邪神電波受信中
<今回の登場人物>
主人公 黒衣の魔術師
リファ 黒剣士
邪神
ブレイン 森の乙女の一員
ウォッシュ 森の乙女のリーダー。操られている
森の乙女 冒険者集団の一つ。エルフだけで構成された五人組
『まさかこうして普通にお話できる日が来るなんて驚きですー。邪神としての力がここまで強めてくれるなんて。あっ、さては私に……じゃなくて我に恋しちゃってます? 声しか知らないのに、恋に落ちちゃってます? いや、恋に堕ちちゃってます? 邪神だけに! どやぁ!』
俺とリファは森の乙女を引き連れて、再び地下5階に戻っていた。
かつては30人以上という大所帯で活動していた優秀な冒険者集団、森の乙女である。もちろんクイーンの迷宮の地下5階に休憩所を設置しているという。
一通りお互いの実力を確かめ合ったので、今日は早めに休もうという話になったのだ。
話になったというか、俺とウォッシュさんがそうなるように話題を誘導した。
「ご主人さま……あの……」
「どうしたんだい、リファ?」
『あっ、かわいい! リファちゃん可愛いですねー。リファちゃんぺろぺろ、ぺろりん♪』
なぜか怯えた表情で両手を胸元でグーにしているリファ。
すでに休憩所の中にいるのに座りもせずに立っているのもポイントが高い。
安全地帯に入ってもなお警戒を解くことができない、幼い怯えを孕んだ瞳。
最高じゃないか。
「今回もご主人さまは音を、その、聞くんですか?」
「音を聞く?」
深刻な表情で質問してきたが意味が分からない。
音ってなんだ。
リファ的に考えると、迷宮にこだまする暗い怨嗟の声とかそういうアレだろうか。
この風の音……何かが起こりますっ、とかそういう遊びをしたいのかもしれない。
『でもこの風……すごく……大きいです……』
「ですからっ。アレの音ですってば!」
リファが顔を赤くしながら大きな声をだす。
なんなの?
可愛いけど、何が言いたいんだ?
「悪いけど全然ピンとこないな。音ってなんのことだい?」
「ですから――の音ですよ」
「え? なんだって?」
『で、でたー! テレッテー♪ あなたは突発性難聴系鈍感主人公のスキルを獲得しましたー』
肝心な部分がごにょごにょとした小声で聞こえない。
いつも不必要にハキハキとものを言うのに。
「リファ、よく聞こえなかった。いいかい。俺とリファの仲じゃないか。何を恥ずかしがっているのか分からないけれど、言いたいことははっきり言ってくれないか? ほら、もう一度。何を言っても怒ったりしないから」
「――ですぅ」
『タラちゃんですぅ』
「だから聞こえないって!」
苛立ちながら聞き返す俺に逆ギレしたリファは、顔を上げて休憩所にいる全員にはっきり聞こえる声で言った。
「前に聖焔騎士団のお姉さん達にしたように、今回も森の乙女のお姉さん達のトイレの音を聞くんですかっ!?」
「なんでそんな事をでかい声で聞くんだよっ?」
「ご主人さまが大きな声でって言ったもんっ」
『うわぁ……引きますわー』
気がつけば休憩所には俺に対する強い敵意で満ちあふれている。
思い思いに武装を解いたり食事の用意をしたりしているエルフたち、そして外で見張りをしていたエルフまでもが中に入って俺をにらんでいる。
「あの、魔術師くん?」
『ちなみに……うふふ、ちょっと立ち入ったこと聞きたいんですけど、どっちの音が好みなんですか? やっぱり大きいほうですかね?』
「うるさい、黙っていてくれ! 今は重大な局面に立たされているんだ!」
耐え切れずに邪神に反応してしまう俺。
「そ、そんなに大事なんだ」
「いつも優しいご主人様が声を荒げるなんて。それほどまでに……!」
『なーんだやっぱり聞こえているんじゃないですかー。無視するなんてーい・け・な・い・信・者・さ・ん♪』
◆ ◆ ◆
いままでに無い最大級の呪いだった。
さすがは邪神だ。ここまで人をイライラさせるのがうまいなんて。
しかも俺にしか聞こえないから反応してしまう訳にもいかない。
『さて、落ち着いて話せるようになりましたし、状況を整理しましょうかー』
前と同じでリファと一緒に休憩所の外に追い出されたからな。
とりあえずリファには少し眠ると言って入口の前にしゃがみこむ。寝たふりは得意なんだ。そう、いつだって俺は寝たふりをしていたからな。くそが。
『まずは聖焔騎士団とレーンの鷹の正面対決の結果、知りたいですよねっ』
それはもちろん気になる。
ただ正面対決といっても拳士さんまで混じっていたからなあ。レーンさんでは荷が重いんじゃないか。
最悪の場合だとレーンの鷹は全滅、聖焔騎士団と拳士さんがこの地下5階まで追跡……という感じか。
『つまらないですけどー。痛み分けって感じですかね。特に目立った人物の死者はいませんね』
やはりそうなるか。
スピリッツさんもレーンさんもそう簡単に命を失うようなへまはしないよな。
拳士さんならいわずもがな。
『心配している追っ手に関してもご心配なく。聖焔騎士団も被害が大きくて撤退しましたし、拳士とやらもあなたの愛しのお嬢様をかばいながら街に帰りました』
お嬢様も無事か。
レーンさんとは合流可能なのかねえ。
『レーンの鷹も被害が大きくて当面は活動しないでしょうねー。トップクラスの冒険者達が次々と活動困難になって安心ですね。森の乙女もこちら側に吸収できそうですしね』
なぜかレーンさんの被害まで喜んでいるようだ。
聖焔騎士団のスピリッツさんみたいな人は、いかにも正義の味方だ。ああいう善玉というか光サイドの冒険者が迷宮の謎を解くのはまずいだろう。
しかしレーンさんみたいなどんな素晴らしい力でも悪用しそうな人であれば、別にクイーンの迷宮を制覇してもかまわないんじゃないのか。
『いやいやいや。この迷宮に眠る何かに誘われて、多くの欲深い人間が志し半ばにして倒れているんですよ? せっかくの不幸生産地が潰れるなんてもったいない!』
ああ、やっぱりこいつとは友達にはなれないわ。
『それにこの迷宮に眠る何かが、ブツじゃなくてどこかにつながるゲートみたいなものかもしれないじゃないですか。例えば異世界の慈悲深い優しい種族が大量にこの世界へやってこれる的な最低な装置だとしたら……うぅ考えただけでゾッとしますー。世界の多くの人々が救われてしまいます!』
逆に魔界的なものに通じる地獄の門かもしれないじゃないか。
『魔界ねぇ。最近の魔族とか魔王ってぜーんぜん邪悪じゃないですからね。なにかと親切というか、人間のほうがよっぽど邪悪で、人道のためにむしろ魔王が悪を倒すみたいな。魔族でしょ! 世界を滅ぼしてくださいよ、理由もなく!』
確かにそれは一理あるかもしれない。下手な神様連中がやって来るよりも、魔王がやってきたほうが世界が平和になりそうだ。
それに魔王と言えばゴスロリ系の衣装を着た金髪幼女に決まっている。
その可憐な姿を見ただけで世界から戦争が無くなるだろう。なんだやっぱりファンタジー最高じゃないか。魔王万歳。
『ともあれー私の慧眼のとおり、このクイーンの迷宮は邪神の使徒であるあなたのレベルアップにうってつけです。でもでもーだいぶ強まってきましたが、まだまだ邪悪な力をつけてもらわないと困りますー。ですから、これからも迷宮を訪れる冒険者たちの邪魔をする方向でお願いしますよ。これぞ一石二鳥、ダブルミーニングってやつですね!』
拳士さんも邪神の使徒……いや、邪神そのものではないだろうな。
ちょっと気になっていたんだ。あの滅茶苦茶な感じ。なんでもありのチート女。
『ノンノン、邪神の加護を直接受けているのはあなただけですよ。でも何かの加護だったり、未知の技能だか技術を持っている人間はそれなりにいますからねー。ああいう人間と遭遇する可能性は常に考慮しておいたほうがいいですよ。クイーン王国には色々な国から人が集まってきますから』
冒険者か。俺の世界で言えば探検家とかトレジャーハンターみたいなものだろうか。
そういう不安定な職業に就く奴がこの世界には多いのは、どうも不自然だ。
一攫千金なアメリカンドリームを狙う人間が多いということか。
『……んっふっふー。どうなんでしょうねー。おや?』
どうかしたのか?
『今、迷宮に何か強い力を持った冒険者が侵入してきましたねー。とても温かい、そう虫酸が走るほどに神聖な雰囲気を持った人間のようです。例えて言うならば、雨の日にダンボールの中で寒さに震える子犬を家に連れ帰って暖かい毛布に寝かせて適温のミルクを与えるようなおぞましい優しさを持ちつつ、悪には敢然と立ち向かう嫌な奴ですね』
よく分からないが良い奴そうだ。
『今の状態の迷宮でも、この地下5階まで来れるかもしれませんね。しっかり準備を整えておきなさい』
準備って言われてもなあ。
『森の乙女をうまく使えってことですよー』
◆ ◆ ◆
ぐらりと身体が揺れ、俺の意識がはっきりと戻った。
どうやら邪神との会話に集中するあまり、休憩所の出入り口で本気で眠っていたらしい。
まさに隙だらけじゃねえか。さっきまでの状態で誰かに襲われていたら危なかっただろう。
まあリファがいてくれればなんとか守ってくれるだろうけど。
「……リファ?」
いない。
いつでも俺のすぐそばにいるはずのリファがどこにもいなかった。
俺が意識を失っているうちに、どこかへ……?
いやおかしい。あのリファが眠っている俺を置いてどこかへ行くだろうか。それこそよっぽどの事がない限りありえないだろう。
「誘拐、とか」
自分で口にだした途端に不安が大きくふくれあがってくる。
あのリファを行動不能にして連れ去ることが可能とは思えないけど。例えば拳士並みのチートクラスの敵であれば、あるいは。
さっき邪神が言っていた神聖な冒険者とやらがすでにこの地下5階にまで到達していたとすれば?
「大変だ! リファが!」
慌てて休憩所のドアを開いて、中にいる全員に呼びかけた。
「入ってこないで。分かっているでしょう、魔術師くん」
ドアのすぐそばで立ちふさがるように仁王立ちしていたのはブレインさんだった。
どういうことだ。リファをさらったのはこいつらか。初めから森の乙女は俺たちを狙っていたということか?
「リファに会わせろ。いますぐにだ。俺が冷静でいるうちにな」
「落ち着きなさい魔術師くん。会わせられるわけないでしょう?」
俺の頭の中が真っ白になっていく。
もう会うことができないだって?
「そこをどいてくださいブレインさん。リファがいることは分かっているんだ。今ならまだ間に合う。俺に従ってください」
「ここは通さない」
俺がナイフを抜き放つのと、そしてウォッシュさん以外の森の乙女が抜刀したのは同時だった。
「では押し通ります」
「上等。君、女の敵ね」
俺とブレインさん達が斬りあう、その寸前のことである。
「待って! やめてくださいブレインお姉さんたちっ。……ご主人さま、どうぞこちらへ」
「だめよリファちゃん! いくら奴隷だからってやっていいことと悪いことが――」
「いいんですっ。いいんですよ、ブレインお姉さん。そういう趣味も含めてリファはご主人さまがだいすきですから」
やりきれない想いを振り切るように刀を地面に刺すブレインさん。
そして俺は今、何が起きているかを理解する。
「さ、さぁご主人様。どうぞこちらへ。あれだけお願いしても我慢できなかったんですよね……。良いですよご主人さまっ。覚悟はできました! リファのでよければ存分にお聞きくださいっ」
リファの声は休憩所の奥にある扉――トイレから聞こえていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
いくら地下水道があるとは言え、トイレまで完備というのはすごいですね。飲み水にも使っているでしょうしガンジス川状態なのでしょうか。もしくは魔法でどうにかしているのでしょうか。魔法でどうにかしても飲みたくないですね。何かの映画では浄化してすぐに飲んでいましたが。
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◆広報キャラクター・リファッポイ
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