偽悪者と真悪者
<今回の主なリファ>
「もーなんでこんな森なんかにいるんですか。ご主人さまいないとつまんないですよほんと。あ、森のお姉さん。持ってきてくれましたか。そうそうそれです。もしかしたら掘り出し物かと思ってたんです。あ、ここですか。こっちはですね〜。あ、焼け焦げたとこ発見ですっ。……ふむ。やっぱり足りませんね。私としたことがうっかりミスですっ。それでは気を取り直して目的地に向かいましょう!」
※今回のリファの出番はこれだけです。大変に申し訳ありません。
「団長。王城の包囲、完了致しました」
「そう。ねえスピリッツ、あの安っぽい城には抜け道や凝った侵入者撃退用の仕掛けは無いのよね?」
「……だと思うけどね。王国に滞在してた時に部下が調べたところによるとそうさ。あたしが王国を離れた短期間の間に何かあったら知らないけどね」
「ふざけた城ね。狂心王にふさわしい平屋だわ。魔術師、城内の敵兵はどう?」
どうって言われてもなあ。
「けっこういますよ、たくさん」
俺の誠心誠意の的確な返答に、お嬢さまは火球で応えた。
「ばか。ほんとばか。城内のどこかで待ち構えているのか、待ち構えているならどの程度の規模なのか。ヴェルヌは捕らえたけれど、まだ狂心王やケインは捕縛できていないの。城門前に敵兵が見えない今、どの程度の組織的抵抗が予想できるかどうかが大事なの。それとも魔術師の能力ではわからないのかしら?」
じゃあそう言えばいいのに。わがままなぷりちーお嬢さまに付き合うのも大変だなあ。
神経を集中させて粘着ストーカーの能力を発動させると、城内でかたまって動いている兵士はあまりいない。1つ2つとはぐれている兵士は、黒い獅子のせいで昏倒している兵士か。
誰かに統率されているらしき集団は2つだ。順当に考えると1つはケイン宰相で、もう1つは国王だろう。場所は謁見の間と、国王と初めて会った執務室らしき部屋とそこへ至る廊下だ。
戦っているような動きではなく、じっと待機しているからナツメさんとコリン代表は無事に脱出したのだろう。
もしくは死んだり捕まったりしたか。
「ふっ、我が極上の暗黒力によれば、たぶん謁見の間で待ち構えているみたいですね……。先ほどお嬢さまに報告しました通り、倒れている兵士も多いもようです」
「キャラを作るなら最後まで作りなさい。逆にイライラするわ。あともっと正確には分からないの? 簡単な地図ならあるのだけれど」
「クックック……我が闇魔法をもってしてもここまでの情報が限度。これ以上はさらなる上質な闇ーー」
「できないのね。まあいいわ。いえ、おおいに結構よ。これだけ情報が揃って破れるのであれば、それは火の神の思し召しということね」
粘着ストーカーにしろなんにしろ自分の能力をフルオープンにするのはよくないよね、たぶん。
えーっと状況を整理しよう。ナツメさんの安否確認とできれば安全の確保が絶対条件なんだよね。ナツメさんが死ねば(たぶん)俺が邪神に消される。だからたぶんナツメさんはまだ生きてる。
しかしナツメさんと一緒に城を脱出しなかったのはまずかった。しかもすぐにとって返すでもなく飯に行ってしまうとはなんたる不覚か。でもリファがお腹すいたって言ってたんだから仕方ないか。
ナツメさんはなぜ別行動を提案してきたのだろうか。本当にコリン代表を迎えに戻っただけなのかな。どうも不自然な動きだった気がしてきた。
どうせならナツメさん達を連れて、なりふり構わず邪神の力をフル活用して強引に脱出すれば良かったか? でもケイン宰相やらヴェルヌさんがもしも何かの切り札を持っていたらどうなる。そしてその切り札が俺に有効だったら? そう考えるとある程度以上の強さを感じる人相手には力押ししたくないんだよなあ。
よし、やはりごちゃごちゃ考えても仕方ない。邪神さまの力を信じて流れに身を任せよう。信じたくねー。
「処刑将軍は無事に生け捕る事ができたから、残りの敵幹部を無理に生かす必要はないわ。突撃班は私に続きなさい。包囲班はスピリッツに任せる。魔術師、あなたはその魔獣と一緒に私達の前に立ってもらう」
お嬢さまはなかなか堂に入った指揮をとっているように見える。それにしてもお嬢さまってばヴェルヌさんを生かすつもりだったんだな。じゃあさっきの悪趣味な遊びはハナっから冗談半分だったわけだ。俺は本気だったのに。
って、ちょっと待て。
「俺が先頭? 魔術師なんかが一番槍をとったら聖焔騎士団の皆さんに悪いので遠慮しますよ」
「あら遠慮はいらないわよ私の可愛い魔術師さん。謁見の間まで案内お願いいたしますわ。……途中で逃げようとしたり、謁見の間に誰もいなければ焼き尽くす、のは難しいみたいだから突き殺すわ」
お嬢さまの上品な笑顔と共に高級そうな槍がギラリと光る。さっき焼き尽くされたスピリッツさんの安そうな槍とは大違いだ。
これでどさくさに紛れて逃げる予定がパァだ。なぜお嬢さまは俺を信じてくれないのか。人を信じられる人間こそが強いって事をまったくお分かりでない。
無駄に集中力を使う粘着ストーカーを使って城全体の状況を探りながら、先頭を務めろって何その無理ゲーは。
「きゅ〜ん」
俺の不安を感じとったのか、励ますように鳴く新しい邪神サイドの同僚さん。幸い、この黒い獅子は俺の言う事を理解……しているのか分からないがおとなしくついてきてくれていた。
欠片も価値の無い人だったけど、こうなると結構かわいいよな。俺はもともと猫とか好きだしね。頑張ってこの子も生き残らせてリファに見せてあげよう。
黒いライオンちゃんにほっぺを舐められてくすぐったがるリファか。やべえ、なんかやる気でてきた。
それにお嬢さま達は反クイーン王国の勢力だ。協力を頼めばナツメさん確保のために共闘できるんじゃないか。
「張り切るのはかまわないけどね団長、冒険者組合のお偉いさんも助けないといけないんじゃないのかい?」
「ああ、そういえばそうね。でも戦場では何が起こるか分からないわ。最優先事項であるクイーン王国の占拠さえ達成すれば申し訳はいくらでも立つわよ」
よしっ。誰一人信用できない。頼れるのは己のみだね。
◆ ◆ ◆
「我がお嬢さまが、いや姫さまが率いる聖焔騎士団に敵無し! 姫さまに体を捧げよ! 全軍突撃!」
「誰が姫よ。突撃するのは魔術師と連れの魔獣だけよ。この魔術師は何をしでかすかわからないからあまり距離を詰めないように。魔術師は駆け足進め。前へ……進め」
せっかくなのでテンションアゲアゲで突入シーンを盛り上げたのにお嬢さまはお気に召さないらしい。振り返って後続を眺めてもお嬢さまを先頭に整然と行進している。
仕方がないので俺と黒獅子さんは駆け足気味に先行する。
「これってもう部隊に組み込まれたというより、生贄に近いと思いません?」
「がう」
「粘着ストーカーによると謁見の間まではちらほらと兵士がいるくらいなんで安心ですけどね。ローブラットさんなら謁見の間までの道に詳しいですよね」
「ふしゅるる」
「おお、鼻息も荒く張り切ってる。よろしくお願いしますよ。もしかしたら単独行動している強敵がいるかもしれませんから注意してください」
「がう」
お嬢さまに謁見の間に敵集団ありと言ってしまった以上、そこへ進まざるを得ないわけで。
お嬢さま率いる突撃部隊からは離れているとはいえ、しっかりと視認できてしまう距離を置かれている。城門から大きな廊下で謁見の間まで行けてしまう構造が恨めしいね。侵入者に王の位置がバレバレじゃないか。セーブしにきた勇者には良いだろうがな。
「あ、ローブラットさん。誰かが脇道から突っ込んできますよ、っていねーし」
さっきまで先導してくれてたのに。結局、こんな一本道なら案内なんていらなかったし、やっぱりローブラットさんはローブラットさんでしかなかったか。
「何者だ、止まれ! ……あなたは顧問魔術師殿? 一体、何があったかご存」
いきなり話しかけてきた城の兵士は、言葉の途中で急に黙り込んでしまった。いや、黙り込んだというより発声できなくなったのかもしれない。突然、兵士の背後に現れた黒獅子にかぷりと首を噛まれてしまったからだ。
そう、ガブリとかボキリという感じではない。黒獅子は、たいして気合いを込めていないように、かぷりと首を噛んで兵士をスムーズに引き倒す。そして全身の体重をかけて兵士を押さえ込んでしまう。
「お、おお〜! そんなローブラットさん、そんな……ええー。いや、それはちょっとグロテスクな。ひっ。すいませんね兵士さん。俺としても城内の状況を聞くために生かしたかったんですが」
「がう?」
「いやいいです。いりませんからお好きにどうぞ。あれ、もう満足したんですか?」
「けぷ」
「お、おう。じゃあ先を急ぎましょうか。お嬢さま達が遠巻きにドン引きしてるのに落ち着いて腹ごしらえとかできませんよね」
まあくだらないゲームやらアニメの真似みたいな猟奇的な犯行よりいいよね。黒獅子さんにとっては食事の為の行為でしかないわけだし。残したのはちょっと減点だけども。人間なんてしょっちゅうやってる事だしね。うん。
その後も2、3回くらい敵と遭遇したが、組織的な攻撃ではなかった。状況を飲み込めず狼狽える兵士など俺と黒獅子さんの敵ではないわけで。
「魔術師殿か。思いの外早かったな。ヴェルヌは討たれたか」
あっさりと着いた謁見の間で待ち構えていたのは意外にも王様とケイン宰相だった。
「いえ、ヴェルヌさんは生きてますよ」
「そうか。死して役目を果たす男と思ったが見誤ったか。魔術師殿にしてもそうだ。狂心王と呼ばれて恐れられても老いには勝てぬか。なあケイン?」
「呑気に話している場合ではありませぬぞ王! この小僧どもは抑えますゆえ、早く巫女殿の元へ!」
王様は冷ややかに笑っているが、ケイン宰相はかなり焦っている様子だ。
巫女ねえ。誰のことだろう。これまでに脇丸出しの女の子なんて見た覚えがないからなあ。また新キャラかな。
「全体、止まれ。……邪悪なる狂心王よ。処刑将軍ヴェルヌはすでに捕らえたわ。貴様達には臆病なる降伏か名誉ある幕切れが用意されているの。どちらを選んでもかまわないわ」
「ええい黙れっ。そこな薄汚い魔術師ごときにほだされた挙句に捨て去られた惨め極まりない情婦め! 懲りもせず捨てられた男の後ろから何をほざくか! 暑苦しいだけの神は未練がましい売女になれと説くのかっ?」
ケイン宰相の口が悪いのは知ってるけど、俺にまで被害が出そうな言い方はやめてほしい。マジで。
案の定、お嬢さまは青筋を立てて俺に命じた。
「私の可愛い魔術師さん。あの悪魔の首を持ってきなさい、一刻も早く」
嫌だなあ。ここまで危険を顧みずに先導したんだから後はお嬢さま達でなんとかすればいいのに。
まあせっかくだからてきとーに場を温めておくか。王国の最後かもってシーンだしね。
「ククク……全ては思い通りだ。クイーン王国、聖焔騎士団、レーンの鷹、その他の雑兵どももな。もう少しだ。これでまた闇に堕する地がまた一つ」
「魔術師ィ! 貴様、ごちゃごちゃと訳のわからぬことをっ。王への恩を忘れ好き勝手しおって! 今からでも遅くはない! そこの売女を始末すれば命だけは助けてやろう!」
「ん? ああ、そういえばまだ生かしておいてやったのだったな。ゴミども、貴様らもなかなか良い手駒だったぞ。褒美に我が闇の奴隷として飼ってやろうか? それとも何か俗物めいた物を恵んでほしいか?」
俺のその場で思いついた意味ありげなセリフに、表情を変えずに殺意を膨らませる王様とあからさまに激昂して何かを喚き散らすケイン宰相。
「死を望むか。よろしい。この国の薄汚い迷宮にはない、真なる闇の迷宮に送ってやろう。なに、送り賃は貴様らの粗末な首でかまわんよ」
「……殺せ」
堪えきれなかったのかケイン宰相が周囲の兵士に攻撃を命じる。
そんなに怒らなくてもいいのに。いやだねえ殺伐としちゃって。それでなくてもリファがいなくて乾いたシーンが続いてるのに。なごみ要素はこのおっきな黒猫ちゃんだけっていうね。
そういえばリファの様子なら呪って操ってるウォッシュさんを通して見ることができるよな。再会まで時間がかかりそうだし、ちょこっとだけ覗いてみるか。
◆ ◆ ◆
「ついにここまで来ましたか……それではクイーンの迷宮の最深部にあるという悪魔の力とやらをいただくとしましょうっ。全軍突撃です!」
「チャアァァァァジ!」
「ウーランリファッ」
……リファさんっ!?
<お詫び>
今回のリファの出番は前書きのみと記載しておりましたが、主人公の一身上の都合につき今話の最後にも登場致しました。大変に申し訳ありませんでした。
今後とも邪神様の仰せの通りをよろしくお願い申し上げます。
内村 ちょぎゅう




