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邪神様の仰せの通りに迷宮探索  作者: 内村ちょぎゅう
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苦しむ

【ちょこっと人物紹介・リファその1】

 その奇妙な目撃者は孤独に見えた。根拠もなくこの世界にひとりきりだと確信した。

 例えば別世界であってもそれはひとりぼっちだっただろう。彼女と同じく。

 殺すという選択肢が不思議と消えた。これは使えると直感がささやいた。

 悪銭身につかず。金では買えないものがある。宵越しの金は持たず。時は金なり。

 金に関する格言や物語は枚挙に暇がない。人間がいかに金を好み、金に興味があるのかを証明していると言えるだろう。

 興味深いことに人間は自分の金だけでなく、他人の金にまで興味津々だ。かく言う俺も金持ちと聞いただけで地獄に堕ちろと反射的に思う程度には他人の金には敏感だ。

 それもそのはず、金無くして生活はない。生きるためには金が必要だ。この一点を無視した耳障りの良さげな言葉に価値などない。

 金は必要だ。金がなければほとんどの事はできない。そう、リファと観光もできない。




 ◆ ◆ ◆




 この世界で金が無ければどうするのか。冒険者組合に所属しているのであれば依頼を受ければいい。何か生まれながらに才能があって特別な魔法でも使えるなら、辻魔法病院でもやればいい。ドラえもんの四次元ポケットみたいなスキルでも神にもらったなら商売でも始めてみるのも悪くない。

 一方、俺とリファ達は違法賭場にいた。


「ポゥ!」


 なかなか真面目そうに見える青年がそう宣言すると、俺が山に置いた駒を取った。

 たぶん麻雀に近いテーブルゲームなのだろう。俺は麻雀をやったことがなく、この世界のこの麻雀っぽいゲームしか知らないので断言はできないが。

 ポゥと叫んだ青年がテーブルの真ん中に駒を捨てる。お、その駒は。


「カァーヌ」


 と、俺は宣言し山に駒を捨てる。


「おいおい、そいつはアヌスが煤けてるんじゃねえか、ああ? 坊や」


 このゲームは二人一組で行う。真面目そうな青年の相方である煤けたおっさんが、俺の手を見てニヤリと笑う。


「定石、そして定石崩し。それらを超えた場の流れ。捨てるべき駒は選ぶんじゃねえんだ。自然と離れていくもんなんだよ。差し詰め結ばれない運命の男と女みてえにな。ほれ、リーィ!」


 ビシィ!と捨て駒の山におっさんは駒を置いた。やべえ。意味は分からないけど渋い。

 しばらくその場は静寂に包まれる。誰も喋ろうとせず。時が止まったかのようだ。


「……おいおい、お嬢ちゃんの番だぜ?」


 おっさんに促されるもリファは返事をせず、子供用ノンタールノンニコチン無害たばこに火をつける。


「ぷふぃ〜」


 リファの美しき花びらすら恥じらうほど愛らしい唇から紫煙が虚空へと舞い上がる。子供たばこから流れる甘いチョコレートのような香りが辺りを漂い、俺は力の限り深呼吸した。


「おい、お嬢ちゃん」

「ん……? あぁ。ロォヌです。1正1垓4京5兆1億4万点ですねっ」


 おっさんは何も言わず、ただ鼻から大量の鼻水を放出した。


「ぷっ。ぷっくっくっく……うふ、すいませっ……リファファファファ……!」


 ガタイのいい店員さんがおっさんの両脇を抱えてどこかへと連れて行く。その様子を見て真面目そうな青年は真っ青になってガタガタ震えている。参加するには二人一組ではあるが、ゲームでだした損失については連帯責任ではないのだ。


「あ痛〜し、そこの真面目そうなお兄さんっ。悪いおじさんに誘われてこんなところに来たんでしょうが旨い話なんてそうそうありませんよ! どこの田舎から来たのか知りませんけど、もうお帰りなさいっ」


 この賭場では挑戦する側とされる側がいる。挑戦されたチームは断る事はできないが、挑戦したチームは相手チームが終了を認めない限り途中で抜ける事は許されない。

 2対1で消し炭にされる事を免れた青年は泣きながら賭場から飛び出していった。


「お客様。本日は十分楽しまれたのではありませんか? ただいま少々混雑しておりまして次のお客様も待っておりまして……大変申し訳ありませんが」

「あ、はい。こちらこそ長居してしまって。リファ、そろそろ出よう」

「はーい、すいましぇーん! すぐ出まーすっ」




 ◆ ◆ ◆




 地上部分はなんということのない一軒家にしか見えない賭場から出て、俺は受け取った金属製の札をリファに渡した。


「まあまあの稼ぎでしたねっ、ご主人さま!」


 相手の持ち駒は森の乙女の皆さんが教えてくれるうえに、たぶんリファはイカサマがうまい。ここ1年くらいリファ達とこのゲームで遊んだが、リファが1位以外になった事がない。


「どれくらいのお金になるのか分からないけど、余裕があるならリファの靴を買いかえよう。そんなにくたびれた靴だったっけ?」

「これでいいんですっ。くたくたのやらかい靴じゃないと靴ズレしちゃいます!」


 ふーん。そんなもんかね。

 ま、子供って足元のお洒落がわかってないというか、土に汚れた靴でも平気だもんな。逆に靴にまで気が回り出すと子供から女へと変わっていくサインだとも言える。


「ん? なんだか知ったかぶった童貞くさいことを考えている顔してどうかしたんですか、ご主人さまっ」

「童貞って……そんなこと言ってリファ、俺の初めてを奪ったのは……きゃっ、言わせるなよ」

「ひぃ!? そんな返しできましたかっ。あははは!」


 儲かった直後という事もあって俺もリファもテンションが無駄に高い。

 今の俺なら、自分に酔って「みんな大好きー」と言い放つ女学生の気持ちすら理解できるかもしれない。いややっぱり無理だ。俺も含めてリファ以外はみんな死ねばいい。


「あっ。見てくださいご主人さま! あので変な柱ってああやって点けるんですねっ」


 穢れた下界に舞い降りた天女が指差す先を見ると、年かさのおばちゃんが街の至る所にある柱に魔法をかけていた。おっとよく見たら天女じゃなくてリファだったか。

 まあ柱というかまるっきり街中の電灯だけどな。バチバチっと厳かっぽい火花がおばちゃんの手から放たれたし、たぶん雷の神聖魔法なのだろう。あんな風に手作業で一本ずつ明かりを点けていくのか。面倒そう。とはいえこの世界で電線とか通っているわけないか。


「そこのお姉さんっ。お姉さんは雷の神の神殿のお姉さんなんですか!?」

「あら! お姉さんだなんてよく分かってる子だねえ。よく見ればあんたのご主人さまも服は変わったセンスだけど、随分と涼やかな眼をしているし。飴ちゃん舐める?」

「わーい、お姉さん大好きー」

「ほらそこのお兄さんも」

「い、いや俺は」

「あら酒飲みかい? 塩辛いのがいい?」

「いえ、甘いのでお願いします」


 思わず即答させられ、気がつけば口の中に飴が放り込まれていた。これが超スピードってやつか。

 いや待て。何を俺はほどよい甘さににっこりしているんだ。もしこれが毒だったらリファも俺も死んでいた。リファを危険に晒すとは強引なババアめ。


 く、くる……し……。


「だ、だめだ。なぜかできないっ」

「どうしたんだいお兄さん?」

「や、やめろ! 偏見のない眼で俺を見るな! 虫を見る目以外で俺を見るなぁ!」

「すいませんすいませんお姉さんっ。ご主人さまは可哀想な人生を送ってきたので無償の善意にアレルギーがあるんです、たぶん!」


 そう言ってリファがおばちゃんからは見えない位置で俺の鳩尾をドゴォと殴ってくれたので正気に戻れた。


「そうなのかい? 良かったら相談に乗るよ? 雷の神の神殿はいつでも明るくして困っている人のために門を開いているからね」

「あ、ありがとうございます」

「助かりますお姉さんっ。機会があれば是非寄らせていただきます!」


 おばちゃんは心配そうにしながら、しかし電灯を魔法で点けながら行ってしまった。


「……ぺっ! 本当に心配なら仕事を中断してでも神殿に連れて行けばいいじゃないですかっ」


 リファは毒吐きながらアメを吐き出し、皮袋の水で口をすすいだ。


「ほらっ。ご主人さまも案外ちょろいんですから! 早くしてくださいっ」

「えっ。何を?」


 リファの吐いたアメを口で拾って食べればいいのか? それとも水をすすればいいのか? どっちだ。


「早くアメをぺっして口をすすいでくださいっ。いいかげん水くらい持ち歩けばいいのに世話の焼けるご主人さまですね! ほら、私の水あげますから!」

「でも……それだとリファと間接キスになっちゃうし〜」

「だから純情かっ」


 リファに言われたとおりにしながら段々と俺は冷静になってきた。どこかの偉い魔女も言っていたじゃないか。この世を動かすのは悪意だと。いかに他者より上だと思い込むか、いかにして支配するかを考えるのが人間じゃないか。今のおばちゃんだって俺に善意を向けたのではない。俺を見下したかったのだ。危うく取るに足らないゴミにほだされるところだった。危ない危ない。


「ガラガラゴクン。ありがとうリファ。俺は正気に戻った」

「どこがですかっ。なんで飲んでるんですか!?」

「しまった。思わずリファの飲みかけの水だと思うと我慢できなかった」

「ご主人さまそういうとこほんときもちわるい! ……それにしても雷の神の神殿とやらも面白くないですねっ。すっごい雷の神聖魔法の力が溜め込まれていて、そこから国中の明かりをつけているとかじゃないなんて!」


 その発想が出るとはな。やはり天才にしてリファだったか。俺も発電所の魔法バージョン的な施設を想像していたが、あんなおばちゃんをたくさん雇って電気つけてるだけなん


 誰かに見られている。強い敵意を持っているようだ。


「全員抜刀」


 スピリチャルな感覚が俺を走り抜けた。というか今のって邪神からもらった相手の強さが分かってしまい必要以上に絶望してしまう能力が発動した時の感覚だったよな。

 こんなオート索敵能力はなかったはずだが。

 それはさておきウォッシュさんが森の乙女の皆さんに指示を出し、リファも無言で臨戦態勢をとり、黒いライオンさんもいつの間にか姿を消している。敵意のある人が近くにいるのは確かなのだろう。


「お、おおおお落ち着けリファ!」

「ご主人さまこそのんびり餅でもついててくださいっ。誰だか知りませんが、クイーンの迷宮の覇者に敵意を向けた事を後悔するがいいです! いきますよっ。ピカッ!」


 リファの掛け声と共に、森の乙女の皆さんの魔法で、目がくらむまばゆい光が辺りに撒き散らされる。

 なるほどな。敵は恐らくこちらを見ている。こんな遮蔽物の多い街中では隠れ場所に事欠かないが、こうやって唐突にフラッシュを炊けば相手の目を焼くこともできるかもしれない。こちらに視線を向けないで息を潜めていてもこんなに突然ピカッと光ればびっくりして声をあげるなり物音をたてるかもしれないしな。

 敢えてこの手の欠点を挙げるならば、何の説明も無かったせいでもろに俺が目くらましを受けたというくらいか。


「ぐおおおお、め、目が、目があああぁぁぁ!」

「もうっ、静かにしててください! 敵の反応が聞こえないじゃないですか!」


 ここ1年でリファは森の乙女の指揮を極めた。いやたぶんクイーンの迷宮の地下50階だか最深部に行った時の命懸けの探索行ですでに俺を置き去りにした強さを得たのだと思う。

 戦闘能力ほぼ皆無の俺が戦闘不能になっても問題ないだろう。……あ、そういえば粘着ストーカーの力を使えば敵の位置くらい分かるかな。


「こんにちは黒衣の魔術師さん。久々の再会、リベンジってやつですね」


 粘着ストーカーを発動した瞬間に、俺は突如背後に現れた敵に首を極められた。そしてリファは一目散に逃げているのが分かる。もちろん森の乙女の皆さんも一緒だろう。


「いやあお久しぶりです拳士さん。お元気そうでなによりです。会いたかったですよ。あと意外と胸無いんですね」

「粗末なものをおしつけてごめんなさいねー。確実な事を言えばこのまま首をへし折るべきなんだけど……魔術師くんの視線に入らず名前を知られず周りに死体が無くナイフに気をつければ君の身体に触れても無害、という判断なのよ。もし切り札でも持っていても使わないでね。命は奪わないし尊厳もできる限り奪わないから」


 あ、あほや……!

 完全に読まれてますよこれ。むやみやたらに能力を見せ過ぎたんだ。

 しかし拳士さんがなぜ俺の使う呪いを全て知っているのか。苦しませたり腐らせたりはおおっぴらに使ったから分析されても仕方ない。

 でも他者を支配する呪いはそんなにはつかっていないぞ。スピリッツさんとファイさんが拳士さんにつながっているのか。

 死体に他者を襲わせるのはお嬢さま、いやスピリッツさんやレーンさんの前でも使ったか。待ておかしい。この呪いのナイフの威力まで知っているとは。意図的にあまり威力を誇示せずに使ってきたのに。


「1年ぶりくらいかしら、カミュ。元気そうね」


 混乱がおさまらないなか、俺好みの声が聞こえてきた。


「ナ、ナツメさん?」

「そう、私よ。ジュースィーホーリィーイェーイ!」

「ホーリーじゃなくてポーリィですよ」

「ええ、そうね。パーティをめっちゃ発音良く言うのよね」


 いまださっきの閃光で視界が回復しないからナツメさんの声しか聞こえない。だがはっきり分かる。声もにやけているが顔も満面の笑みなのだろう。

 ちくしょう……まさかこんなくだらない軽口で異邦人であることがばれてしまうとは。


「あの後、大変だったのよ。私の大地の精霊魔法が地の神の巫女と共鳴しちゃって大穴を開けるというアクシデントがあったじゃない? その後しばらく様子を見ていたら穴からとんでもない化け物が出てきたのよ。巨大な肉塊に黒い獅子の頭がくっついている化け物ね。ひょっこり現れたそこのダンジョンファイターさんと強力して倒そうとしたのだけどあれはちょっと無理よね。初めは吠えるばかりだったけど、攻撃すればするほど魔法がぽんぽん飛んでくるんだもの。でもあの肉塊についてる黒いライオンちゃんの首ってクイーン王国の牢屋で会った黒いライオンちゃんに似てるというかそのものよね?」

「知りません。何の話をしているのかわからないんですが」

「……あの肉塊が一定のテリトリーからは出てこないって分かるまでちょっと時間がかかったの。だからそれまではあの化物をなんとしても倒さなければならないってたくさんの人が戦って死んだわ」

「肉塊ってなんの話ですか」

「クイーン王国周辺の森の死者はカミュの仕業? それともリファちゃん以外にも仲間がいるのかしら?」

「だからさっきから話が見えないんですけど。ナツメさんも拳士さんも何か誤解しているのでは」

「なぜあんな事ができるの? 何が憎くてやっているの?」


 こいつうるせえな。


「人を恨むのに理由も何もありゃしないでしょうが」


 ただ高額納税者リストに載っているだけで、顔も知らない相手に反感を抱ける。それが人間じゃないか。そう、恨みとか呪いとはとても人間らしい当然の反応であり強い願いである。

 そうだ、呪いに効くとか抵抗されるとかはないんだ。相手を視界に入れるとか見た事があるなんて関係ない。

 自分よりも優れたものを憎むだけ。自分より高みに達した人に並び立つんじゃない、同じ暗い場所に引きずり込めばいいんだ。これだ。この呪いに相手への尊敬は欠片もない。相手に立ち向かうための自分の成長など思慮の外。むしろ相手の足を掴む為に自分はさらに下へと落ちていかなければならない。


 苦しめ。


 俺の強い願いは叶えられ、二人の悲鳴があがり、そしてまばゆい暴力的な光が俺たち三人に降り注いだ。

第10話はいちおう伏線ですよ、伏線!

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