正気の休日
更新通知アカウント・広報担当リファッポイ
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(フォローありがとうございます。また昨日は申し訳ありませんでした)
クイーンの迷宮異変。
その前兆はすでにあり、地の神の神殿より王国へ警告が発せられていた。これをうけたクイーン王国は王国騎士団を迷宮内に派遣。団長自ら率いる調査隊が半壊して帰還したことを受け、王国は迷宮の一時閉鎖を宣言する。
しかし時すでに遅く、閉鎖によって上層部にて活動していた比較的未熟な冒険者たちの保護には成功するが、異変の真っ只中にいる冒険者を救うには至らなかった。
迷宮内の魔物の活動が突如として活発化し、本来は深部でのみ存在を確認されていた魔物達が迷宮上層部にまで出現した。熟練の冒険者たちの定石が崩壊し、迷宮は混乱に陥った。拍車をかけるかのように脱出に使われる通称・非常口も無効化され、神聖魔法の多くが効果を失った。
この混乱に乗じて邪悪な活動を起こし始めたのがレーンの鷹である。集団として崩壊し孤立していく冒険者を巧みに攻撃し、他の集団から戦力や武具を奪ったという。ただしその蛮行の確固たる証拠はなく、また迷宮内の活動であるためクイーン王国からの追求も無い。
その反対に救援活動に踏み切ったのが聖焔騎士団である。襲い来る魔物を倒し、傷ついた冒険者の救護に努めた。怪我人を連れて帰還した後も、地の神の神殿と協力し、神聖魔法による治療を行った姿に、民衆から万来の拍手をもって称えられる。
さらに聖焔騎士団はその後の迷宮の調査を独自に展開し、魔物の沈静化は確認される。その後、王国騎士団の調査隊により非常口をはじめとする神聖魔法の発動も確認され、王国によって事態の収束が宣言される。
しかし、今回の異変が何故起こったかという点がいまだに解明されておらず、何等根本的解決になっていないという内外の批判の声も強い。特にクイーンの迷宮に怯える近隣諸国からは迷宮の管理を強め、冒険者の自由な出入りを禁じるべきではないかという声もあがっているが、クイーン王国は已然として迷宮探索を推奨する立場を崩していない。
一方で、事態を重く見た火の神の教団は、聖焔騎士団に対し撤退を指示する。同時に教団の抱えるより熟練した騎士団に引き継ぐように要請した。しかし聖焔騎士団はこれを拒否、さらに地の神の教団とクイーン王国から強い批判を受けたことにより、火の神の教団は判断を保留する形となった。
一連の動きにより、クイーン王国はさらに孤立を深める結果となる。諸国はクイーン王国を危険地帯と認定し、入国を控えるように強く注意喚起する。それでも欲深き冒険者や物見遊山の旅行者たちは、以前にも増してクイーンの迷宮へと旅立つのであった。
◆ ◆ ◆
「という感じだな。どうだい黒衣の魔術師?」
「なかなか分かりやすいですね。さすが情報屋さんです」
クイーン王国の噂やら何やらを集めてまとめるとそういう状況らしい。
上手いこと事件の裏側に隠れることができたようで一安心だ。
こうやって振りかえってみると、主な事態の推移にほぼ全部一枚噛んでいるのは不思議だ。
不思議だということにしてもらいたい。
名探偵がいるところで事件ありみたいな感じでひとつ。
「うまいこと影に隠れているつもりらしいが俺みたいな人間が集まるアンダーグラウンドではあんたの噂でもちきりだぜ」
「え、ああ、そうなんですか」
「酒場の掲示板まで使って情報を操作しようとしていたみたいだが、俺たちもこれで飯を食っているんでな。まあ初心者にしては巧みだと評判だがね」
情報者を名乗る男はにやりと笑った。
知らねー。
酒場に掲示板なんてあったか?
書き込むどころか読んだこともないわ。
「なあここだけの話、あんたが広めようとした情報はどれなんだい? 黒衣の魔術師は注目株だからな。高値で買い取るぜぇ」
「ふ、闇の中こそが我が故郷。さりとて闇の真実を明るみに出す道化なぞいますまい。私は何も知らず見ず聞かずをとおすのみ」
「へへっ、さすがは黒衣の魔術師だ。気にいったぜ。だがいかに周到に隠そうとも俺たちのような影に潜む人間にはお見通しだぜ。あんたとは良い関係でいたいもんだな」
情報屋さんはニヒルに笑っていずこともなく消えていった。
いるよな、ああいう自分達の集団こそが世界の中心だと信仰している人って。
そんなに大きな影響力を持っているのだろうか。
いずれにせよ俺個人が気にしたところでどうしようもなさそうだが。
「リファ、話は終わったよ」
「ふみゅ? ……はっ? 難しいお話は終わりましたかっ」
興味無しかよ。
まあそれがいいだろう。
噂を鵜呑みにしてしまう人間はできれば身内に欲しくない。
「メイドさんはああいう情報屋の話をよく聞くんですか?」
「な、なんのことだかわからんにゃ」
あからさまに目をそらす猫耳メイドさん。
さっきの情報屋もメイドさんの紹介なんだし、そうなのだろう。
最初から俺へのヘイト丸出しだったのも黒い噂でも小耳に挟んだんだろうなあ。
「そろそろ食事に行きましょうよ、ご主人様っ。さあメイドさん、ハイヨー!」
「もう腕が疲れてきたのだにゃ。勘弁してほしいにゃ、リファ先輩」
「これも訓練ですよっ。腕が疲れてきたのなら肩車でも一向にかまいませんよ!」
戦えないのなら馬になってもらえばいいじゃないですか。
謎しか残らないリファの提案によって、メイドさんはリファを朝からずっと背負っている。
俺もリファを背負ってみたかったのだが、それは却下された。
「ああいう情報を売って生活するという手もあるんだな」
「人の多い場所だからこそ成り立つ商売だにゃ。特に国を護るにはああいう輩をうまく利用する必要があるのだにゃ」
「なるほどっ。そういう人間がご主人様に無礼な態度をとったりするんですね! 次からはもっと容赦なくいきましょう!」
それにしてもクイーン王国というのはきな臭い国だ。
そもそもがクイーンの迷宮と呼ばれる危険な土地があり、誰も管理したがらず、しかし管理者が必要な場所に現れたのが今の国王なのだとか。
元はただの冒険者集団であった者達が、自警団のような役割を果たすようになり、そこからなし崩し的に独立していったのだ。
クイーンの迷宮を利用して利益を生み出すようになってからは、諸外国に狙われるようになったらしいが、それでもこの国を管理できるのは今の王くらいなのだという。
親善を名目にして明に暗に派遣される各国の人間も「迷宮の闇」に消えていったという。
最近もわりと有名な貴族の御曹司が行方不明になっているという噂が。
いやあ物騒な国ですね。
「あっ、そういえば今日は奴隷の市の日でしたねっ。見ていきますか?」
「うげ、じゃああの壇上で立たされているのは奴隷か。興味もないしさっさと店に行こう」
せっかくふらふら遊び歩いているのに気分悪いわ。
俺としてはこの国はそこそこ住みやすいが、滅びてしまってもいいとも思っている。
それどころかこの世界自体にあまり好感が持てないでいる。
どうしても異文化には抵抗感を持ってしまうというのもあるのだろうが。
「壇上で思い出しましたけど、闇の祭壇とか作らないんですかっ? ちょうど良い生け贄もありますし!」
「いや、必要も無いのにいきなり生け贄とか贈られても迷惑らしいよ」
「リファ先輩……ちょうど良い生け贄って誰のことなのだにゃ?」
まず奴隷という制度を容認しているところに違和感を覚える。
こんな可愛らしい子が売られるまでに、一体どういう背景があったのだろうか。
親がやむを得ず売ったのか、もともと親も無く誰かに養われていたがやはりやんごとなき事情で売ったのか。
それとも親を失ったせいで、生活が成り立たなくなり自分で自分を売ったのか。
自分で自分を食わせる能力の無い人間の為の制度であり、必要悪のように見られているようだが。
金でも住む所でも食い物でもあるところには有り余るくらいあるからな。
無能として責めるべきはリファではないだろう。
リファのような子を生み出すこの王国なり世界なりに問題があるのではないか。
必要悪を謳う人間の中に限界まで最善策を考えた人間が居たためしがない。
「私も人のこと言えませんけど、まともに稼げない人って多いんですねっ。今日は自分を売る人が普段より多いみたいですし!」
「リファは十分しっかりしていると思うけどな。いつも俺が助けられているし」
「そうですかっ? ご主人様のためならなんだってするのは当然ですけどね♪」
本当ならば金をやってとっとと奴隷から平民に戻してやりたいところだ。
こんな危険な生活をさせるのは酷だろう。
しかし話はそう簡単ではない。
俺が君には人権があるとかどうとか言ったところで、生まれながらにして染み付いた文化はそうそう抜けないのだ。
そもそも俺の知っている文化を詳しく教え込むことでリファを不幸にさせてしまうかもしれない。
「らっしゃい。……お客さん、罪人連れかい? 人が良いのはけっこうだが、きちんと管理してくれよ」
「ええ、もちろんです。それに彼女自体はたいした力を持っているわけではないので大丈夫ですよ」
適当な食堂に入った俺たちだが、さっそく罪人に対する注意を受けた。
この罪人という制度も俺は好きになれない。
言ってしまえば権利という権利を全て喪失してしまった人間が罪人というわけだが。
これって冤罪だったらどうするつもりなんだろうか。
どういうプロセスを経て罪人に落とすのかよく分からないが、いくら魔法の力を使ったとしても何か穴はあるのではないか。
奴隷とは違って罪人は生涯にわたって罪人というが、再審のようなものはないのか。
「やれやれやっと解放されたにゃ。リファ先輩も意外と重いのだにゃ」
「ししし、失礼ですっ。訂正と謝罪を要求します!」
「まごう事なき事実なのだにゃ。謝罪はするが訂正はしないにゃ」
それにメイドさんの場合は見せしめに近いものを感じる。
王国騎士団の隊長が罪を犯したことが罪人とされた最大の原因ではないか。
それとも本当に軽犯罪が積もりに積もっての処分なのだろうか。
いずれにしても厳罰過ぎるような気がする。
「ご主人様っ、今日は奮発してお湯を飲みましょうよ!」
「うらやましいにゃ。私も全盛期の頃は3日に1回は飲んでいたものだがにゃ」
「そうだな。一杯くらいはな。あとメイドさんにもちゃんと同じものを注文しますよ」
罪を犯したものは更正しないという考え方が主流らしい。
クズは死ねということか。
確かにそれは犯罪者を見た時に、特に被害者からすれば当然湧き上がる感想だろうけど。
「こうしていると今まで王国騎士団にいた頃が夢だったみたいにゃ。今思えば私はどうかしていたのだにゃ。なんであれだけ恵まれた生活をしていたのに、欲張りなことばかり考えていたのかにゃ」
「まあヴェルヌさんは可哀想でしたね」
「魔術師の言うとおりだにゃ。昨日は死に掛けたが、こうして生きて食事をもらえるのには感謝するにゃ。父上にも迷惑かけて申し訳なあいたいにゃ!?」
「ご主人様、ですよ! わきまえなさいっ」
「ご主人様にゃ。リファ先輩すいませんにゃ」
こうして素直に反省の言葉を洩らすメイドさんは本当に更正が不可能なのだろうか。
そして更正して人並みの幸せを目指すことは図々しいことなのだろうか。
難しいな。
それに重い罪を犯した人間にまで広げて考えるとさらに難しい。
「しかしそろそろあの安宿も手狭になってきたな」
「ですねっ。でもあのベッドでくっついて寝るのがご主人様の密かな楽しみだと考えると、安易に広い部屋に移るのは考え物ですよね!」
「そ、そういう趣味だったのかにゃ。まあ床で寝かされるよりは全然いいのだがにゃ。あったかいしにゃ」
リファちゃん、馴れ馴れしいな。
あまり安易に俺の心に踏み込んで暴露しないでいただきたい。
あくまで互いの体温で暖をとっているという合理的な理由が盾として存在するのだから。
「それでは皆様聞いてください。わたくしめの新作でございます」
「よっ! 待ってました!」
「景気のいいやつ頼むぜ!」
声のするほうに目を向けると、なんとも詩人風の男が木箱の上に立っている。
周囲の人間は思い思いの姿勢で詩人らしき男に注目している。
よく分からんが酒場にある見世物というやつか。
「おおーそれは異国の魔道の徒~
身に纏うは漆黒の闇~
連れ従うは美しき女騎士~
クイーンの迷宮より現れし~
悪魔に向うは騎士団長~
その豪腕に立ち向わん~
されど悪魔はおぞましき~
騎士の剣も折れ飛ばん~
ああ~騎士団長のさだめはいかに~
そこに颯爽と現れし~
悪魔に立ちふさがりし漆黒の剣士~
いけいけゴーゴー漆黒の剣士~」
……へったくそ!
よく見れば詩人の顔はやけに赤い。
酒でも飲んで酔っ払っているのだろう。
なんとも調子っぱずれな声で紡ぐ物語はどこかで聞いたような話だが。
こうも騒がしいのはちょっとなあ。
さっさと食べて出て行くとしよう。
「このド下手くそ! 消え失せろっ」
ばかん、と良い音が鳴って詩人の頭に木の食器が炸裂する。
誰だ、こんな手荒い野次を飛ばす輩は。
リファだ。
「まーったくせっかく人が良い気分で食事しているのに、いい迷惑ですよ! あなたたちは真の物語をいうものをまるで分かっていませんねっ。ここはひとつ教えてやってください、ねっ、ご主人様♪」
「な、なにを言っているんだ、堕天使リファファー?」
「えへへー。さあさあ道をあけなさいっ。偉大なる黒衣の魔術師さまが皆さんに芸術の一片をお見せしてくださるそうですよ!」
リファが俺の手を引き、木箱の上へと押しやる。
詩人は恨めしそうに俺を睨んでいるし、周囲の客たちは興味深そうにこちらを注目している。
「み、見せてもらおうかっ、たかが素人如きの言う真の物語とやらを!」
「うおっ、あいつ例の黒衣の魔術師だぜ!」
「いいぞー! やれやれー!」
「可愛い子連れてうらやましいぞー!」
「よっ、このむっつりスケベにゃ!」
「面白くなってきやがったぜ!」
「静粛に! ……さ、ご主人様、よろしくお願いしますっ」
リファが場を仕切ってみんな俺の言葉を今か今かと待っていた。
どうするんだこれ。
まじでどうするんだこれ。
「ふっ……そ、それでは聞くがいい、我が深淵なる闇の物語を。題して、かわいそうなぞ――」
こうして俺のオンステージは始まった。
◆ ◆ ◆
「――だったそうです。終わり」
俺はなんとかうろ覚えの話を語り終えた。
拍手はない。
夢中で話していたから観客達の反応をまったく見ていなかったが……。
「……けるな」
「え?」
リファは下を向いてつぶやいている。
「ふざけるなー! どこのクソ野郎がそんなひどいことを!? なぜっ? どうして!?」
リファは鼻水を流しながら大剣を抜き放った。
こわいこわいこわい。
「嬢ちゃんの言うとおりだ! ちくしょおおおおお!」
「ぞうさんが……ぞうさんが何をしたって言うんだ!」
「ぞうさんだけじゃねえ! よくわからんがへびさんやとらさんもだ!」
「くだらねえ戦争なんてしてんじゃねえぞ糞野郎っ」
「そんな国に動物を飼う視覚はないわっ。私が全部買い取ってやる!」
「どっかの山奥にでも放してやればよかったじゃねえか!」
「ぱ、パパに言いつけてやるにゃ! どこの国の話か教えるにゃ!」
「ひーん! 悪魔だ! そんな残酷な命令ができるのは悪魔に違いませんよ! うわあああん!」
いかついおっさん達が一様に涙する光景は鬼気迫るものがあった。
あまりこういう物語が発展していないというのもあるだろう。
しかしそれ以上にこの国の人達は素朴なのだ。
俺の国にあった腐臭のような病的な何かがまだ無いのだ。
「魔術師、地の神の神殿としても聞きたい。それはどこの国の話?」
がしりと俺の肩をつかんできたのは巫女のハウエルさんである。
無表情のようだが目を真っ赤にして、乱暴に涙をぬぐったような跡もある。
また仕事をさぼって街中をふらついているようだ。
俺は少しこの世界が好きになれたような気がした。
我ながら単純だなあ。
お読みいただきまして誠にありがとうございます。
特に章で分けてはおりませんが、一応今回が第一章の終わりと言いますか一区切りとなっております。十万字を一つの目処と考えておりました。
次回より雰囲気を変えまして光の神々と邪神の使徒たちが争う神界野球トーナメント編が始まります。嘘でございます。あくまで娯楽を重視し、全体の統一感を損なわないよう、同時にマンネリにならぬよう精進して参ります。
ますます冷え込んでまいりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。もしかすると仮設住宅よりご閲覧いただいている方もいらっしゃるのでしょうか。お風邪など召されぬようくれぐれもご自愛くださいませ。非才の身ではありますがこれらの文がなんらかの心の休憩になれば幸いです。




