死に至る欲望
人は時に名誉のために死ぬという。
それは人間が誇り高い生き物である証明なのかもしれない。
確かに名誉には輝かしいなにかがある。
名誉は命を賭けるに値するのかもしれない。
しかし俺は迷宮で名誉の戦死なんてごめんだ。
一度、森の乙女と組んでしまったからには最善の手を打って生き残りたいものだ。
「やっぱり後先を考えずに特攻するのはまずいですって。せめて突撃するタイミングとかをブレインさんに任せて――」
言いかけて俺は言葉を止める。
クレバーな雰囲気があるが、ブレインさんもさっきの突撃では嬉々として白眼になりながら敵に刀を突き刺していたからだ。
ちなみに、ちゃおらとか言っていたのがブレインさんだ。
「なっていませんね! まったくお笑いですっ。ね、ご主人様?」
ここで黙っていたリファが調子に乗り始めた。
打つ手も思い浮かばないし、かわいいから続けさせよう。
「な、なによぅリファちゃん。私達の何がおかしいって言うのよぉ……」
「そうよぅ。変なところがあるんなら治すから言ってよね……」
「リファちゃん。私達、森の乙女は剣に命を捧げて戦うサムライなの。あまり軽く見ると――」
「ただのトーシロ集団ですねっ。いいですか? この私とご主人様にかかれば、あなたたち森の乙女なんて」
ぺにょ
恐らくリファは指をパチンと鳴らしたかったのだと思う。
実際はぷにぷにの指をこすり合わせただけで何の音もしなかったけれども。
そもそもトーシロ呼ばわりしているが、ついさっきすごいとか言ってなかったっけ。
「まばたきする間に殺せますっ。だからですね、おとなしくご主人様のおっしゃるとおりに色々と改善してみてはいかがですか? オッケーです?」
「言いたいことはわかったわ」
リファの言葉にうなずくと同時に抜刀するブレインさん。
やっぱりこの人もエルフの一人なんだなあ。
苦しめ。
「ぬぐっ」
「リファ!」
愚かにもリファに刀を抜いたブレインさんは呪いをうけて動きが止まる。
そして俺の合図と同時に横なぎに大剣を振るリファ。
もろにボディを打ちのめされたブレインさんは床にころがった。
もちろんそれを黙っている森の乙女達ではない。
「……全員抜刀。とつ――」
俺は倒れ伏したブレインさんのお尻あたりを踏みつけ、ナイフを抜き放った。
「ブレインさんって森の乙女で一番年下だか後輩ですよね? 妹分の命は惜しくないんですか?」
「……突撃!」
うーん。
一瞬、戸惑った感じも受けたけど。
相性が悪かったということでここで始末するか。
どうせ優秀な冒険者は邪神の邪魔になるわけだし。
森の乙女達は俺よりも強い。おそらく殺されるだろう。
「……え?」
「ご主人様っ。避けて!」
油断大敵、注意一秒怪我一生。
お助けください邪神様リファ様。
そんな俺の真摯な願いを邪神が聞き届けてくれたのか。
間違いなく俺の首に刀が突き刺さるタイミングの攻撃だったのだが、森の乙女達は一瞬だけ固まったように動きが止まった。
その隙をリファが見逃すはずもなく、紙の大剣を振るってバーサーカー達を叩きのめしてくれた。
いやびっくりした。
敵との力量差がわかる能力って、変動するんだな。
森の乙女が突撃する瞬間だけ力が跳ね上がったもん。
「ククク……わかったかね、森の乙女達よ……? 我が黒き魔術の前には貴公らなど赤子も同然。おとなしく我が軍門に降るがよい」
「ぐぐっ。こ、殺しなさいよ!」
「そうよっ。勝つか死ぬか、迷宮はそれだけなんだからね!」
死の恐怖のあまりうわずる俺の声に突っ込むことなくテンプレ返答を行うツンデレーズ。
申し訳ないが俺の人生は全年齢対象なのでレイプシーンは挿入されない。
「ご主人様」
リファが珍しく真剣な顔をして俺に詰め寄る。
なんだ。
トイレにでも行きたいのだろうか。
「今、ご主人様って超油断していませんでしたか? 本気で危なかったですよね? だめですよ、戦っている時にぼんやりしちゃ」
怒られた。
怖い顔しているリファもなかなかいい。
ちょっとほっぺを膨らませている感じが素敵だね。
こういう顔を見ているともっと怒らせてみたくなるのはどうしてなんだろう。
「ああ……そうだな。はいはい。すいませーん、反省してまーす」
俺がてきとうに謝った瞬間、金的に衝撃が走った。
突き刺すようなリファの綺麗な正拳突きが決まったからだ。
「ごふっ」
「ふざけんなっ。怖かったんですからね! ご主人様がやられちゃうかと思って怖かったですから!」
生まれてきたことを後悔するような痛みに耐えながら、しかし俺は歓喜に心が震えていた。
リファ可愛い!
「ご主人様にも腹が立ちますが、森の乙女たちにはもっとでしょうか。初めてですよ、私のご主人様にここまで舐めたことをしてくれたのは」
「ひっ!?」
「な、なによぅ。そっちが私達のサムライ魂を愚弄してきたんじゃない!」
「あたし達は剣に生き、剣に死ぬんだからね! リファちゃんなんか怖くないんだからっ」
森の乙女たちの反論を聞く様子もなく、リファは黒い大剣を振り上げた。
「ではご主人様に代わって、死よりも恐ろしい現実を教えてあげましょう。手始めに腕……いや指からですかね」
けじめってやつですか……!
いやいやいやいやいや。
「待ってくださいリファ様! いや待つんだリファ。……森の乙女たちよ。貴公らの名誉に生きる覚悟しかと見届けた」
「……ご主人様?」
急所に大ダメージを受けた俺の震え声に、リファは首をかしげてみせた。
「名誉のために生き、名誉に死ぬ。その心意気やよし。しかし森の乙女よ、こんななんでもない迷宮の浅い階層でその命を燃やし尽くしていいのか?」
「それは……」
俺に踏んづけられたままのブレインさんが考えるような声をあげる。
死を恐れないが不名誉は恐れるか。
いるよな、こういう上昇志向の奴隷みたいな奴って。
「もう一度言おう。森の乙女達よ、おとなしく我が軍門に降るがよい。この私が貴公らにふさわしい死に場所を与えようではないか」
「な、なによぅ……」
「べ、別に私たちは名を上げたいわけじゃないんだからねっ」
戸惑うような、いや明らかに迷っているような反応がかえってくる。
「侍は恥を知るという……。くだらない私情に囚われず、大義に生きることこそ侍の道ではないのか? 貴公らの剣は鋭いが迷いがある」
聞く人が聞けば鼻で笑うような話を俺は淡々と話す。
俺自身、何を言っているのかわからなくなりつつある。
しかし侍道に憧れるエルフ達は聞き入っている。
「その刃、我が闇に預けてみる気はないか? 闇こそが真理。光が大手をふるう時代にこそ闇は強くなる。必要悪なのだよ。闇に生きる侍として生きてみよ。それこそが貴公らが生まれた意味、刃として己を殺して磨き上げた理由……!」
「……どう思う?」
「闇に生きるってダークサムライ?」
「熱い志を持ちながらも闇の力を併せ持つって、最強じゃない?」
まあダークナイトに憧れる気持ちは分からないでもない。
聖騎士もいいが、暗黒騎士はもっとおいしい。
このおいしさは暗黒騎士だけでは成立しないのだが、どうもこの国ではダークサイドの冒険者は不足傾向にある。
逆にスピリッツさんたちのような正義サイドの冒険者は多い。
ましてや説得する相手はどこで聞きかじったかわからない侍道に憧れて討ち死にできるようなエルフたちだ。
ダークサイドとして名を上げるというのは抗い難い誘惑だろう。
実際の悪役ってのはみんなみじめなものなんだけどな。
そもそも心が弱くて馬鹿だから悪事を働くことになるんだ。
どうしようもない空腹に耐えかねてパンを盗むような人間は稀だ。
「厳正な審議の結果、姉さん方は魔術師さんに協力してやらんこともないとのことです」
しばらくぼそぼそと話し合った後、ブレインさんが森の乙女を代表して言った。
ブレインさんの後ろで顔を赤らめてもじもじしている首狩り族たちにイラッとするが、彼女たちの剣の腕は確かだ。
「協力していただけるならありがたいですね。えーっと森の乙女のリーダーはそちらの……ウォッシュさんでしたっけ?」
「な、なによ! 急に声かけないでよねっ。それと従うんじゃなくて協力なんだからね! 勘違いしないでよね!」
「ええ。もちろんです。良いパートナーを得て心強いですよ。遅ればせながら、俺はカンゾーです。黒衣の魔術師なんて呼ばれてますけどね」
そう言って俺はウォッシュさんに握手を求めるように手を差し出す。
「なによっ。私はウォッシュ、ウォッシュ=サイダーアウトなんだからね! ウォッシュって呼び捨てで呼んでくれてもいいんだからね! それにあくまで協力なんだからねっ。突撃するかどうかは私が判断するんだからぁ!」
「ええ。もちろんそれでかまいませんよ」
悪いが俺はリファ以外を呼び捨てにするつもりはないが。
ウォッシュさんは照れながらも握手に応じてくれる。
従え。
幸い、抵抗されることなくウォッシュさんに邪神の呪いがかかる。
相手を操作する能力ってすっげー便利だな。
ウォッシュさんを支配した瞬間、彼女の持つ知識と記憶が俺に流れ込んでくる。
これは邪神の呪いが強まっているんだろうか。
森の乙女たちの持つ技までを把握できるようになっている。
「? ウォッシュ姉さん、どうかしましたか? なんだか雰囲気が変わりましたけど」
「別に。なんでもないんだからね。なによ、私を一番知っているみたいな顔しちゃって」
ブレインさんがなかなか鋭い感覚でウォッシュさんを心配しているが、いつものツンデレ返答を自動でしている。
自動操縦、と言えばいいのだろうか。
俺が直接操作しない限り、ウォッシュさんはそれっぽい反応をしてくれるようだ。
この力って今後強まっていけば世界征服でもできそうだな。
スピリッツさんくらい格が上だったら効かないだろうけど。
時の真の権力者はさておき、トップの人間ってただの七光りが多いもんな。
◆ ◆ ◆
「全員、抜刀。首無し達磨」
ウォッシュさんの掛け声と共に、4人が魔物の両手両足に斬撃を食らわせる。
魔物の四肢が千切れ、あるいは切断され、ウォッシュさんが首を斬り飛ばす。
◆ ◆ ◆
「サムライ手裏剣」
ウォッシュさんの掛け声と共に、5つの風の刃が魔物を襲う。
6個の魔物の破片が迷宮の床に散らばる。
◆ ◆ ◆
「2名抜刀。乱剣」
ウォッシュさんの掛け声と共に、魔物の2本の腕が千切れ飛び、隙だらけになった敵の首に3本の刀が突き刺さる。
◆ ◆ ◆
なんて言ったらいいんだろうか。
オーバーキル過ぎる。
森の乙女には何パターンかのフォーメーションというか必殺技がある。
そう必殺技だ。
マジで決まれば必ず死に至らしめる。
普通に考えれば敵の両腕を奪った時点で、あとのメンバーは他の敵に当たるべきなんだよなあ。
それを森の乙女は瀕死の敵に確実なとどめを刺す。
そのせいで、残りの敵に手傷を負わされてきたのだろう。
今は俺とリファがフォローに入るのでノーダメージだが。
ひょっとすると30人のフルメンバーの時でも、全員で敵1人をズタズタにしてきたのだろうか。
「あの、ブレインさん。もうちょっと効率的に敵を無力化していってはどうでしょうか?」
「それは姉さんがたに何度も提案してきましたが……」
「なによっ! 敵に全力でぶつかり確実に潰すんだからね!」
「そうよ! そこに散る命がサムライの華なんだからねっ」
一体、どんな奴がこのバーサーカー達に武士道を教えたのだろうか。
「ふんだ。魔術師がそう言うならそうしてやらないでもないんだからね」
「えっ? ウォッシュ姉さん?」
ブレインさんが驚いたような声をあげる。
まあ俺が呪いで言わせているんだけどな。
「これからのあたし達はただのサムライじゃない。ダークサムライなんだからね。正々堂々だけじゃなくて邪道な戦い方もやっていくんだからみんなもそのつもりでいなさいよね。なによ勘違いしないでよね」
ウォッシュさんが森の乙女を諭すようなことを言う。
今の彼女はなんというかセミオートで操っている状態だ。
俺の意向が汲み取って、勝手に動いてくれる。
前にファイさんを操った時はオートかマニュアルでしか操れなかったが、本当に使い勝手が良くなってきた。
「なかなか感心な心がけですねっ。ね、ご主人様!」
リファがニヤリと俺に笑いかける。
この子、何もかもお見通しなんじゃないだろうな。
まあ、悪い笑みを浮かべている顔も可愛いから全然いいけど。
ウォッシュさんのあまりの素直さに森の乙女達のなかでやや動揺が走っていたが、ダークサムライに変わったという事で納得してもらえたらしい。
まあどこぞのにわかから聞いた侍道に憧れる程度の集団だ。
それっぽい話さえすればあっさりと方針を変更してくれるだろう。
いや。
にわかではないか。
俺の知っている侍なのか、それともこの世界にサムライとやらがあるのかは知らないが。
25人も思想の為に、サムライの名誉に振り回されて死んだのだから。
人の心を動かせるだけの熱弁を聞いたのだろう。
もちろん森の乙女の構成員が純粋だったというのも大きいだろうが。
「姉さん方がそれで納得するのならかまいませんが」
「ダークサムライじゃないわよっ。スーパーダークサムライなんだからね!」
「別に悪役に憧れているわけじゃないんだからねっ。ちょっとでもサムライに反すると思ったら切腹させるからね!」
「ウォッシュには御恩があるだけなんだからね! 別にダークサムライって響きが気に入っているわけじゃないんだからぁ!」
それがこうもあっさりと変わる。
所詮、名誉にだけ生きる奴はこんなもんだ。
人に褒められたいだけ、かっこいいと思われたいだけなのだ。
邪神の使徒である俺と最も相性が良いタイプだと言える。
誰に褒められたいかを考えず、たくさんの人間に褒められたいから付けいれられるのだ。
「素晴らしい侍ソウルですね。ほらリファも可愛く褒め称えなさい」
「リファはかっこいいお姉さんたちって大好きー! 今度からお姉ちゃんって呼んでもいいですか……?」
俺のこともお兄ちゃんって呼ばせようかな。
それはともかくこれでさらに迷宮の奥を探索できる戦力が整った。
お嬢様の火力も魅力的だが、おそらく継続して戦う能力に欠ける。
魔法と刀が扱える森の乙女達はコントロールさえできれば心強い。
どうせ玉砕する命だ。
邪神様の役に立ってもらおうではないか。
ま、できれば生きて故郷に帰してやりたいけどね。
『聞こえますかー?』
そんな事を考えていると邪神の心地よい声が俺の頭に響いた。
さて、次はどんなありがたいお言葉をいただけるのやら。
俺は邪神からもらったナイフをギュッと握り締めた。
お読みいただきましてありがとうございます。
ダンジョン物と言えばエルフのサムライという説がございます。しかしながらエルフのサムライのみで組みますとクリアは困難になると思われます。ご注意くださいませ。
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