スピリッツさんといっしょ
根性玉。
ストレートに言えばトイレタイムを一時的に抑制する丸薬なのだそうだ。
出回っている数は多いものの、製法は秘中の秘とされ、どこで誰がどのように作られるのかは定かではない。
余談だが、根性玉からは独特のにおいがするが、どこか懐かしい。
俺も何度か救われたあの薬に似たにおいがする。
製法が分からないため、俺やリファに効果があるのかは不明だ。
ただ神聖魔法の気配はしないとスピリッツさんが言っているので、試してみる価値はありそうだ。
「こんな便利そうなアイテムがあるならリファも言ってくれればいいのに」
「だ、だって恥ずかしいですし……」
リファは普通に可愛い!
いや分かる気がする。
トイレに行くことが恥ずかしい年頃ってあるよな。
「スピリッツさんが、根性用意しろって言ってたのはそういう意味だったんだな」
「はい。冒険者には色々と専門用語があるって習いました」
習いました?
誰に?
まあいい。
「面白いな。じゃあリファもきちんと根性入れていかないとな」
「もうっ! ご主人様、えっちです!」
「あははは」
「坊や! ぶっ飛ばされたくなけりゃ、無駄口をやめな!」
「あ、前方からまた魔物が来てる気がします」
「くそっ! どうなってるんだい? こんな階層でこんなに魔物と会うなんてねえ!」
俺たちは早くもクイーンの迷宮地下1階にいた。
初めての地下になるが、まだそれほど深い闇には感じられない。
王国の兵士たちが定期的に巡回していたということもあり、ぼんやりとした明るさを発する何かがところどころに設置されている。
魔物のほうもあまり頻繁には出会わない。
あくまで俺とリファからすればだが。
スピリッツさんとファイさんからすれば、信じられない頻度で魔物と遭遇しているようだ。
前衛は聖焔騎士団の2人に任せているので、俺とリファは気楽なものだけど。
魔物避けなんて便利アイテムでズルしてるからさ!
邪神の信者の苦労を思い知れ!
「やれやれ。終わったね。これは先が思いやられるねえ」
「しかし魔物の数は多いようですが、デーモンたちはいないようですね。通常の地下1階と変わらないラインナップです」
槍を杖代わりにもたれかかるスピリッツさんも、背筋を伸ばしたままのファイさんも汗一つかいていない。
地下に潜るのに2人とも槍かよと思っていたけど、迷宮は思っていた以上に広い。
地下に入っても天井の高さは十二分にあり、槍を振り回しても大丈夫そうだ。
「スピリッツさんも槍を使うんですね。なんだか意外です」
「得意なのは剣さ。ただ、いざって時以外は槍だね。うちは全員槍だけは持たせるようにしてるのさ。ファイは好んで槍を使っているけどね」
ファイは人を突付き回すのが趣味なのさ、とうそぶくスピリッツさん。
確かにファイさんはドSっぽい顔してるよな。
「魔術師殿。なぜ納得された顔でうなずいているのですか?」
ファイさんの槍の穂先がギラリと光る。
知らなかったんだけど、槍って遠距離武器なんだな。
距離を詰めることも許されず、2人に次々と突き崩されていく魔物を見ていると、いっそ可哀想になってくる。
長い時間、しかも体力を温存して戦うことを考えれば、槍というのはとてもいい武器だ。
スピリッツさんが、雑魚戦用に槍を愛用する気持ちがよく分かる。
「ファイ。その薄ら寒い丁寧語をやめな。猫被ってるのかい? あんたは坊やが居ない時は魔術師くんなんて気安く呼んでるじゃないか」
「な、団長! その話は――」
「だめですよっ。ご主人様に倒されて一発で惚れるなんてチョロいにもほどがあります!」
わりとちょろインなリファがダメだしをする。
「いちゃつく坊やたちの前で風紀も綱紀もあったもんじゃないよ。たまには気楽にいきな」
「……そういうわけにも」
「ファイさん、できれば俺としても気安くしてもらったほうがありがたいです」
変に緊張されて、気疲れなんてされたら困るのは俺とリファだからな。
支配の呪いを受けて、身体の調子が変わっているかもしれないし。
「坊やもこう言ってるじゃないか」
「う、じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ、魔術師くん。でも気楽に構えるのと油断を履き違えないでよ、スピー?」
「あたしがそんな甘ちゃんに見えるのかい?」
「槍女さんも、ご主人様の好意と恋心を履き違えないでくださいよっ。ご主人様は闇にとり憑かれていて、人間如きに興味はないんですからね!」
これ以上、俺に変な属性を追加するのは勘弁してほしいのだけど。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで俺たちは、順調に迷宮地下3階に入ろうとしていた。
本来は複雑な仕掛けがあって、どこのレバーを引いて、どこそこの湖に岩を押して、といった複雑なプロセスを踏まなければならなかったらしいのだが。
とうのむかしに誰かが攻略した後だから、俺たちは正規ルートを通過するだけである。
主人公が通った後のダンジョンってこういう感じなんだろうな。
理不尽な謎解きをさせられるより全然いいけど。
地下2階の迷路の壁をぶち抜いて、近道が作られているのには少し笑ったが。
迷路なんて現実に作ったらそうなるよね。
遊びでやってるわけじゃないからな。
命懸けで宝探しやってる人達相手にフェアも裏技もないわ。
「さて、いよいよ地下3階だね」
「今日の魔物との遭遇率から考えると、ぞっとしないわね」
スピリッツさんとファイさんが面倒くさそうに話している。
地下3階は危ないのか?
「坊やたちは足が速いほうかい?」
「そりゃ、そんな鎧を着込んでいるファイさんよりかは速く走れると思いますけど」
聖焔騎士団の証だと思われる白く輝く鎧。
なんて呼ぶのかは分からないが、厚い金属板が組み合わさってできており、とにかく重そうだ。
今日は前みたいに、フルフェイスな兜まではつけてきていないが。
「え? これは火の神の祝福を受けているからそんなに重くないわよ」
「重量を抑える祝福ですか? そんな良い効果をつければ、耐久力ががた落ちになったりするんじゃないですか?」
「なにいってんだい、坊や。火の神をバカにするんじゃないよ」
ただ軽くなるそうですよ。
火の神の与える祝福は、ただメリットだけを与えてくれるそうですよ。
聞いてんのか、邪神、おいコラ。
「いいかい。地下3階はシンプルだ。だだっ広い大広間が1つあるだけさ」
「視界が広くて、遮る物は一切ないの。この意味わかる?」
遮る物が一切無いということはだ。
つまり……?
「わから――」
「はいっ。魔物達に発見されやすく、かつ一斉に迫ってこられると囲まれちゃうってことですね!」
「正解だよ、嬢ちゃん。坊やもちょっとは頭を使いな」
「リファさんはすごいね。魔術師くんじゃなくてうちの子にならない?」
言っておくが、俺はこの世界に来て、まだ10日くらいしか経っていない。
公式と用語を暗記すれば事足りる世界で生きてきた男だ。
働いてもマニュアルに違反しないことが求められていた。
もはや記憶は曖昧だが、たしかそんな世界で生きてきた。
だから俺は悪くない。
「ご、ご主人様……。安心してください! リファはずっとご主人様と一緒ですよっ」
「わ、悪かったよ坊や。そんなに凹まないでおくれ」
「ごめんなさい、魔術師くん。あなたはとってもパーティに貢献しているわ」
天使かと思ったらリファだった。
大女と槍女もなにか言っているが気にしない。
「全然、全然気にしてませんよ全然。ほんと全然ですから。それで? 地下3階の大広間はどういう攻略法があるんですか」
「一気に地下4階まで駆け抜ける。脇目もふらずに走りな。ちょっとくらいの傷なら、後で手当てしてやるから気にするんじゃないよ」
それはまずい。
走り抜けるのはいいが、かすり傷でも負って、スピリッツさんに手当てを受けるのは問題だ。
俺とリファが神聖魔法で傷を癒せないという情報は、絶対に明かしたくない。
俺がリファを癒してあげたことにしてもいいが、闇魔法に回復するようなものはあるのか?
神聖魔法が込められたポーションでも持っていれば、それを使ったふりをすればいいのだが、俺はあいにく持っていない。
というかナイフ以外持ってない。
バカか俺は。
コンビニにでも行くつもりかよ。
いやいやコンビニにナイフ持って行くこともねえよ。
邪神のくれた加護はなんだかんだで便利グッズばかりだ。
それに慣れた俺はいつの間にか油断していたのか。
いやだってたいていのものはリファが用意してくれていたんだもん。
タオルからなにから……リファがいた!
「……?」
俺がハッとしてリファを見つめると、リファは首をかしげつつニコっと微笑んだ。
絶対に俺の視線の意図を何一つ理解していないだろうが、それは些細なことだ。
リファがいて、リファを見ることのできる俺がいる。
他に何か必要か?
それに俺が邪神の信者らしいことはうっかり地の神の巫女ハウエルさんによってリークされているんだった。
なるようになるさ。
「魔術師くんにリファさんも気をつけてね。あなたたちは知らないだろうけど、今の迷宮はありえないほど魔物がいるから」
「地下3階は元から魔物が多い階層だから、ぞっとしないね。さあ、正念場だ。縦一列で一気に行くよ!」
意外にも先頭がファイさんで、次にスピリッツさん。
後にリファが続き、しんがりは俺だ。
長い階段を足早に降りていく。
さっきまでのんびりと打ち合わせしていたが、迷宮内の階段近くは基本的に魔物がうろつかないのだそうだ。
ただし、強い魔物はその限りではなく、また一度獲物を見つけた魔物達も追ってくる。
追跡や逃亡のために階段を昇り降りすることもあるらしいが、基本は同じ階層に留まるんだとか。
「坊や、魔物の気配はどうだい」
「近くにはいません。見ての通りですが」
地下3階は本当に広い。
階段を降りきったと同時にファイさんから走り始めたが、降りの階段までどれくらいあるのか。
「全員止まりな。おかしいと思ったらそういうことかい」
急に立ち止まるスピリッツさん。
スピリッツさんが鋭い目で見据える先では、何かがチカチカと光り、何人かの小さな人影が見える。
どうやら冒険者の集団が魔物と戦っているようだ。
「スピー、あれは」
「ああ。たぶんそうだろうね」
聖焔騎士団の2人がなにやら確認している。
そういう2人だけの雰囲気を作るのってよくないと思うよ。
「よく分かりませんが、冒険者が戦っているのでは。助けにいかないんですか、スピリッツさん?」
「慈善事業やってるんじゃないんだ。よほどのことがない限りは知ったこっちゃないね。それにあれはたぶんレーンの悪党どもさ」
レーンの鷹か。
あのリファですら気をつけようと言っていたあのレーンの鷹。
さっきチカチカと光ったのは魔法か?
話から察するに、とうてい神聖魔法を使えるとは思えないが。
「レーンの鷹の首領は一般魔法の使い手だという話よ。同じ一般魔法の使い手の魔術師くんのほうが詳しいかもしれないわ」
「レーンの手下どもは頭の悪い戦士ばかりさ。あたしとファイだけでも潰せる自信はある。戦闘になったら坊やと嬢ちゃんで、レーンの野郎を少しばかり抑えていてくれないかい?」
やだやだやだ。
絶対に嫌だ。
「抑えるのはかまいませんけどっ」
リファは不敵に微笑んだ。
「倒してしまってもかまわ――」
俺は慌ててあほの子の口を抑えた。
なんでこの子は全力で死に急ぐのか。
エアーリーディングを呪いで失ったのか。
「戦闘になったら俺とリファは離脱させてもらいますよ」
「なんだって?」
スピリッツさんは殺気を放ちはじめる。
脅迫は犯罪ですよ、スピーちゃん。
「危険だと分かれば引き返す、そういう話だから俺はリファを連れてここまで来たんです。スピリッツさん達が無茶をする気なら止めはしませんが、道連れになるつもりはありません」
「ここでレーンの悪党どもに背を向けて逃げ帰るってのかい?」
「無理にレーンの鷹に戦いを挑むというのなら、俺たちはレーンの鷹の側につくことだってありえます。状況判断もできないリーダーにふさわしい末路を用意してあげましょう」
「いいだろう。だったら先に坊やから潰すとしよう」
マジにキレたスピリッツさんマジ怖え。
「スピー、落ち着いて。私達はいま2人だけ、あとは正規の団員ではない魔術師くんとリファさんだけなのよ。約束を破っているのも私達。それで仲間割れなんてすれば全滅するのはこっちだわ」
「ご主人様っ。スピリッツさんにきつ過ぎると思います! 私に対してほど優しくする必要はありませんけど、もう少しだけ優しくしてあげてください!」
俺がリファに諭されるだと?
いや確かに仲間割れしている場合ではない。
レーンの鷹が魔物達との戦闘を終えて、こちらに近づいてきている。
「スピリッツさん、レーンの鷹が近づいてきています。俺はできればあなた達と力をあわせたい」
「……そうだね。悪かったよ、坊や。少し熱くなりすぎていたね」
「俺は絶対に謝りませんけど」
俺は悪くねえ。俺は悪くねえ!
「後で絶対にぶっとばすよ、坊や。絶対にだ」
「魔術師くん……」
「み、みなさん大人になってくださいっ。ご主人様はこういう子なんで私達が大人にならないと!」
俺の諧謔に場が和みましたところで。
レーンの鷹のご一行が俺たちの前に立ちふさがった。
「聖焔騎士団か。随分と数が少ないようだが」
「お頭、こいつはチャンスですぜ。上玉の女が4人も! ネギがカモをしょってますぜ!」
「すまないな聖焔騎士団の諸君。私の部下達は頭が少々残念なのだ」
ぶっとい腕の筋肉ダルマみたいな奴らが6人。
騎士のような格好をした中肉中背の男が1人、どうやらこの人がレーンさんらしい。
ネギがカモ背負うって。
そして俺は男だ。
「レーンの悪党どもがこんな浅い階層で何をやっているんだい?」
「非常口がきかないのでね。歩いて帰っているところだ。全く困ったことになった」
「困った? この機会にずいぶんと稼いだと聞いているけどねえ」
スピリッツさんの怒気が高まっていくのが分かる。
一方でレーンさんは淡々としたものだ。
「迷宮とは恐ろしいな。欲に目が眩んだ人間達がうじゃうじゃと集まってくる。この深い闇に足を踏み入れなければ、ああも無残な屍をさらすこともなかっただろうに」
「あんだって?」
「安心したまえ聖焔騎士団。そして名も知らぬ魔術師殿。我々は貴公らに手をだすつもりはない。今、この場ではな」
「そんなお頭! こいつらを見逃してやるんですかい!?」
レーンさんの宣言に、筋肉ダルマその1が不満を漏らす。
「お前たちが戦うというのなら私も止めはしないが。私は地上へ帰り、新たなメンバーを補充するだけだ」
「お、お頭……そんな。ただの冗談ですって。俺たちがお頭に逆らうなんてそんな」
「遠慮しなくてもいいのだぞ? お前たちが一斉に襲い掛かれば、運が良ければ団長以外の1人くらいは倒せるかもしれん。聖焔騎士団の戦力を命を賭して削ってくれるのであれば、私としても喜ばしい」
筋肉ダルマたちは強敵だ。かなり苦戦するだろう。
ただ、スピリッツさんとファイさんならば負けることはなさそうだ。
レーンさんの言うとおり、捨て身で一斉に襲い掛かれば、リファか俺か、下手すればファイさんを討ち取れるかもしれないが。
「お頭! 俺たちはお頭に一生ついていきますぜ!」
「そうですぜ! 勝ち目のない強い奴相手に戦うなんてまっぴらでさあ!」
「……だそうだ。聖焔騎士団よ、そこを通してもらえるだろうか?」
筋肉ダルマたちは口々にレーンさんに媚びへつらう。
強きに媚びて、弱きを挫く。
長生きしそうな連中だな。
「勝手にしな。コソコソ動き回るネズミどもにゃ興味ないよ」
「ありがとう。それでは失礼するとしよう」
レーンの鷹は何をするでもなく、整然と通り過ぎて行った。
しばらくスピリッツさんもファイさんも警戒していたが、本当に何もする気はなかったようだ。
意外と紳士的な人だったように感じたが。
「ふんっ。逃げましたか! 口ほどにもない連中でしたね、ご主人様!」
リファちゃんはずっと俺のローブにしがみついて後ろに隠れていました。
別に倒してしまってもかまわなかったんだよ?
お読みいただきまして誠にありがとうございます。3連休最後の晩となりますがいかがお過ごしでしょうか。3連休など関係なくお仕事や学業等でお疲れの方も多いかと思われます。皆様のリラックスできる時間のなんらかの補助になれば幸いでございます。
私自身少々お休みをいただきまして、ありがとうございました。またしっかりと油断せずに励んでまいります。
 




