黒衣の魔術師
俺の不安をよそに、リファはすさまじく手際が良かった。
迷宮から歩いて10分の街へと戻り、前のご主人が借りていた宿に1人で入っていくと、すぐに荷物を持って出てきて別の宿に俺を引っ張っていった。
そうして部屋をとると俺を残して再びどこかへ。
また戻ってきた時には2人分の食事を用意していた。
「質問、いいかな」
「なんでしょうご主人さま」
食事の手を止めてリファは俺の目を見た。
なにから聞けばいいのか。
「いや食べながらでいいんだけどね、さっきいたのがクイーンの迷宮……」
いや聞くまでもなくクイーンの迷宮なのだろう。
よく考えろ。
下手なことを聞いて怪しまれるとまずいかもしれない。
俺が異世界の人間だなんて知られたらどうなるのか。
与太話として信じてもらえないのか、それとも何かに利用されるのか。
まったく予想がつかないが迂闊なことを言わないほうがいい。
「俺はクイーンの迷宮が目的でやってきたんだけどね。この辺りの奴隷制度とかよく分からないんだ。興味もなかったし。リファはなんであんなに俺の奴隷になりたがったの?」
「この国では、主人を失った奴隷はどうしようと自由なんです。平民でも奴隷でもない立場ですから」
「だったら平民に戻れるってことだよね?」
「お金があれば平民の権利を買えますけど……」
単純に考える俺だったが、そうは簡単にはいかないらしい。
まともな主人の下でそれなりに貯金が許されていれば別だが、リファは買われたばかりで無一文。
こんな状態では平民の身分を買うこともできない。
そして平民ですらない人間は、金を稼ごうにもろくな雇い口がない。
再び奴隷として身を売るにしても、扱い的には中古になるから、厳しい環境で酷使される可能性が高い。
そもそも迷宮から生還することすら難しい。
なんでも奴隷身分の者は非常口というアイテムも使えないらしいのだ。
主人である俺の同意があってはじめて発動するのだとか。
「ん? ということは俺は平民なのか?」
「えっ?」
リファの怪訝そうな顔に俺はなんでもないとごまかす。
そこは邪神の最低限のサービスで平民にしてくれているのだろう。たぶん。
「ご主人さまは闇魔法を使われるんですよね」
「え、ああ、うん。まあね」
闇魔法ではなくて邪神の呪いなんだけどな。
「私、はじめて見ましたけどすごいんですねっ。急に盗賊が苦しみはじめて」
「闇魔法って珍しいのか」
「はい。その、闇魔法は邪法ではないんですけど……」
なるほどな。
そりゃ光とか火の魔法はいかにも明るくていいけど、闇ってイメージ悪いよな。
イメージどころか邪神の呪いは悪質そのものだし。
苦しみを与えるって悪者そのものじゃないか。
「そういえば魔法と神の奇跡は違うのか?」
「えっ、もちろんですご主人さま。火の神による炎と、魔法による炎って全然ちがうじゃないですかっ。神聖魔法と一般魔法は違いますよ!」
そうなのか。
いや全然わからん。
見たことないしな。
しかし違うというならそうなのだろう。
「光の神々の対になるような、闇の神々なんてのはいるのか?」
「ご主人さま、さっきから私のこと試しています? 奴隷ですけど一般常識くらい知ってますよっ。邪神はとうの昔に滅びたじゃないですか」
リファはちょっと頬をふくらませながら言う。
機嫌を損ねてしまったらしい。
「そんなつもりはないんだ。ちょっとこの国に来てから噂を聞いてね。危ないのがいたら嫌だなーって」
「そうなんですか? 聞いたことありませんけど。それにちょっとでもそんな危険な邪神がいれば、どこかの神殿から騎士団が派遣されてきますし大丈夫なんじゃないですか?」
邪神サイドってやっぱり問答無用で退治される存在なのかよ。
ここは闇だか暗黒だかの魔法使いで通したほうが良さそうだな。
「ご主人さまはやっぱりクイーンの迷宮の秘宝を求めてですか?」
「ああ、うん。俺自身の力試しも兼ねてね」
たしか邪神もクイーンの迷宮の調査をしてくれとか言っていたっけか。
「やった♪ やっぱりご主人さまについてきて正解でした。優しくて強いし。迷宮に挑戦するなんて最高ですっ」
やけに嬉しそうにするリファ。
迷宮探索なんて命賭けのブラック間違いなしなお仕事だと思うのだが。
「前のご主人さまも迷宮を探索しに来た人じゃなかったのか?」
「いえ。あの人はただの物見遊山の観光客です。一応、貴族だとか言ってましたけど」
そんなお偉い貴族様が、リファみたいな少女一人連れて迷宮に入るかね。
「貴族ってお金持ちじゃないですか。だから装備とか魔法のアイテムを自分の強さと勘違いしちゃうみたいですね」
その貴族は光の神聖魔法を金にまかせてなんとか習ったボンクラだったそうだ。
武者修行を気取って迷宮の魔物を魔法で散らしていたらしいが、盗賊の待ち伏せを受けてあっさりと死んだらしい。
なんだかリファは辛辣なんだが貴族嫌いなのか?
「強い装備ってのはあまり頼りにならないのか。あんな程度の盗賊にやられるなんてな」
「あの貴族から受け継いだ大剣は見ての通り紙製ですしね」
リファは壁にもたせかけていた大剣を俺に渡してくる。
意外とずっしりしているな、これ。
厚紙を重ねて作っているだけあって、殴られると痛そうだ。
辞書の角で殴るようなもんか。
「祝福はかかっていますけど紙製ですね。あまり力の強くない人が使う軽い装備です」
「命中重視の装備ってことか……いやでもこれはさすがに」
「はい。私も遠からずあの貴族はしんじゃうだろうなって思っていました」
まさか初日に亡くなるとは思いませんでしたけど、と言ってリファは肩をすくめた。
やはりリファは貴族に冷たいな。
なにか過去があるのかもしれない。聞かないけど。
「えーっと。じゃあ今日から俺の迷宮探索を助けてくれるのか?」
「もちろんですご主人さまっ。軍資金も手に入りましたし、しっかり準備して頑張りましょうね!」
リファは貴族の手荷物をぽんぽんと叩いてみせた。しっかりしているなあ。
食事も食べ終えた俺たちは、疲れもあって早いうちに寝てしまった。
◆ ◆ ◆
「カンゾーさん」
誰かが俺を呼んでいる。
「カンゾーさん、初日の冒険おつかれさまでしたっ。いやーとっても良かったですよー」
邪神だ。
こいつ俺の夢にでてきやがったのか。
「今日は思わずアドバイスしちゃいましたけど、カンゾーさんってばなかなか冷静ですねー。さっそく呪いを使いこなしてる感じですっ」
「やっぱりあれは邪神の声だったのか」
素直に感謝していいのかわからないが。
「基本的に夢の中でしか私はアドバイスできませんからねー。でも昼夜問わず私の声を聞くことのできるアイテムもあるので、頑張って探してみるといいですよ!」
いらねー。
必死に戦っている最中に、いちいちこんな奴の声が聞こえてきたんじゃたまらないって。
「そうそう、それでカンゾーさんはさっそく手駒をゲットしちゃいましたね。あの奴隷の強化について教えちゃいますよー」
「リファか。奴隷ってほいほい使って大丈夫なのか? 迷宮でいきなり裏切ったりとかされたらやばいんじゃ」
「おおう、さすが邪神の信者ですねー。疑り深い! でも大丈夫だと思いますよー。リファちゃんは忠誠心が高いですし、奴隷って主人に害を成すとキュっと締まっちゃいますからねー。首をキュっとね! あはは」
こわすぎだろ。邪神が言うには奴隷のつけている首輪にそういう機能があるらしい。
当然のように奴隷がいるだけでも嫌なのに、この世界って殺伐としているな。
「それでリファちゃんにはどんな方向で戦ってもらいますか?」
「戦うって」
あんな子供に戦うとかできるのか。いや戦っていたけど。
むしろ嬉々としてとどめを刺してはいたが。
「見た感じリファちゃんって前衛ですよねー。肉弾戦闘ではノーダメージなんて呪いとかがいいですかね?」
「……それって代償として魔法で即死なんだろう?」
「さすがカンゾーさん、呪いを理解してきましたねー」
邪神はどこまでいっても邪神だな。
こいつ任せだと、どうやっても危険な方向に進む。
「わかってますってカンゾーさん。だから成長しなくなる代わりに強化って呪いにしておきますね」
「成長しなくなるって」
「いや成長ってあれですよ、身長とか体型の話ですよ? 不老とはまた違うんですよねー。力は強くなります。メリットも多いですからそれなりの強化ですけどねー」
それってあれくらいの少女にとっては最悪じゃないか?
やっぱり大きくなりたい年頃だろうし。
「カンゾーさんとお揃いですし喜んでくれるっしょー。ついでにあの紙の大剣も呪っておきますねー」
「いやだから呪いはちょっと……お揃い?」
聞き捨てならないことを聞いたんだが。
俺の成長が止まってるのか?
それともリファまで人として大事な何かを失うのか?
「まめに地獄に送ってくれないと、奇跡は使えなくなりますからねー。頑張っていろいろぶったおしてくださいね!」
「ちょっと待て、まだ色々聞きたいことが――」
◆ ◆ ◆
「ご主人さま、大変ですご主人さまっ」
俺はリファにゆすられて目を覚ました。
最悪な目覚めだ。
リファは、起きてきた俺に黒く輝く禍々しい大剣を見せてきた。
「なんでしょうこれ? 黄ばんでいた紙の大剣が真っ黒になっちゃったんです」
夢じゃなかった――。
しかもリファはがっつり大剣を手にしてしまっている。たぶんもう呪いを解かないかぎりは手放せないだろう。
「それは……その、あれだ。闇魔法で強化したんだ」
「えっ、そんなことできるんですか?」
「ああ。リファはまだ重い武器なんて扱えないだろう? 新しく買うのもいいが、紙の大剣を強化してもいいかなと思って」
我ながら苦しい説明だ。
さすがにとおらないか。
「すごいですご主人さまっ。わたしが魔法の武器なんて使っていいんですかっ?」
しっかりしていると思っていたけど所詮は子供だった。
「ああ。もちろんだリファ。俺たちは一緒に死線を越えた仲間だからな。強化できるところはどんどん強化していくぞ」
「わーい♪ ありがとうございますご主人さま!」
呪われた紙の大剣か。
一体どんな禍々しい効果があるんだろうか。
クイーンの迷宮の入り口付近で実験する必要がありそうだが。
◆ ◆ ◆
「おい、そこのお前。胡散臭いローブのお前だ」
俺とリファは買い物をしたあと、適当な食堂で朝食兼早めの昼食をとっていた。
リファは薄汚れた服しか持っていなかったので、まともな服と申し訳程度の鎧を買い与えた。
例によって鎧は紙製だが、近いうちに黒く禍々しくなってしまうんだろうか。
「見たところクイーンの迷宮に潜っている冒険者だろうが。そんないたいけな少女を連れて行く気か?」
リファも、そして俺も装備だけでなく身体まで呪われてしまったからなあ。
朝に顔を洗う時に自分の顔を見たが、ハイティーンから二十代前半といった風貌だった。
しかし奇妙なのは、俺がもともとどんな顔で、何歳だったのかが思い出せないということだ。
もしかしたらこれも呪いか。
過去の思い出を失う代わりに何かを得たのかもしれない。
「いくら制度として存在するからといって、そんな子供を酷使して恥ずかしくないのか? 聞いているのか、おいっ!」
さっきから俺に声をかけてきている白く輝く鎧をまとった騎士が、俺の肩をつかみかけた。
俺への態度に激怒したリファが足払いをかけ、ぶっ倒れた騎士の腕をひねりあげた。
「ご主人さまに手をあげるとはいい度胸ですっ」
俺も含めて目が点になっている。騎士とて苦しげだが、たかが少女に制圧されて戸惑いを隠せない様子だ。
ずいぶんと俺に懐いてくれているじゃないか、この子。
あわてた俺は騎士を放してやるようにリファをとりなす。
「ご主人さま、基本的にこの国は自己責任、自己解決です。身の程を知らないこの男は身包みはがれても文句は言えません」
「そ、そうなのか? いやしかしリファを心配してくれたわけだしなあ」
「それが侮辱なんですよ。私はご主人様を守る盾であり、剣なのにっ」
紙の大剣ではなあ。
盾に至っては持ってすらいないし。
憤るリファをなんとかなだめて騎士を解放してやる。
「ご主人様の寛大さに感謝しなさい。次は腕ごとへし折ってやりますよ」
解放された騎士は無様にその場から逃げ出していった。
リファって……。
そんな光景を目撃していたのは、同じく食堂でだべっていた冒険者たちだ。
リファに拍手やら口笛で喝采をよこしてきた。
浮かれるリファの手を引いて、俺は食堂をあとにした。
「ま、まだ食べ終わってなかったのですが……」
「いやそれは悪かったけどさ、リファ。俺はあまり目立ちたくないんだよ」
「目立ちたくないんですか?」
「ああ。だからリファもできるだけ穏便にやっていってほしいんだ」
さっきの騎士なんて貴族とか何かのお偉いさんじゃないのだろうか。
ああいう手合いに目をつけられるとろくなことがない。
「で、でもご主人様は魔法使いとして名を上げるために普段からそのような服装をされているのでは……?」
言われてから気付く。俺みたいなローブ姿でうろついている奴いないぞ。
一般の人はリファが鎧の下に来ているような普通の服ばかり。
冒険者らしき人はみんな皮鎧とか防御を意識した装備ばかりだった。
弓やら斧という武器を持っているやつがいたが、魔法使いですという感じで杖を持っている奴はいなかったし。
「魔法使いってレアなの?」
「あたりまえじゃないですか。そんなの迷宮探索のトップランカーたちでもあまりいませんよ。さっきのやつが所属している聖焔騎士団とかレーンの鷹ならいるでしょうけど……」
そんな希少な魔法使いや神の奇跡を起こせる神官たちであっても、ローブ姿で迷宮なんぞに潜ることはないらしい。
当たり前だよな。狼に噛み付かれたり、盗賊に射掛けられるような環境でローブって。
常識で考えろよ。
「ご主人さまは黒衣の魔術師としてすでにちょっと噂になってますよっ。私も黒い鎧なんて着てみたいです~」
リファは嬉しそうにはしゃいでいる。
リファはわかっていないだろうが、迷宮をローブ一枚でうろつくアホとしての噂だろうなあ。
っていうかさっきの立派な騎士は聖焔騎士団とかいうエリート軍団のメンバーだったのか。
やばいじゃん。
「聖焔騎士団って?」
「えっ? 聖焔騎士団は聖焔騎士団ですよ。火の神の神殿から派遣されているみたいですね。クイーンの迷宮に眠るのは、火の神が創った神器なのでしょうか?」
神殿関係者とか一番目をつけられたくない一団なんですけど。
俺が邪神のパシリだとバレたらどうなるんだ?
火あぶり?
「まあご主人さまからすれば聖焔騎士団ごとき目にも入っていないってことですね♪ さぁ、準備もできましたしクイーンの迷宮に行きましょうっ」
ひたすら元気なリファに手を引かれ、俺は迷宮へと向かうのだった。