の添え物に果物が一つ。

 いやこれはポテトサラダではなくてクリームっぽいチーズだろうか。

 あとゆで卵と彩りのためのパセリみたいなのもついている。

 この世界では卵を生で食べることに抵抗があるとか誰かが言っていたよな。

 つまりこの卵はほぼ確実に固ゆで卵と考えられる。

 固ゆでか。

 悪くはない。

 俺はしっかり黄身を焼いた目玉焼きだって愛している。

 しかし今の俺の気分は半熟なんだよ。

 あとこのよく分からない豆に味付けして煮込んだようなものも気になる。

 この世界の豆料理はおかしい。

 少なくとも俺はこんな料理を食べたことがない。

 妙に酸っぱかったり、塩辛かったり、逆に本当に味付けなしのプレーンな煮た豆だったりするのだ。

 料理というよりもただの悪戯じゃないのかと思ったほどだ。

 続いてB定食はと……。


「団長、大変で――なんだお前は!? 裸で何をしているっ?」

「ああ、その新入りは気にしなくていいよ。重度の邪神憑きだから保護してるのさ。それよりも報告さ」


 スピリッツさんだけでなく副団長のファイさんまでいる大所帯が食堂兼会議室を占領している。

 それはともかくB定食だ。

 主食は同じくパンだがこちらはクロワッサンっぽい形をしている。

 それにハムとベーコン……だろうか。

 卵はスクランブルエッグになっている。

 添えてある割と大きめに切っているチーズは警戒に値するだろう。

 なんといえばいいのか皮の部分を切り取らずに残してあるチーズだ。

 妙なゴマなんだかカビなんだかわからないものが混入している。

 俺はチーズが好きだ。

 しかし高価なチーズではなく、安価な学校の給食にでてくるようなチーズが好きなのだ。

 こういう海外から取り寄せました風のチーズは馴染みがなさすぎる香りがする時があるのだ。

 自分の舌に合う時はうまいが、たまに鉛筆にかじりついたような味と香りがする時がある。


「一階にデーモンねえ。非常口はどうなってんだい?」

「いまだに不安定なようよ」

「出発したまま帰還していない人間も報告があるだけでも数多くなっています」

「帰還しないんじゃなくて、できないってことか」


 しかしB定食のデザートはカットした果物の盛り合わせなんだよな。

 これは個人的にポイントが高い。

 A定食のデザートはなんとなくギザギザでおしゃれな感じに切っているリンゴらしきものが一つのように見えるが騙されてはいけない。

 これはおしゃれな演出であるとともに、ただ半分にしてコストカットしているのだ。

 俺としては色々な甘さを楽しめつつ、変にけち臭くないB定食のデザートが好み……いや待てよ。

 このリンゴらしきものを丸かじりというのも気分的にはアリ、ではないか。

 しっかりと噛みついて顎を鍛えつつ、食後にしゃりしゃりと甘味をいただくのも一興。

 いかにもワイルドで中世ヨーロッパに転生した野武士のような振る舞いで気分よさそうではないか。

 待て落ち着け俺。

 いつの間にかデザートを軸に考えてしまってはいないか。

 A定食もB定食も腹をふくらませる要員はともにパンである。

 俺にとってはクロワッサンであろうとパンはパン、たいした違いはない。

 であれば比較すべきはおかずだ。

 色鮮やかなデザートに目を引かれてしまっていたが、主菜を重視すべき……!

 そうA定食はソーセージ、しかもお弁当に入れるような小さなサイズではなく食いでのビッグサイズ。

 ハーブか何かが入っているかもしれないが、俺はそういうのは全然オッケーだ。

 なんならペパーミントアイスですら俺はおいしくいただけるほどの器の持ち主なのだから。


「団長、あいつ入口でじっと立っていますけどスパイかなにかではありませんか?」

「ほっときな。厄介は厄介だけどそういう方向の厄介さはない男だよ。だいたい聞かれて困るような話じゃない。救助活動に入るかどうかを決めているだけじゃないか」

「森の乙女はさておき、レーンの狼も入っているそうよ。確かな情報ではないけれど」

「厄介だね。この混乱に乗じる気なのか、そもそもの原因なのか」


 あっ!

 そう考えるとB定食の主菜はカリカリのベーコン数切れとペラペラのハムじゃないか。

 そうか。

 だからこそのデザートがフルーツ盛り合わせなのか。

 フルーツの華やかさは目くらまし。

 パンの形状もクロワッサンでゴージャスさを醸し出しているが、主菜がちょっと頼りない感じだぞ。

 危うく道を誤るところだった。

 俺はおばちゃんにA定食を注文して、立って待つ。

 待つといっても待ち時間はほとんどない。

 調理の人が手早く調理できるように準備しているからだ。

 お盆に乗せられたA定食を受け取ると、俺は席を探す。

 そういえば学校の食堂で混雑時に席を探すのに苦労した時があったのを思い出すなあ。

 やっと席を見つけたと思ったらテーブルのど真ん中に財布が置いてあったりして。

 あれは今並んでいますけど、この席は私たちが座るのでという合図なのだ。

 あとはいつまでもダラダラと友達同士で談笑していたり。

 お盆持ってウロウロしてる俺がいるなかで、ああいう図々しい愚図どもが席を占領しているのはおかしいのではないだろうか。

 俺はやはり人間は罪深くて絶滅すべきだとあらためて思ったものだ。

 決して友達同士で行動している人たちへの嫉妬ではなく。

 なんて甘酸っぱい思い出に浸っている間に空いている席を見つけた。

 やれやれ食堂兼会議室ってのも考えものだよな。

 思わずイライラしながら少し乱暴にお盆を置いてしまったので音をたててしまった。


「いただきます」

「アイツわざわざ団長と副団長の間に座って飯食いだしたぞ……!」

「隅のほうに空いている席はあるのに、なぜだ……」


 まず初めに飲み物を一口。

 フルーツのジュースだろうか、柑橘系の香りがする。

 酸っぱ!

 いやこれけっこう酸っぱいぞ。

 とりあえずパンを一口大にちぎって食べる。

 うん、うまいパンだ。

 だがまだ口の中に酸っぱさが残っている。

 こうなったら順番の変更もやむを得ないのではないか。

 豆の煮たやつ、ポテトサラダ、ソーセージ、ゆで卵、リンゴ、そして食べるのであればパセリ……。

 当初の予定であればジュースを一口飲んだあとはソーセージを一齧りしてパンにいく予定だったが。

 まさにダークホース、無警戒の飲み物がいきなりアッパーをしかけてくるとはな。

 どうせなら順調なスタートから進めていきたかったが仕方ない。

 いっそのこと冒険ゾーンから攻めていくか。

 俺はスプーンを手に取り、謎の豆料理をすくった。

 見ではただの豆だが……ここは嗅にまわるか。

 スプーンを鼻に近づけてくんくんと香りを確かめる。

 甘いにおいもしないし、酸っぱいようなにおいもしない。

 ほぼ無臭タイプか。

 経験上、これは味がないタイプのTHE豆煮料理……!


「そういやデーモンを倒した無名の冒険者の……なんて言ったっけ?」

「黒衣の魔術師とか呼ばれているわね。子供奴隷を使っているから危険でしょうね」

「なんだい、それじゃあ協力してもらえそうにないねえ。ふーむ、前から思っていたけど、この王国はろくな冒険者が集まらないね」


 これ以上、豆煮とにらめっこしても仕方ない。

 ええい、ままよっ!

 南無サン!


「う、うまい!?」

「うるさいね、アンタは! なんでよりによってそこに座るのさっ? 邪魔だよ邪魔!」

「スピ……団長、彼は邪神憑きですからあまり怒っては……」


 単純な塩味、いやほんのりとした塩っ気は主役ではなくてあくまで豆の味がメインになっている。

 大粒納豆でも味わったようなしっかりとした豆の味だ。

 俺はそういう素材の味よりはしっかりと調味料で味を調えたほうが断然好みではある。

 しかしこの純粋な豆の味で勝負してくる感じ。

 嫌いじゃない。

 これは全然嫌いじゃない。


「なんか言いなよ? ケンカ売ってんのかい!」


 ここでナイフとフォークを使ってソーセージを一口。

 うん、おいしい。

 これも塩味がついていてなかなか。

 どうやらA定食はやや意識高い系のメニューなのだろう。

 このソーセージも塩というよりも肉と少し混ぜ合わされているハーブの力で味をだしている。

 パンと合わせて食べるという緻密なチームプレイではなく、優秀な個人プレイの結果を目指したチームだといえる。

 このあたりで無難なポテトサラダを一口。

 あ、違う!

 そういえばこの世界ではマヨネーズはまず使わないんだったか。

 これはあれだ、マッシュポテトだ。

 悪くはないがこれでは俄然、健康志向なメニューになってきたぞ。

 そう思いながらさらに一口ぶんパンを――


「なん……だと? パンに、パンに切れ目っ?」

「あんた、一回マジで裸で迷宮探索の荷物持ちやってみるかい? 飯食うなとは言わないよ。でもあたしとファイの間で食うことないんじゃないかい? そのうえ無視するとはえらく挑発的じゃないか。ええ?」


 何を。

 パンに何を挟むというんだ?

 ソーセージ?

 マッシュポテト?

 それともこのゆで卵を自分で千切って卵サンド?

 大穴で豆煮サンド?

 どれが正しいというのか。

 サンプルではパンに何も挟んでいなかった。

 好きに挟めということか……?

 俺は嫌な予感がして、卵をコツンと真横にいる人のオデコにぶつけた。

 殻の上側をぺりぺりとはがし、剥き出しになった部分の白身をスプーンですくって食べる。

 そしてでてきた中身――黄身は半熟……!!!!

 地の神の巫女の生で卵を食べることに馴染みはないというのはフェイク……!

 生はサルモネラ菌を警戒して敬遠しているのかもしれないがある程度火を通した半熟はオーケー……!

 であるならば卵はパンに挟むことを想定していないということ。

 こうなると好きにおかずをパンに挟むというフリーダムセルフサンドという線は消える。

 つまり、これは、パンに挟むものは決定しているということを意味する……!


「スピー! 落ち着いて! みんなの前でかわいそうな邪神憑きに暴力はだめよ!」

「放しなファイ! こいつこっちを見もしない! こういう奴はね! どっちが強いかをはっきりさせないとダメなのさ!」


 基本に立ち返れ。

 すべては源にかえる。

 変に練り上げた小難しいセオリーなんていらない。

 すべては……源に……。




 見!




 俺はソーセージをフォークで突き刺し、持ち上げた。

 少量のケチャップとマスタード……!!!!!!!

 ショーケースにあるサンプルにはなかったが、確かに俺のソーセージの下にちょうどよいくらいの量のケチャップとマスタードが添えらえていた。

 サンプルになかったのはうっかり忘れていたのか、それとも面倒だったのでつけなかったのか。

 いずれにしてもなぜこんなソーセージの下に隠すように添えているんだろう。

 パンに切れ目があることに気づかなかったのは俺の大きな落ち度だが、それでもこのケチャップとマスタードが目立つように添えられていれば、せめてソーセージに隠すようにされていなけれ――




『思わずイライラしながら少し乱暴にお盆を置いてしまったので音をたててしまった』




 リア充どもめ……!

 若き日のあの時だけでなく、いまなお俺を苦しめるのかっ。

 あいつら愚かな人間どもへの義憤のせいで心が乱れ、乱暴にお盆を置いてしまったせいでソーセージがケチャップとマスタードを隠してしまったのだ。

 そもそも席を探すイライラがなければA定食を運ぶときにケチャップとマスタードを発見していたはずなのに……!


「火の神の巫女スピリッツ……! やはりあなたは奴隷の首輪がお似合いのようだ……!」

「おう喧嘩を買ってくれるってのかい。上等じゃないか。あんたは救出チームの荷物持ちで決定さ。もちろん大好きな全裸でね」

「スピー!? あなた本気!?」


 俺は急いでソーセージをケチャップとマスタードとともにパンにはさみこんで一口、そしてマッシュポテトを食べる。

 ちょうどいい。

 しっかりと味のついたホットドッグの後にすこし薄味のマッシュポテトも豆煮も半熟の黄身もベストマッチ。

 そしてこれだけ塩系の副菜を食べたあとならば――この甘さ控えめ酸っぱめのジュースが生きてくる!

 これがこのチームの本来のスペック……!

 そして順調に食べ進めて残すはパセリとリンゴ。

 そうこのパセリは決して伊達じゃない。

 しばし余韻を楽しんだあと、パセリを口に放り込んでかみしめ全ての味を一度リセットする。

 これでリンゴが――唐突に真横から伸びてきた手によって奪われた。


「明日と言わず今から行こうじゃないか? ええ? コールフィールドぉ……!」



 !?



 飯に夢中で気が付かなったが昔のマガジンでも見ないくらいブチ切れたスピリッツさんが俺のリンゴをガシガシと齧っていた。怖すぎでしょこの人。なんかファイさんに羽交い絞めにされて抑えられているし。

 っていうかこの食堂に聖焔騎士団のほぼ全員がそろってないか? たしか今は迷宮が不安定になっていて大変な時だったと思うのだが。


「火の神の神殿だか聖焔騎士団だか知らないですけど皆さんお揃いで呑気にお茶会ですか? まあ別にいいですけど人の飯の邪魔しないでほしいんですがね」


 燃え盛る焼きリンゴが俺の顔面に叩きつけられた。

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[一言] まさか主人公の狂気度がさらに上がるとは思いませんでした。
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