スポンサード貴族
金、金、金である。
冒険するにも金はいる。
愛と勇気だけで腹は満たされない。
酒場で詩人の真似事をした翌日。
俺たちはもはや我が家とも言える安宿の一室で今後について話し合っていた。
「スポンサーになってくれる貴族か。考えたこともなかったな」
「ご主人様が今の安宿暮らしに満足されているならいいんですけど。でもお金はあって困るものではありませんしね♪」
「金さえあれば私も罪人にはならなかったのにゃ」
森林の夜間退却戦を経たメイドさんは世の中を知ったように語っている。
誰も触れないが、このメイドさん明らかに髪の色が銀髪に変化しているのだが。
もしかして恐怖のあまり総白髪になったとか。
もうなにがどうなっているのか分からないな。
深く考えるのはやめておこう。
「実はご主人様のスポンサーになりたいという人から手紙が来ているんですよっ」
「えっ。いつの間に? 全然知らないんだけど」
「私も今初めて言いました!」
え、この子は俺宛の手紙を勝手にチェックしてるの。
メールチェックとか都市伝説かと思っていたけど、マジでやる人いるんだな。
「ご主人様は赤丸急上昇中の冒険者ですからねっ。危ない手紙はきちんと私が処理しているのでご安心ください!」
「そ、そう。ありがとうリファ」
危ない手紙ってなんだ。
開封したら爆発するとかあるんだろうか。
神聖魔法や一般魔法を駆使すればありうるのか。
それともたんなる脅迫状みたいな類か。
いずれにしてもリファ任せにしておけばいいか。
そういう人付き合いって面倒そうだしな。
「さるご令嬢からのお話ですねっ。脂ぎったおっさんとか勘弁って感じですし、酸いも甘いも分かっていないお子チャマ相手なら良い財布になってくれると思いますよ!」
発想がヒモですよ、リファさん。
「うーむ。しかし貴族ってのはちょっとなあ。今の生活を維持できるのであれば、あまり関わらないほうがいいんじゃないか?」
「ご主人様は貴族にびびってるのではないかにゃ?」
無視。
「だめですよご主人様っ。バカな貴族からは積極的にお金を巻き上げないと! そうやって得た金をばらまくことでみんなハッピーになれるんですから」
「な、なるほど。大人だなあリファは」
「ご、ご主人様びびってるのではないかにゃっ!?」
無視。
「しかしスポンサーってのはどうやってなってもらうんだ?」
「さあ。私もそういう世界は詳しくありませんし。とりあえず向こうがご主人様に会いたがっているみたいですから、会ってお金くださいって言えばいいんじゃないですか?」
「どストレート過ぎないかそれ」
「なあに、ご主人様のスポンサーになりたいっていう令嬢ですよっ。もう向こうはご主人様に惚れてるも同然じゃないですか!」
楽観主義とは違う、純粋に見通しの甘い子供がここにいた。
まあ別にいいか。
リファが会ってみたいというなら行ってみても。
俺にとってもリファにとっても良い社会見学になるだろう。
そして世の中、そうそう甘い話はないと分かってくれれば尚良い。
「じゃあ試しに行ってみるか。会いにいく時間って指定されているのか?」
「お時間のある時にって話ですから朝方でも真夜中でもいつでもいいですよっ」
社交辞令とかもちゃんと俺が教えてあげないとな。
そういうお約束が分かっているくせに敢えて無視している部分もあるから困った子なのだが。
「じゃあ早速しゅっぱーつ!」
「ご令嬢か。わがままそうだなあ」
立ち上がる俺はローブの裾に違和感を感じた。
見てみるとメイドさんがプルプル震えながら唇を噛み締めて、ローブの裾を掴んでいる。
「なにか?」
「調子こいてすいませんでしたにゃご主人様。おとなしくしているから連れて行ってくださいにゃ」
「……仕方なしだぜ?」
「ご、ご主人様、ありがとうにゃ……!」
絶対に付け上がらせてはならない。
◆ ◆ ◆
「な、なんだあれは……?」
「例の罪人だろ」
「じゃなくて罪人の格好だよ。娼婦みたいに足丸出しだぜ?」
「いやそれよりもあの服と頭の飾りはなんだ?」
「尻尾まで生えているぞ」
「闇の魔術で魔物に変えられたんじゃ……!」
「罪人相手には容赦無しってわけか」
「あんな過酷な刑罰見たことねえぜ」
メイドさんを連れて歩くと謂れの無い誹謗中傷が広がるのだが気にしない。
この世界ではメイドってどういう感じなんだろうな。
少なくとも俺の世界での記号的なメイドの服装は、メイド服として認識されていないようだ。
あとついでに猫耳生えているような種族もいないみたいだな。
少し残念。
「クイーン王国客員魔術師と従者であるっ」
急にリファがでかい声をだしたのでびっくりした。
富裕層が住むエリアという感じだろうか。
広場や商店の並ぶ通りから少し外れた閑静な住宅街に俺たちはいた。
でかい屋敷にはいっちょまえに門番みたいな人が立っている。
なかなかの金持ちなのだろう。
リファの偉そうな声に対し、門番は少々お待ちくださいと丁寧に断り、屋敷の中へと入っていく。
「言っておくが俺は公式の場とかそういうのは苦手だ。リファだけが頼りだからそのつもりでな」
「お任せくださいっ。ガツンと言ってやりますよ!」
「胸を張って言うことじゃないと思うにゃ、ご主人様」
屋敷から1人の執事服……なのかは知らないがそれっぽい服を着た女性がでてくる。
やはりご令嬢のお付だから女性なのだろうか。
それともこれがこの世界のメイドスタイルか。
「黒衣の魔術師様とそのご一行様でいらっしゃいますね。ようこそお越しいただきました。お嬢様がお待ちです」
「く、くるしゅうありませんっ」
リファちゃん緊張してる?
「お持ちの武器はこちらでお預かりいたします」
執事さんの脇からすっと門番が前にでてくる。
武器の持ち込み禁止か。
俺のナイフは身から離しても手元に戻ってきちゃうんだよな。
リファの大剣はどうなのか知らないが。
それに武器を持たずに知らない相手の家に入りたくない。
バカな貴族の私兵に囲まれてという展開だってありえるんじゃないか。
ここは言いくるめてみるか。
「帰ろう、リファ、メイドさん。どうやらこちらの家のかたは俺たちと話す気がないらしい」
「えっ、帰るんですか?」
「……お待ちください、黒衣の魔術師様。何か私どもに失礼がありましたでしょうか?」
「だってそうでしょう? 我々はそちらのお嬢様とは会った事も無い冒険者。我々も自衛のためには武器くらい持って入るのが当然のこと。そちらも当然、武装した警備の人間を家に入れているでしょう。しかしあなたは我々の武装を解こうとされている。そちらは万全の用心をし、こちらには無防備になれと強要する。これほどアンフェアな話はありますまい」
適当に言葉を並べる俺。
胸糞悪い話ではあるが、世の中ゴネたもん勝ちだ。
「お嬢様の安全を確保するためにご協力いただけませんでしょうか。我が屋敷には門の係の者以外は武装しておりません」
「はい、それならば武器をどうぞ、なんて言う冒険者は生き残れませんので。それでは」
リファの手を引っ張る俺。
メイドさんもおどおどしながらも従う。
「お待ちください黒衣の魔術師様。承知いたしました。お嬢様は冒険者の方のお話を聞くことを楽しみにされております。どうかご無礼をお許しください」
「すいません、すいません! ご主人様はちょっとわがままで子供っぽいうえに口が悪いんですっ」
リファがペコペコ頭を下げる。
え、マジで。
俺ってそんなにダメですか。
「リファ先輩が謝ることないにゃ。客員魔術師のご主人様から武器をだせなんて言うほうがどうかしてるのにゃ。身の程を知るのだにゃ」
やたらと居丈高に言う猫耳メイドさん。
まじか。
この猫耳と同じ発想をしてしまうなんてやばいだろ、俺。
「う、うん。俺も確かに言い過ぎましたね。用心深いのが俺の悪い癖でして」
「いえ、大変不躾なことを申し上げたこと、深く謝罪いたします。武器はお持ちのままでけっこうです。どうぞこちらへ」
女執事さんに案内され、俺たちは屋敷を歩く。
なんかこう、その、豪勢だ。
よく分からん壷や絵が飾られているのはお約束として知っていたが、実物を見るとなかなか威圧されるものがある。
金を誇示するようにごちゃごちゃ置いているのではなく、ただの飾りとして置いてある感じが上品だ。
などと考えているうちに大きな木の扉の前に到着した。
ここがご令嬢のお部屋か。
「お嬢様、黒衣の魔術師様がお見えになられています」
「どうぞ。入りなさい」
いよいよお嬢様とのご対面だ。
今の声から察するにかなり若い。
「あら魔術師なんて聞いていたから渋いおじさまだと思っていたけれど。ずいぶんと若いのね」
執務室というやつだろうか。
立派そうな机と背もたれがしっかりとしている椅子。
周りには本棚が並べられ、難しそうな本が並んでいる。
そして大きな椅子に埋もれそうな小さな女の子が偉そうに座っていた。
リファと同じくらいの年齢か。
ちんまいお嬢様だ。
「はじめましてお嬢様っ。私はご主人様の奴隷です!」
「ローブ……いえ、なんでもないにゃ。ご主人様に拾っていただいた罪人にゃ」
この猫耳、本名隠したぞ。
っていうかこの子たちの自己紹介、人聞きが悪すぎる。
「そ、そう。変わったメンバーを集めている冒険者なのね」
お嬢様がすこし引いてる。
俺もあらためてメンバーの異様さに気づいて引いてるわ。
子供剣士に猫耳メイドって。
仮装大会にでも行く気かよ。
「それであなたがリーダーであり、黒衣の魔術師として恐れられている冒険者ね?」
興味津々という様子で俺を見つめるお嬢様。
ここはサービスしておくべきところか。
「いかにも。我輩こそが闇の継承者にして、おおいなる深淵を覗きこむ求道者。稚児よ、控えよ。さもなくば闇の儀式の贄とならぬやいてっ」
執事さんが思いっきり俺の尻をつねってきた。
だめでした?
こういう濃いキャラに飢えてると思ったんだけど。
「言っている意味は全く分からないけど、なんだかすごいわね。雰囲気があるわ。そこの奴隷さんは剣士なの? 私と同じ歳くらいに見えるけれど」
「はいっ。黒剣士リファとは私のことですよ!」
「あなたと魔術師でレッサーデーモンを倒したってほんとう? それも素手でって話だけど」
「もちろんですっ。ご主人様にかかればデーモンの2匹や3匹まとめてかかってこいや~って感じですね!」
なんだよその絶体絶命な状況は。
そういう襤褸が出やすいリップサービスは危ないんじゃ。
「でも魔術師と剣士の2人組って聞いていたけど、その……えーっと、なんなのかしらその不思議な格好の罪人さんは」
やはりその質問がきたか。
なんなのだろうな。
俺もよく分からない。
「わ、私のことは気にしないで欲しいにゃ。名も無き罪人でしかないにゃ」
「あなたどこかで会ったような気がするわ。そうあれは確かお城の――」
「ちょ、にゃ! そういえばご主人様の最近の活躍を知っているかにゃ?」
猫耳メイドさんはローブラットさんではない誰かとして生きることに決めたようだ。
それが無難かもな。
そこからはリファの独壇場だった。
お嬢様と年齢が近いということもあり、俺たちの冒険談を誇張しながらペラペラと話し続けた。
俺は途中うつらうつらしていたし、猫耳に関してはマジで寝ていた瞬間もあったが、その度に女執事さんに尻をつねられた。
お客様をなんだと思っているのか。
何十分も話すなら椅子くらい用意してほしい。
これだから人を立ちっぱにする事に慣れている高貴な人間は困る。
「あら、私ったら椅子も用意させずにごめんなさい。それにお茶もだしていないわ」
「いえいえ、お嬢様おかまいなくっ」
「そういう訳にもいかないわ。でもリファって面白いのね。魔術師も本格的だし、そこの……人?もすごいし」
人であるかどうかを疑問視される猫耳。
「知っているだろうけれど、私は冒険者の話を聞くのが好きなのよ。たまに嘘っぽい話をする冒険者もいるけれど、それはそれでどんな嘘をついてくるのかを楽しめるしね。でも贔屓にしていた冒険者が引退してしまってね。もし良かったらたまにでいいからこうしてお話を聞かせてくれないかしら?」
「もちろんですよっ。いいですよね、ご主人様?」
「ああ。俺もこうしてお茶とお菓子をもらえるならありがたい」
「ふふっ、魔術師って甘党なのね。面白い人ね」
女執事さんが一瞬心底嫌そうな顔をしているが、お嬢様の心証はすこぶる良いようだ。
俺は遠慮なくお菓子のおかわりを要求し、リファはさらにお嬢様との会話を弾ませる。
猫耳はソファにもたれかかってマジ寝している。
いつだって世の中はうまくいかない。
自分の狙い通りに事が進むなど滅多にないだろう。
そうやって人は自分の限界を知り、成長していくのだ。
しかし稀にうまくいく事だってある。
感じの良いお嬢様、うまいお菓子、スポンサーゲット。
なぜだろう。
こうもうまくいくと納得いかなくなってしまうのは。
「うふふ、リファったら。冗談ばっかり」
「ほんとですって! ね、ご主人様っ」
いや俺の思惑は見事に外れているんだよな。
どこのホームドラマだよこの光景は。




