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邪神様の仰せの通りに迷宮探索  作者: 内村ちょぎゅう
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お嬢様狂言略取事件

どうもご無沙汰しておりました。申し訳ありません。お元気ですか?

「ご主人様! なんだか久々の迷宮探索な気がしませんかっ?」

「そうかもしれないな。お嬢様のお屋敷でじっくり休養したからなあ。迷宮に来るのも10日ぶりくらいか」

「4ヶ月ぶりくらいな気がするのだがにゃ」


 初めてかもしれない、猫耳メイドさんの意見に同意したくなるのは。

 もしかすると邪神の呪いのせいで時間感覚までおかしくなってきているのか。

 まあ大抵のことは邪神のせいだろう。


 とにかく俺は悪くねえ。

 俺は悪くねえ。


「俺は悪くねえっ!」

「ど、どうしたのよ魔術師? 急に大声を出して」

「おっと失礼しましたお嬢様。それよりも勝手にお屋敷を抜け出して迷宮探索なんかに来て大丈夫だったんですか」


 取り乱しました。

 これも邪神のせいだろう。


 それはさておき、俺たちは馴染み深いクイーンの迷宮1階にいた。

 身長に不釣合いな大剣を背負うリファと、娼婦も眉をひそめるような露出度の高いミニスカメイド服の猫耳女、そして高級そうな布地のワンピースを着たお嬢様まで一緒だ。


「あら、ダメに決まっているじゃない。きっと今頃はうちの屋敷で大騒ぎになっているのではないかしら」


 俺もそう思う。

 女執事さんなんて激おこだろうな。


「でも安心しなさい。私が無理を言って連れてきてもらったのだから。魔術師のことはちゃんと守ってあげるわ」

「もちろん安心していますよお嬢様。そして迷宮内は俺が貴女を守ってみせま痛い! リファ、やめて! 無言で何回もすねを蹴るのはやめて!」

「すいません、ご主人様……。とってもイライラしてしまったのでつい」


 ほっぺたをふくらませてヤキモチを焼くリファ。

 お嬢様といちゃつくことで、リファが可愛らしく拗ねてくれる。

 まだ迷宮の1階くらいしかまともに探索していないのに最強のパーティが完成してしまっているではないか。


「まだ迷宮の入り口に近いところでのんびりしていてよいのかにゃ? 追手がくるかもしれないしウザいからさっさと行くぞにゃ」


 おっとまだパーティメンバー入れ替えの余地はあったか。

 たぶん中盤を迎える前くらいで強キャラと入れ替わって消えるだろうから心配はしていないが。


「それでお嬢様は迷宮の何をご覧になりたいのですか? あまり深くまで潜るのはおすすめできませんが」

「私もあまり暗くてジメジメしているのは嫌だから安心してちょうだい。今日は1階を回りたいの」

「ふうむ、1階ですか」


 1階は魔物が弱い代わりに、わりかし盗賊が多いから危ないんだったよな。

 まあ邪神の力で周囲を探れるから、不意討ちを受けることはないだろうが。


「1階だと問題あるのかしら?」

「ええと、まあ。盗賊が多い階層と言われていますからね。お嬢様のような可憐な初心者を狙うような輩が多いというか」

「だからいいんじゃない」


 お嬢様はふんわりと微笑んだ。


「私もレッドフォレスト家の人間よ。火の神聖魔法に関してはスピリッツにも負ける気がしないわ」


 あのままお屋敷にいてスピリッツさんの訓練という名の虐待を受けるくらいなら迷宮探索のほうがマシ。

 そう思って久しぶりに迷宮に潜ろうとする俺たちについてきたお嬢様。

 果たしてお嬢様との迷宮探索は、スピリッツさんの特訓よりもマシになるのだろうか。


 まあ普段はお屋敷にこもっているお嬢様の暇つぶしだ。

 俺とリファで適当に盗賊やら魔物やらを退治しているところを見物すれば気が済むだろう。

 さんざん世話になっているんだし、その程度のショーを見せてあげたいとは思うし。



◆   ◆   ◆



「ぎゃああああ!」

「や、やめ……ぎょえー!?」

「跪きなさい。そして命乞いをするの。貴方たちは今、レッドフォレスト家の戦士の前にいるのよ」


 あくまで静かに、しかし確実に盗賊を焼き尽くすお嬢様。

 表情は普段と変わらないぶん、余計に恐ろしい。


「わぁい♪ お嬢様かっこいいですっ」

「気をつけて、お嬢様! まだ物陰に5人ほど盗賊がいるようです」


 まさかお嬢様が率先して盗賊を狩るなんて想定外なんですが。

 俺とリファは索敵とお嬢様の討ちもらしを片付ける役に徹していた。


「ふふっ、魔術師ってとっても優秀なのね。人数までわかってしまうなんて」


 お嬢様は薄くふくらむ、まだ咲いていない花のつぼみのような胸の前で腕を組んだ。


「なんかご主人様、目がいやらしくないかにゃ?」

「ふ、闇の深淵をのぞく我が瞳をメイドさん如きに解せるはずもない」


 あー、びっくりした。

 女って視線に敏感だなあ!


「ひぃ!? 助けてくれっ。レッドフォレストの人間だなんて思わなかったんだ! 降参する! 降参するから! 迷宮を出て王国に出頭してもいい!」


 物陰に潜んでいた盗賊たちが一斉に姿を現す。

 全員が両手を上げて降伏の意思を示している。


「ねぇ――寒くないかしら?」

「な、何を言って……?」

「迷宮ってけっこう寒いわよね。貴方達みたいにボロボロの服を着ていると余計に寒いのではないかしら」


 お嬢様の言葉と共に周囲の温度が徐々に上がっていく。

 なんだかよく分からないがやばい気がする。


「リファ!」

「な、なんですかご主人様!? 急に抱きしめて……やぁん、もっとぎゅ~ってしてくださいっ」


 とっさの判断でリファを俺の黒いローブで包み込む。


「やめて……やめてくれー!」

「骨まで温めてあげるわ」


 お嬢様の優しい言葉と共にあたりが閃光に包まれた。


「うぉーにゃ!! あっちぃ~にゃ!?」


 ほんのわずか、1秒にも満たない一瞬だが周囲の空気が灼熱となった。

 盗賊たちの気配も消え去る。


「ふぅ。危うくリファが可愛らしく日焼けしちゃうところだったな」

「大丈夫よ。私のすぐ近くにいれば安全なように調節しているのだから。そうじゃないと私まで危ないしね」

「ぜんっぜん安全じゃないないのだがにゃ!? 超熱かったんだがにゃ!」


 さすがお嬢様。

 スピリッツさんの一族――レッドフォレスト家だったか?

 火の神聖魔法に長じた家系らしいな。


「ほぇ~すっごいです、お嬢様っ」

「いや俺もびっくりした。こんな魔法が使えるのに聖焔騎士団は迷宮を制覇できないなんてな」

「そう褒められると悪い気はしないわね。でも今の火の神聖魔法は禁術なの。火の神殿では伝えられていないし、使えたとしても使ってはならない決まりなの」


 思いっきり使ってますけど。

 俺の物言いたげな目を見てお嬢様は答える。


「火の神と火の神殿は別と言えば分かりやすいかしらね。レッドフォレスト家は火の神を信奉するのであって、火の神殿に仕える存在ではないのよ。少なくとも私はそう考えている。だからこそ私はスピリッツとあまり仲が良くないのだけれど」


 お嬢様は自分の身体を抱きしめてぶるぶると震えてみせた。


「火の神の声はとても分かりやすいの。火の神殿なんて火の神への冒涜とすら言える教義を掲げているけれど」

「火の神の声、ですか?」

「そう、火の神は私たちにただ一つだけ命じているの――焼き尽くせってね♪」


 頬を上気させるお嬢様は歳不相応に色っぽく見えた。

 しかし火の神って放火魔みたいな奴なんだな。

 さすがにお嬢様にそうはっきりとは言えないが。


「へぇ~。火の神って放火魔みたいな神なんですねっ」


 リファは空気読めなさ過ぎ可愛いなあ!


「うふふっ、そうね。放火魔ね。懐かしいな。私、前に住んでいたところではそう呼ばれていたの」


 わお。


 そしてお嬢様は昔話をぽつりぽつりと語ってくれた。

 今でこそレッドフォレストの分家に落とされているが、かつてはスピリッツさんと同じ本家の人間であったこと。

 幼くして火の神聖魔法に長けていて、火の神殿の騎士団の一つを任されることは間違いないと言われていたこと。


「盗賊退治や治安活動のやり方がまずかったみたいで除名されてしまったの。レッドフォレスト家でも問題児扱いでこんな僻地で暮らしているのだけれど」


 クイーン王国ってどう考えても危険地帯だもんな。

 クイーンの迷宮という爆弾を抱えた新興王国に送られる人間はたいてい複雑な事情を抱えているのだろう。

 レッドフォレスト家としては迷宮が生み出す利益につながりたいと共に、あわよくばお嬢様に迷宮の闇へ消えてほしいのかもしれない。


「ひ、ひどいですっ! お嬢様をいじめるなんて火の神殿もレッドフォレスト家も悪い人達ですね! 滅ぼしましょう!」

「ありがとう、リファ。でもいいのよ」

「やです! 滅ぼしますっ」

「クイーンの迷宮だったら自由に私らしく生きることができるし。それにこうやってリファや魔術師と一緒に遊べるしね♪」


 滅ぼしますってさあ。


「じゃあ俺たちと会う前からこうやって盗賊狩りをやっていたってわけか」

「そうなの。屋敷の人間を連れてだから、盗賊が出るほど奥に来たのは初めてだけれど」


 とはいえ軟禁されている薄幸のお嬢様と呼ぶには、かなり自業自得過ぎる気もする。

 こうやって悪に断固として対処するぶんには、責められるいわれもないだろうが。

 ましてやクイーン王国に混乱を呼ぼうとしている俺からすればまぶしい存在だと言える。


「やけに騒がしいと思って来てみれば、まさかレッドフォレスト家のご令嬢がおいでになっていたとはな。しかも黒衣の魔術師、貴公の手引きか」


 一人の騎士らしき人物がそこにいた。

 フルフェイスの兜で顔が隠れて見えないが、この声は聞き覚えがある。

 レーンの鷹のリーダー、レーンさんだ。


 しかしグループ名に自分の名前を使うのって恥ずかしくないのだろうか。

 ハルヒですら自分のイニシャルに留めているのに。


「どなたかしら。盗賊のようには見えないけれど、王国の騎士にも見えないわね」

「今しがた迷宮の闇に消えた輩たちの知人でね。強い力を感じたので様子を見に来たのだ。しかしレッドフォレスト家の正義の鉄槌とあれば仕方がない。私としては敵対の意思はない。むしろ取引きしたいと思ってさえいる」


 レーンさんがお嬢様に取引きだってさ。

 なんだかよく分からないが盛り上がってきましたよ、これ。


「誰だか知らないけれど貴方は飼ってあげられないわよ? だって魔術師みたいに可愛くないもの」

「これは手厳しい。黒衣の魔術師と私は同じ側に立つ人間のように思えるのだが」

「何か勘違いしているみたいね」


 お嬢様がスッと目を細めると同時に周囲の気温が少し上がった。


「私は正義の味方からは仲間はずれにされてしまったの。ただ気に入らないモノを焼き尽くしたいだけ。お気に入りはずっと大事に手元に残しておくけれどね」

「怖い怖い。私など一瞬で焼き尽くされてしまいそうだ」


 レーンさんはおどけるように肩をすくめてみせた。

 っていうかちょっと待て。

 お嬢様の神聖魔法は確かに強力だが、レーンさんと敵対するのはまずくないか。


「お、お嬢様。こちらの方はレーンさんと言いまして、あまり刺激しないほうが……」


 今のところお嬢様もレーンさんも底が見えない。

 ぶつかってどちらが生き残るのか知れたものではない。

 それにこのままお嬢様側に立ってレーンさんとわざわざ敵対するのも望ましくない。


「レーンというのはあのレーンの鷹のことかしら? リファが前に話してくれた気がするわ」

「ほう。貴公に知られる程度には我々も有名だったか」

「初対面のリファと魔術師にびびってすごすごと逃げ出した盗賊崩れの雑魚だそうね。大きなだけの肉ダルマたちにおだてられていい気になっているガチホモなんですって?」


 リファさん!?

 話を盛りすぎなうえに、口悪すぎじゃありませんこと?


 それともリファには俺たちとは違う現実でも見えてるの?

 智天使リファビムなの?


「……人によって見解が異なることは多いものだが」

「同性愛が悪いとは言わないわ。ただ私が貴方を気に入るか気に入らないかだけが問題なのだから」

「話を聞くまでもなく取引き不成立というわけか。しかし黒衣の魔術師。貴公ならば聞く耳があるのではないか」


 お嬢様にふられて今度は俺に話を振ってきた。

 できればこのまま傍観者でいたかったけれど。


「あら魔術師と私は同意見よ。ね?」

「ふむ。そうなのかね黒衣の魔術師」


 心なしか俺の周囲の温度が下がった……いや上がっている!?

 心なしではなくなくないかこれ。


「ククク……我がモードは闇。意見としてはお嬢様と志を同じくしつつも、その深淵はレーンの鷹よりもなお深い。今この瞬間の我を次の瞬間の我が裏切らないとはゆめゆめ思わぬことだ」

「なにが言いたいのかさっぱりわからんにゃ」


 クソ猫め、余計なツッコミを。

 絶体絶命のピンチをあやふやな事を言って切り抜けようとしているのが分からないのかよ。


 リファはリファで俺のローブに頭からもぐりこんでプルプル震えて隠れているし。

 この次元で一番可愛いよリファ。


「見つけましたよレッドフォレスト家ご令嬢誘拐犯の黒衣の魔術師さん。私に見つかったからにはこれで王手……つまりはチェックインってことです」


 馬鹿に明るい声が剣呑な雰囲気をぶち壊した。

 今日は千客万来だな。


 っていうか俺がお嬢様を誘拐したことになってんのかよ。

 あの女執事さんがあることないこと言って俺を指名手配犯に仕立て上げたに違いない。


「厄介な客がぞろぞろとやって来たようだ。迷宮の闇は深い。貴公とはまたいずれゆるりと話したいものだ」


 レーンさんはやや呆れたような声で言い残すとその場を立ち去っていった。


「おや? 今のはレーンの鷹ではありませんでしたか?」

「ええっと――」

「まあ今は魔術師さんをおいしくいただく時間ですからね。それはさておきましょう」

「いやですから――」

「降伏の意思があっても降伏は禁止ですよ魔術師さん。黒剣士さんともどもひっ捕まえて罪人にして買い取ってやりますからね」


 クイーンの迷宮を普通の服装で手ぶらでうろつく女、青髪がトレードマークの拳士さんだ。


「その不思議な青い髪。あなたがリファの言っていた拳士かしら?」

「ええ、私をそう呼ぶ人間もいますね。そして今はレッドフォレスト家ご令嬢捜索隊として雇われた傭兵、いわゆるソルジャーという肩書きもあります」


 相変わらず合っているのか合っていないのかよく分からない、意味の無い言い換えが癇に障る。


「私の捜索隊? それはレッドフォレスト家に雇われたということかしら」

「いや違う。聖焔騎士団が雇ったのさ」


 凛とした声とともにぞろぞろと新たな一団が現れた。


「さすがは拳士だねえ。あっという間にウチの人間を見つけちまうんだからさ」

「この程度ならお安い御用、カジュアルに過ぎませんよ」


 厄介な客がぞろぞろと、か。

 悪名高いだけあってレーンさんは不親切だな。


「分家とはいえレッドフォレストの人間を連れ去ろうなんてたいした度胸だねえ坊や。しかも迷宮に連れ込むのが狡猾だ。ここでやった事はたいていが罪に問われない」

「とはいえ世間知らずのお嬢様を勝手に屋敷から連れ出すのは別問題、言ってみればケースバイケースですね」


 なるほどなあ。

 だから俺が勝手にお嬢様を連れ出した、いや誘拐したという話にして罪に問おうとしているわけだ。

 女執事さんもまあまあえげつない。


 正面にスピリッツさんと拳士さんが立ちふさがり、聖焔騎士団の団員達が俺たちを取り囲む。

 あわせて15人程度だろうか。

 よく見ればファイさんまで出張っているいるうえに、前に戦った団員達よりもレベルが高そうだ。


「ご主人様っ。これは絶体絶命、いわゆるピンチというやつですね!」

「うん、わかったからあの人のマネなんてしちゃいけません」

「呑気に言ってる場合かにゃ!? 待ってくれスピー、私は悪くないにゃ! ご主人様に無理矢理従わされているだけにゃ!」


 こちらの戦力は4……いや戦力外がさっそく降伏したので3か。

 お嬢様がとりなしてくれるとは思うが、万が一戦闘になったらやばいよな、これ。

お読みいただきありがとうございます。


補足ではありますが「レーンの鷹」というのは自称しているのではなく、他称です。

特にギルド名とかチーム名をつけずに活動しているうちに人々からそう呼ばれるようになりました。

しかし作中ではこの事実は語られません。

主人公はレーンの事を自己主張の強い人間だと勘違いし続けるのでした。

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