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邪神様の仰せの通りに迷宮探索  作者: 内村ちょぎゅう
20/70

お嬢様ときどき魔王

 生きていれば困難に出会うことは避けられない。

 生きているからこそ困難に出会うとも言える。

 それゆえに生きることは辛いと言うこともできるだろう


「魔術師様、朝食の用意ができました」


 女執事さんの声で俺は目を覚ます。

 ふかふかのベッドでぬくぬくと眠っていた俺はしぶしぶと目を開く。


「まだ眠いのでこちらに持ってきていただけますか?」

「お嬢様は魔術師様との朝食を楽しみにされております。良ければご一緒に食事をとっていただけないでしょうか」

「無理です。俺は低血圧なので」


 俺ははっきりとノーが言える日本人だ。

 そんじょそこらの意味も無くいつもニコニコしているジャパニーズと一緒にされては困る。


「ていけつあつ? とにかく魔術師様、あまり長く眠っておられるとかえって身体に毒です。爽やかな朝でございますよ」


 ゆさゆさと優しく身体をゆすってくる女執事さん。

 こういうシチュエーションはなかなか良い。

 携帯電話に叩き起こされて、勤労に無理矢理駆り出される生活とはえらい違いだ。


「俺は休める時に休む主義なんです。俺を起こすなら熱いkissでもしてもらわないと」

「しかしですね、魔術師様」


 女執事さんはなかなかしつこい。

 諦めることなく優しくゆさゆさしてくる。


「うーん、やめてくださいよ。俺がどれだけ寝ようと俺の勝手でしょう?」

「だったら自分の宿に戻れやこのクソ魔術師がっ!」


 俺はベッドから蹴りだされた。

 女執事さんの長い足は俺のこめかみを見事にとらえている。

 まさに容赦なしの見事な一撃である。


「いたた……おはようございます女執事さん」

「おはようございます、魔術師様。さあ顔を洗いましょう。ご案内いたします」


 お嬢様の家に来てから3日ほど経っただろうか。

 リファと意気投合したお嬢様は、俺たちに泊まることを提案してくれた。

 しぶる俺だったが、リファと猫耳メイドさんの強い説得を受け、俺たちはお嬢様のお宅に泊まることとなった。

 驚くべきことにお嬢様は使用人を除けば独り暮らしなのだそうで、歳の近いリファと一緒に過ごすことは楽しいのだろう。

 お嬢様の学校とか家庭環境はどうなっているのかという話ではあるが、俺は一切詳しい事情には触れていない。

 語りたければ自分から語るだろうしな。

 すでにリファには話しているのかもしれないが。


「顔を拭きますので目を閉じてくださいまし」


 ばしゃばしゃと水で顔を洗った俺の顔にごしごしとタオルを押し付ける女執事さん。

 お嬢様が俺たちを屋敷に留めると言った時は心底嫌そうな顔をしていたが。

 今もこうして俺の世話まで積極的にしてくれるのは職業意識のなせる業であろう。

 リファに対しては普通に優しいお姉さんのように接しているが、俺には時折きびしい一面を見せてくれる。

 ツンデレってやつだな。

 いやデレツンか。

 名前は……えーっと。

 とにかく女執事さんだ。


「ご主人様っ。やっと起きてきたんですか! もうお嬢様も待ちくたびれていますよ!」

「おはよう魔術師」

「おはようございますお嬢様、リファ。えーっとメイドさんは?」

「もう1人の従者様でしたらまだ寝ておられます」


 あの猫耳は順調に猫化が進んでいるのか。

 それとも天性の堕落ぶりなのか。

 真っ先にお屋敷の生活に慣れて堕落したのが猫耳メイドさんである。

 寝てる時間のほうが多いんじゃないか。


「さて今日は何をして遊ぼうかしら」

「うちのメイドさんを叩き起こしてかくれんぼしましょうよっ。今度はお屋敷全部を範囲にして!」

「面白そうね。今日は門番も仲間に入れてあげましょうか」


 まさに子供という会話をしているリファとお嬢様。

 門番も仲間っていいのか。

 誘拐とかされても俺の責任にはならないだろうな。


「ふふっ、見てください女執事さん。無邪気なものですね、俺たちの子供達は」

「聞くに堪えない戯言はさておき魔術師様、お聞きしたいことがあるのですが」

「なんですか?」

「魔術師様が来て以来、お屋敷の壁という壁が黒く変色しだしたのですが。屋敷を囲む(へい)さえも怪しげな黒に染まっております」

「へー」

「また庭の植物が一斉に枯れだしております。害虫の温床ともなっておりましたので、ある意味助かってはおりますが」

「なんとも不思議なこともあるものですね」

「とぼけてんじゃねえ!」


 本日2度目のこめかみキックが決まった。

 インパクトの直前に直撃する部位をずらしたが痛いものは痛い。


「ぐふっ。お、お嬢様! お助けください。女執事さんがまた俺に暴行を」

「い、言われなくても見ていたわよ。どうしたの? ダメじゃない乱暴にしちゃ。私の呼んだお客様よ」

「……しかしですね、お嬢様」


 明らかに俺が悪い時、リファはかばってくれないのは学習済みだ。

 俺は哀れっぽい声をだしてお嬢様にすがりつく。

 よしよしと頭を撫でてくれるお嬢様はなかなか良いものだ。


「その魔術師様がいらっしゃってから妙な事が多いではありませんか。屋敷が黒く染まり、近隣からは呪われた屋敷と噂がたっておりますし。長年勤めていた使用人も何人かが辞めてしまいましたし」

「魔術師がなにか実験でもしたのではないの? 面白いじゃない、魔法で改造された屋敷に住むなんて。それに辞めたのは態度の悪い古株ばかりじゃないの。正直、あなただって迷惑だったんじゃないの?」

「う、それは……そうですが」


 金のあるところに悪はあり。

 なんとなく嫌な感じのする人間もお嬢様の下で働いてはいたのだが。

 不思議と体調を崩したり、家庭の事情で屋敷を去っていったんだよな。

 いやはやなんとも不思議なお話でございますよ。


「魔術師はけっこういい奴よ。リファを大事にしているご主人様だしね」

「わーい♪ 魔術師はお嬢様だいすきー」

「ふふっ、そんなに甘えないの」

「ご主人様……」


 媚びる俺を虫でも見るかのように見つめるリファ。

 よく覚えておけよ。

 これが長い人生を上手に泳いでいくコツってやつさ。


「しかしですね、魔術師様をあまり長く留めておかれるのもどうかと思います。あまり引き止めていれば他の冒険者との差ができてしまいます」

「あら、それもそうね。そのあたりはどうなの魔術師」

「確かに迷宮探索も大事です。しかし今の俺はお嬢様という神秘的な迷宮に魅入られています。この素晴らしき愛の迷宮に挑戦したいのです」

「うふふ、ばーか」

「本当に馬鹿丸出しですね、ご主人様」


 お嬢様はまんざらでも無さそうに俺の頭を撫でている。

 リファはわりと本気で俺のすねを蹴っているが気にしない。


「で、では魔術師様はこのままお屋敷に逗留されるおつもりで……?」

「いいわね、それ。魔術師もリファもずっとここで暮らせばいいじゃない。お部屋は余っているんだし。いいわよね?」

「ありがたいですけど、それではあまりに……ね、ご主人様?」

「最高ですお嬢様! 俺たちはずっとお傍におりますよ!」


 もちろん一生ただ飯食らいとして生活するのは難しいだろう。

 しかしもらえる時にしっかりと遠慮なくもらっておくことは大事だ。

 高貴な人間の気まぐれがあるうちに、食客として住まわせてもらうのはおおいに歓迎したい。


「そんな、お嬢様」


 女執事さんが信じられないという顔をしているが気にしない。

 せっかく遠い異世界に飛ばされてきたのだ。

 ちょっとはおいしい目にあっても罰はあたるまい。



◆   ◆   ◆



「魔術師様、朝食の用意ができました」


 女執事さんの声で俺は目を覚ます。

 あれからさらに3日ほど経っただろうか。


「うーん、いちいち起こさないでくださいよ女執事さん。俺はお嬢様が優しくキスして起こしてもらうって決めているんですから」

「と、このように堕落しきっておりまして。どうかお力をお貸しいただけないでしょうか」

「任せな。坊や、とっとと起きな」

「いだだだだだ!?」


 顔面を万力で締め付けられるとこういう感じにまるのだろうか。

 顔を掴まれて持ち上げられた俺は悲鳴をあげるしかない。


「スピリッツさん? なぜ俺の神殿に」

「ここはお嬢様のお屋敷でございます」

「そしてあたしの従姉妹の家でもある。ずいぶんと好き勝手やってるらしいじゃないか、えぇ?」


 しまったこんなオチが待っていたとは。


「う、うそだ! あの可憐なお嬢様と蛮族の長スピリッツさんが家族だなんて……ぎゃああああ!」

「言っておくけど、あたしは世間一般でいうお嬢様の出だよ。ったく、このまま握りつぶしてやろうかねえ」

「是非ともお願いいたしますスピリッツ様」


 助けは、助けはないのですかっ。

 目が覚めたら魔王とエンカウントしてるようなもんだぞこれ。


「騒がしいと思ったらスピリッツじゃない。おはよう」

「ああ、邪魔してるよ」


 救いのお嬢様降臨である。

 スピリッツさんの力が弱まった隙に、ロックを抜け出しお嬢様の胸にすがりつく。


「あっ、コラ待ちな」

「お嬢様っ。スピリッツさんがいじめます!」

「は、半泣きじゃないの。よしよし、怖かったわね。だめじゃないスピリッツ、魔術師をいじめたら」


 お嬢様の良い人ぶりは健在である。

 すぐに俺たちに飽きるかと思ったが、なかなかどうして懐が深い。


「あんたは昔から動物なんかを拾ってきては甘やかすけどねえ。温い環境に慣れた奴は厳しい環境で生きられなくなるんだよ。あんたはこの坊やを一生面倒見てやるつもりかい?」

「それもいいわね。魔術師はけっこう可愛いし、リファも一緒についてくるし」


 おっと、俺の永久就職先が決まりかけております。


「だめだだめだ。この坊やは迷宮みたいな厳しい環境だったら必死こいてなかなか良い動きをするが、この屋敷みたいな甘々な環境だと人間のクズになっちまう。どうせこの屋敷に来てからは食って寝るしかしていないだろう」

「そんなことないわよ。一緒に鬼ごっこしたり、夜は聞いたこともない不思議なお話をしてくれるわ」


 桃太郎とか浦島太郎を適当にアレンジした話な。

 ピロートークではないからあしからず。

 そういうのは結婚後か二十歳過ぎてからね。

 邪神様とのお約束だZO。


「い、意外と面倒見が良いんだね。いや、嬢ちゃんの懐き具合から見れば当然か。でもあたしは反対さ。その坊やは磨けば光りそうなものを持ってる。それに坊や自身も迷宮に入る理由があるんじゃないのかい?」


 それはある。

 スピリッツさんと親交を深めるという使命だが。

 他にも邪神次第でクイーンの迷宮に潜る必要性はでてくるだろう。


「坊やは数少ないまともな冒険者さ。でも今のままじゃダメだ。運が悪ければレーンの悪党どもに消される程度の強かさしかない」

「そうなの? 魔術師はけっこう強いと思っていたけど」


 心配そうに俺を見るお嬢様。

 こういうのに弱いんだよな。

 スピリッツさんやお嬢様みたいな真正面からの善意にはさ。

 悪意ある人間には情け容赦なくやれるんだが、どうもこの2人は。

 情に流されると弱くなってしまうのには気をつけないと。


「坊やを屋敷で飼いたいってんならあたしは反対しないよ。でも飼い殺しにするっていうならこのまま引きずり出す」

「あら、じゃあスピリッツは魔術師をどうしたいのかしら?」

「あたし直々に鍛えてやるさ。一流の冒険者って奴にね」


 スピリッツさんの野性的な笑みに背筋がぞわぞわした。

 俺には分かる。

 この人の言う鍛えとは半殺しに限りなく近い何かだ。


「お、お嬢様! 俺は――」

「うーん、本家の人間に逆らう訳にもいかないし困ったわね。魔術師をたまにスピリッツに貸してあげれば、家で飼っていいのね?」

「ま、そういうことさ」

「お嬢様、きっとスピリッツ様の訓練模様を魔術師様とリファ様は面白おかしく話してくださいますよ」


 女執事め……!

 大女とサド執事の甘言によってお嬢様はおおいに惑わされているようだ。


「いいですねっ。せっかくですから行ってきますよ! ね、ご主人様?」

「たまには運動もいいのにゃ」


 リファと猫耳までもが包囲網に参加してしまっている。

 お嬢様にかまいすぎてリファはややご立腹か。

 猫耳メイドは単なる俺への嫌がらせだろう。

 地獄の特訓には自分も参加することになるのに浅慮極まりない奴め。


「可愛い子には旅させろってことかしらね。ね、魔術師。ちょっとがんばってみない?」

「お嬢様ぁ」

「よしよし、魔術師は強い子だから大丈夫よ。ちゃんとおいしい食事を用意して待ってるから、ね?」


 このなだめ方、とてもリファと同年代には見えないのだが。


「わかりましたよ。スピリッツさんの時間がある時だけですしね」

「そうよ何も今すぐって訳じゃないんだから。がんばりなさい魔術師」


 俺をよしよししながらなだめるお嬢様。


「何か勘違いしているようだけどね」


 スピリッツさんは非情にも宣告する。


「あたしがやるって言うのは今すぐの話だよ。時間があるから来てるのさ」


 生きることは苦難の連続だ。

 たまに甘い汁を吸えたところで一時的なもの。

 むしろおいしい目にあったからこそ、苦難がより辛く感じられるのだ。


 しかし人は生きることをそうそう放棄しない。

 俺だってそうだ。

 目の前の困難を乗り越え、後から振り返った時にちっぽけだったと思えるからだ。


「久しぶりに骨のありそうな奴の訓練だからねえ。ちょっとばかしハードにいくよ」


 ちっぽけだったと思えるよね?

 とにかく正面から立ち向かう以外に道はない。

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