ご都合主義
森の乙女は魔法の使い手として極めて先進的な戦闘集団である。集団で魔法を使用し一つの大きな効果を発揮する魔法、後世には合成魔法とか合体魔法と呼ばれ研究される技術に長け向かうところ敵なしといっても過言ではない。
しかしながら彼女達は剣を用いた接近戦を好み、遠距離戦を選べば無傷で済む戦闘でも手傷を負う場合が多い。
さらに森の乙女が好んで使用するその剣は短期的な戦闘においては鋭い切れ味を誇るものの長時間の戦闘においては切れ味が鈍りやすい。通常の剣では切れ味が鈍れば、鉄の棒として敵を撲殺するのだが、彼女達の剣は通常よりやや細くその用途で使うと折れやすい。さらにかなり繊細な手入れが必要であり、もはや武器というよりも観賞用の芸術品に近い。
そして最も注目すべきは森の乙女達のポリシー――というよりもそれはすでに信仰の域に達している――「生まれた場所は違えど死因は皆、戦死」である。
彼女達に影響を与えたものは定かではないが、自らの種族をエルフと称し、自らの道をサムライスタイルと信じるおよそ彼女達の地元ですらありえない異端の考え方は、堅実な生よりも安易な死を尊ぶ。
これらの要因から森の乙女という最強の一角である戦闘集団はクイーンの迷宮によって全滅といって差し支えないほどの損耗を受けることになる。
◆ ◆ ◆
リファは一見すると猪突猛進だ。
しかしよくよく付き合ってみるとその安直な行動の裏にはしたたかな計算が感じられる。瞬時に自分を有利に立たせる立ち回りを考えている気がする。
リファが森の乙女の皆さんを指揮するにあたって提案した戦法はそのほぼ全てが遠距離攻撃か索敵などの補助に属する。
この俺とナツメさんと拳士さんをまとめて焼き潰そうと降り注いできた光の暴力も、リファの構想に基づいて作られた一般魔法だ。仕組みはよくわからないが、距離を置いても狙った相手や地点に直撃させられるとのことだが。
ナツメさんは苦しみ喘ぎながらもさっと飛び退って回避した。受けるとヤバイことを瞬時に見抜くのはなかなかだな。
拳士さんはまさかの全受けである。苦痛に顔を歪めながらも俺の首を腕でホールドしたままだ。おかしいだろこの人。
そしてその拳士さんに掴まれたままの俺も森の乙女の皆さんの魔法が直撃し、頭に強い衝撃を受けあっさりと意識を失った。
「おい、なに寝とるんじゃボケこら。起きんかい」
意識を失ったと思ったのだが失っていなかった。いつの間にかリファの姿と声を持つ何かが俺の前髪をがっちりと掴んですごんでいる。目だけを動かして周りを見ると木目調の壁で囲まれた窓の無い部屋に俺はいるらしかった。
「クソボケ、おい、どこ見とるんじゃ。こっちに目ぇ合わさんかい」
「邪神……ですか?」
間違いなくリファではない。もしこんなシチュエーションでリファに罵倒されていればトキメキが止まらなくなるはずだ。
「そんなもんどうでもええんじゃ。なにを無視してこんな場所に来とんねんコラ。いや北に向かわなかったのはこの際、どうでもええわ。なんでナツメと敵対しとるんじゃゴラァ! ドタマカチ割ったろかボケコラァッ!」
こわいねえ、邪神は。
「落ち着いてくださいよ邪神さま。そんなに凄んでこられた日にはたかが一信者に過ぎない俺なんてビビって話もできやしませんって」
「質問に答えろや。それともここで死ぬか? あ?」
ビキッと俺の左手から音がしたので見ると、手首まで真っ黒になっている。意味がわからない。意味がわからないがこの黒が全身に回るとたぶん俺は死ぬ。そんな気がした。
唐突過ぎるがこの解答は俺の生死につながるらしい。よく考えよう。まだリファと遊び足りない。
「つまりですね、邪神さま。ナツメさんの信頼を勝ち取るためには必要な儀式、いわゆるテンプレってやつですね」
「テンプレぇ〜?」
邪神は顔をこれでもかというほど歪めながらも一応、俺の話を聞いている。よしいいぞ。いきなり俺をぶっ殺すことはせずまず脅しから入ったのには理由があるのだろう。
「ええ、それはもう。ええ。例えばですよ、俺がナツメさんに笑顔で右手を差し出して今日からお友達になってくださいと言って信頼されると思いますか?」
「ふーむ。確かにそれは怪しすぎる……」
「でしょう? 俺みたいな奴が人に近づくにはまずマイナスの印象からなんですよ。つまり初めはがっつり敵対していたけど紆余曲折を経て味方になるという」
そして仲間になった途端すごく弱くなり、控えメンバーになれば都合がいい。ナツメさんと身内になり、なおかつ酷使されないポジションが理想だろう。
「あーもうそんなのダメダメです。仲間になった途端に強くなるくらいの意外性がないと邪神の使徒としてつまらないじゃないですか」
そしていきなりあっさりと俺の心を読みだす邪神さま。やっぱり邪神さまってすごいなあ憧れちゃうなあ。
「ぺっ! そうやっていつでも心の底からこの邪神様に媚びへつらっていればこんなに脅されなくて済むんですよ? ああん?」
「いや全くおっしゃる通りです邪神さま」
「だいたい愚かで隙あらば人を陥れることばかり考える人間どもはどうも呪いについてわかっちゃいない。お前もですよ?」
「はい邪神さま」
「お前は魔法が使えない無能ですから魔法的に考えないだけマシですけどね、魔法みたいに科学的だったりしないし、精神的な敷居に左右されないのがこの邪神様の力なんです。呪いを魔法チックに使っているからクイーン王国に左遷される程度のゴミカスどもにすら遅れをとるんです。もっと自由に! 思うがままに呪いなさい!」
「はい邪神さま」
「そうやって心を無にしても無駄ですよ。この邪神様はいつでも可愛い信者であるお前をじっと見てますからね」
「はい邪神さま」
「ついでにこの部屋にお前の魂を捕えている間に、この邪神様が直々にお前の体を操って有利な展開にしておきましたから」
は?
「可愛いですね〜お前は。お前程度が他者を操れるのに、この邪神様がお前を操れない訳がないじゃないですか」
◆ ◆ ◆
ブラウザのタブを唐突に切り替えたかのように目の前の景色が変わった。しかも真面目な新聞社サイトからエロサイトに切り替わったかのような、あたかも知らぬ間にクリックしたエロ広告がバックグラウンドで開かれていたかのような唐突さだった。
「平和の楽園を破りし悪魔め! この国から出て行け!」
見知らぬ青年がやたらと良い声で叫びながらカッコいい見栄えで剣を俺に叩きつけようとしているが、それはあまりにも美麗で隙だらけだった。
美しい剣が半円を描ききる前に、俺はナイフを抜き放つやいなや投げつける。速さを重視して雑に投げたナイフはくるくると手裏剣のように飛んでいき、美青年の首がポロリした。
相手がワインドアップみたいな斬りつけ方をする間抜けでよかった。今の投擲をもっかいやれと言われてもできないぞ。
『おーっと! なんということでしょう! この奇跡のコロシアムでついに、ついに死者が発生です!』
「や、やった! さすがはご主人さまっ。人にはーーっと危な!」
リファが何者かに弓矢を射かけられたと理解するよりも先に、その射手の眉間にナイフが生えていた。
『カミュ選手! 再び情け容赦なしっ! 休戦ゾーンと戦闘ゾーンの境界線上から矢を放っていたブラチェリピ選手も殺害! これは予想外の展開なのですが、いかがでしょう解説のテレスさん?』
『反則なしの超絶アルティメットルールでありながら死者ゼロという善意のコロシアムでの殺人ですからね。神に背を向けた腐れ外道と言えます』
コロシアム? つまり闘技場か。確かにセルゲーム、いや暗黒武術会のような場所の真ん中に俺とリファはいるようだが。
『ここで実況者権限で試合を中断しまして、カミュ選手とリファ選手の両名に突撃インタビューを行いたいと思います!』
いかにもな実況者じみた声が響き渡り、闘技場の真ん中にやけに質素で露出の少ない女が駆け寄ってきた。
手にはマイクのような物を持っており、本当にインタビューするつもりらしい。
『えー、無制限勝ち抜きコンビバトルの最中に失礼します! チーム邪神の使徒のリーダー、リファ選手ですね?』
『あー、あー、マイクテスト! はいっ。邪神様の使徒のプレイングリーダーのリファですっ。えっと……リファは口下手なので、コメントではなくご主人様に捧げる歌を以って意気込みを語りたいと思うんですけど!』
『なんとここでリファ選手、バトルソングを所望です! 異例ずくしとなりますが盛り上がれば結構、歓迎、世論に迎合です! 張り切ってどうぞ!』
世の中には大きな流れがある。その流れに逆らって正しい事をする人間は英雄とか反逆者とか呼ばれるのだろう。俺はそのいずれでもない。止めるべきだと本能がささやいても流れに身を任せる弱い心を誰も責めることはできないはずだ。
『ご主人さまはちっちゃな小物が大好きで♪
夜な夜なジッと見つめてくるの♪
小さな私を買ったご主人さまは立派なコックさん♪
私の口にねじこんでくれた♪
あれの料理が1番好きだけど名前忘れちゃったリファっ♪
くっ殺せという女騎士も許してあげ♪
万歳♪ やさしいご主人さまは夜もトイレについてきてくれて♪
(この歌声の)音を聞いて楽しんでご主人さま♪
リファなヤッてるご主人さまに捧げるこの歌を♪
おマ【自主規制】しゅごい♪』
すごーい! リファは歌が上手なリファなんだね!
そんな呑気なサバンナジョークを考えている雰囲気ではなかった。なんだろう、風……風を感じる。ロリコン死すべしという明確な同調圧力とも言うべき恐るべき風を。現に、リファの歌が終わったと同時に襲い掛かってくる戦士たちの矛先はすべて俺に向かっているし、観衆たちから投げ入れられる腐ったトマトらしき野菜とかゴミとかはすべて俺を目標にしている。
「すわっ! ご主人さまを集中攻撃するとは卑劣ですねっ。全員納刀! 操られ人間ですっ」
リファの指示に従って森の乙女の皆さんは不可視の魔法の糸で敵集団を雁字搦めにする。そして糸で腕を動かして、それぞれの武器を互いの仲間に叩きつける動きをさせる。大造爺さんもどん引きだ。
『おぞましいっ!? なんとカミュ選手に襲い掛かった正義の聖戦士たちが突如として同士討ちを始めましたがこれは……? 解説のテレスさんはどう見られますか?』
『ええ、暗黒魔術師を自称するカミュ選手はとにかく非人道的なことで旧クイーン王国でも有名でしたからね。相手の精神を操って仲間同士が傷つけ合う姿を見ることに性的快感を覚えるのではないでしょうか』
テレスちゃんの息を吐くような俺へのネガキャンが流れ、さらに憎しみが高まるこの感じ。ヘイトスピーチというものは野蛮な国家でしか容認されていないのだが、やはりこんな異世界もののクソファンタジー世界ではそういう点で大きく遅れているらしい。
それよりも、だ。この状況をそろそろ整理する必要があるだろう。
この闘技場とかコロシアムとも言うべき場所に、俺が選手のらしき立場で参加している現状。
そして実況者が無制限勝ち抜きコンビバトルとか言っていたか。邪神に操られている間にそんな死にたがりが参加したそうなものにエントリーしたことは間違いない。リファであれば、邪神の誘惑によって大喜びで参加しそうな名前の殺し合いだ。
邪神曰く、邪神に有利な状況をすでに作っておいたとかなんとか。このくだらない殺し合いをすることで一体どんな有利な状況と言うのだろうか。そもそも邪神の目的とか行動原理がよくわからないんだよなあ。ただナツメという人間に固執しているらしいことと、ありとあらゆる人間どもの不幸とか悲憤、苦痛を見て喜ぶというくらいだろうか。
「私たちに見せたかったのは惨劇だったということでオッケー?」
「いいじゃないですか。あのクイーンの迷宮の化け物も魅力的でしたけど、魔術師くんとリファちゃんの方が美味しそうですからね。邪魔をするならナツメさんから先に殺してもいいのですが。順番の問題、いわゆるヒソカドクトリン……いえ、そういうキャラ付けももはや不要ですね」
自称、拳士さん。一貫して俺に異様に固執しているこの戦闘狂。
「私の世界、私だけの世界。一般魔法、神聖魔法、そんなくだらない戯言がまかり通っている世界で私はいつも孤独でした」
「拳士さん、落ち着きましょう。俺はあなたとは――」
「魔術師くん、リファちゃん、そしてそれに従う皆さん。死ぬまで殺りましょう」
「おっけーです♪」
リファの快諾と同時に拳士さんは迷わず殴り掛かった、邪神の呪いによって誰にも見えないはずのブレインさんに。
「全員詠唱ですっ。心不全!」
なんでもいい。もう殺そう。拳士さん、こいつは厄介すぎる。いや鬱陶し過ぎる。
苦しめ。
やっほー




