対話を破壊する者
【ちょこっと人物紹介・拳士その終わり】
人一倍臆病で猜疑心が強かった彼女は、誰よりも守りを重視した。神殿の教えにも懐疑的で、神聖魔法と一般魔法が同じ魔法であることにも独自の研鑽によって発見した。あらゆる攻撃にも耐え得る魔法を習得してもなお彼女の研鑽は熱心に続いた。そしてついに彼女は己の盾を突き通す恐るべき相手をクイーンの迷宮で発見する。彼女の誤算はただ一つ。神聖魔法、すなわち神殿の説く神の奇跡を否定したところで、神の不在証明には至らないということ。皮肉にも不信こそが彼女の死因となった。
拳士さんの能力は、強さの秘密は何なのだろうか。
例えば今、拳士さんは俺の呪いに少し顔を歪めながら、リファの考案したのであろう心不全とかいう合体魔法も効いた様子もなく、目に見えないはず透明エルフである森の乙女の皆さんの一人を易々と殴り飛ばして場外に吹っ飛ばしているわけだが、これはどう分析すべきなんだろうか。
「ちぃっ。糞が! 心臓内の血液が凝固して死に至るはずなんですけど! ご主人さまっ。あの拳士のお姉さんには魔法が効かないですよぅ!」
リファは口汚可愛いなあ。
まあそれはリファに言われるまでもなくわかっている。どうやら拳士さんは魔法に対して強い防御力を持っている、もしくは無効化する術を持っている。いやもっと言えば攻撃に対して異様に強い。魔法で起こした衝撃であれ、人が物理的に起こした衝撃であっても別に変わらないだあべし
◆ ◆ ◆
『おーっと! なんということでしょうか!? 匿名希望の自称謎の美人拳士選手が何もないところを次々と殴る蹴るを連発連発連発ぅ! 一体、なんのつもりなんでしょうかぁ!』
『単純な素振りではなく、明らかに何かを殴ったような反動を感じさせる動きに注目してください』
『おっと解説のテレスさん! つまりこれは単なる拳士選手の威嚇行為ではなく意味のある行動とうことですねっ?』
『はい。しかも拳士選手がパンチやキックを繰り出した先で、なにかが激しくぶつかったような土煙やら観客の転倒が発生していますね』
『ほんとうだぁー! 観客席は阿鼻叫喚んんんんん! 何かが飛んできているようには見えないのですがっ?』
『おそらく邪悪な魔術師のことですから、透明な手下でも闘技場内に配置していたのではないでしょうか。それを看破した拳士が次々にその見えざる邪悪なる手先どもを撃破していると考えるべきでしょう』
『な、なるほどっ。そうこうしているうちに拳士選手っ、一気にカミュ選手に距離を詰めぇ! ラッシュ! ラッシュ! 目にもとまらぬ拳の乱打ぁ! しかしこれはすでにカミュ選手も予想済みかぁ!? ガードする様子もなく棒立ちで全て受けきっているぅぅぅぅううう! まるでこの程度のパンチなど蚊にとまられているとでも言いたいかのような全受けだぁあああぁぁぁぁ!』
『いえ……あれは単純に魔術師が戦闘においてど素人以下であるだけです。人並の反射神経があればとっさに腕で顔くらいかばいそうなものですが』
『意外っ! カミュ選手、単純にゲチョゲチョに殴られてなす術もなくボロ雑巾のようにぶっ倒されたぁああああ! ここはリファ選手のカバーに期待したいところですがぁ!? な、な、なんでしょうかあれはっっっ! リファ選手、まさかの、まさかの仰向けぇ!』
『すでに愛用の大剣は放り捨て、敵である拳士にお腹を見せるポーズを見せていますね。その意図するところはシンプルに降伏ということでいいでしょう』
『死ぬまで殺ることに同意していた気がするのですが!?』
『リファ選手は卑しい魔術師の奴隷ですから、主人に逆らえなかったのでしょう。あのようないたいけな少女が殺し合いを好むわけもありませんから』
『審判団がここで動き出しました! 試合終了でしょうかっ。しかし拳士選手は意にも介さず、仰向けに倒れて降伏のポーズをとるリファ選手のお腹を踏みつけ……おーっと!? ノックダウンされていたカミュ選手が平然と起き上がり拳士選手にナイフを投げつけたー!』
『死んだふりくらいなら当然のように行う卑劣漢ですから』
『拳士選手、余裕でナイフをかわし余裕のファイティングポーズです。カミュ選手同様、リファ選手も再び大剣を手に取り構えます。ここで気になるのが拳士選手のパティであるナツメ選手ですが……闘技場の隅で立ったまま全く参戦する様子はありませんっ』
『それよりも忌まわしい魔術師が奇妙な動きを始めました』
『確かに! 会場の観客の皆さんからもざわめきが起こっております!!! なんと表現すればいいか……実況者としてもどかしいっ。言うなれば親には絶対に見せたくない動きといいましょうか……無垢な少年少女に自慰行為を見せつけるかのような恥辱にまみれた動きぃぃぃいいいいぃぃぃぃ!』
『これは……これがクイーンの迷宮の……』
『なんとなんとなー~ーーんとっ! 見てくださいっ。カミュ選手によって殺害された闘士たちがっ。すでに死亡が確認された選手たちが起き上がりました! これは奇跡――いや悪夢でしょう! 首のない騎士が、眉間を割られた弓兵が、歴戦の聖なる闘技場の戦士たちがこぞって拳士選手に群がるではありませんかぁ!』
『卑しい魔術師の闇の魔法によって死体が操られているのでしょう。しかし、おぞましくはありますがせいぜい十名程度の手勢。拳士選手を圧倒できるとは思えませんね』
『たしかにぃ! 拳士選手、動く死体をものともせず撃破撃破撃破ぁ! 死体は拳士選手に指一本触れることはできませんっ』
『よく見てください、動く死体に紛れて分かりにくいですが拳士選手は魔法で飛ばしたらしき石の塊も腕や脚ではじいて対処しています』
『ほんとうだぁ!? これは地の神の神聖魔法でしょうかっ? しかも観客席から飛んできていませんか?』
『恐らくは先ほど殴り飛ばされた見えない魔術師の手下達の仕業でしょう。これ幸いに観客席に紛れ込んで攻撃に参加していると思われます。あの下種魔術師が地の一般魔法も神聖魔法も使えるという報告はありませんでしたから』
『見えざる手先! 動く死体! 卑劣! 悪質! 悪逆非道ぉ! どこまでも用意周到に戦うカミュ選手に、さすがの拳士選手も防戦一方か……おーっと、ここで拳士選手、並外れたバネで跳躍っ。一気にカミュ選手に最接近! ここでリファ選手がフォローに回るが~……あっさりとリファ選手の大剣を素手で受け止める拳士選手ぅ! そのままリファ選手を大剣ごと後ろに放り投げて動く死体まで足止めさせることに成功ぅぅぅううぅ!』
『しかし大剣を受け止めた拳士選手の腕が妙な色に変色していませんか。邪魔術師に何かされた可能性が』
『拳士選手、再びカミュ選手に肉薄することに成功ぉ! 肉弾戦に圧倒的センス0を見せつけたカミュ選手がお得意のナイフも構えずに無手で相対ぃぃぃ! 何かの策があるので……な、なんとカミュ選手の影から黒い……何なのでしょうかあれは獣?のような影が飛び出して拳士選手を覆いつくすようにぃぃぃぃぃうああああああああ!? 一体、何なのでしょうかあれはっ? 拳士選手が、拳士選手が影に握り……握り潰……いや圧縮されてぇぇぇええええぇぇえっ!?』
『死に……ましたね。跡に落ちているのは拳士選手とその衣服が雑巾のように絞られたものでしょうか。ナツメ選手からも降伏のサインがだされています。試合終了です。残念ながら、悪魔の魔術師の勝利です……』
◆ ◆ ◆
「あれ……俺、またなんかすごい偉大なことやっちゃいました?(笑)」
俺の少々スパイスの効いた場を和ます系のギャグは底冷えするテレスさんとコリン代表の視線が送られるだけで黙殺された。
「……拳士、いえクィングさんの死は間違いありません」
「このカミュという魔術師は見たことのない魔法を操ります。未知の魔法でクィングがどこかに飛ばされた可能性はありませんか?」
「残念ながらコリン代表、ねじり尽くされた衣服と共に本人のものと確認された大量の破片が確認されています。あの実況者の言うとおり雑巾を絞るような力を受けて原型を留めない遺体でしたから確認に苦労しましたが。間違いなくこの邪悪な魔術師に殺されました」
雑巾というのはあくまで衣服だけで、中身はスーパーボールみたいな塊になっているはずだけどね。
闘技場の控室らしき部屋におなじみのナツメさんと、懐かしのテレスさんとコリンさん、そしてリファと俺たちが一堂に会していた。試合終了と同時に想像を絶する大ブーイングが起こり、このまま普通に会場を出るとなると危険という事で別室に案内されたわけだが。
「カミュ、いえクイーン王国の元顧問魔術師。あなたには聞きたいことが山ほどあります。出来ればこの場で始末してやりたいですけどね、冒険者組合の代表である前に私も一人の人間ですから」
コリン代表があからさまに殺意のこもった眼で俺をにらみつけながら言った。しかし不思議だよな。文化的に劣る異世界の女なんてのは、俺の持つ素晴らしき力に魅入られてメロメロになるのが普通なのに、なぜかヘイトを向けてくることが多いんだよなあ。もっとこうノンストレスな生活ができないとおかしいだろ、常識的に考えて。
「旧クイーン王国の数々の災厄、そして今回の卑劣極まりない伝統の神国の闘技場の文化破壊。次はこの全神帝政王権皆民参画国がターゲットだというわけですか、魔術師様?」
テレスさんも敵意ムンムンだ。こんな面倒な事情聴取が始まると分かっていれば、さっさととんずらしていたのになあ。だいたい聞かれたってクイーン王国のことにしたって、今回のことにしたって全容を把握しているわけではない。特に今回はな。目が覚めればそこは闘技場でしたってなもんだ。
全容を把握しているのは邪神だけだろう。俺だって早く何がどうなってあんな闘技場で戦わされるハメになったのか知りたい。とはいえそんな俺の事情なんて正直に言えばいよいよドツボにはまるに決まっている。俺の経験と智謀でてきとーに言いくるめるしかないだろう。
「俺が全神帝政王権皆民参画国をターゲットにしているっていうデータでもあるんですか?」
「あ? じゃあ死にますか? あぁ!?」
コリン代表は俺のもっともな反論に威嚇的な声をあげることしかできなかった。これは議論的には実質俺の勝ちですね。
「元王国顧問魔術師殿、もはや詭弁で言い逃れをできる段階は超えていると思います。今回の闘技場で死体を動かしたことから魔術師殿がクイーン王国の動く死体の元凶であることは動かしようのない事実ですから」
「それってテレスさんの主観的な感想ですよね?」
「そもそも聖焔騎士団の生存者の証言で魔術師殿の魔法によって死体が動き出したという事は確定しているのですが、それについてはどう思うのですか?」
「通常では考えられない事象の99%が魔法によって引き起こされていると思うんですが、魔術師の人がそれについてどう思うのかっていうのとおんなじ考えです」
「……そもそもこういう正式な話し合いの場で怪しげなローブでフードをかぶっている時点で失礼ではありませんか?」
「俺はフードをかぶっているから失礼と考える人は思考力に致命的な欠陥があると思っています」
「闇の一般魔法か神聖魔法か知りませんが、歴史を振り返っても闇の魔法の使い手は悪意をばらまくことしかしていませんが」
「俺は闇の魔法で魔物に襲われている人を助けた事はありますよ。……ごめんなさい、俺は暗黒を司る魔法の使い手をやっていたので『悪意をばらまく』と言われても俺のほうが闇の魔法が世間に与える影響に詳しいと思うんですよね」
「その人助けとやらも、さらに人々を混沌に陥れるための布石で――」
「あの、すいません。嘘ばっかり言うのやめてもらっていいですか?w」
俺は5発ほどテレスさんにぶん殴られて顔面に唾を吐きかけられたが見事、彼女も論破した。手を出した者が負け。これが言論の戦いの鉄則である。
「クィングはどちらかが死ぬまで戦うことを望んでいた。クイーンの災厄の元凶たる証拠もない。それが現状。それでいいじゃない、コリン」
これまで無言に徹していたナツメが口を開いた。
「はぁ? 分からないんですか、ナツメ? こういう奴は誅しなければいけないと。ナツメ。分かるはずですよ、ナツメ。このクソカスは生きていてはいけない」
「分からない。分からないけど、ここでカミュを殺したくない。斬りたくないのよ。ここで本人に納得させることなく一方的に断罪しても誰も救われない」
理解不能だが、ナツメさんがキラみたいなことを言い出してくれてラッキーだ。こういう奴に限って宇宙空間で航行不可能な損傷を与えて下手に即死するよりも死への恐怖にまみれた漂流死するような中途半端な攻撃を仕掛けてきたり、殺さないとか言いながら鉄の棒でほぼ即死レベル良くて一生半身不随の斬撃を与えてくるわけだが。
考えているといよいよ腹が立ってきた。一体なんなのだこの女は。いつも冷静で、どうあっても人でなしの考え方に流されない。許されない、この女だけは、いやこの人間だけは許されない。
「ほならね! 自分がご主人さまを助けろって話ですよっ。リファはそう言いたいですけどね! こっちはご主人様を助けるために……命をはってる訳ですね、やっぱり最初はご主人さまに可愛がれてこその奴隷かなーって、黒騎士やってたわけですけども。そんな『ここでカミュを殺したくない』とか言われたら、じゃあお前が助けろよって話でしょ、だと思いますけどねっ。ええ。けっこーご主人さまを守るのは大変ですよ! ご主人さまの気持ち、から考えないといけませんしっ。ここで本人に納得させることなく一方的に断罪しても誰も救われない』というなら自分がご主人さまの面倒をみろ!って話ですよ! 私はそう言いたいですっ。うん」
リファによって投下された最強の理論により場は白けに白け切って、特に結論も出ず前進することもなく、ただなんとなく時間経過と共に終わったのだった。
ネット小説だからこそっていう優位性を真摯に追求しているだけなんです><
内村は善意のかたまりなんですね><
 




