狂気の出勤
<今回の主な登場人物>
主人公 クイーン王国顧問魔術師
リファ 黒剣士
女執事 クイーン王国顧問魔術師補佐役
ブレイン 森の乙女の一員
ウォッシュ 森の乙女のリーダー。操られている
森の乙女 エルフの五人組冒険者集団。呪われて姿を失う
街中で平然と馬を走らせている冒険者がいる。しかもぶつかったらタダではすまない速度をだして。
そんな通報を受けた俺達は速やかに現場へと直行させられた。
「クイーン王国では街中の馬の使用は制限されているんだそうですよ。ご協力していただけませんか?」
「あ? ふざけんなよガキが。あっちで商品を積み込んだ馬車がちんたら走っているのを見たぜ?」
「あれは王国で許可を受けたうえで、制限速度と特別進入許可区域を守っているんですよ」
「へっ。知るかよ。俺は冒険者組合に所属する冒険者だぜ? おめえら田舎者たちが平和に暮らしているのも俺達のおかげって事をわかってんだろ?」
俺にそう言うとガラの悪い冒険者さんは地面にペッと唾を吐いた。
なぜ俺がこんな警察だか警備員のような仕事をしているのだろう。顧問魔術師って管理職じゃないのかよ。完全に現場のきっつい仕事じゃん。
王国魔術団みたいなのがあって、そこにはグラマラスな魔女のお姉さんがたくさんいて、合法ロリみたいな年齢不明の魔女っ子までいてきゃっきゃうふふな展開がある事を期待していたのに。
こういう意外性はいらないんだよ。実はヴェルヌさんは女の子だったーみたいな意外性だけでいいんだよ。いや待って、やっぱりそれはホラーになるから絶対にやめてほしい。
「クイーン王国は冒険者組合に協賛しておりません。クイーン王国周辺の治安はすべて王国騎士団によって守られています」
「冒険者組合に金が払えねえ貧困国だからだろぉ? しかし安心しな。冒険者組合がついにクイーンの迷宮の存在を正式に認めたからよぉ。俺のクラスタ、地獄の――」
「さっさと馬から降りろやゴミカスがぁ! ご主人さまの前で頭が高いんだよっ」
耐え切れなくなったリファがガラの悪い冒険者さんの頭に飛び蹴りを食らわせた。すげえ跳躍力だな。騎乗している大男の頭にキックをたたき込めるなんて。
もんどりうって落馬した冒険者さんが地面に倒れ伏す。
「えーっと。そういう訳で、馬はきちんと預けてください。街の入り口近くに王国が運営する施設がありますんでそこへ。王国が無償で配布している腕輪や首飾りを付けたうえで魔物を駆除していただくと、その数に応じて無料で預けることも可能ですよ」
「むー! ご主人さま甘いですぅ! このおじさまは犯罪者ですよっ」
「は、犯罪者って。この国に来てから間もないから馬に乗っちゃいけないってルールを知らなかったんだろ?」
「それもありますけど、そーじゃなくてですねっ」
リファは頬をふくらませて倒れている冒険者に近づく。
「起きてくださいっ。さあ早く!」
「うぅ……。こ、こんなガキに俺が……?」
「そういうのいいですからホラ!」
そう言ってリファは地面を指差してみせた。その可愛らしい指が指し示す先には冒険者が吐いたツバがある。
「舐めろよ」
「えっ」
「お前が吐いたんだろうが。舐めて綺麗にしてくださいっ」
王国をむやみに汚してはいけない。汚してしまった場合はやむを得ない場合を除き、自分で処理しないといけない。
確かにそんなルールもあると女執事さんが言っていたが。
「り、リファちゃん? さすがに布で拭くとかで勘弁してあげたほうがいいんじゃないかな?」
「もー、なに言ってるんですかご主人さまぁ♪ 口から出したものなんだから、きちんと口にしまう。元あった場所に戻すのが整理整頓の基本なんですよ! さあ、早くしろ。さもなくば牢にぶち込みますよっ」
冒険者さんが気の毒なほどに青ざめている。
誰だよリファに権力を持たせた奴は。絶対に力を与えたらだめなタイプだろ。
◆ ◆ ◆
とりあえず一仕事を終えた俺達は、いつかも使った街の軽食屋で女執事さんと合流していた。
今日は天気もよく、店の外に並べられたテーブルで一息ついている。昼下がりのカフェで休憩なんて主婦みたいだな。
「冒険者組合所属の人間がずいぶん増えているみたいですね。さっきの現場も組合の冒険者でしたし」
「ご主人さまぁ。リファ、がらの悪い冒険者さんに絡まれてとっても怖かったです~」
そう言って冒険者に散々絡んできたリファが俺の胸に飛び込んでくる。
まあ可愛いからいいか。可愛いは法律。可愛いは国家。
「どういう理由かは判明しておりませんが、冒険者組合のコリン代表はクイーン王国の協賛が欲しいようですね」
女執事さんが口元をナプキンで拭いながら答えた。俺達が仕事している間にがっつり食べたらしく、テーブルには空の食器が何枚か置かれている。
おかしくないか。どっちかと言えば俺がそうやって優雅に食事しつつ報告を聞ける立場じゃないのか。
「あ、私知ってますよっ。コリン代表って最近になって新しく代表に選ばれたんですよね!」
「はい、リファさまのおっしゃるとおりです。冒険者ナツメが台頭した時期と近いことや、異例の若さでの代表就任から考えて、おそらくは冒険者組合の中で大きな世代交代がなされたと推察できます」
大きな世代交代ね。いやはや次世代の若い者はこの世界でも頼もしいですなあ。
「しかし王国の協賛が欲しいと、何でこの国に冒険者組合の冒険が増えることになるんだ?」
「相変わらず馬鹿ですね王国顧問魔術師様。クイーン王国で組合の冒険者が多くの手柄を立て、あわよくば勇者ナツメがクイーンの迷宮を制覇すればどうなります?」
「すごいなーって」
「えっと、つまりご主人さまは、冒険者組合が国民に大きな支持を得れば、王様も冒険者組合を邪険にはできなくなると言いたいんですよねっ。ほんとですよっ?」
「さすがはリファ様です。やはり王国顧問魔術師様には大局どころか一般常識内の社会情勢すら理解できないので、現場でのお仕事が向いておりますね。リファ様にはご足労おかけして申し訳ありませんが、次は冒険者組合の冒険者が集まっているという食堂兼酒場の視察をお願いします」
リファに対しては本当に申し訳なさそうに頭を下げる女執事さん。おかしいよね。どう考えてもその立場は王国顧問魔術師様である俺のはずじゃない。
「王国顧問魔術師様、何を見ているんですか? 不愉快です。セクシャルハラスメントでケイン宰相に訴えますよ」
「俺はどんな女性に対しても胸と尻と腰のくびれと顔しか見ないようにしているんです。それよりも貴女は俺の補佐ですよね? せめてついてくるぐらいしたらどうなんですか?」
「なぜ補佐役である私が現場にまで同行しなければならないのですか。迷宮内の調査と並行して治安維持活動まで管理しているのですよ。王国顧問魔術師様ではとうていできない仕事量をこなしているのです。せめて誰にでもできるであろう視察くらいはこなしてください。役目でしょ、年下の少女に頼りっぱなしの穀潰しが」
傷ついた。
「し、執事のお姉さんっ。真実は時に人を傷つけるという名言を知らないんですか! ご主人さまはこれでも精一杯がんばっているんですよ!?」
もっと傷ついた。
「まあ美人にボロクソに言われるのも悪くないか。しかし迷宮の調査ってなんですか?」
「やはりご存知ないんですか。迷宮の地下5階と6階をつなぐ階段に配置されていた王国兵士が行方不明になっているのです。ついでに申し上げますと非常口が使えなくなったり、ありえない場所にありえない強さのレッサーデーモンが現れたりと、迷宮では異変続きなのです。どうもどこぞの胡散臭い輩が現れてから災難が続いておりますね。お嬢様も重傷でご帰国を余儀なくされましたし。とんだ疫病神ですわ。死ね」
やはりこの女執事さんは慮るという事を覚えたほうがいいと思う。
「やれやれ。行こうかリファ。どうもこのお姉さんは機嫌が悪いらしい。生理かな?」
明らかな殺意を持って立ち上がった女執事さんを尻目に俺はその場から逃走する。
リファも呆れたようにため息をついてついてきてくれる。なぜか森の乙女たちまで俺を批判するような事を口々に言っている。
まったく女というのはすぐに連合してくるから困る。やっぱりリファ以外の女ってクソだわ。
◆ ◆ ◆
大通りに接するだけあってそれなりに儲かっていそうな食堂兼酒場。
そこには今まであまり見かけないような風体の冒険者で賑わっていた。何が違うのかと言うと、装備の豪華さが違う。今までよく見かける冒険者たちは接近戦が得意ですという感じがしたが、ここにいる冒険者達は1人1人が聖焔騎士団団員の並みの高そうな装備を身につけている。
さらにはいかにも魔法使いですというローブ姿の人間もいる。俺のように禍々しい黒衣ではなくて、いかにも神聖で高価な加護でもかけられていそうな清潔で輝くローブだ。やっぱり服装に生活レベルって出るよな。
「おいおい子連れで何の用だぁ?」
「乞食が同情を引くために来たんじゃねえの?」
「田舎臭え格好だなあ。クイーンの迷宮がいつまでも制覇されないのも当然だあな」
「迷宮制覇前の景気づけだ! この際、ガキでもかまやしねえ! 脱げ! 脱げー!」
「へっへっへ、あんな薄汚えガキの裸なんて見たくねえや」
「違えねえ! あんな下げマン臭えガキの裸なんぞ願い下げってんだ」
「ウチはあの黒い男の子、ちょっと好みやけど」
「失せろ貧乏臭い田舎冒険者! 可愛い女の子だけは置いてけ!」
食堂に入っただけでこの叩き方である。冒険者組合の冒険者ってガラが悪いなあ。
それともよそ者に対しては冷たいのか。でもクイーン王国からすればこの人達こそよそ者なんだけどなあ。
「おい! そこの乞食姿の小僧。なかなか良い奴隷を持っているではないか?」
いきなり失礼な声をかけてきたのは貴族然とした軽装備の冒険者だ。金髪碧眼で立派な細剣を腰に下げている。あれでは倒せる魔物の種類に限りがあるので魔法戦士だか魔法剣士かもしれない。
それか護衛がすごく強いか。
「お前如きには過ぎた奴隷だ。まだまだ尻の青そうなガキだが磨けば見れるレベルになりそうだ。私が買い取ってやろう」
そう言って一方的に金を投げつけてる貴族さん。俺は反射的に金をキャッチすると懐にしまいこむ。
「ちょ、なんで受け取るんですかご主人さまぁ!」
「ふ、話の分かる乞食だ。来い奴隷。今日から私がお前のご主人さまだ」
冷ややかに笑いながら貴族さんがリファの肩に手をかけようとした瞬間である。
「ひゃああああああ!? ゆ、指がっ。私の指がぁ!」
バラバラと床に散らばる貴族さんの一部。俺が抜き放ったナイフには汚らしい赤色がついてしまっている。
「大丈夫かい、リファ? これの血が飛んだりしなかった?」
「あ、はい。私は大丈夫ですけど」
やや引いたように床に散らばったゴミを見るリファ。
おっとそうだった。レベルの高い治療魔法が使える人間がいれば治せてしまうんだった。
腐れ。
俺の呪いは邪神にきちんと通じ、床に散らばるゴミは腐って永遠に使い物にならないゴミになった。
食堂は水を打ったように静まり返っている。何かあったのだろうか。
「えーと、それからリファを侮辱したのは貴様と貴様と貴様か」
苦しめ。生まれた事を後悔するほど苦しめ。
「……!」
悲鳴すらあげずに床に倒れてもがき苦しむ3人の冒険者たち。喉を血がでるほどガリガリと掻き毟っている。
大丈夫だろうか。今までこの呪いで命を失った人はいないはずだけれど。
「皆さん、こんにちわ! 俺はクイーン王国の王国顧問魔術師です。今日は皆さん冒険者組合の冒険者の皆さんにお願いがあってきました。この街の住人や、王国で長く活躍されている冒険者から多くの苦情が寄せられています。この食堂が冒険者組合の溜まり場になっていると。こちらの食堂を長く愛用していた方が、冒険者組合の冒険者によって不当な扱いを受けているのだとか。それにどうもクイーン王国のルールを遵守できていない方も多いようです。法については無料で最低限のルールを学ぶ講座も開設されておりますので、お気軽に王国の兵士にお尋ねください。どうかルールを守って平穏な冒険者生活をお楽しみくださいね」
食堂にたまっていた冒険者達は脱兎の如く逃げ出した。床に倒れていた冒険者達も仲間らしき人達に担がれて連れていかれた。
「なんだ? いきなり全員で逃げ出して。まあいいか。せっかくの臨時収入だし、ランチにしよう。リファは何が食べたい? デザートも頼んでいいよ。良かったらブレインさん達も」
「ご主人さま……お願いですからもうちょっと慮るという事を覚えてくださいね」
「魔術師くん……ほんと引くわ。姉さん方をこんなに引かせた人間は初めてよ。君っておとぎ話にでてくるダークエルフの末裔だったりする?」
「な、なんだよ、みんなして。あ、店員さーん。すいません、雑巾とほうきとちり取りを貸してもらえますー?」




