宰相ケインの焼失
【前話未公開シーン】
「リファちゃん。魔術師くん抜きで迷宮のこんな奥深くまで勝手に来たら怒られるんじゃないかしら……」
「まっさか〜。ご主人さまはこのリファに首ったけなんですから何したって怒りやしませんよっ。お! なんだか迷宮の雰囲気が変わってきました!」
「いや、ほんとに。たぶんレーンの鷹とか聖焔騎士団ですらこんな深部には来てないし……」
「なによっ。今の私たちに敵なんかいないんだからね!」
「そうよ! 多くの同胞を喰い殺したあの化物もさっきの初めてみた化物もズタズタにしてやったんだからぁ!」
「ふははは! どうやらリファ達は強くなり過ぎてしまったようですねっ」
「姉さん達もリファちゃんもすっかり調子付いちゃって。クイーンの迷宮の奥深くに眠ると言われる悪魔の力にでも取り憑かれたんですか?」
「そんなかっこいい噂が!? テンション上がってきましたっ。では悪魔の力とやらをご主人さまへのお土産に……いえ! 悪魔の力をいただいてパワーアップして帰って、このリファがご主人さまを従えてやりますかっ」
前門のクイーン王国騎士団、後門の聖焔騎士団である。
ケイン宰相が兵士を従えて先陣を切ったと同時に、お嬢さまも迎撃するために舞台を前に出した。事情を知らない人がこの光景を見れば、みすぼらしいローブを着た俺が挟み撃ちされているようにしか見えないだろう。
絶体絶命、いや絶対絶命しそうな状況だが、どうにもこうにもリファが気になって仕方がない。
悪魔の力ってなんだよ。っていうか森じゃなくてクイーンの迷宮に避難したのか。それにしてもさっきウォッシュさんの目を通して見た迷宮の光景は、見たことがないほどに禍々しい感じだったんですけど。もしかしなくても迷宮の最深部なのか。主人公抜きで迷宮の最深部なのか。最近はこんな意外性が流行っているのか。どう考えても悪ノリじゃないのかこれ。リファは森の乙女の皆さんを率いて何に突撃していたのか。迷宮のラスボスか。俺抜きでラスボスなんておかしくないですか。
「この自主検閲が自主検閲を受精して生まれた自主検閲魔術師めが! ここでその首以外を叩き潰し、貴様の母親である自主検閲の自主検閲へとその細首を押し込んでくれるわッ」
「全体、一番近い敵兵をそれぞれに狙いなさい。一応、魔術師には当てないように。……撃て」
ケイン宰相のいまだかつて聞いたことのないひどい罵倒と、お嬢さまのクレバーな号令が聞こえる。
俺はリファに想いを馳せながらもケイン宰相に背中を向け、お嬢さまに向かって走り出した。
横に長く並んだ聖焔騎士団がほとんど一斉に炎の神聖魔法を放つ。まるで炎の壁だね。しかし邪神にもらったローブを着ていれば、炎の壁を突っ切ってもぜんぜん平気なんだ! やったね。
「ぐおっ!? 思ったよりも熱いな」
「さすがに死んだかと思ったけどよく生きていたわね、魔術師。しかも足が速いわね」
「それはもうお嬢さまのためなら火の中壁の中を駆けつけますよ」
「うふふ殺しがいのある子って好きよ」
お嬢さまが機嫌良さそうに微笑む。なんかこうグッとくるね。よくわからないけどお嬢さまの好感度アップかな。
「数が少ないと思っていたけど装備を揃えた精鋭ってわけね」
「全然効いてないじゃないですかお嬢さま。聖焔騎士団って雑魚いんですか?」
賢そうな顔でつぶやくお嬢さまにもっともな意見を言う俺。
実際、王国兵達は炎で全体的に焦げた感じはあるが、突撃の勢いが衰えた様子はない。
「いやだから……もういいわ。魔術師、なんとかしなさい」
お嬢さまをメロメロにするためにもここは活躍したいところだけど、こんな大勢に呪いをかける事ができるのかしらん。失敗したら怒られそうだしなあ。軽い感じで断っておくか。
「いやーさすがにちょっと無理っすね」
「そう。尻尾は見せないのね」
「なんの話ですか?」
「全体もう一度撃った後、前進!」
こうして敵味方入り乱れての乱戦が始まった。近代的な戦闘がどんなものなのかは知らないけど、ここでやってる戦争はかなり原始的なんじゃないだろうか。みんなそれぞれに肉弾戦をやってる感じというか。
ケイン宰相もお嬢さまもそれぞれに前に出て戦ってるのも信じられない。指揮官ってそんなことしたらダメなんじゃないのか。敵だって指揮官を狙いに殺到しそうだし。
「悪魔に仕えし魔術師よ! 我こそは誇り高きサン家のーー」
妙にかっこよく剣を振りかざして挨拶してきた王国兵士にナイフを投げて黙らせる。
やっぱり戦争ってのは危ないなあ。さりげなく安全そうな後ろの方に移動していたのに、さっそく敵に襲われたし。念のために粘着ストーカーも発動させておこうか。いきなり背後から襲われても嫌だし。
「おおっ。このヌルッと発動してチャキっと映る感じは……!」
思わず独り言を言ってしまうほど粘着ストーカーがスムーズかつ鮮明に発動する。
今までよりも集中力を使わなくてもいい感じで、しかも把握できる人間や手に持つ武器、さらには切り捨てられた人が力を失って床に落とした武器までも分かる感じだ。
リファがラスボス戦しているようだし、俺もここで主人公として覚醒しちゃったかな、これは。リファが俺を導いちゃったかな。
「どうした? かかってこいよ」
「びびっているのか、聖焔騎士団?」
しかしこうやってだだっ広い謁見の間を把握してみるとお嬢様が率いる聖焔騎士団は劣勢らしい。
勢いに任せて突撃しただけに見える王国騎士団は、確かにケイン宰相率いる中心部隊は前に出ている。でも王国騎士団全体で見ると複雑な曲線を描いていて徐々に聖焔騎士団を包囲しつつある。
まあこの程度の人数の戦闘では包囲もなにもないのかもしれないけども。
「ふっ、無様な。その程度か聖ぶふっ」
「いいから来いよ。暇になっぐちゅ!?」
そして包囲を徐々に完成させる役割の兵士はケイン宰相直属なのだろう。絶妙にウザい声とセリフを使って聖焔騎士団達を挑発している。
戦闘能力自体はたいしたことないので俺がテキトーにナイフを投げて処理しているけど。やっぱりお嬢さまは可愛いけど指揮能力は今ひとつなのかもね。もう数で王国騎士団に負けてるし、これなら城の包囲に使った団員とスピリッツ――などと考えていた時の事だ。
乱戦のど真ん中で戦っていたお嬢さまが高々と槍を掲げる。コケティッシュな雰囲気のあるお嬢さまがかっこいいポーズをとるとなかなかサマになるなあ。
すると戦っていたり倒れていたりしている聖焔騎士団の皆さんが赤く光りだした。みるみるうちに謁見の間は赤くて熱い光に包まれ、俺はたまらず目をつむった。
「あっつ」
素直な感想をつぶやく俺が目を開くと、謁見の間にはお嬢さまと国王だけが立っていた。
「ケインまで逝ったか。火の神の神殿に伝わる禁じられた邪法……おぞましいことだ」
「禁じられた邪法? 尊い犠牲となることを志願した我が団員達による火の神の奇跡よ」
そしてお嬢さまは俺を横目で見て、いい匂いのしそうなため息をひとつ。
「もっとも焼き尽くしたい2人は焼き尽くせない程度の奇跡だけれど」
「お嬢さま! 俺の心はとっくにお嬢さまに焼き尽くされておりますよっ」
「こうなると分かっていればもとよりレットフォレストの娘と一騎討ちに臨むべきだったか。部下には悪いことをした」
王様はスラリと剣を抜きはなった。他に武器を隠し持っていないようだし得物は剣ひとつの武人タイプなのだろうか。
「そう? 国のために死ねたのだから狂心王の部下として本望でしょう?」
「部下に死ねとは教えぬ」
「生き汚いわね。それでも騎士なのかしら。……もう最後の会話はいい? そろそろ死になさい」
「がんばれ〜お嬢さま〜。全力で殺しちゃってください!」
一瞬、お嬢さまは俺に槍の穂先を向けかけたが、すぐにとてもすごいスピードで王様へと突進していく。
よくわからないけど、槍と剣では万に一つも王様に勝ち目はないだろ。その代わり槍は斧に負けるけどね。戦場の常識ですよ、常識!
こうして一騎討ちはあっけなく終わりを迎えるかと思われた。
「お嬢さま? なぜ急に立ち止まったのですか?」
「ねえ私の魔術師。ちょっとだけでいいから援護してくれないかしら」
「はあ?」
「いいから、ちょっとだけでいいから先に王に突っ込んでくれないかしら?」
ピタリと槍の射程外で停止したお嬢さまが、アゴで王様を指してみせた。
王様は静かに剣を肩に担いで立っているだけだ。しかし戦闘の機微など何一つわからない俺にも感じられる何かがある。
あまり強そうには見えない。しかし相討ちは免れないだろう。
「こんな能力あるの忘れてたわ! 絶対に嫌です。こんなものに突っ込めるのは狂心姫であるお嬢さまだけですっ」
「誰が狂心姫よ、焼き殺すわよ?」
「狂心姫じゃないですか。それとも狂信者ですか? ほらさっさと行ってください。火の神の加護のあらんことを!」
「殺すわ。火の神を茶化す奴は絶対に殺してきたの。貴方はいつも私を持ち上げていたじゃない。崇拝する私のためになら死ねるわよね?」
「お嬢さま、俺は貴女の顔や体型が好みなのであって、お嬢さまの心の有り様に膝を屈した覚えはありませんよ!」
「だったら私の容姿のために死になさい」
「お断りします。お嬢さまの容姿は俺の心の奥底に永遠に保存されておりますので問題ありません」
「だから迷宮でも私を見捨てたのね!」
「あの時は、なりふり構わずに逃げなければリファが危なかった!」
「リファと私とでは、リファが優先されると言うのねっ?」
「んなもん当たり前だろうがぁ! 調子ぶっこいてんじゃねぇぞワガママ女ァ!」
苦しめ。
「ぐはっ! ま、魔術師ぃ、この私によくも――」
苦悶に満ちた殺意あふれるキュートな目つきで俺をにらみつけるお嬢さまは、悪態を吐く途中で身体をひねって何かをかわした。
あまりにも大きすぎる隙を狙った国王が、お嬢さまに斬りかかってきたみたいだ。よくかわせたなお嬢さま。
すぐさまお嬢さまへの追撃にでようとする国王に、機転を利かせた俺がナイフを投げて牽制する。
「ご無事ですか、お嬢さまっ」
「今のは危なかった……本当に危なかったわ、魔術師」
「とりあえずまた同じ状況ですね。しまっていきましょう」
「口をしめなさい。ナイフもしまってなさい。もう期待しないから何もしないで」
お嬢様は煮え立つ何かを抑えるようにして槍を構え、再び王様と対峙した。
ついつい俺の前では強がっているみたいだけど、これでは膠着したままじゃないか。
それどころかお嬢様と王様では少し格が違う感じがする。
やっぱりこのまま一騎打ちをするとお嬢様が負ける気がする。まずいよなあ。この、ただ焦げ臭いだけではない独特の香りの漂う部屋からとっとと抜け出してリファの元へ行かなければならないのに。
焦げ臭い、か。
ふと気になった。ここで人がたくさん亡くなったわけだけど、前に使ったゾンビらしきものを生みだす呪いを使えばどうなるんだろう。ゾンビとして活動するための身体はない。そうなるとゴーストが現れる事になるのだろうか。
「さっさと降伏なさい。外に」
「死を崇めよ」
「……魔術師。いい加減にしないと先に」
「黄昏より抱きし光の白刃よ……カオス(混沌)のそのものよ! 森羅万象の根源たる世界樹の母よ!」
「な、なんなのよ? あなた本当にバカなの……?」
幽霊を見てみたい好奇心に負けて、俺はかつてお嬢様の前で見せた例の呪いを実行し始めた。
しかし悲しいかな観客は2人だけだ。それでなくとも一時的に使えるようになっただけの難しい邪神の呪いを再現するには無理があるだろうか。
『人の子よ……諦めてはいけませんっ』
邪神か。あんたこうやって俺と交信するのは困難とか言ってなかったか。
『無意味に場をかき乱し、なおかつ赤っ恥をかこうとしている人を見逃すわけにはいきませんっ』
くそっ。どこまで邪悪なんだこの邪神め。
「日処ずる所にワレハアリ・・・・・」
『ありふれた有名な詠唱をパクらないっ。改変しないっ。その程度では周りも恥ずかしくなってきませんよっ。もっと自分のオリジナルのかっこいいと思う台詞を使って! 動きも派手に!』
俺は無意味にナイフを抜き放ち虚空へと放り投げたと同時に、首を45度近く上へ向け、右手の指をわさわさくねらせつつ、左手のひらを天に向けた。
お嬢様と王様は特にコメントすることなく俺をじっと見ている。
「ヴァルハラより舞い降りし裁定者よ・・いまここに黄泉還りへの道標を飾り立てんことを誓う・・・・・・!」
『そう! 聞きかじった言葉をそれっぽく並べ立てて! ちゃんと調べずに使って無茶苦茶な宗教観を勢いでごまして! もっと恥ずかしく! もっと情けなく!』
俺が投げた呪われたナイフは空気を読んだのか知らないが何故か分裂し、謁見の間に何本も降り注ぐ。そのうちの一つが天にかざしていた俺の掌に突き刺さる。
「ぐっ・・・・・!!! うでがぁッッ これが・・・・・・・
・・・・・
・・・
痛みか ッ」
『痛ったー★ いいでしょうっ。よくある腕の痛みを精神的にではなく物理的に起こした点を評価しましょう!』
大喜びの邪神の声と共に、よく分からない重苦しい空気が流れ始めた。
俺の恥ずかしさのあまりに感じた錯覚かと思っていたが、お嬢様と王様も不審げにあたりを見回している。
「なによ……これは。魔術師ぃ! あなた一体なにをしでかしたのよっ」
目がちかちかして自分ではない誰かの気持ちが流れ込んでくる。よし、いい感じに俺も主人公らしき覚醒じみたシーンに突入してきた。
リファには悪いが、今まで目立てなかったぶん、ここでド派手にきめてやろうか。そう、この物語の主人公は――
「すべての陰謀は聞かせてもらったわ! クイーン王国はここで滅亡してもらう!」
突如として謁見の間に入ってきたナツメさんは地の神の巫女ハウエルさんを小脇に抱えていた。
嫌な流れだ。




