嫌がらせをしよう!
<今回の主な登場人物>
主人公 エフェボフィリア
リファ 通り魔
テレス 元女執事。王国顧問魔術師補佐役
コリン 冒険者組合の若き女代表
ナツメ 冒険者組合所属クラスタ、ブルーアースのリーダー
ブレイン 森の乙女の一員
ウォッシュ 森の乙女のリーダー。操られている
森の乙女 自称、侍忍者のエルフ五人組。呪われて姿を失う
王国に組合所属の冒険者が増えたのには理由がある。
冒険者組合がクイーン王国に出張所を開設した。
支部ではなく出張所である。機能的には依頼の受注と新規冒険者の登録しかできない。各地の冒険者組合の支部で使われている、冒険者組合の独自通貨ではなく、クイーン王国でも使用されている通貨で依頼を出す事ができる。クイーン王国の住人も物珍しさからかぽつぽつと依頼を出しているそうな。
クイーン王国はただの何でも屋として商売を許可しており、依然として冒険者組合には協賛していない。当然、クイーンの迷宮の管理権も移譲していない。にも関わらず、冒険者組合はクイーンの迷宮の探索を推奨しており、迷宮において一定の発見をした者には褒章を与えるという。
俺からすれば、ああ、そう、としか思えないが、これは冒険者組合のメンツ丸つぶれの状態らしい。普通は国側からお願いして冒険者組合を誘致し、国内のトラブル解決や迷宮探索をお願いするのだとか。冒険者組合を誘致した後も、少しでも優秀な冒険者を国内に派遣してもらうために、かなりの補助金を組合に支払うのだとか。
「女執事さん」
「王国顧問魔術師様。私は女執事などという名前ではなく、テレスという名前がございます」
「貴女が今日まで名前すら教えてくれなかったんじゃないですか。じゃあテレスちゃん」
「あぁ?」
「テレスさん。本当にこんな仕事をやるんですか? 俺には向いていないと思うんですけど」
「はい、必ずやって頂きます。それに王国顧問魔術師様には極めて適正のある任務だとケイン宰相もおっしゃっておりましたわ」
「……ケイン宰相、ケイン宰相って。俺に接する態度とはずいぶんと違うんじゃありませんか? テレスちゃんって爺専?」
「さっさと行け。私が理性を保っているうちに」
テレスさんが穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めた瞳で俺を追い立てる。
仕方なしにリファと森の乙女を引き連れて、冒険者組合の出張所へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
「いらっしゃいませ! 冒険者組合へようこそ! ご依頼主さまですか? それとも依頼を受けに来られた組合員さまですか? あ、もちろん新規組合加入希望者さまも大歓迎で……ひぃぃぃぃぃ!? 敵襲! 敵襲ー!」
極めて可愛い受付のお姉さんが顔を歪めて悲鳴をあげた。胸も大きいし、なんというかザ・綺麗どころという感じだ。こういう女性を受付に置く事は適材適所なのか、古い差別の名残なのか。まあ対応してもらう俺からすれば気分良いからかまわないが。
冒険者組合の出張所というだけあって、中に置かれている机とか椅子はかなり立派だ。しかし立地条件は極めて悪く、裏通りで隣近所には安い連れ込み宿やら、嫌な臭いを放つような王国運営の施設などが多い。もちろんケイン宰相の仕組んだ嫌がらせだ。
「敵襲!? 敵襲らしいですよご主人さまっ。ストレス発散のチャンスです! 私もそろそろ首討ちに開眼できる気がするんですっ」
やっぱり教育においては周囲の人間が大事だな。
首狩り族なんかと接していると、すぐに悪い影響を受けてしまう。
特にリファは純粋だからな。
「落ち着いてください受付のお姉さん。俺は悪い魔術師ではありません」
「ひ!? い、いや! 近寄らないで! そんな事を言って私を犯すんでしょう!? この出張所のお向かいさんの艶本屋さんで売っているエロ本みたいに! エロ本みたいに!」
「んなー! 失礼ですねっ。ご主人さまは私にしか興味ありませんから! 偏執的に私が大好きなのでお姉さんなんて襲いませんっ」
「しかもペドフィリア! たすけて……たすけて代表ー!」
顔と体型だけで受付を選ぶからこうなる。やっぱり来客対応者には能力というか柔軟な対応力が無いとね。
いやそこまで複雑なスキルを持っていなくてもいいけど、最低限の度胸が無い奴を窓口に置くべきじゃない。
「何を騒いでいるんですか?」
きゃんきゃん鳴く受付嬢の声を聞いて、奥から上司らしき人間がやって来る。
小柄で短い髪の理知的な女性だ。この人は前の会談で見たな。
「これはこれは。冒険者組合代表のコリン様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
「あ、あなたは確か王国顧問魔術師の……カミュ様」
「カミュ? ……ごめん、リファ。カミュって誰だっけ? もしかしてヴェルヌさんの苗字?」
「ご主人さまの偽名ですってば! もう忘れちゃったんですかっ」
ああ。そういえばそんな設定もあったな。
カミュって。かっけー。
「そう、僕がカミュだ」
「偽名……。それでカミュ様はどのようなご用件でこちらに?」
「ケイン宰相のお願いで、冒険者組合への偵察と嫌がらせに来ましたっ。それで、どうしますご主人さま? 火でも放ちますかっ!? 焼き討ちですよ、焼き討ち!」
信長かな?
いや可愛さ的には信奈だね。イチゴパンツを履いたリファなら明智光秀も返り討ちにできるに違いない。いやむしろ反乱なんて起こさないよな。この世にリファを裏切ってまでするべきタスクなんて存在しないのだから。
「すいませんコリン代表さん。この子は世界で一番可愛いんですが、ちょっと頭が残念なんです」
「冒険者組合では妨害行為などはお断りしております」
「おんやぁ? なんだか俺に対してずいぶんと偉そうな言い方ですね。まるでコリン代表の一存で、俺を拘束できるかのような態度だ。ここはクイーン王国で俺はそこの顧問魔術師。そしてこの店は冒険者組合出張所という名の何でも屋さんに過ぎない事を忘れていませんかぁ?」
「ぐぬぬぬぬ……!」
テレスさんから入れ知恵してもらった嫌味をさっそく披露する俺。
そう、冒険者組合の協賛加盟国では、俺の世界で言う逮捕権のようなものを冒険者組合に認めているのだ。だからこそ、冒険者組合が犯罪者の捕縛やら、捕縛の際の不幸な事故による犯人の死亡事故なんかを起こすことが可能なのである。
もちろんクイーン王国においては冒険者組合にそんな権能は無い。むしろ俺が冒険者組合を摘発できる立場にある。
とはいえ冒険者組合が各国に持つ影響力は多大である。下手にコリンさんを逮捕なんてすればやばい事になるだろう。だからこそ俺がこうやって嫌がらせをする程度のアクションしかできない訳だが。
本当に大丈夫なのかな。国際問題に発展したりしないよね。クイーン王国ってどれくらいのポジションにある国なんだろう。やばい早まったか俺。
「そ、それはさておき、コリン代表様。俺は冒険者として登録しに来たのですよ」
「嫌です」
嫌ですって。どストレートだな。
「ふ、我輩の闇の魔術に恐れたか、小娘? 冒険者組合は全ての人間に開かれた組織と聞く。如何に恐ろしき闇の秘術の体現者であろうとも我輩は犯罪者ではない。そう、今はまだ明るみに出ていないだけやもしれんがな、クックック。この意味が分かるか? 罪無き人間を拒否するとあっては、冒険者組合の規定に――」
「そういうのじゃないです。そしてそういうのいいですからやめてください。カミュ様が、他国の法に照らし合わせても何一つ罪を犯していないのはすでに調査済みです。ただ私はあなたが嫌いになりました。だから仲間に入れてあげません」
子供かよ。
「じゃあ、私は!? 私も仲間に入れてもらえないんですかっ?」
「あなたはかまいませんよ、リファさん。その歳で凄腕の剣士だそうですね。大歓迎です。試験もいりません。あなたの実力はこの前、拝見しましたから」
「わーい♪ リファ、コリンお姉さん大好きー」
こういうのをいじめって言うんだよ。
いやいじめなんて温い言葉はよくない。人権侵害だ。俺の心にナイフを突き立てるようなものだ。スピリチュアル傷害罪やね。
僕、泣いちゃいそう。無邪気に喜ぶリファ可愛い。
「ちょっと待ってくださいコリンさん。あなた冒険者組合の代表ですよね? そんな好きとか嫌いで判断しちゃだめなんじゃないですか?」
「ええ。私もこんな身勝手な判断は初めてです。それくらいカミュ様が嫌いになりました。そうだ、カミュ様は先日、我が冒険者組合の組合員と暴力沙汰を起こしましたね。そういう方は場合によっては加入をお断りする場合があるんです。そういえばそういう規約がありました。その判断は各支部及び出張所の管理者が行うのです。つまり私ですね。だからダメです」
「それでも――」
「ええ。これでも代表ですよ。各国に支部を持つ巨大な冒険者組合のね。でも今の私は一介の何でも屋さんの店長に過ぎませんから。これがうちのスタイルなんで。どうかお引取りを」
「り、リファ~。このリファよりもはるかに年上の癖にリファよりも子供体型のお姉さんが俺をいじめるよぉ~」
「よしよし~♪ ご主人さま、リファはいつだってご主人さまの味方ですよ~。そしてリファ以外の女の人は怖いですからね~。絶対に浮気しちゃだめですからね~。あとさりげなく抱きつきながらうなじのにおい嗅ぐのやめてください」
「ななな、誰が子供体型ですって!?」
「それくらいにしてください、コリン」
涼やかな声と共に颯爽と現れた女性。
もちろん冒険者組合への加入などはどうでもいいのだ。俺はこの人に接触したかった。たぶんケイン宰相の本当の狙いも似たようなものだろう。嫌がらせでもなんでもして敵方の最高戦力を引っ張りだし、その実力を知りたいはずだ。
そして何よりも邪神の依頼でもある。
唐突に声が聞こえなくなったかと思っていたら、わざわざ昨晩の夢枕に立って邪神さまが依頼してきたのだから。これは果たさなければ俺の命に関わる。
「ナツメは黙っていてください。私はこの悪の魔術師の対応で忙しいですから」
「知っています。奥で聞いていましたから。いいじゃないですか。冒険者組合の加入、認めてあげましょうよ」
「嫌です」
「逆に考えるんです。たぶんカミュ様は断られる事を前提に、加入したいなんて言っているんですよ。だから入れてあげる事でカミュ様から、ひいてはケイン宰相から一本取ってあげる事になるんです。それにほら、手が足りないでしょう?」
「うーん。そう言われてみれば確かにそうかもしれませんね」
ナツメさんが壁に貼られている依頼書を指差している。
なんというか求人票という感じだな。昔の職安もこういう感じだったのだろうか。ちょっとテンション上がってくる。
きっと最初は薬草摘みとか冒険要素ゼロの街中の荷物運びとかの依頼しか受けられないんだろうな。しかし俺には邪神がついている。この世ならざるパワーの力で通常では考えられない量と質の仕事をこなす俺。あいつDランクの冒険者の癖にSSSランクの実力を持つとか噂されちゃったりしてな。
いいじゃないか。実にいいじゃないか。リファと一緒に冒険者組合での成り上がりストーリー。素敵やん。
「いいでしょう。カミュ様の登録を認めましょう」
「わぁい! 良かったですね、ご主人さまっ」
「ああ。これも俺の人徳というやつだな」
「あはは、ねーよ」
やだ、リファちゃんがついに俺にタメ口を……!
この子、たしか俺の奴隷だったよね。もうそんな立場忘れてすっかり俺の正妻気取りだな。妻でもあり保護者でもあるといえる。リファは俺の母になってくれる人だ。
「ではカミュ様、こちらの書類に記入をお願いします」
そう言ってコリン代表は、ごく普通の紙とペンを渡してくる。たぶん普通に見えるだけで、本当は魔法的な書類なのだろう。
「えーっと、住所、氏名、年齢、性別、経歴、資格に志望動機……。コリンさん、まだ俺にいじわるしているんですか? 選ばれし属性魔法とかスキルとか神の加護とか書く欄がありませんよ。っていうかそういうのを判別する魔法的なアイテム貸してくださいよ。適正診断で冒険者をランク分けとかしますよね?」
「なんですか選ばれし属性魔法って。お金だしてきちんと学べばどんな神聖魔法だろうと学べますよ。一般魔法は割高になりますけど。それで神の加護とやらが何なのか知りませんけど、書きたければ自由アピール欄に勝手に書いてください。たまにいますよ、そういうヤバい人。いいからさっさと必要事項を記入してください。それと顧問魔術師を任されるほどの方ですから、初めから特例上級組合員として登録しておきますね。ノルマや組合費の徴収はありませんし、例外はありますが基本的に脱退も自由です。その代わりに通常の上級組合員のような組合内の権限はありません。リファさんも同じ扱いにしますね」
「ご、ご主人さま。ここは私に任せて、ちょっとそこの依頼書でも見ていてくださいっ。一緒に書いておきますから!」
夢も希望もない。俺はあからさまにショボンとした顔をしてリファに記入を任せることにした。
そんな俺を見て、なぜかナツメさんが肩を震わせているが気のせいだろう。
ま、こういうのは俺自らが書くようなもんじゃないよな。
俺はどんな依頼があるのかを確認しておくとしよう。これも視察だし。拗ねてないし。




