後始末
「我々は降伏します。我々の傘下になっていた者達も同じです。シュウさんを倒せる人間に逆らう気はありません」
あの異世界人の男はシュウさんという名前だったのか。
あれからシュウヘイさんの装備を何個か奪って、盗賊達に見えるように持っているだけで誰も抵抗はしてこなかった。それどころか盗賊の築いた野営地らしき場所に案内までしてもらったのだが。まさか盗賊の首領から降伏されるとは思っていなかったからびっくりした。
「えーっと、結局はあなたがた盗賊さん達はどうして暴れていたんですか? レーンさんの後継者争いでもしていたんですかね?」
「いいえ、黒衣の魔術師様。我々はシュウさんを王にした国を作りたかったのです。彼ほどの武があれば、そして器があれば可能だと夢見てしまっていたのです」
詳しく聞いてみると、初めは確かにレーンさんの空けたポジションの奪い合いに過ぎなかったらしい。
しかしそんな状況のなかふらりと現れたのが3人の美女を従えた冒険者、シュウさんだったそうだ。この辺りで1番力をつけていた盗賊をたった4人で打ち破り、しかも誰1人として殺すことはなかった。その力と任侠心に感激したというこの首領は、シュウさんであればこの辺り一帯の盗賊をまとめあげる事も夢ではないと感じたそうだ。そして脛に傷持つ人間達を集め、1つの街を、そしていずれは国とまで夢想していたのだとか。
まあ分からないでもない。俺も寝る前にそういう妄想をふくらませて楽しむ時があるし。
「それはなんとも……惜しい人を亡くされましたね。それで盗賊の国という夢はどうされるので? 王様候補はいなくなりましたけど」
そう言って、俺はシュウさんの遺品である剣やら靴を地面に放り出した。
「我々はもうそんな野望など一生持つ事はないでしょう。私如きが狂心王の夢物語に届くはずもありません。どうか命ばかりはお助けください」
「狂心王?」
「クイーン王国の王様の事ですよ、ご主人さまっ。あの王様って元冒険者らしいですよ! 冒険者時代にそう呼ばれていたって習いましたっ」
物騒な異名だけど、あの王様の顔にはぴったりだな。
しかしなんとなく読めてきた。この国は冒険者が王になるというアメリカンドリームな息吹きのある土地だったのだ。だからこの首領さんもシュウさんに夢を見たと。
「本当なら王国顧問魔術師として皆さんを捕縛したいところなんですけど。この人数はちょっとね。しかも傘下の方々も含めるともっと多いでしょうし。よかったらこのまま国外に消えてくれませんか? 出来れば盗賊稼業からも足を洗ってください。そうすればこの一連の盗賊活動の活発化も沈静しますよね?」
「分かりました。傘下でない同業の者達にも伝えます。目立てば貴方様が必ずやって来ると」
「横のつながりってやつですね。あと貯め込んだ財産はできる限り置いていった方が身のためですよ。国外に出るための最低限の路銀や食料くらいならかまいませんけど」
「御慈悲に感謝します。これからはまっとうに生きていきます」
「感謝なんて必要ありませんよ。さあ俺達の気が変わらないうちに。特にこの可愛い子は俺の判断に不満ありまくりみたいなんで」
リファがぷっくーと頬をふくらませている。ああ、指で押して音を鳴らせたい。しかし俺は空気を大事にするくらいには大人だ。
「わかりました」
「あと、逃げる際はできるだけ集まってから集団で移動してくださいね。こんなこともあろうかと、王国には国外へ出て行く盗賊の皆さんは見逃してもらうようにお願いしてあるんで」
「……なにから何まで感謝いたします」
盗賊達は小さな手荷物を持って、怯えるように去っていく。リーダーだか王だか知らないが、誰1人としてシュウさんの仇をとろうとはしない。
そんなもんだよ。ド腐れどもの絆とか忠誠なんてそんなもん。
「ブレインさん」
「は、はひ!?」
もの凄く怯えた声で返事をするブレインさん。
「盗賊達の追跡をお願いします。そして集まるだけ集まったらその場での始末をお願いします」
「えっ? でも魔術師くん、見逃すんじゃ」
「あんな口約束、嘘に決まっているでしょう。食い逃げで罪人に落とす国ですよ? 盗賊に容赦なんて必要ありません。っていうか犯罪者を見逃して国外に出しちゃったらそれこそ大問題ですよ。これでちょっとは盗賊たちもおとなしくなればいいんですけどね」
「わ、わかったから……わかったからそんなに睨まないで。君、ちょっと怖いよ」
失礼な事を言いながらウォッシュさん達は盗賊達を追って行った。そう言えば、この国では逮捕権もろくに無い冒険者組合に所属のナツメさんは、どうやって盗賊退治するつもりだったんだろう。森を探索中に襲われて、やむを得ず反撃したとかそういうペテンでも使うつもりだったのだろうか。
あとに残るのは盗賊が残した大きなテント、いや天幕ってやつかな、それと俺とリファ。
さて、さてさてさて。
「あの……ご主人さま?」
「うん?」
「そのぅ」
なんだかもじもじしているリファ。
やはりリファも俺の事を怖がっているのだろうか。いや違うんだよ。人間誰しもがついカッとなる時ってあるからね。しかも、ほら、俺って呪われているじゃない。そうさっきもきっと邪神に魅入られているせいなんだよ。そういう話にもっていけないか。
リファに嫌われるくらいならもう生きていても意味ないんですけど。どうしてくれるんだシュウさん。てめえのせいで俺は取り返しの――
「ちょっとご主人さまの手のひらを私の方に向けてもらっていいですか」
「い、いいけど。こうか?」
パチン♪
「いえーい! 最高でしたよご主人さまぁ♪ 盗賊まできちんと一掃するなんて素敵すぎますっ。実は仕事もバリバリこなせるご主人さまだったんですね!」
ハイタッチ! イェーイ!をしてくれるリファ。
どうやら大好評だったようである。
「大変よ! 私が置いていかれるという暴挙には劣るけれど、大変な事態だわ」
ホッとしていると聞きたくも無い声が聞こえてきた。声質が可愛いだけに余計に腹が立つ。
「どうもナツメさん。お早い到着で」
「まあね。私はいつだって……ちょっと待って」
ナツメさんが自分の口元に手をやり、謎の光が彼女の唇を覆う。光り輝くリップと言えば聞こえはいいが、比喩ではなくてマジで輝く唇というのは不気味だ。
「なんですかそれ。新手の魔法使いメイクですか?」
「う、そんなもエレエレエレエレエレエレー!」
「きゃあああ!? ご主人さまの顔にナツメさんの口から勢い良く出た光り輝く何かが大量にっ!」
妙にサラッとしている液体ようなものを大量に吐きかけられる俺。
毒か何かかとも思ったが、別に刺激臭もしなければ肌を焼く感じでもない。
ただ爽やかな香りがただようだけである。しかもすぐに気化してしまうらしく、いまこの瞬間もどんどん乾いていく。
「ふぅ、ごめんなさい。でも無害だから安心してちょうだいカミュ」
「無害ならいいが。一体、なんですかこれ」
「ここに来るまでに超絶グロい惨殺死体を見ちゃったの。あれはやばいわね。てっきり粋がっている盗賊が暴れているくらいにしか思っていなかったけど、あんな無残な殺しをする奴がこの森にいるのならやばいわ。近くに若い女とあと数体黒焦げの遺体らしきものが転がっていたけど、それも酷かった。最初は盗賊の同士討ちかと思ったけど、死体の服装や装備はどう見ても冒険者だったし。それもそれなりの装備で武装していたね。あんな殺しができる盗賊なんて見たことないわ。っていうかたぶん盗賊じゃないわね。サイコパスか地獄の王の手先みたいな何かがこの森に潜んでいると見て間違いないわ。うっぷ、今またさっきの死体の姿を思い出しちゃった。また吐きそう」
つまりそういうことか。
「う、うわあああああ! じゃあさっきのあなたのゲロ!?」
「急に大声出さないで。まだ余韻というか予感があるんだから。それに私はそんな吐しゃ物なんて汚いものは出さないの。ありとあらゆる排泄物を質と見た目の両方を無害化かつ美しさを与えて放出する魔法を使っているのだから」
「は、排泄物……! だったらご主人さまにとっては快感につながる可能性も……?」
ねえよ。いい加減、俺をその道のプロのように宣伝するのをやめろ。
「ま、まあナツメさんの具合も悪いとの事だし帰ろうか」
「そうですねっ。悪の軍団は、私の剣の錆びと消えましたしね! 次は王国で黒剣士……いえブラックナイトメアの活躍が噂されるよう頑張りますっ」
やはりリファはなんでも吸収するのが早い。関わるのがローブラットさんや森の乙女でなければ一角の人物になれたかもしれないな。
「剣の錆びって。それはつまりどういうこと? え? もしかしてもう盗賊は退治してしまったの? なんだかこの拠点みたいなところにも誰もいないみたいだし」
「へへーん、ナツメお姉さんも驚きですかっ? とりあえずリファは噂を広めやすい大きな酒場に急行したいので、詳しいお話は道すがらにしてあげます!」
「ああ、リファの言うとおりだな。さっさと帰ろう。ついでにあなたにも一緒に来てもらいますよ、そこの天幕の中の机の下に隠れているハウエルさん」
俺の言葉に反応してリファは静かに大剣を抜いて構えた。
ナツメさんは疑問でいっぱいという顔だが、かろうじて空気を読んだのか押し黙る。
しばらく沈黙が続く。
これで隠れているのが全然違う人だったらどうしようか。たぶん粘着ストーカーで感知した人間の体格から考えて、ハウエルさんだと思うのだが。
「違う、これには訳がある。そう、レイプとかされた。私、被害者。誘拐された。地の神の神殿の巫女は嘘つかない」
限りなく嘘臭いのだが。レイプとかってなんだよ。被害者がそんな軽々しく言えるかそんなセリフ。
「こらっ。ご主人さまが詳しい描写を伝えてほしそうな顔をしているのが分かりませんかっ? もっと事細かに仔細もらさず語ってあげてください!」
「え、えっと。そう、トイレ。トイレとか見られた。こういう話でいいの?」
「ふぁっふぁっふぁ! なかなかよく分かっているじゃないですかっ。ねー、ご主人さま♪」
その情報どこ情報よ。なぜハウエルさんにまでその多大なる誤解が伝わっているんだ。マジでこのネタに俺は今後どう対応していけばいいのか。このリファのしつこさは半端ではない。しかも純粋を装っているが本当は面白がってやっているでしょ、この子。
まあそれはいい。よくはないが後回しだ。
ハウエルさんは間違いなく重要参考人というやつだ。もしかするとウォッシュさんの支配を解いてでも、ハウエルさんを支配してもいいくらいかもしれない。もっと言えばさっきの盗賊の首領だってもっと色々と情報を持っている可能性が高い。
「とりあえずハウエルさんにはケイン宰相のところまでご同行してもらう事になると思いますよ」
色々と知ってみたい気持ちはある。しかし知るとまずそうな気配を感じるんだよな。
知ってしまったがために面倒な重石になる事ってあるからね。妙な場所にある大きめのほくろとかさ。指摘されるまでは存在に気づかなかったのに、その存在を知ってしまったがためにやけに気になったりな。
薄暗そうな場所に関わりそうな話はケイン宰相に任せておけばいいだろう。
「そういえばナツメお姉さんはご主人さまに賢者の杖を折られて魔法が使えなくなったんじゃありませんでしたっけ?」
「あ、聞いちゃう? その話を聞いちゃうのね。つまりこれは杖に宿る精霊がいてね、ほらリファに挨拶しなさい杖に宿っていた精霊ドリアード。ハイ、マスター。コンニチワ、リファ。ね? つまり私の純白の心に――」
「こんなところで会うなんて奇遇。たまには神に使える者同士、神について語る」
それに早急にこのパーティを解散したいしな。
こんなメンツが揃っていれば何も話が進みませんよ。
「神のお話はまた今度で。リファ、早く帰らないと噂を広められないよ。そこで変な裏声だしているゲロ子さんも来ないなら置いて行きますよ」
「傷ついた」
意外とナツメさんは打たれ弱いらしかった。




