探査デバイス:コールフィールド
【ちょこっと人物紹介・51話からの主人公】
異世界の異世界から遣わされた探査デバイスによって復元されたカンゾーあるいはカミュと自称していた人物のコピー品。恐らく我々の世界の倫理観では別人として認識される。一つ目のコピーは転送の便宜上、51話内で削除された為たぶん3人目。もしくは2個目のコピー品。
命の重さは何グラムくらいか。
聞いた話によると、同じ動物の生きている時と死んだ時の重さを比べて命の重さを調べた人がいるらしい。その実験によると確かに死んだ時には軽くなっており、命には重さがあると結論付けた人がいるとかなんとか。
もちろんそれは命の重さではなく、死んだあとに水分とかなにかが抜けてしまったのだろう。
この話の興味深い点は、命に重さがあるのかどうかではなく、命とか生命とか魂というものが存在していると信じたい人がいるというところだ。でなければこんな実験はわざわざ行われないし、重さがあるかどうかを真剣にもしくは興味本位に議論されないだろう。
存在しないものを尊重できない。つまり少なくとも誰もが自分の命は存在していると信じているのではないか。
◆ ◆ ◆
今の俺に戦闘能力はない。というか服すらない。
よくわからないが、凶悪っぽい正体をあらわしたリファが俺を生かして見逃してくれるかどうかは微妙だ。
ここは高度な頭脳戦、いや交渉バトルを仕掛けるしかないだろう。
なに、リファ如き子供一人を弁舌をもって煙に巻くなど容易いことだ。
「金目の物を渡せば命だけは助けてくれるんだったよな、リファさん。俺に抵抗の意志はない」
「言っておきますけど、玉とか金とか差し出すって言おうものなら、その戯言を言い終わる前にお兄さんの人生はハッピーエンドですよ?」
万策尽きた俺はただただ黙るしかなくなってしまった。
「……そんな図星さされて絶望しましたみたいな顔しなくても」
「た、たのむっ。俺はあんたみたいに金持ちに無理やり迷宮に連れてこられただけなんだ!」
「お兄さんには冒険者としての誇りみたいなものはないんですか?」
「た、たのむよ。なんでも言うこときくからさ。えへ、えへへへ」
「うーん……まあ、いいでしょう。行きなさい」
「ありがとう! ほんとうにありがとう!」
俺は今度こそ回れ右してこの場を、
「ところでリファって名前なんで知ってんですか?」
「えっ」
「レーンの名前はそれなりに売れてるんですけどね。リファラーって苗字を知る人はそう多くないはずなんですよね、ましてや生きて知ってる人は――っと誰か来ましたね」
パタパタとバカみたいな足音をたてて誰かがやってきている。
「誰も生きていないのか」
声をかけてきた謎の男にリファの注意が向いた瞬間、俺は文字通り裸足で全力逃走を試みた。
「だ、だれっ!?」
リファが俺の知っているような甘ったるい声を放つ。やはりな。
よくわからないがリファには奴隷の立場でいる必要があるらしい。思い返せばリファとの出会いはあまりにも強引な展開だった。都合のよさそうな無害な一般人を探していたのではないだろうか。
使える駒を見つけることが最優先、余計なことを知る奴を消すのは後回し。さっきまでの言い回しも俺のことはどうでもいいが、暇つぶしついでに対処するかのような態度だった。
考えれば考えるほど恐ろしい少女だな。だいたい今までの俺はどうかしていたんじゃないか。いくらなんでもリファに惚れ込み過ぎだろう。
リファになにかされたのではないか。
そう考えると辻褄があう部分が多いような。彼女と出会ってから最初の数日はまだ俺の思考は普通だった。そのあとは邪神の呪いのせいでおかしくなっていっていると思っていたが。
「止まれ! 貴様、なぜ裸なのだっ」
そうこう考えているうちに迷宮の入り口みいる衛兵に呼び止められた。
「人は皆、裸で生まれてくるはず。裸であることは罪ですか?」
「いや確かに言われてみれば我が王国法で裸を取り締まる法はないが……」
取り締まってないのかよ。
「じゃあ裸でなにがわるいっ!」
「さ、寒くないのか?」
それが意外と寒くないのだ。だからこそ全裸であることに気が付くのが遅れてしまったわけで。
「これも修行の一環といったところだ。とにかく通してもらいますよ」
「あ、ああ。一応言っておくが服屋は大通りを歩いて右手、盗賊に身ぐるみをはがれて困っているなら大通り入ってすぐの詰め所へ、病院ならば詰め所の隣だ」
「ふ、微妙に手慣れた対応ですね」
「ああ。直接会うのは初めてだが、迷宮でボコられて逃げ帰れたものの素直に助けを求められない奴がたまにいるらしい。もっと稀なケースで正気を失って帰還するものも、な」
ふ、なるほどね。だが逆だ。おれはしょうきにもどった!
とにかく迷宮を離れたかった。
確かに服も欲しかったが、この後リファや何よりも俺と出会いたくなかった。もしかしたら俺の存在によって歴史が変わってしまったのかもしれないが、俺の記憶通りになるのであればあの二人はやがて歩いて迷宮を出てくる。
俺は俺であるようで、正確には俺ではない。なにを言ってるかわからねーと思うがタイムマシンとかザオリクみたいなチャチなもんじゃねえ。地球外生命体の技術の片鱗をあじわったぜ。
まあ俺自身もよくわからないんだけど、かつての記憶を保持したままの別の生物として生まれたから邪神の呪いも解けたのだろうし、リファのなんらかの支配からも逃れられたのだろう。だったらこのまま邪神やリファと行動を共にする俺とは出会わないほうがいい気がする。
そうなってくるとクイーン王国での行動範囲も限られてくる。
今日にリファ達が泊まる宿屋周辺には近づくべきではないし、聖焔騎士団ともコンタクトをとるべきではない。ヴェルヌさんやお嬢様とも会うべきではないだろう。
なんならクイーン王国からでたいくらいだ。全裸で? 無理でしょ。
「どうしたの裸の人」
「ああ、ハウエルさん、地の神の巫女でクイーンの森で跳梁跋扈している盗賊とのつながりがあるハウエルさんじゃないか。いやね、正確に言うと違うんですけど、簡単に言うと未来の世界から飛ばされてきたんですよ。それである意味自由になったのはいいんですけど服も無しでどうすればいいのかって話でね」
不意打ちで尋ねられたので何気なく言ってしまったが、今のって問題発言だよな。
まあこんなろくに科学が発展していない世界で未来から来たとか言っても理解できる訳ないし大丈夫か。
「なーんちゃって冗談ですよ。いやはや申し訳ありませんあの有名な地の神の巫女様と会ったのでテンション上がってしまってくだらないことを言ってしまいましたそれでは失礼いたします。ちなみに町の外を歩いていればやがて夜になりましょう。しかし宿屋に泊まれば朝になりますよ。それでは」
見事な村人Aのような発言でごまかした。
「まって」
「町の外を歩いていればやがて夜になりましょう。しかし宿屋に泊まれば朝になりますよ」
「それはさっき聞いた。なんで私が地の神の巫女だとしってるの?」
「知っていたらおかしいんですか?」
「巫女として公式の場にでたことない」
「熱心な地の神の信者にとってはもう有名ですから」
久々に会ったハウエルさんはたっぷり一分間ほど黙り込んでから、迷宮の入り口に立つ衛兵に近づいた。
「衛兵」
「はっ」
ハウエルさんはポッケから何かを取り出して衛兵に見せる。
「地の神の神殿として彼奴を異端審問にかける。協力をねがう。拘束を」
「はっ。直ちに!」
わーお。
完全に武装した衛兵が詰所から何人かでてくる。
まあいいか。どうせどこへ行けばいいか決め切れていなかったわけだし。連れていかれるのは地の神の神殿だし。王城の地下牢みたいに絶体絶命になることはあるまい。
◆ ◆ ◆
隣の芝は青い。
俺は今となっては俺のもといた俺の国を誇りに思うね。
気軽に美少女を奴隷に買えたりしないし、気軽にむかつく野郎をぶっ殺せたりはしないけど、怪しいからってだけで宗教施設の地下室に押し込められて全裸で十字架みたいな柱に磔にされたりはしない国って素晴らしいと思う。
「なぜしっているの」
ハウエルさんは無表情のままに俺に問いかける。
「殺せ」
「わかった」
「いやちょっと待ってください」
なんとなくの流れで女騎士みたいなことを言ってる場合ではない。
「知っているって、なんのことですか?」
「私が盗賊とつながっていること」
ああ、そっちか。異端審問とかいうから、なんとなく邪神のことを尋問してくるのかと思っていたが。
詳しいことは知らないけど、やっぱり盗賊とつながっていたのか。
どう言い訳するかな。たまたま盗賊と神殿関係者が話しているのを見かけたとか言っておくか。でもそうなるとあとは俺の口封じするだけになってしまうよな。
どうもこの世界の人間は命を軽く見すぎている感じがするし。さっきのリファも全盛期のキルアみたいに自分に都合の悪い人を始末していたし。
まあこういう未来を知っている状況でどう立ち回るかなんてのは、優れた文化世界で生まれた俺にとっては児戯にも等しいけどな。
「ふ、まあ落ち着いてください。信じられないでしょうが俺は預言者なのです。神に未来すら見せてもらえる。ハウエルさん、あなた達が何を企んでいるかもね。でも俺はあなたを邪魔したいって訳じゃない。むしろ味方なのです。俺にはあなたにとって邪魔になる奴が誰なのかもわかる」
「邪魔になるやつ……?」
「ええ、だから俺を仲間にするべきです。わかったらこの縄をほどいて俺を自由にしてください。オッケー?」
「OK」
そう言ってハウエルさんは俺の顔に思いっきり唾を吐きかけた。
「うわっぷ!? すいません、こういうご褒美を喜ぶ性癖は持っていないのですが」
「ウソつくにしても、ちょっとは工夫したら?」
「う、嘘ですって!?」
「神なんている訳ない。ばかなの?」
大丈夫かこの地の神の巫女。
「もういい。薬つかうから」
「薬って……俺を犯すつもりですか!? 身も心も堕落させて何もかもの秘密を奪うつもりとは!」
「いやふつうになんでも正直に話させる薬」
なんで人権もなにも発展していないような野蛮な世界で自白剤が発明済みなんだよふざけんな。それって脳に重大な障害を残したりするんじゃないだろうな。
「心配しないで。これからは永遠になにも心配しないで神とおはなしできる世界にいけるよ」
「や、やめてくれー! なんでも話す! 他の奴はどうなってもいいから! 俺だけは、俺だけは助けてくれー!」
「どうせ何かをかぎつけた冒険者組合のスパイとかでしょ。この世界で働くと決めた時から覚悟はできてるはず」
「やめ、うわ結構この人、力強っ。口を無理やりこじ開け……や、やめふぇー!」
よくわからないドロリとした、しかしドロリッチよりはさらさらした何かの薬が俺の口の中に流し込まれる。それと同時に奇妙な機械音声が脳内に響き渡る。
【不明な準知性生物を確認しました。探査デバイスをアップデートします。このアップデートを実行するには容量が不足しています。不要な情報を削除します。このアップデートを実行するには容量が不足しています。無知性生物の構成でアップデートします。アップデートが完了しました】
「のみこんだ? じゃあ教えて。あなたの名前は?」
「コールフィールド」
「一番好きな人の名前は?」
「フィービー」
次々とどうでもいいような質問をしてくるが、これは俺の世界の自白剤と使い方が似ているせいだろう。簡単な質問にきちんと答えるかどうかで薬の効きを確かめているんだろう。
これくらいの知識は中学二年生くらいの時に自分で調べるから常識だよ。
「誰に命令されているの?」
「くたばれ詐欺巫女」
「わかった。すぐにしんで」
なぜかは分からないが薬の効いていない俺の挑発に、ハウエルさんはあっさりとマジ切れしてナイフを抜き放って突き刺してきた。
【無知性生物による軽微な攻撃を受けました。カウンター1が発動します】
もっとカッコイイ技名はないのか、と思う間もなく。ごちん、という古典的な拳骨を表現したような音とともにハウエルさんは俺の反対側にぶっ飛んでいった。女の子が受けていいようなダメージではなさそうだ。死んだか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
無事に生きていたハウエルさんはうずくまったまま幼女のように震えてなにかに謝っている。命乞いとかではなく、明らかに精神に何かが起きている様子だ。
「す、すごい。これがアップデートされた俺の真の力……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ついにチート手に入れちゃったんじゃないこれ。俺の考えた最強のキャラになっちゃったんじゃないこれ。
縄で縛られてるけどこの程度なんかこの縄は邪魔よって感じで念じればさ。
「うわあちちちち! いや、熱くない。けど、縄が……燃えた!?」
おでこのあたりから炎が発射されて俺の腕を十字架にくくりつける縄を焼き尽くした。
しゅごい。
もうこれ実質人生クリアだろ。さっき刺されたところも痛みすら感じていないし、自白剤どころかどうせどんな毒もきかないんだろうし。今出した炎だってマジックパワー的なものが減った感じはなかったし。気に食わない奴は全員ぶっ殺して酒池肉林の生活に……。
気に食わないってなんだ?
いや気に食わないという言葉の意味はわかる。熱いとか痛いとか酒池肉林の意味もわかる。でもそれはなんだ。おかしい。意味はわかるが実感がない。想像ができない。
そもそも俺って生きているのか。機械が復元してもとの俺のような思考ができるような何かを起動させただけじゃないのか。そこに命はあるのか。なぜ俺は今の状況にまったく恐怖を感じないのか。恐怖を感じるってなんだ。
命があったらなんなのか。
「うーん」
例えばすごい技術できちんと機能する心臓だけを作成したらそこに生命はあるのか。あるいは脳だけを作成したらそれは生命体なのか。それを言い出したら毎日はがれ落ちる皮膚とか毎日抜けていく髪の毛も生命ではないのか。ダニは。病原体は。葉っぱを千切った一欠片は。
命なんてものは食っていくのに役に立たない概念でしかない。それは信仰とか宗教に属するもので、考えてもいいけれども考えなくてもなんら問題ない。
俺がいま一番必要とするものはそんなものじゃない。哲学なんて奴隷をこき使って遊び歩いている糞袋がやっていればいいのだ。そう、俺に必要なものは。
「とりあえずパンツを探すか」
怯えて泣いているハウエルさんの上着を奪って、俺は身にまとった。
これからは少なくとも100話までは0からサブタイトルとおおまかなストーリーライン考える苦労からは解放されるんやなって。
あとこのお話はすでに5周年過ぎているんですね! それもこれも読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。
 




