探索攻撃
【ちょこっと人物紹介・お嬢様その1】
火の神を代々信奉するレッドフォレスト家に秘匿された他者犠牲呪文。彼女が如何なる経緯で知ったかは定かではない。
ある日、彼女は必要に迫られ、信頼し固い友情で結ばれた一人の友を犠牲にし、盗賊を焼き尽くし、無垢なる子供を救った。
リファのリファによるリファのためのリファにしてはわりかし穏便な説得を経て、俺とリファ達は冒険者組合全神帝政王権皆民参画国支部の一室へと案内されていた。
下品ではないが明らかに金のかかった部屋に入ってきたのは、でっぷりと太った中年の男だった。
一瞬、俺とリファを見て侮るような眼をしたが、すぐに表情を引き締め愛想笑いを浮かべる。
明らかに子供のリファと同じく経験の少なそうな青二才に見える俺。中年からすれば与し易い相手だと考えてまず間違いない。しかし自分自身にでた油断に気付き、未知の相手と対するにあたり慢心を消した。つまりは見た目に反して手強い相手とも相対したことのある経験豊かな強敵ということ。
などとウォッシュさんが俺に注意喚起を促しているけど考え過ぎだろう。ただの太ったおっさんでそ!
「いやはやお待たせしましたなあ。当支部には特例上級組合員殿などお見えになったことなどなかったもので。組合員証もお持ちでなく本人確認にも時間がかかりまして」
「気にしないでください支部長さん。俺とリファはここまで公式な視察にきた訳ではないのです。ただ入国するために必要に迫られて身分を明かしたに過ぎないですから」
「それは災難でしたなあ。しかし失礼ながらそのローブにフードを深々とかぶられていてはその……今までも入国や入場でご苦労されたのでは?」
ご苦労なんかしなかったけどなあ。
「ふんっ。ご主人さまの決意の表れがわかりませんか!」
「ほう、決意ですか……えーリファ様」
「余程の身分差がない限りは最低限、顔をきちんと見せるのは世界の常識っ。顔を見せないのは相手を軽んじている証左です! 子供ですら分かるこのルールを敢えて無視できるほど偉大であり何者にも膝を屈しないという表面なんですよっ。ねーご主人さま?」
リファ〜っと微笑んでくるリファを無視して、俺はフードをとって顔を晒した。
「すいません、俺は山奥のど田舎出身でこんな大都会の常識とかちょくちょく知らない事が多くて。ほんますいません」
「ええええ!? そうだったんですかご主人さまっ?」
だから今まで真面目そうな人は全て俺に対してギクシャクしたかんじだったり無愛想だったのか。言えよ。言えよ!!!
「い、いえあまりお気になさらずにカミュ様」
「おのれぃ! 支部長風情がご主人さまに恥をかみゅん!?」
俺は諸悪の根源の脇腹を的確につついて言葉を封じた。
「えーごほん、それで……視察というのは? コリン新代表には、新任の際に求められた資料をきっちりとお送りして問題無しと返信いただきましたはずですが。定期的な報告書も滞りありませんしなあ」
「ふむ」
なるほどな。俺とリファ達がコリンによって送り込まれた視察員だと思っているわけか。
「さらに言いますと特例上級組合員には資料開示請求などの権限もなく、一般の組合員と同じ待遇しかできませんしなあ」
「ええ、ですから非公式の視察、という風に見て頂ければ結構です。支部内の何かを開示しろとか見せろというつもりはありませんから」
「ふーむ、非公式の視察として、ですか。いやいやなるほど」
このおっさん何かを深読みしているような目をしているな。
「まあコリン代表は、悪は許しませんが現場の判断にとやかく口を出すタイプではありません。ただ、この支部への代表の信頼は揺らぎないものですけど他支部への兼ね合いもありますし。もちろん痛くない腹でも探られるのは気分のいいものではないでしょうからお気持ち察しますよ」
「あ、いやいやお気になさらずに……」
「ところで、あくまでただの特例上級組合員として聞きたいのですが……宿泊場所や食事できるところで良いところはありませんかね? この国自体初めてですので」
俺のなんということはない世間話に支部長はにやりと笑った。
「そうですなあ。おお、そういえば支部が抑えている組合役員用の部屋が近くにありましたなあ。希望者がいれば一般組合員に宿としてお貸しする事が可能でした。生憎とこの制度はあまり知られておらず利用されていませんでしたが。さらに食事付きだったと思いますよ」
「それはありがたいですね」
「賄賂や癒着ともとられかねないので特段の便宜ははかれませんが……ここで会ったのも何かの縁。お互いに良い関係を築きたいものですなあ」
「ですね。くっくっく……」
「ドゥフフフ……」
「リファーッファッファッファッ! ……何が面白いんですかっ?」
◆ ◆ ◆
リファのおかげで和やかに終わった会談の後、部屋の貸し出し手続きやら冒険者組合組合員証などの発行を終え、冒険者組合の建物とは少し離れた別の建物のダブルの部屋に通された。
初めはシングルの部屋に案内されそうになっていたが用心深い俺のたっての希望でダブルとなったわけだが。妙に変態を見るような目で俺を見ていた係員さんと森の乙女の皆さんとリファが印象深かった。
というよりも組合員証なんてものがあるなら最初に発行すべきだろ。一応、希望者のみへの発行となってはいるらしいが慣例的には何も言わずとも発行されるものらしい。嫌がらせかよコリンさん。
「つまりね、魔術師くんはどうせ分かっていないだろうけど、さっきのやり取りで支部長は視察以外の何らかの目的があると考えたの」
「わー、すごいですねご主人さまっ。特例上級組合員証ですよ、特例上級組合員証っ。これを見せれば支部内の食堂で1日3食まで定食が無料だなんてこれもう魔法ですね! 闇の魔法カードかもしれません! レリーフッ」
そのじゅもんはちがいます。
リファは夢みたいなことばかり言うところがあるが、こういう所帯染みたところに価値を置く傾向もある。
「コリン代表に変わってから各支部の長の多くが入れ替わったけど、ここはコリン代表以前からの支部長なの。新体制側と微妙な関係であるこの支部に目をつけたのはまあまあですけど、コリン代表側の人間として潜り込んだのは……聞いてるの魔術師くん?」
「あ、すいませんブレインさん。いまちょっとリファを眺めていたので」
「ああ、すいませんすいませんブレインお姉さんっ。つまりはここの支部長さんとコリン代表さんとの微妙な冷えた信頼関係の隙をついて立ち回らないといけないってことですよねわかります!」
そんな些細な事はどうでもいい。
当然だがクイーンの迷宮を離れ、こんな国にまで来たのには理由があるのだ。クイーンの迷宮の奥深くでウォッシュさん達が使ってくれた緊急避難用の魔法、あれはほぼ間違いなく安全な空間を作る代わりにほぼ一週間ものあいだ外に出られないというものだったのだ。
一週間。ただしこの一週間というのは俺やリファの考える一週間ではない。エルフだかなんだか知らないが森に住むブレインさんやウォッシュさんという耳の長い人間と似た種族にとっての一週間である。
リファ時間に換算するとおよそ1年。今回はリファと一緒に避難できたからよかったものの、万が一リファと離れた状態でこの緊急避難魔法を使われていたらと思うと背筋が寒くなるどころか失禁しそうになる。
その1年もの間の記憶はあまりない。水と食料に関してや上下水道代わりのものがあるとんでも空間だったので俺はひたすらのんびり過ごした。
しかしあの忌まわしい邪神が俺に迷惑をかけない訳がない。俺とコンタクトをとるのは困難と言ったのは嘘だったのだろう。もうそろそろ外に出られるという時分に平然と話しかけてきたのだ。
最大の目的であるナツメの陥落には程遠いものの、クイーン王国を滅亡に追いやり悲憤と絶望を撒き散らしたその心意気や良し。今回は信者である俺はもちろん、邪神自身も自分達の呪いができなかった。次こそは邪神本来の呪いを振り撒いてみせますというありがたいお言葉をいただき、さらには、
『それでですねー。次は北に向かってください。その途中で会う男を必ず助けるのです。そうすれば新たな力に目覚めるでしょう』
との事である。訳のわからない事を言う神である。思わず、お前はヒトガミか、とつっこんだら憧れているとのことだ。気持ちは分かるけど役者が違うっての。
そういう訳でクイーンの迷宮から出た後は北に向かおうと俺が提案する前に、リファが「クイーン王国も終わりっぽいですし、しばらくは骨休めもかねて旅行行きたいですっ。そうだ! 世界で最も平和と言われている国に行って恐怖と混沌の渦を起こしませんかっ」という提案があったため、クイーン王国の南西に位置するこの全神帝政王権皆民参画国へとやって来たのだった。
リファと観光旅行とかガチテンション上がるわ。幸せ過ぎて怖い。クイーン王国を出発する3日前から楽しみ過ぎて一睡もできなかったしな。リファはおやつに含まれますかと言って本気でリファの頭に噛み付いて前が見えなくなるくらいリファにボコボコにされたし。
「それで、だ。リファはこの全神帝政王権皆民参画国のどこを見て回りたいんだい?」
「んーそうですねっ。やっぱり全神帝政王権皆民参画国と言えば、全神帝政王権皆民参画国にしかない雷の神の神殿は見ておきたいですね! 知ってますかご主人さまっ。全神帝政王権皆民参画国では雷の神の神殿のおかげで夜でも明るいらしいですよ! その魔法パワーを暴走させればすごいことになりそうですっ」
「リファちゃんの言う雷の神の神殿も有名ですけど、平和の塊と言われるこの国に有名な闘技場があるのは知ってますか? ルール無用の集団戦闘が見世物としてあるんだとか……まあ聞きかじったことなんでホントにあるかは知りませんが」
「わ、それも面白そうですねっ。ブレインお姉さん!」
「なによっ、私だって知ってるんだからね! 周辺国からわざわざ重罪の容疑者が送り込まれる留置所があるんだからぁ!」
「ふんっ、そんならもっとすごいのをお勧めしなさいよね! ここには一国では裁ききれない国際犯罪を犯した重罪人が死刑を執行される処刑場もあるんだからね! なによ、勘違いしないでよねっ」
「さっきから血生臭いのよばかぁ! 各神の神殿の代表者が集まる大会議場こそ一番に勧めなさいよぉ! あの大会議場があるからこそ、この小さな面積の国が世界で一二を争えるほど金持ちの国なんだからねっ」
「観光地ではないけど、この国の冒険者組合の仕事は各施設の臨時職員の募集が多いんだからね。ただの見物だと見ることのできないところも金稼ぎがてら深くまで見られるかもしれないんだからぁ」
「がう」
森の乙女の皆さんの様々な情報で俄然テンションが上がってきたリファは鼻の穴をふくらませながら眼を輝かせている。
「わーいっ。すごいですねご主人さまっ。どれを見て回りますか!?」
「全部だ」
「えっ」
「全部見て回る。リファが見たいと思うもの全て」
冒険者組合から無料で借りた部屋の中がざわつき始める。
「全部って……リファちゃんの見たいこの国の観光スポット全部ですか?」
「なによっ。あんたなんかたいした貯蓄もないのに無理しちゃって!」
「そうよ! それにいくらリファちゃんが可愛いからってそんなに甘やかしちゃ教育に良くないんだからね!」
そう言いながらもウォッシュさん以外の森の乙女の皆さんが震えているのが分かる。
「ふっ、どうした森の乙女達よ。リファの喜ぶ顔を見るのが怖いのか?」
「勘違いしないでよね! 人畜有害のあなたがリファちゃんにだけ見せる優しさの二面性が怖いだけなんだからね!」
「どこにでもついて行くわよっ。我ら森の乙女は死ぬ場所は違えど死因は皆一緒なんだからね!」
「がうがう」
「よろしい、ならば観光だ」
「わーい! ご主人さまが一番すきっ」
こうして俺とリファ達の全神帝政王権皆民参画国の観光が始まった。全神帝政王権皆民参画国大爆発のおよそ1ヶ月前の事であった。
◆ ◆ ◆
「コリン代表、会議場支部より緊急連絡です。カミュとリファが発見されたとの事です」
「ぬな!? ホントですか? 一体どうやって彼奴とリファさんを見つけたんですか?」
「本人達が自ら名乗り、風貌も一致したので間違いないとのことです」
「な、名乗った……しかも自ら。な、舐めやがって。ナツメ! ナツメー! 出番ですよ! どこにいるんですか、ナツメー?」
※リファと主人公は全神帝政〜の正式名称を敢えて言うことにはまっています。




