助太刀
クイーンの迷宮は国によって管理されている。
国はクイーンの迷宮から這い出てくる魔物をを排除したい立場にあり、迷宮に潜って魔物を討伐してくれる冒険者を優遇している。
迷宮内での罪は一切問わないというのは異常だが、それだけありとあらゆる戦力を投入したいということなのだろうか。
実際、聖焔騎士団のようなまっとうな集団から、悪名高い盗賊団まがいの一団まで活躍しているそうな。
クイーンの迷宮の奥には神の奇跡が眠っていると言われている。
しかし誰が確かめたわけでもないのに、そんな噂でよく命を賭けるよな。
「すごいですっ 斬っても斬っても全然疲れませんよ!」
リファは嬉々としてロンリーウルフを狩っている。
クイーンの迷宮の入り口付近はあまり魔物も強くない。
俺が初めて襲われた魔物も、ロンリーウルフと言って、かつて狼の群れでリーダーをやっていた年老いた狼らしい。
精強だった狼も寄る年波に勝てないらしく、狼にしてはかなり動きがにぶく力も弱い。
しかも群れで若い新たなリーダーに半殺しにされて、迷宮の地上部に追い出されているので、余計に弱っている。
「あははは♪ 楽しいですね、ご主人さま!」
「そ、そうね……」
ドン引きである。このリファのハイテンションも呪いなのだろうか。
はじめ会った時は、おとなしそうな子だと思ったんだが。
たまにリファが怪我を負いそうになるので、適当にナイフを投げてフォローしてやっている。
どうも邪神に魂を捧げるには、呪われた武器で倒せばこと足りるらしい。
さっきから主にリファが魔物を倒しているのだが、邪神の呪いが強まってきているのが分かる。
「これなら今からでも奥に行けそうですねっ」
「だめだ」
「えー」
調子こいているリファだが、俺たちは邪神以外からは一切加護を受けられない。
緊急脱出用の非常口はもちろん、市販されている回復用のポーションとやらも効き目がない。
基本的に回復魔法とか回復アイテムは神々の祝福によるものなのだそうだ。
光の神々と呼ばれる光・火・水・地・風をはじめとする多くの神々の奇跡によって、人々の生活は成り立っている。
単なる魔法としての回復手段もあるのかもしれないが、少なくともこの町では売られていない。
「回復手段が呪われた武器だけって……」
リファの呪われた紙の大剣も、斬った対象から生命力的な何かを吸収するものらしい。
あの邪神のことだから邪神魔法だか邪悪魔法だかには、素直な回復手段などあるまい。
傷を治す代わりに病気になるとかそういう扱い辛いものだろう。
とはいえ頼れる神は邪神のみ。
きっちりと地獄に魂を捧げて強力な呪いを得るべきだろう。
「ご主人様、いま何か悲鳴のようなものが聞こえませんでしたか?」
「え、いや聞こえなかったが」
俺たちがいるのはクイーンの迷宮の入り口すぐ近くだ。
入り口を監視するための、兵士たちの詰め所すら見える安全安心な位置で演習中だ。
こういう時にゲームだったら、便利なマップとかがあるんだろうが。
『粘着付きまといは邪神の十八番ですよっ』
どこからか邪神の声が聞こえた。
同時に周囲の人間と魔物がどこにいるかがなんとなく頭に入ってくる。
「な、なんだこれは」
「?」
リファは怪訝な顔で俺を見ている。
いや迷宮の少し奥。前に盗賊たちに襲われたさらに先に5人ほどの人間が固まっている。
そして人間たちに群がる魔物。その数20……いや30ほどか。とにかく多い。
「なるほどな。これはストーカーや空き巣が使う技だわ」
むしろ真っ当な神々では信者に与えない能力だろう。
しかし30か。種類までは分からないがこれは手に負えないだろう。
「俺たちが初めて会った場所の奥だな。5人くらいの人間が襲われているようだ」
「えっ、そこまで分かるんですか?」
「ああ。闇魔法の奥義でな。魔物は30ほど」
危険だから今日は帰ろう、と言いかけたのだがリファの動きのほうが速かった。
「これはチャンスですよご主人様! さあいざ行かん!」
武士かよ。
止める間もなく走り出すリファ。
さっきの感じからすれば大丈夫だと思うが万が一ということもある。
リファを失うのは痛いし、そもそも知った顔を見捨てるのは後味が悪い。
俺は覚悟を決めると一足遅れてリファを追いかけた。
◆ ◆ ◆
昨日に引き続き、再び血の匂いがした。
洞窟と洞窟の切れ目になっていて、雪で積もり風が少し吹いている。
5人の兵士たちは崖をつなぐ橋の真ん中に追いつめられていた。
橋の両側には狼の群れが陣取っていて、空にはでかいカラスの化け物が5匹ほど飛び回っている。
「黒衣の魔術師の従者リファ! 助太刀しますっ」
「おう! かたじけない!」
だから武士かよ。
いかつい鎧姿のロンゲのおっちゃんがリファにこたえる。
この人が隊長か。
リファに後ろから黒い紙の大剣を叩きつけられた狼は、一撃で息絶える。
俺たちの方に向かってくるのは10匹ほどか。
すぐさま兵士たちから俺たちに狙いを切り替えてきた狼。取り囲むように動き始めるがそうはいかない。
「フォローは俺がする。リファはてきとうに突っ込め」
「了解しました!」
なるべく狼全体を見据えつつ邪神に念じる。苦しめ。
祈りは届いたらしく、狼たちの動きが目に見えて鈍る。2匹ほどは嘔吐まではじめた。
リファは機に乗じて大剣を振り回す。
斬るというより叩き潰す感じで確実に狼の数を減らしていく。
なんだか紙の大剣の威力がかなり上がってないか?
呪いの力ってすげー。
「上から来るぞ!」
隊長らしきロンゲのおっちゃんの警告が俺たちに飛ぶ。
カラスの魔物がリファに目掛けて急降下してくる。
俺は狙い済ましてナイフを投げつけカラスを仕留める。
いつから俺はこんなピッチングコントロールがよくなったのか。
「ありがとうございますご主人様っ」
たぶんリファなら反応できただろうけどな。
なんにせよ呪いで、リファは昨日とはまるで別人の強さになっている。
狼もカラスも武器なしで殴り殺せるだろう。
いつの間にか手元に戻っている呪いナイフを不気味に思いつつ、狼とカラスを殲滅し終わる。
「こっちは片付いた! 早く橋のこちら側へ!」
「よし! 殿は任せよ。全員、魔術師殿の方へ!」
ロンゲのおっちゃんの号令のもと、兵士たちは俺たちのほうへと駆け出す。
呪いで辺りの様子を探るが、出口まで敵はいないようだ。リファがあらかた片付けたからな。
「そのまま出口まで駆けて! あとはあんたらの隊長と俺たちでやります」
「し、しかし」
戸惑う兵士の出口の方へと追いやる俺。
「あんたらをかばいながらだと戦い辛いんです! さあっ」
「……! す、すまない」
兵士たちを追いやったと同時にロンゲのおっちゃんもこちら側にやってくる。
「すまないな黒衣の魔術師殿。私はヴェルヌ。王国騎士団の団長だ」
思ったよりもお偉いさんだった。
しかもリファが名乗った俺の異名まできっちりと覚えてくれている。
「ご主人様っ、なにかすごいのが来ますよ!」
「すまぬがあれはここで倒さねばならない。お二人には付き合ってもらいたいのだが……」
リファの言うとおりすごいのが来ている。
なんだあれ。
鬼?
いや悪魔か。
角の生えたでかい牛が二本足で歩いてきている。
「レッサーデーモンだ。あんなものはこの辺りにでるはずないのだが」
本当に悪魔でした。
レッサーってこれで小型なのか?
どう見てもラスボスの第1形態だぞ。
「レッサーデーモンってのは火とか吹くんですか?」
「火は吹かんが魔法を使う。どうやらあの個体は氷の魔法を好んで使うようだ」
ヴェルヌさんは片手剣と盾をかまえて前にでる。
カラスと狼はすでにヴェルヌさんが片付けてくれたらしい。残るはこいつ1匹だが……。
レッサーデーモンは俺よりも強い。おそらく殺されるだろう。
「リファ! 前衛はこのおっちゃんに任せて下がれ!」
「い、いやですっ」
「言うことききなさい!」
「いやですー!」
この子、さっきからやけに好戦的だぞ。
身体能力が強化される代わりに、闘争心が抑えられなくなる呪い……?
たぶん一撃もらったらアウトなのにまずいな。
レッサーデーモンはいつまでも待ってくれずにぶっとい腕を振り上げて殴りかかってきた。
「従者殿には攻撃をいかせんよ! 来い醜い悪魔め!」
ヴェルヌさんが盾でレッサーデーモンの攻撃を受けて、さらに反撃で斬りつける。
リファも敵の背後に回りこんで攻撃を叩き込んでいる。
このヴェルヌさんが敵の注意を引きつけてくれているうちはなんとかなりそうか。
「魔術師殿! 早く援護を!」
分かってはいるがこいつに呪いは効くのか?
とりあえず……苦しめ。
俺の祈りにレッサーデーモンは悲鳴をあげる。
しかしそれも少しの間だけで、すぐに平気になったようだ。
怒りに燃えた瞳で俺を見据えると、おぞましい叫び声をあげる。
「氷の矢だ! 来るぞ!」
ヴェルヌさん、見ればわかります。
3本ほど出現した氷の矢が俺に目掛けて飛んでくる。
無様に転がって回避したが、たぶん直撃してもローブでなんとかなりそうだ。
やばいのはあいつの腕力に任せた打撃だな。
「苦痛くらいではあんまり効き目が無いみたいだし……どうすれば」
新たな呪いが必要だ。
あいつの太い腕をどうにか――そう腕だけでも腐り落ちれば。
「きゃあ!」
リファの悲鳴で我に帰る。
見てみると突如、振り向いたレッサーデーモンの大振りの攻撃で、リファは体勢を崩している。
レッサーデーモンは尻餅をついたリファに再び拳を振り上げ、叩きつけようとしている。
一か八か。
腐れ。
「リファ、敵の腕に武器を叩きつけろ!」
俺の言葉にリファは紙の大剣を振り上げる。無理な体勢からの力が乗っていない一撃でレッサーデーモンの腕は宙を舞う。
「見事!」
ヴェルヌさんは、腕を失って悲鳴をあげるレッサーデーモンに盾で殴りかかる。
頭を盾で強打されふらつく相手にヴェルヌさんは止めの一撃を放った。
レッサーデーモンは地響きをたてながら倒れ伏した。
「今のは魔術師殿の――」
「危ない!」
俺に振り返って話しかけるヴェルヌさんに、倒れたレッサーデーモンが襲い掛かる。
大きく口を開いて、足を噛み千切るつもりか。
すんでのところで投げた俺のナイフを眉間に受け、レッサーデーモンは今度こそ息絶えた。
「な、なんという生命力か。いや心から礼を言わせてもらおう黒衣の魔術師殿とその従者殿」
「いや俺は別に。クイーンの迷宮というのはこんな魔物がごろごろいるんですか?」
「うむ。しかしこんな上層でここまで危険な魔物がでるなど初めてだ。よほど地下深くに潜らなければ出会うはずもないのがデーモンなのだが」
不思議そうに首をかしげるヴェルヌさん。
そりゃそうだよな。
こんな化物が雑魚敵レベルなら俺はもう道具屋か何かで生計をたてるわ。
「ご主人さまー♪ やりましたねっ」
「……リファ」
ぱたぱたと駆け寄ってくるリファに俺はゲンコツを落とす。
「!?」
涙を浮かべて頭をおさえるリファ。
かわいい。
いやかわいいじゃなくて。
「俺はヴェルヌさんに任せて下がれって言ったよね?」
「は、はい。でもっ」
「さっきのレッサーデーモンの一撃。一発でも食らっていたらどうなっていたと思う?」
「い、いたかったかなーって」
「痛みも感じずに死んでるよ!」
「あいたー!?」
もう一発ゲンコツをふらしておく。
痛みで転げまわっているが仕方ない。反省してもらわないとな。
「ま、まあまあ魔術師殿。リファ殿は城の兵士よりもよほど頑張っておられましたし」
「頑張ったから褒められるのは三歳児までですよ。死んだらそれまでだって。これが分からない奴とつるむつもりはありません」
俺の言葉にヴェルヌさんは少し真剣な表情でうなずく。
「ごめんなさいご主人様……」
「うん。でもヴェルヌさんの言うとおり、よく戦っていたな。よくやったリファ」
「ご主人さまぁ」
抱きついてきて俺の黒いローブに鼻水を押し付けてくるリファ。
しばらくリファの頭を撫でてやっていたが、咳払いをしてきたヴェルヌさんにはっとさせられた。
「とりあえず私は城に帰還しますが、出口までご一緒しませんか」
「そ、そうですね。ほら行くぞリファ」
「はいっ、ご主人様!」
道すがら聞いてみたのだが、ヴェルヌさん達も非常口が発動しなかったらしい。
なにやら迷宮の気配が変わりつつあるらしく、禍々しい気配が強まっているとか。
不穏な気配を感じるとの報告を受けて、とりあえず安全とされる階層を調査し始めたヴェルヌさんたちを待ち構えていたのがレッサーデーモンだったらしい。
10人ほどの編成で向かった調査チームはあっという間に半壊。
なんでも人数が多すぎたせいで、逆に魔物たちの注意をひいてしまったらしい。
「レッサーデーモンもそうですがあのダークウルフの群れ。あれとて地下5階をうろつく魔物のはずなのだが……」
やはり色々と迷宮はおかしくなっているらしい。
しばらくは上位の冒険者を除いて探索を自粛させる事も検討しているらしい。
「そういえば昨日、私たちも非常口が使えなかったんです。ね、ご主人様?」
「ああ、そうね」
ごめん。
それは俺の、いや邪神のせいです。
「元よりクイーンの迷宮は光の神々の力が届きにくくなるのは確認されているのだ。しかし非常口だけは絶対に発動するように、強力な神聖魔法が付与されているはずなのだが。これは由々しき事態ですな」
もしかしなくても一連の異変って邪神のせいなんじゃ。
そんな心配をよそに、俺たちは無事に迷宮の入り口にたどり着いた。
ヴェルヌさんは爽やかな笑みを浮かべ、握手を求めてきた。
「黒衣の魔術師殿。貴公のおかげで私も無事に生きて出られ、部下を助けることができた。いやそれだけでなく、あのレッサーデーモンを放置していれば多くの冒険者が命を落としていただろう」
「そ、それほどでもない」
「この礼は必ず。王から直接褒美を与えられるよう働きかけましょう。いやヴェルヌ個人としてもこのご恩は忘れませぬ」
め、目立ちたくないんですけどー。
詰め所にいた兵士やら、騒ぎを聞きつけた冒険者たちが何故か拍手をしてくれていた。
「見ろよあれが黒衣の魔術師だ」
「レッサーデーモン相手にローブ一枚って……」
これはもう火あぶりも時間の問題かもわからんね。