売れ残りし罪人ローブラット
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クイーン王国騎士団団員ローブラット。
幼い頃から容姿に優れ、各地から指導者層の子弟が集う全寮制の学校へ入学する。
史上最低の成績を誇り卒業は絶望的とされたが、同室の天才的な才媛達によってギリギリ卒業にこぎつける。
しかし彼女は自らの実力に拠るものと言って憚らない。
「同室だったのがスピリッツさんやファイさんだったという事ですか。しかしなぜそんなレベルの人間が良い学校に入学できたんです?」
「入学はけっこう簡単だろう? 特にローみたいな家柄が良い奴はさ。卒業が難しいんじゃないか。坊やの故郷は違うのかい?」
あー、欧米チックなお話ですなあ。
ローブラットさんは奇跡の卒業後、クイーン王国騎士団の入団試験を受ける。
結果、失格。
剣の腕や指揮能力はそこそこと評価されたものの、その人格が問題視されたという。
不合格ではなく失格という言葉から色々と察することができるだろう。
しかし翌年に再び試験に再チャレンジし合格。
そのあまりにもストレートな合格ぶりには周囲も首をかしげるほどだったという。
「思えばあの入団試験の合格からおかしかったのだ」
遠い目をして語るヴェルヌさん。
なんでも明らかにローブラットさんの得意な試験内容に偏っていたらしい。
この頃より王国騎士団団長の威光を振りかざしてきたのだろう。
「ローの奴、うまいことやってきたんだねえ。ファイも昔は泣きつかれてうっかり同情していたしねえ」
「そうね……同室の年長者として任されていたとはいえ、ローの為にはならなかったみたいね」
ああ、ファイさんだけ1人年長者なのね。
学生寮ってそういうシステムあるよな。
きっと頼りになるお姉さんだったのだろう。
「あのっ。私もご主人様もあのコネ元騎士現犯罪者の半生なんて興味がないんですけど! それよりも今どうなっているんですか? 食い逃げで処刑ですか? だったら私が介錯を務めます!」
リファが大剣を抜き放ち、ぶんぶんと素振りをはじめる。
食い逃げで処刑って。
ジャンバルジャンもびっくりだよ。
「それでヴェルヌさん、俺に助けて欲しいとはどういうことです。保釈金が足りないんですか?」
「ホシャク……? いや違うのだ魔術師殿。我が娘、いや元部下であるローブラットは余罪も見つかり、ついに平民の権利を剥奪されたのだ」
平民の権利を剥奪って。
奴隷になるってことか。
だいぶヘビーだな。
「いや違うよ坊や。奴隷と罪人は違うものさ」
スピリッツさんが少し怒ったような顔で説明してくれる。
やむを得ない事情ができた平民が、最後の手段として権利を一部放棄し奴隷となる。
平民にある権利の多くを失うが、最低限の食事と住む場所を得ることができる。
また奴隷として財産を所有する権利が一部認められており、再び平民の権利を買い戻すこともできる。
一方、罪人は更正が難しい人間が強制的に落とされる身分だ。
誰かに買われて、主人に仕えるという意味では奴隷と似ている。
ただし罪人は最低限の生活も保障されていない。
もちろん罪人が買われた後に与えられる仕事は過酷なものばかりだという。
罪人は主人となるものを探すだけでも大変なのだそうだ。
一定期間、罪人として販売されるが身請け人が見つからなければ……。
「おっと、嬢ちゃんもいるしこれ以上は知らないほうがいいね。罪人に落とされるのは厳しいってことさ。平民に戻ることもまずないね」
「ふーむ。そう聞くとなんだかローブラットさんも可哀想ですね」
「そう言ってくださるのは魔術師殿だけですぞ。とにかく娘、いやローブラットの売られている広場に参りましょう」
もう娘扱いすらしないようにしているヴェルヌさん。
しかしそれでも心配だから俺にこうやって頼っているわけで。
力になってあげたいような、そうでもないような。
◆ ◆ ◆
「い、いやだー! なぜこの私が罪人などにっ? 助けてくれー! パパ! ファイ! エル! スピー!」
およそ世界で一番みっともない人間がそこにいた。
ローブラットさんの食い逃げはその場にいた人間が全員一致で証言しているという。
さらに数年にわたる多くの店に対する嫌がらせ、恐喝まがいのツケ、部下に対するパワハラが明るみにでたという。
罪の重さというよりは、罪の多さで罪人に落ちたローブラットさん。
「ワナだ……これはワナに違いない! あの邪悪な魔術師にみんな騙されているのだ! ふざけるなー! 罪人に落とすべき人間を見誤るなー!」
「おい、見ろよ。すっげー形相で叫んでるぜ、あの罪人」
「あんな罪人を買う奴の顔が見てみたいぜ」
「なんでもあの罪人、元はわりといい身分の人間らしい」
「うへえ。だったら余計に買えねえな。とばっちりはごめんだぜ」
人が売られている状況というのは気分がいいものではない。
しかし何故だろうか。
ヴェルヌさんの羞恥に満ちた震える顔と、あまりにも必死なローブラットさんの叫びにユーモアが刺激されるのは。
「ま、まさかヴェルヌさんのお願いって」
「頼む! 魔術師殿くらいしか適任者はおらぬのだ! 娘を買って……いや金は私が出します。娘を使ってくださいませぬか!」
いやいやいやいやいや。
無理無理無理無理無理。
「す、スピリッツさんが買ってあげればいいじゃないですか。聖焔騎士団は人手不足なんでしょう?」
「冗談じゃないよ。ローとは長い付き合いでいかに足手まといかよーく知ってる。実力が無いのは百歩譲ったとしても、あいつは努力しないことにかけては天才的さ。絶対に伸びない人間だね」
「そ、そんなヴェルヌさんの前でそこまで言わなくても」
「いえ、魔術師殿。スピリッツ殿のおっしゃるとおりなのです。私も全身全霊を賭けて修正しようとしてきましたが……」
あんたそんなもん俺に押し付けようとしてるのかよ。
そんな困った俺を助けてくれるのは、いつだってリファだ。
「じゃあ、私が買いましょうかっ」
財布となぜか簡易ナイフを取り出すリファ。
もしかしなくても罪人の生殺与奪は主人が……?
「ま、待ってリファ。わかった。俺が買います。引き受ければいいんでしょう? でも俺だって迷宮に潜る冒険者です。ローブラットさんの安全は保証できませんよ」
「えー! やです、やです! あんな罪人はご主人様にふさわしくないですっ」
いや俺だって嫌だけどさ。
ヴェルヌさんが可哀想なんだよな。
単純に父親の教育が悪いと言えばそれまでなんだけどさ。
「ありがとう……ありがとう魔術師殿。これで心置きなく責任を取れるというもの」
「ちょっとヴェルヌさん!?」
「や、やめなヴェルヌ! この馬鹿!」
スラリと剣を抜き放ち自分の首に切っ先を向けるヴェルヌさん。
俺とスピリッツさん、ファイさんが慌てて止めたが。
とにかくローブラットさんが反省するまで扱き使ってやる代わりに、きっちり王国騎士団団長務めてくれという話で落ち着いた。
「立て、かつての我が娘よ。罪人ローブラット。貴様の管理者が見つかった」
「あっ、父上! それにスピーとファイも! た、たすかった。私はスピーに買われるのですねっ?」
俺たちは町の広場の中央に繋がれたローブラットさんの前に立っていた。
ローブラットさんは嬉しそうに、尻尾でも振らんばかりに喜んでいる。
「冗談じゃないよ、へたれのロー。あたしとファイがいないからってエルに随分偉そうに接していたらしいじゃないか? えぇ? あの子は気にしていないようだけど、あたしは許さないよ」
「ロー。卒業後に色々知ったわ。いちいち全部は言わないけれど、弱きを脅して、強きに媚びる姿は騎士の風上にも置けないわ。残念よ」
「ななな、なんだとっ? ち、父上! この者たちは公然と王国の騎士である私を侮辱していますよ!」
「罪人よ。貴様はすでに騎士ではない。我ら騎士が守るべき民ですらないのだ。貴様を管理してくださる方がこちらの客員魔術師殿だ」
俺がローブラットさんの前にずずいっと押し出される。
あー、気まずい。
「邪悪な魔術師が私を……?」
「どうもー」
「ふっざけるな! お前がっ、お前のせいで私はここまで不当な扱いを――」
罪人は首に鎖がかけられる。
奴隷の首輪とは違い、それは懲罰用に機能するものではない。
歯向かった罪人を処刑するためのものだ。
処刑の行使は罪人の主人に一任されるという。
同時に、罪人の鎖は奴隷の首輪と同じように契約を結ぶことができる。
奴隷に対する契約とは異なり、罪人の意向はまず無視される形になるが。
「罪人との契約内容ですが、魔術師殿に絶対服従というのは強制的に入れさせていただきますぞ」
「うーん、重いのは勘弁ですが仕方ありませんね」
他にどういう内容を入れておけばいいのだろうか。
俺に対する攻撃の禁止あたりは鉄板か。
リファにも絶対服従させたほうがいいのかな。
それと俺とリファと行動するなら、情報の秘匿も入れておくべきか。
うわあ考えるだけでめんどくさくなってきた。
「契約の内容ってローブラットさんと俺だけが知っていればいいんですよね?」
「もちろんです。リファ殿はさておき、第三者に漏らさないことをおすすめいたしますぞ」
「ご主人様っ。この罪人には私のことを先輩と呼ぶように強制してほしいです!」
リファは切り替えが早いなあ。
先輩風を吹かせたいのか。
いやなんか分かる気がするけど。
っていうかそういうしょうもない内容を盛り込むのもありなんだな。
「ローブラットさん、とりあえず落ち着いてください」
「これが落ち着いて――」
「ヴェルヌさんの気持ちが分かりませんか? たぶんあなたを管理する可能性のある人間の中で俺が一番マシですよ」
そう。
ローブラットさんは誰にも買われないということはないだろう。
どれだけ内面があれでも、外面は綺麗な女性なのだから。
「そしてヴェルヌさんの読み通り、俺はローブラットさんの最も嫌がるであろうことはしません」
俺の言葉にヴェルヌさんが気まずげに地面を見る。
たぶんそんなことしたらリファに……。
いや人道に反しますからね!
「くっ」
「納得いただけたようですね。では契約内容を伝えましょう。ちょっと耳を拝借」
ローブラットさんが悔しそうに耳をこちらにむける。
ふー。
「ぎゃああ! き、貴様!」
「すいません、ジョークです。ちゃんと伝えますから」
ぼそぼそとローブラットさんに契約内容を伝える俺。
ローブラットさんは一瞬驚いたような顔をするが、すぐに表情を元に戻した。
「そ、そんな……」
「もっとシビアなほうが好みですか?」
「……いいだろう。貴様に従おう」
「では契約成立ということで」
ヴェルヌさんに言われるまま、ローブラットさんの首から伸びている鎖に触れる。
鎖は蛇のようにうねりだし、やがてローブラットさんの首にぴったりのサイズに収まった。
「契約はなされた。以降、この罪人は魔術師殿の管理下に置かれます。処分は自由ですが、罪人がさらに罪を犯した場合は管理不行き届きによって処罰されることもありますのでご注意を」
それって先に言うべきじゃない?
この世界の人にとっては常識なんだろうけどさ。
そりゃ罪人なんて誰も買わないわ。
「よし。ローブラットさん、いやローブラット。以降、俺が許可するまで発言を禁じる」
先手を打って黙らせる。
ローブラットは忌々しそうな顔をしているが、おとなしくしている。
「魔術師殿。罪人に落とされた者は死んだものとして扱うのが通例です。このヴェルヌ、罪人がどうなろうが気にもしなければ、魔術師殿を恨むこともありませぬ」
「ええ。分かっています。分かっていますよ、ヴェルヌさん」
感謝します、と最後に言い残しヴェルヌさんはその場を去っていった。
せ、せつねえ。
俺やっぱ絶対に子供作りたくないわ。
あんなにできた人でも回避できないなにかがあるんだろう、子育てには。
まあそもそも相手もいないけど。
「ご主人様っ。見事に肉壁ゲットですね!」
とんでもなく人聞きの悪いことを平気でいう子が1人。
さっそく周囲の見物客がぼそぼそと噂し始めているのが分かる。
「あのローを使いこなせるとは思えないけどねえ」
「ある意味、使いこなせるとしたら魔術師くんくらいしかいないと思うけど」
スピリッツさんとファイさんもそれぞれに感想をのこして去っていった。
正直、かなりお世話になった。
一気に地下5階までの情報が手に入ったわけだしな。
できれば今後も協力関係でいたいものだ。
長い探索を終えて俺とリファとローブラットは安宿へと戻る。
リファはぽすんとベッドに身体を投げ出し、ローブラットは気をつけして立っている。
さて。
さてさてさて。
「もう好きに話していいよ、ローブラット」
「……」
発言を許可した瞬間にがなりたててくるかと思ったが、沈黙を守ったままである。
「? どうしたんですかコネを失った売れ残りさん。ご主人様が発言をお許しになったんですから、遠慮なく感謝の言葉を述べていいんですよ!」
リファの言葉にも反応はしているが、言い返すことはしないローブラットさん。
やはりプライドが高いようだ。
「ほらローブラット。リファ先輩がこう言ってるんだ。今後一緒に行動するんだし挨拶くらいはしなよ」
俺の緩やかな命令にローブラットさんは遂に口を開いた。
「よ、よろしくお願いしますにゃ、ご主人様、リファ先輩」
「……にゃ?」
リファが首をかしげる。
さて、ローブラットの魔改造はこれから始まるぞ。
きっと邪神もこういうことには率先して協力してくれるだろうしな。




