ハローバイバイ異世界人
「嬢ちゃんはなかなか有名な悪党みてえだな。どうだ、俺達の仲間にならねえか」
「俺達はそこらの弱小とは違うぜぇ? 自分達で荒らせる街道やら裏道を常に発掘しているからな」
「人のシマに寄生するような奴らとは訳が違うってんだ。テクを持ってる盗賊団は稼ぎが違うからよぉ」
盗賊の仕事にもクリエイティブな感じを良しとする風潮があるのか。しかし、どういう神経を持っていれば人から奪う仕事に誇りを持てるようになるのだろう。
まあどうでもいい。
それよりも気に食わないのは、俺が少女好きと誤解されている点だ。俺は少女が好きなのではない。リファが好きなのだ。
「脆弱な人間風情が……。思い上がるなよ」
それに今までの俺の行動を振り返ると、ずいぶんとリファやその場にいた味方に戦ってもらっていた。それは全然良いんだけど、何かのトラブルで1人で行動しなければならなくなった時を考えるとまずい。指揮官である俺が戦う状況になった時点でもう終わっている気もするが、やはり万が一に備えなくては。
俺はナイフを抜き放つと盗賊達に正面から向き合った。
「人間風情ってどういう意味だぁ? てめえも人間じゃねえか」
「しかも子供にしか興味を持てねえ変態が!」
「へへ、知ってるぜぇ。大人の女に相手にされなかった奴が子供に走るんだってなぁ!」
それよく言われるけど根拠ないらしいよ。
しかしこの黒ローブ姿で戦うのは嫌だな。せっかくリファの影に隠れているおまけ程度に思われているのだから、そういうステルス性は大事にしていきたい。
何か変装道具か仮面でも買っておけばよかったか。
そう思った瞬間、俺の黒いローブとナイフが怪しく輝いた。どす黒い霧が俺の全身を包み込む。
「わ! ご主人さまっ。だいじょ……わぁ~♪」
「ひぃ!? な、なんだ……?」
「デーモン、いや違うぞ……!」
「ば、ば、ばけものぉ!」
霧が消えた瞬間、なぜか俺の姿を見て怯えまくる盗賊達。
この反応から察するに、どうやら俺の姿が変化したようだ。ちょっと自分の手を見てみると、毒々しい緑の分厚い皮膚で覆われ、3本指の鋭い鍵爪がついている。化物じゃん。
しかしすごいぞ。これもしかして邪神の力でパワーアップしたのか。攻撃力や防御力無限、邪神の使徒だけが使えるすごい特殊魔法も使い放題になったりするんじゃないか。
『あ、それただのハリボテなんでー』
邪神の苦しげな声での注釈が俺の頭に響く。つまんねー。俺と交信するのも難しいとか言いながら、人のワクワク感を潰せる時には無理してでも嬉々として出てきやがる。
まあいいか。気にせず、普通に戦おう。
俺は怯えて腰を抜かしている盗賊の1人にナイフを投げつける。普段とは違い、明らかにギチギチした明らかに当たると危険そうな音と共にナイフが飛んでいく。
「な、なな、なんだその、ぎゃああああああ!」
「すごいですご主人さまっ。なんですかそのかっこいい、えーっと、すごい! 闇の雷ですか!? バリバリ~ってなってますけど!」
ただいつもみたいにナイフ投げただけなんですが。周りの人間からは闇の雷みたいに見えるのだろうか。
ちょっとウォッシュさんの目を借りながらもう1回ナイフを投げてみよう。
「ゆる、ゆるしてくれ……お助け……神様ぁ!」
緑色の毒々しい化物が、おぞましい3本指を盗賊に振り下ろす。すると指先からバチバチと音をたてながら、黒く輝く雷撃みたいな何かが放出される。ちゅどーん、と音が鳴り、盗賊はびくりと一瞬だけ震えてから動かなくなった。
いや、おぞましいわ。まさに悪魔じゃねえか。夢にでてきそう。
いやいやいや、ほんと気持ち悪いぞ俺の姿。生理的に無理。
「ひええええええ!? あ、兄貴が……兄貴達が殺された!」
あ、しまった。1人盗賊を逃がしてしまった。っていうかただのナイフ投げにどんだけでかい効果音鳴らしてるんだよ。戦ってるのバレバレじゃん。
「かっこいい~。なんですかご主人さまの正体って悪魔だったんですかっ? そのお腹って縫ってるんですか? 超キモ可愛いです!」
「魔術師くんって人間じゃなかったのね」
「おえっ。ちょっとキャラ作るの忘れるくらいキモい」
「なによっ。それくらいで……ごめん無理、確かにおぞましい」
「外見で差別しない私達エルフですら嫌悪感を催すフォルムって」
この大不評である。まあいいか。見た目だけで相手を威圧できるなら悪くない。
音や視覚効果も隠密性はゼロだが、こけおどしには良い。なんだか昔あったおもちゃみたいで面白いし。振ったら光りながら音がでる剣って今も売っているんだろうか。
「ジャあ、リファと森の乙女の皆サンは、できるだけ離れて俺の後ろからツイテきてください」
「はーい♪」
「声まで気持ち悪い」
俺もそう思う。
歩く度に何かを引きずるような嫌な感じの足音に辟易しながら、俺は盗賊たちのいるであろう場所へ向かう。
「化物め!」
「デーモンは迷宮へ帰りやがれ!」
さっき逃げた盗賊さんが援軍を呼んだのかな。慌てずに呪いで相手を苦しませ、ナイフを投げて処理していく。
倒せば倒すほど元気が沸いてくるし、これじゃあ楽勝過ぎて練習にならないかな。
そんなことを考えながらざっと10人ほど盗賊を倒した時のことである。
「お前か、俺の仲間達を殺したのは」
いかにも盗賊ですという格好の人達とは明らかに違う男がいた。剣と鎧を身につけ、白いマントをはためかせている。妙に地味で古ぼけたブーツだけが浮いているが、それ以外はいかにも装備に金をかけている剣士だ。
その後ろには従者のように控えている女が2人。いやあともう1人が木の上で息をひそめている。
男に従っているような2人はそれぞれ片手で使えそうな剣と短めの弓を持っている。首には奴隷であることを示す首輪があるし、この男に所有されていると見て間違いないだろう。
木の上に隠れている奴は特に何も持っていないようだ。魔法の使い手だったらローブで防げるだろうが、格闘戦が得意なら厄介だな。
「ソウダ……俺ガ殺ッタ……」
とりあえず空気を読んでそれっぽい返事をしてみる。どうやらこの男は盗賊退治がお気に召さないみたいだし。
「ザワクさんもイズファインさんも、みんな良い奴だった……とは言えねえか。盗賊だったからな。でも俺にとっては気の良い仲間だった」
「アナタは盗賊デスか?」
「いや、違う。……違うのかな。なんていうか用心棒みたいな、そんな感じじゃね?」
でしょうね。
間違いなくこの男は盗賊の仲間だろう。しかも、どんな事情があるかは知らないが、盗賊になりきれていないまま盗賊と付き合ってきた。なんというか目が綺麗だからな。人から身勝手に奪うような人間ではない。
しかし人様から奪ってきた物を気前良く分けてくれる盗賊を嫌いになる事はできなかった。だから盗賊が悪だとも思えなくなった。そんなところだろう。
いるんだよな、こういう奴。ろくでもない人間のちょっとした良いところや気前の良さに触れて、判断を誤る奴。
「ソチラの2人はアナタの奴隷デスか? ズイブンと良い装備ヲしていますガ」
「ん? ああ、そうだ。俺は奴隷を粗末に扱わない……なんてな。自己満足だよ、自己満足。本当に2人の事を考えるなら解放してやれよって話だからな」
「そんな御主人様、とんでもありませんわ」
「そうだ。私達は生ある限り、御主人様に尽くすつもりだ」
自嘲してみせる男に、あわてて追従する奴隷達。
露悪的というか偽悪者というか。
「一応、聞いておくけど、あなたは人を殺したことがありますか?」
「なっ! 人間、だったのか!?」
唐突に姿を元に戻す俺。正体を隠す必要が無くなったからな。
「どうなんですか、お優しい奴隷の御主人様。人を殺したことないですよね?」
「あ、ああ。殺す一歩手前までボコにした事はあるけどな」
完璧だ。完璧じゃないか。ここまでは実に完璧だ。
「最後に質問です。けっこう若く見えますけど、前世では30代とか40代だったりします? あとニートだったりするとなお良いんですけど」
「な、なんでそれを!? っていうかテメエもまさか……!」
や、やった……!
大当たり!
ああ、邪神さま。俺はあなたに感謝します。
「この世界に来て仲良くなった盗賊の人達の仇を討ちに来たんですよね? やめませんか。できれば異世界の人間とは戦いたくない」
「……俺達を見てブルっちまったのか? わかりましたやめましょうなんつって今さら仲良しこよしができるとでも?」
「あぁ、残念です。どうしても戦うんですか?」
「どうしても、だ……。言っておくが、俺は俺が絶対的に正しいとは思ってねえ。だがダチを殺ったてめえは許せねえ! ……残念だぜ。出会い方が違えばテメエとは前の世界の話をしながら良い酒が飲めたのかもしれねえのにな!」
そう言ってニヒルな笑みを浮かべながら、手に魔法らしき光を宿す男。
「それでは遠慮なく」
苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ。
俺はひたすらに視界にいる3人の苦しみを念じながら、弓を持った女にナイフを投げつける。
剣を持つ女奴隷がナイフを叩き落そうとするが、うまく捌けず弓を持つ女奴隷の肩口に突き刺さる。
呪いで動きが鈍くなっているうえに、こんな木が生い茂る場所で長剣なんか使っているからこうなる。
「おにぎり」
ウォッシュさんの掛け声ともに風を斬って何かが飛来する音が響き――5つの石の弾丸を受けた女が木の上からどさりと落ちてくる。
「フォクシィ! て、てめえ!」
男が悲痛な声をあげる。フォクシィという名前だったのか。狐っぽい耳をしているが、やはりこいつも首輪をしている女奴隷だった。
「リファ!」
「はいは~い♪」
リファはなかなかに賢い。いつもの大剣は抜かずにいつか使った簡易ナイフを手に持っている。たぶん身体能力も高まっているからそうそうこの男に殺されはしないだろう。っていうかさせないし。
「仲間が隠れていたのか! ちくしょう卑怯者め! ユリアーヌはフォクシィの手当てを! フィングは――」
男は慌てながらも、リファに対峙するように前に出る。奴隷に指示を飛ばす役割の癖に、前衛を務めるのか。
「フジヤマ」
ウォッシュさんの静かな声が聞こえ、一瞬の後にユリアーヌさんとフィングさんの足元で大爆発が起こる。どっちがどっちの名前だか分からないまま激しく燃えながら地面に叩きつけられる。
「ば、馬鹿な」
「確かにそうですねっ」
リファが勢いよく飛び蹴りを頭に叩き込み、男は剣も抜けないまま地面に這いつくばる。
さらに手際がいいもので、リファは素早く男から剣を奪い、簡易ナイフを使って男の両手両足を使えないようにしてしまった。
もはや必要無かったかもしれないけどね。2人の奴隷が燃えた時点で、この男から戦う意志は消えてしまったようだからな。
「フォクシィ……ユリアーヌ……フィング……」
「もう一度、聞きますけど、あなたは前世ではニートだった。たまたまなんらかの事故だか事件だかに巻き込まれて死んだ。そして生まれ変わった。あなたはこの世界では素晴らしい才能やら魔法やらを持っていた。そうですよね?」
「あ、ああ……そうだよ。俺は何も持っていなかった。初めてだったんだ。俺みたいなクズ野郎を慕ってくれる……初めての……なのに!」
「そりゃ何も持ってないでしょうよ。何もしていなかったんでしょう? そりゃあ何も持てませんよ。当たり前じゃないですか」
「お前に、俺の何が分かる!?」
「もちろん何も分かりません。どうせ誰にも言わなかったんでしょう? どうすればいいのか誰にも相談しなかったんでしょう? 自分だけが傷ついて仲間はずれにされていじめれていると思い込んで、自分だけの世界で生きてきた。苦労から逃げて、傷つくのを恐れて、親だか社会だかに寄生して。そんな閉じこもって自分の心を隠している人間の気持ちなんてどうやって理解しろっていうんですか?」
「……黙れ」
「あなたがリア充だとか勝ち組だとか思っている人間も、ごく普通の平凡な人生を送っているように見える人間も、あなたがあんな生活をするくらいならニートのがマシだとせせら笑った人間も、みんな痛みに歯を食いしばりながら生きていたんですよ? 苦しいのは自分だけじゃないって想像した事はありますか?」
男の顔が悲憤に歪む。
「俺が悪いって言うのかよ。俺を裁く権利がお前にあるって言うのかよっ?」
「はい、悪いです。そして俺はあなたに勝った。労せずに得たものって失うのも一瞬なんですねぇ、名も知らぬラッキーなニートさん。これまで最高だった異世界が、弱肉強食の地獄だと分かった気分はどうですか?」
「なんでだ……俺の何が悪かった? 何を間違えた?」
「敢えて言うなら、自分は最低のクズ野郎だと自分に言い聞かせて逃げ続けたからじゃないですか? どんな身体に生まれ変わっても心があなたではね」
「次もきっと生まれ変わってやる……そしてお前を殺す……!」
「俺達に殺されたら地獄に落ちるらしいですからね。ラッキーな転生のチャンスはもうありませんよ」
俺はいつの間にか手元に戻ってきたナイフの柄の感触を確かめた。
「へへっ……情け容赦ねえなアンタ。だけど悪い気分じゃねえや。アンタの説教は間違ってねえ。アンタに殺られるんなら悔いはないぜ。フォクシィ……ユリアーヌ……フィング……みんな……すまねえ。神様……できれば次も、地獄でもいいからあいつらと一緒に……!」
男が満足げに、しかし涙を流す姿を見て、俺の中で何かのふたが外れた。俺は今まで出したことのない大きな声で怒鳴り、這いつくばっている男の襟元を掴んで乱暴に立ち上がらせた。今すぐに神への祈りをやめろ。奴隷女にすがりつくのもやめろ。あの奴隷どもはお前が殺したんだ。お前が盗賊なんぞに味方して、ちやほやされていい気になっているから死んだのだ。前世でお前を一顧だにしなかった腐れ野郎どもに力を認められて楽しかったか。お前はクズだ。腐れ野郎どもを止めることをしなかったお前は同じクズだ。そして腐れ野郎どもの仲間を気取っていたがお前はクズどもを心の底では軽蔑していた。だからお前は自分の事を用心棒だと称したのだ。奴隷どもを着飾らせていたのもそうだ。お前はこの世界に来ても何も変わっていない。だから顔で選んで女を買った。奴隷どもに神のように崇められて楽しかったか。お前はなぜ買い取った奴隷どもを解放しなかったか。それはお前が奴隷どもを信じていなかったからだ。いいか。お前は善でも悪でもない。どちらの立場とも表明することさえできないクズなのだ。しかもクズであることを自覚しながらも認めることができない。弱い弱いクズだ。たまたま得た力をお前のちっぽけなプライドを守るためだけに使ってきたのだ。あの狡いローブラットですらもう少しマシな力の使い方をしただろうよ。お前は分かっているのか。お前のつまらないお遊びが過ぎて俺に戦いを挑んで少しはマシな生活を送れていた奴隷どもはボロのようにここで果てたのだ。お前がくだらないお遊びで悦に入っているうちにどれだけの人間を見捨ててきたか――そんな事を夢中で言っていたものだから、さすがに俺は息が続かなくなってむせてしまった。
「ねーねー、ご主人さま」
「ん? どうしたんだい、リファ」
「もうその男の人、しんでますよっ」
「え? なんで?」
「そりゃ、それだけ刺したらしんじゃいますって!」
リファの言うとおり確かに男は死んでいたので、俺はゴミを投げ捨てた。




