偉大なる白痴
前回までのあらリファ
これまでに半永久的な不老と多くを屈伏できる力を得たリファ。しかしそれらを以ってしても力への飽くなき渇望は留まるところを知らない。底に穴が開いた樽に水を注いだところで、只只流れ出るばかりで、満たされる事はないのだ。
さらなる欲望を満たすため、そして恐怖と混沌をばら撒くために、迷宮の闇へと誘われるのであった。
魔を従える人はおらず、魔に流されるか、或いは
人は道具を作る。それゆえにせいぜい棒を振り回す程度の猿たちよりも偉大である。
人は槍を作り弓矢を作り爆弾を作って殺し合い、その恐ろしい威力に恐れおののいた。
つまり、人はすごいものを作りさえすれば偉大であると考えている。生み出したものがどのように使われるのかろくに考えず、責任もとらず、ただ作っただけで偉大だと認定してくれるのだ。
だからきっと、すごい怨念の塊を好奇心から生み出した俺も偉大なのだろう。
◆ ◆ ◆
「――というクイーン王国の陰謀は、いえ……暴走はここで止めるわ! この大賢者ナツメがね!」
「な、なんてこと……! まさかそこまでの事になっていたなんて。スピリッツのやつは一体、いままで何をしていたのよっ」
「ふむ。さすがは勇者ナツ」
「賢者! 大賢者ナツメよ!」
「……賢者と名高いナツメ殿だけはある。そこまで知られては貴公らを生きて帰すわけにはいかんな」
「くそがっ。何か余裕があるとは思っていたけどそういう事だったのね。冒険者ナツメ! ここはひとつ私と協力して、この狂心王を討つわよ」
「賢者ナツメと呼ばない限り共闘は無いと知りなさい」
「ああもうっ。魔術師といいなんでこの世界の危機にバカばっかり集まっているのかしらっ?」
なんて感じで国王とお嬢様、それからナツメさん達がなにやら盛り上がっている。
しかし俺はそれどころではない。呪いによって呼び出された、この場で死んだ者達。その恐るべき怒りやら悲しみ、いやこれが悲憤というものだろうか。そういうスピリチュアルな何かがドロドロと渦巻いているのだ。
わたし霊感があるのーかっこはあと、なんてほざく女でも気付きそうなこの禍々しい空気。ナツメさん達は何も感じないのだろうか。
『ご主人さまっ。どうやら体を失った人間どもをゴーストみたいな感じで復活させても、普通の人間どもには感知できないみたいでリファ!』
なにやらリファのモノマネをしているらしきおぞましい邪神の声が頭に響く。
ここまでやばい何かが渦巻いているのに俺以外にはわからないのか。じゃあ、この怨念の塊達は国王やナツメさん達に気づかれる事なく攻撃できるのだろうか。
『ふーむ、大変にありがちな発想ですが無理ですね。肉体の無い中途半端に呼び戻された人間如きの想念が、生きる人間に影響を与えるのは難しいでしょうね』
おい。
じゃあ禍々しいだけで何の役にも立たないのかよ。ただのお化けじゃないか。
『別にクリザローの町で仲間にできる超有能囮専門ゴーストをだせなんて願われてませんからね〜。ただ望まれた願いを聞き届けただけ』
なんて無責任な神だ。邪神かよこいつ。
『でも何の役にも立たないなんてことはありませんよー。おぼろげながらも気配を感じる事ができる存在には影響を与える事ができますからねー』
そんな奴いねえじゃねえか。王様やナツメさんですら存在に気付かないんだからさ。
『此奴じゃ! 人の影に隠れて儂等の死を嘲笑う奴は!』
突然、聞き覚えのある偉そうで威圧的な声が頭の中に響いた。
『分からぬか! 貴様等如き無能な輩共でさえ感じるはず! この魔術師こそ暗黒の住人! 儂等を地獄の業火で焼き尽くす原因を作った張本人! 低脳であっても感じるはずじゃ!』
ケインさんだ。ケインさんの意思だか怨みを中心にして、俺への強い憎悪が漂い始めている。
『皆の者! 此奴の身体を借りるぞ! 邪悪なる魔術師の力で、邪悪なる魔術師に踊らされし阿呆共に鉄槌をくだすのじゃ!』
身体を借りるって。こんなところで野たれ死んだ人達が俺を操ろうというのか。出来るものならやってみろよ。
◆ ◆ ◆
玉座への扉を抜ければ決闘場だった。
とっくの昔に私を見捨てて逃げたと思っていたカミュは、意外なことに聖焔騎士団と協力して狂心王と戦っていたみたいね。
意外ではないかもしれない。そう、つまりこれは恋ね。恋焦がれて私にイカれちまったカミュはイカれたがゆえに普段とは真逆の行動にでたということね。納得した。
そう考えるとこの失礼な聖焔騎士団の団長の……レッドフォレストさんだったかしら。この子も可哀想ね。カミュなんか全然恋愛対象ではないけど、レッドフォレストさんにとっては違うのよね。だってクイーン王国側にいたカミュとこの生きるか死ぬかの場で一緒に行動しているわけだし。カミュもレッドフォレストさんも一方通行な恋心で動いているなんてアニメみたいね。そう夏休み子ども劇場的な関係と言えるわ。
「わかったわ。ここは賢者として協力するわ。いえ、勇者としてでもかまわない」
「あ、あら? こちらとしても勇者でも大賢者でもかまわないのだけれど、やっと事態の深刻さがわかったのかしら」
「ええ、よく理解した。レッドフォレストさん、あなたはエースではなくてラムちゃんだったのね。ごめんなさい。でも、あなたも悪いわ。だったら雷の神の神殿に所属していてくれればいいのに」
「私もよく理解したわ。あなたを理解する努力が徒労だとね」
そうね。違う人間を完全に理解できるなんて考えは傲慢だわ。
「ねえ、カミュ。このレッドフォレストさんもなかなか良い人だと思うわよ。もちろん私には劣る……カミュ?」
ふとした違和感だった。
それなりに隙を見せているレッドフォレストさんにも斬りかからない狂心王の視線の先にはずっとカミュがいた。でも狂心王は、あからさまに何もしていないカミュに攻撃を仕掛けない。ただじっと様子を見ているだけ。
「怨念」
地の神の巫女ハウエルが、カミュを見てポツリとつぶやいた。
「怨念が」
「おんねんって言いたい気持ちはわかるわ」
「違う。王国とは関係ない私の個人的な研究。カミュの腕輪は死を吸いすぎたのかもしれない。もし、霊魂というものがあると仮定すればの話」
腕輪ねえ。確かにカミュの手首についている腕輪だかブレスレットは今にも爆発しそうな色をしているけれど。
「ねえ、カミュ? 返事をーー」
「やめろっ。暗黒へと帰れケインさん! ふはは、貴様も儂等の仲間に入れてやろうというのじゃよ。たくさん人が死んだんだぞ! これ以上巻き添……黙れ俗物がっ。魔術師ィ〜貴様は儂の……」
くねくねと一人芝居を続ける変態に成り下がったカミュは全身から黒い闇を噴き出す。
「ま、魔術師?」
「闇の魔法……。違う。これは」
レッドフォレストさんもハウちゃんもカミュのあまりの変態パフォーマンスにドン引きしている。もちろん私も。
「グハハハ! これが、これが魔術師の隠し持っておった力か! そうか……そういうことだったのか!」
闇が収束して現れたのはカミュの声を持つ異形の……異形のなんだろう。とりあえずキモい。毒とか石化とか撒いてきそうな嫌な感じの見た目ね。
「我が王よ、ここはこのケインめにお任せくだされ」
「貴公はケイン……なのか?」
「ここに来て確証を得られましたぞ。やはり儂等では考え及ばぬものがこの世界にはある。ここで無様に屍を晒した儂がこうして存在するのが証拠。行きなされ王……いや行けクソガキよ」
「ケイン。礼は言わんぞ」
狂心王はなんかカッコいいポーズを決めながらそう言うと、何かの紙を引きちぎる。そしてなんか賢者っぽい光に包まれーー姿を消した。
「なっ!? 嘘でしょっ?」
「確かに……今のはどちらかといえば賢者が使うべき演出の光よね」
「ばかっ。狂心王を逃したのよ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃない」
ハウちゃんの言う通りだ。カミュ、いやケイン宰相らしき化け物をどうにかするのが先だろう。
「ククク、儂に楯突く無能どもめ。死ね」
「ケイン……なのかしら? とにかく消えなさい!」
レッドフォレストさんはセリフとともに大きな炎を放ったけど、これは効かなさそう。
それに効いたとしても狂心王の行方を知ってそうな唯一の人物?を丸焦げにしたらまずいんじゃないかしら。
「効かぬ。効かぬぞ小娘ぇ!」
そんな事を考えながらも、私はレッドフォレストさんの意図に気付いて魔法を化け物に放つ。これも全然、化け物には効果がないみたいね。
「グハハハ! これぐふっ」
前方から炎に巻かれ、さらに私の放った光の矢の魔法をうけた化け物は、前方に注意が行き過ぎていた。
素早く炎を迂回して背後に回り込んだレッドフォレストさんの渾身の一撃を首に受ける化け物。
「やったか!?」
「ダメみたいね」
一撃を放ってすぐに私の方へ離脱したレッドフォレストさんは首をふってみせた。
「小娘如きに遅れをとるとは儂も落ちぶれたものよ。しかし身体の差は技では覆せんぞ!」
「レッドフォレストさん。今のって全力?」
「ええ。全身のバネを使った必殺の突きよ。これが効かないならお手上げね」
「そう……まずいわね。私も剣を……」
使わない賢者プレイにはまってる最中だし。
「剣を失ったの? だから賢者にこだわっていたのね。この人数で他者犠牲魔法を使ってもたかが知れているし」
「他者犠牲って。そんな迷惑なもの使っちゃダメじゃない。そんなことしてるからカミュに振り向いてもらえないのよ? 常識をわきまえないと」
「あなたに常識を語られたくないわねっ! あとカミュって誰よっ?」
和やかに語らっている隙に、化け物が腕を振り降ろす。すると腕の先からどす黒い、いや黒光りする雷みたいな何かがほとばしる。
「ふん、直線的でたいした速さもないからかわすのは容易いわね」
レッドフォレストさんの言う通り回避は簡単ね。でも当たると死ぬ気がするのよね。
こんなに嫌な均衡を保った戦いは初めてかもしれない。味方の攻撃は通らない。敵の攻撃は当たらない。
一見、どちらも打つ手なしに見えるけど、少しのミスでやられるのは私たちなのよね。
「なるほどね。あなたが王で、私が会長というわけね」
「ねえ……ほんと貴女、頭大丈夫なの? 王は逃げて敵はケインみたいな話し方をするバケモノ。貴女は会長じゃなくて勇者……じゃなくて賢者ナツメなんでしょう?」
「そうね。確かに死ぬと爆発しそうなのはレッフォレちゃんね。あなたが会長か」
「お願いだから意味の分かることを言って」
そう言っている間にも黒光りが飛んできているわけで、危ないことこのうえない。
「レッフォレちゃん、ごめんなさい」
「なにがかしら」
「そしてカミュ。いつかきっと必ずたぶん近いうちに助けるわ。万が一の事が起きたらごめんなさい。大地を司る聖霊ズィアースよ……私の願いをきいて! ズッシャアッ!」
私は呪文を考えながら唱えつつ、こっそりと愛用の剣を召喚してケイン宰相(カミュ?)の足元の床を渾身の力と魔力で叩き斬った。
轟音と共に私の呪文によってできたかのように見える地割れが起こり、バケモノは穴へと吸い込まれるように落ちていった。咄嗟に聖霊魔法っぽい呪文を考えながら斬ったから力加減がいまいちで、かなり深く穴をあけてしまったけど、ああいうラスボスみたいなバケモノは落下死しないわよね。ね?
「なにかしら……今の技は?」
レッフォレちゃんがプルプルと肩を震わせながら穴を覗き込んでいる。
「せ、聖霊魔法よ。おそらく地の神の神殿の巫女が側にいるせいで、普通よりも強く聖霊力が発揮されたみたいね」
「せーれーってなに」
素の顔でツッコミを入れてくるハウエルちゃんに、私は慌ててウインクで合図を送るが時すでに遅し。
「どうしたの。目にゴミが入ったの」
「なにがセイレイ魔法よ……貴女、思いっきり剣を使ってたじゃない……どうするのよ……結局、ヴェルヌ以外は取り逃がしちゃったのと同じじゃない……!」
やばい。剣を使ってた事がしっかりバレてしまっているじゃない。
「後生よレッフォレちゃん! お願いだから私は賢者として魔法で活躍したことにしてくださいお願いしますっ」
「そんな事はどぉぉぉおおおぉぉでもいいわよっ。もうっ!」
◆ ◆ ◆
落ちる最中に何度も何度も全身を強く打ちつけているうちに俺の意識ははっきりと覚醒していた。いや意識を失っていたわけではないのだが、夢うつつという感じで身体の主導権を奪われていたのだ。まさに取り憑かれていたというやつだ。ほんと人の身体を操るとかどんだけ邪悪なんだあの宰相。
「むうっ……こ、こんな奴に我ら森の乙女が破れるのか……?」
「こんな……バカな! 姉さん方!」
「チッ、使えないお姉さん達ですねっ」
「ソノ剣ヲ渡セ……サスレバフォッ」
光の斬撃がドヤ顔でリファ達を追い詰めていた何者かに叩きつけられ、その直後に俺が頭から直撃した。
超痛い。
なぜ死ななかったのかわからないほどに超絶ゴットフェス痛い。
『落下地点にいた相手に頭突きで死ぬほどダメージを与えたと同時に回復したみたいですね〜超激レア!なケースで一命をとりとめたって感じ』
邪神の不愉快な声が頭に響くがそんなことよりもだ。
「リファ、無事かい?」
「うげっ。ご、ご主人さま!? え、え〜ん。リファったらちょっと方向オンチなところがあってぇ〜迷ってたらこんなところまで来ちゃいましたぁ〜ご主人たまぁ〜リファ怖かったリファ〜」
俺は可愛らしく嘘を並び立てながら嘘泣きをしてみせるリファのキュートな鼻に人差し指と中指をグイッと突っ込んだ。
「ぎゃああああ!?」
「かわいそうなリファ! もう二度と別行動なんてしないからね。ごめんね。次にこんな危険なことしやがったらリファの鼻水を口で直接飲み尽くすからな」
「フガフガ! すいませんごべんなさいほんと調子乗ってましたご主人さまのいうこと聞くから許してぇ!」
豚鼻にされてちょっと鼻水垂らしながら涙目になってるリファもぶちゃいく可愛いなあ!
「よし(ぺろり)。それでえーっと、ブレインさん。ここはクイーンの迷宮のどの辺りなんですか?」
「うわきも、はい。ここは地下50階だと思う。私の数え間違えでなければだけど」
あの馬鹿勇者マジで頭おかしいだろ。地下50階まで落ちて死なない奴がいるだろうか。亡霊となったケインさんですら落下死してるレベルじゃないか。
「じゃあここがクイーンの迷宮の最深部なんですか?」
「さあ……そればかりはなんとも。森の乙女は初めて迷宮に来た時に地下29階まで潜ったのが最高記録だったから」
激戦のせいか、かなりやつれたブレインさんの言葉を受けて、ウォッシュさんから過去の記憶が送り込まれてくる。……おえ。普通、こんだけ仲間が死んだらショックで迷宮探索なんかやめるだろ。
「そんなことよりもご主人さまっ。なんだかすごいラ、わけわかんない凄そうな魔法っぽいものがありますよっ」
リファの妙に鼻声(しかしだからこそよりコケティッシュな印象を与えて魅力を引き立てている)につられて辺りを見回してみると、確かに妙な大広間だった。
魔法的な何かというよりは、俺の世界にありそうな研究施設に近い。いやマジでこれってクイーン王国に来て以来、初めて見る異質の施設ーー機械らしきものがたくさん並んでいるんだが。
「ここがクイーンの迷宮の最深部なのか? 魔界への扉とか、古代の高層ビルが埋まってるとか、実はこの国はすでに滅んでいて出会った人達がみんな死んでたりということはないのか……?」
「ふーむ。リファ的にはすっごい魔術師のプライベートルームがあるかもくらいしか期待してなかったんですけど、ご主人さまは想像力豊かですねっ」
子供の想像力って豊かね、みたいな生暖かい目で俺を愛でるリファ。
「ようこそゲスト。ユーザー登録を希望しますか?」
突然、ミクというよりはゆかりみたいな調子の声が響いた。人間にひどく近いが、しかし人間ではない機械の声だ。
なるほどね。そういう系できましたか。古代の方が機械文明が発達していた的なね。もしかすると異星人の残したすごい機械系かもしれないけど。
「何奴ですかっ」
さすがは迷宮奥深くまで踏破したリファだ。即座に声に反応し、抜刀しつつ戦闘態勢に入っている。不意を突かれ棒立ちしている俺とは大違いだ。
「私の提案が理解出来ませんか? 地域、生年等を登録することでゲストに最適なーー」
「わけわかんないこと言わないで姿を見せてくださいっ。ぶっ殺しますよ!」
「強い攻撃性が確認されました。対話能力極低。緊急回避として文化レベル最低が選択されました。不適切な場合は再度選択する事も可能です。……汝……弱き者よ……力を欲するか?」
攻撃性が高いと文化レベル最低なんだ。っていうか文化レベル最低の人間への対応ってそんな感じなんだ。
「おわ!? な、なんですかっ。まさかほんとに迷宮に眠ると言われる悪魔だか神の力が存在するんですかっ?」
「そうだ……我は超越者……形なき存在……貴様らは神だとか悪魔と呼ぶようだな……」
「すごいっ。聞きましたか、ご主人さま! これで世界を滅ぼせますっ」
この機械のコミュニケーション能力すげえ。リファの心をがっちりと掴んでる。
「戯言を……人間如きが払える対価で世界の理を崩すこと叶わず……分を弁えよ……」
なるほど。無から有をつくるようなことは出来ず、何らかの料金とか材料が必要となるみたいだ。
「じゃあどんな願いなら叶えてもらえるんですか!?」
「我と契約せよ……全てはそこを起点とす……」
サービス内容はユーザー登録後に説明します。
「いいでしょうっ。契約しますーー」
待て待て待て。軽はずみ過ぎてリファ可愛いけどやめろ。うまい話には裏があるんじゃないの。
「ーーご主人さまが!」
わお。
「その黒衣の人間かーー契約は成された」
「ま、待ってくれ。覚えのないユーザー登録の解除はどこにメールすればいいんだ!?」
「案ずるな矮小なる人間よ。我に全てを委ね安寧を得よ」
なんだこのクソサービス。炎上しろ。
「それで契約すればどんなすごいことができるんですかぁ? とりあえずすごい悪魔とか天使を呼び出したいですっ」
「使徒を望むかーーよかろうーーそこな哀れな亡骸を使うとしようか」
そして唐突に機械音は途切れた。そこな哀れな死体って落ちてきた俺に思いっきりぶつかってきた奴の事だろうか。
「……あれっ? 黙っちゃいましたよ。どうしたんですか悪魔さんっ?」
「ーーそこな哀れな亡骸を使うとしようか」
一言一句違えることなく繰り返されるセリフ。ああ、これもしかして。
「じゃあ素材はそれでいこう」
「ーーよかろうーーでは何を望むか」
やはり素材の使用確認だったか。そんなに丁寧ならユーザー登録も本人確認をしっかりしてほしかったが。
しかし天使とか悪魔を作りたいなんてリファはやっぱり無邪気だなあ。
「そうですね〜。巨大な肉の塊にリファ達の上半身が生えててそれぞれの能力を使える化け物がいいですっ。しかもリファ達本人を全員殺さない限り生き続けるというのでお願いします!」
なんだそのおぞましいバケモノは。
「欲深き人間よ……汝その願いに全てをかけるか……?」
「もちろんですっ」
「願いは聞き届けられた……システムに負荷がかかっております。機能が一部制限されます。進行中の作業が一部不正に終了しました。進行中の作業に一部エラーが発生しました。エネルギーが不足しています、周囲の適当なエネルギーを利用します。進行中の作業に重大なエラーが発生しました、作業を一時中断します。シ……ステムにエラーが発生しました、作業を中断できませんでした。不正なプロセスが確認されました、70秒後に再起動します。安全の為、緊急避難アシスタントが実行されます。お手回品をご確認ください。作業が完了しました。4秒後に排出されます。エラー。エラー内容を確認しますか? 位置情報を取得できませんでした。避難を安全に完了したい場合、位置情報を設定よりオンにするか、手動で入力してください」
これ絶対にやばいやつだろ。あからさまにリファがわくわくした顔でおとなしく事態を眺めているし間違いない。
「ブレインさん、なにか衝撃とか熱から身を守るような魔法ってありませんか?」
「……」
「ブレインさん?」
「ああ、ごめん魔術士くん。なんかついていけなくて」
まさかこの快楽殺戮集団の1人と同じ感想を持つ日が来るとは。
しかし今は時間がない。ファジーにウォッシュさんへ命令を送ってみよう。
「リファっ、出来るだけ俺にしがみついて」
「は? そういうのセクハラですよご主人さまっ」
「全員密集、方舟」
「えっ、姉さん本気ですか?」
「な、なによっ、そんなにやばいなんて冗談じゃないんだからね!」
「いくら強くなったからって命懸けで身を守るなんて性に合わないんだからぁ!」
「これで死ぬのもまた一興よっ。生きて戦場で死にたいならあんたたち集中しなさいよね!」
珍しく、いや初めてだろう。命令を受ければ嬉々として戦死する森の乙女が、長であるウォッシュさんの指示にツッコミをいれるのは。そんなに防御は嫌なのか。そして命懸けの防御ってなんだよ。
そんな俺の疑問はすぐに解消されることになる。
方舟とやらが発動したからだろうか。俺たちのまわりに微風と湿気で満ち始め、やがて周囲の床が砕けて破片が俺たちを囲み始める。妙な熱を感じて上を向いてみれば、火球が轟々と燃え盛っていた。
「これ大丈夫なんですかブレーー」
「あっ、見てくださいご主人さま。お花〜」
リファの声につられて足元を見ると、色とりどりの花だけでなく背の低い木まで生え始めている。それだけでなく黒いライオンのような生き物までいる。
「うお! ローブラットさん、ローブラットさんじゃないか!」
「あ、そういえばなんなんですかその変な生き物。ず〜っとご主人さまの背後にいましたけど」
マジか。いつの間にかいなくなったから逃げ出したと思っていたが。意外と律儀なのかもしれない。
「成功したみたいね。これで我々の安全は保障されたも同然よ。やれやれ」
どこにでもいる主人公のやれやれとは違って、ブレインさんみたいないつ死ぬか分からない人のやれやれでは重みが違う。本当に助かったか3秒後に全滅かのいずれかだろう。
「ブレインおねーさん! なんなんですかこの居心地の良い自然豊かな空間はっ。血で血を洗う迷宮はどうなったんですか!? 世界を破滅に導くリファの可愛いペットはどこですかっ」
「ここは絶対に安全な部屋、みたいなものね。その辺の水は飲めるし、食用の植物もあるわよ。方舟を発動させて死んだものはいないというのが私たちーー」
ドォン、と遠くから音が聞こえてくる。
「……姉さん方、この方舟の中で外の音が響いてくることなんてありましたっけ?」
「ありえないとは言い切れないんだからね!」
「昔あった大戦では聞こえたらしいんだからっ」
「この空間が破られるってことはいずれにしても殺られてるんだからぁ! 安心しなさいよぉバカッ」
安心していいのか悪いのか。
考えるのもダルくなってきたので、俺はいつの間にか生えてきたふかふかの芝生の上に座り込んだ。お、いい座り心地。
俺は悪霊を生み出し、リファはよく分からないバケモノを生み出した。いやリファのオーダーによるバケモノがきちんと生まれたかはまだ分からないけど。
生み出したものが何をするのか、何に使われるのかなんて俺は知らない。誰も知らない。邪神ですら分からないだろう。それは生まれたものが、そして使う者が考える事だ。
遠くの方で何が破裂するような音が聞こえる。
それは俺に関係のない事だ。




