ダンジョンファイター
森で貴族に襲われた翌日。
俺とリファは再び、クイーンの迷宮の地上1階にいた。
スピリッツさんの話を聞いていたので、けっこう恐々として入り口近くをうろついてみたのだが、いつものロンリーウルフにしか出会わなかった。
これでレッサーデーモンが群れをなして襲ってきたりしたら、俺の冒険はここで終わらせるんだけどな。
ただ、調子に乗って前にレッサーデーモンと戦ったあたりまで行ったら、1組の盗賊集団に遭遇してしまった。
邪神の粘着ストーカーの力だと人間と魔物の区別しかつかないから少し不便だよなあ。
あからさまに不審者っぽかったので、見敵必殺ですぐに終わらせたが、善良な冒険者のふりをされると厄介だ。
「盗賊とよく会うなあ。森に行けば襲撃されるし。どうもついてないよな」
「えっ? だからご主人様は1階をうろついているんじゃないんですか?」
リファがまた隠していたお得情報を公開し始める。
なんでもクイーンの迷宮で、初めに苦戦する危険地帯が1階地上部分なのだそうだ。
ここには間抜けな初心者を狙う盗賊や、ルーキー潰しにご執心な悪質な冒険者が多く潜んでいるらしい。
逆に、そういった悪質な連中を返り討ちにして稼ぐような人もいるらしく、リファは俺が返り討ち狙いの人間だと思っていたらしい。
あれか。
PKKってやつか。
盗賊の襲撃に慣れる意味では効率的な階層なのかもしれないけど。
「やあ、あなたも盗賊狩りですか?」
下の階層に潜るべきか、1階で狩りを続けるべきかを悩んでいると声をかけられた。
いや、いつの間に?
今この時までずっと粘着ストーカーで周囲の警戒は怠っていなかったんだが。
「今の迷宮はちょっとデンジャー、危険ですよね。1階もいつもより盗賊が多い」
青みがかった長髪の女だった。
背は俺より少し高いか。
四つ編み……というのだろうか。
とにかく長い髪を一本にまとめている。
「なにやつですかっ」
「ごめんねー。謎のストリートファイター、いやダンジョンファイターってことでお願い。名乗りたくないのよ」
リファの問いをさらりとかわすダンジョンファイターさん。
それにしても奇妙なのはその格好だ。
街中に買い物に来ましたという感じの普通の服だ。
街中の普通の女性にしては珍しくズボンをはいているが。
そしてさっきから言い回しがちょいとダサいのも気になる。
「あなたたちは噂の黒衣の魔術師さんと黒剣士さんですよね?」
「あ、はい。なんかそう呼ばれたりもしますね」
「黒衣の魔術師さんはほんとに鎧も着ないでうろついているんですね。仲間が見つかって嬉しいです。鎧って動き辛いですよね」
ニコニコしながら俺に同意を求めてくるファイターさん。
っていうかこの人、武器は?
俺みたいにナイフでも隠し持ってるのだろうか。
「ご主人様っ、なんかこの人あやしいですよ! 迷宮を普通の服でうろついてるなんて正気の沙汰じゃないです! しかも武器一つ持ってないようですし!」
あなたのご主人様も似たようなものなんですが。
「ふっふっふ、黒剣士さん。武器ならあるじゃない。この2本の己の腕と足がね!」
「あ、バカですよ! バカがいますご主人様!」
「な、なにおう!」
リファには概ね同意するが。
なにかこのファイターさんには油断できないものがある。
この相手はそこまで強くない。たぶん勝てるだろう。
邪神の能力ではそんな程度に感じるのだが。
「だったら勝負です、魔術師さんと黒剣士さん!」
「いいですよっ! くらえー!」
「ちょ、痛い痛い! 待って、魔術師さんも黒剣士さんとめて!」
ファイターさんの言葉に即反応したリファが、大剣でペシペシ殴りかかっていた。
慌ててリファの首根っこを捕まえるが、大丈夫か。
「そういう直接対決ではなくて競争で勝負しましょうよ!」
全然平気そうだ。
さすがにリファも手加減していたのか。
ファイターさんが言う競争とは、1階に潜んでいる盗賊をどれだけ狩れるかを競うものだった。
そんな競争できるほど盗賊いるの……?
「初心者狩りってすっごく邪魔くさいじゃないですか。せっかく強くなるかもしれない人を芽のうちに摘んでしまうなんてもったいない! 競争で私たちも楽しいし、新たな迷宮の挑戦者も保護できる。これって一石二鳥、ダブルミーニングってやつですよね」
ダブルミーニングではないと思う。
そして一石二鳥でもない。
競争なんて楽しくないし、初心者保護も邪神の手先の仕事ではないよな。
しかしだ。
「いいでしょう。その勝負受けましょう。ただし俺とリファは2人で1人なんで、そこはいいですか?」
「もちろんです。それくらいのハンデがあった方が燃えるってもんですよ」
なんだかリファがうるうると感動しているような顔をしているがまあいい。
制限時間は1階の盗賊を狩り終わるまでだそうだ。
え、まじで言ってるのかこのファイターさん。
「それではよーい、どん!」
ファイターさんは開始の合図を自分で言って、たったか走って行ってしまった。
「さあご主人様っ。一心同体のおしどり夫婦として盗賊どもをやってしまいましょう!」
「いや、盗賊は狩らない」
「えっ」
俺はその場に座り込んで眼を閉じる。
「リファ、大丈夫だと思うが敵が近寄ってきたら俺を呼んでくれ」
「えええ、そんな。お昼寝タイムですかっ?」
「そんなところだ」
「う、うーん。だったら仕方ありませんね」
それでいいんだ。
いやとにかく集中だ
本気で集中して粘着ストーカー開始だ。
さっきのファイターさんに集中して。
俺自身が粘着だけに集中し、ファイターさんだけを追うようにすれば距離が離れても……。
いない。
いや、いた。
「は、速い……!」
なんだこれ。
新幹線に乗っている時に、でスマホのマップとGPSを使って遊んだことがあるが、それくらい速くね?
あっという間に人のいるところに行って、そして盗賊らしき人が消える。
そのまま次の標的へと向かうファイターさん。
魔物が数匹からんできたようだが、それもすぐに始末してしまう。
一撃で仕留めているようだ。
「人間なのか?」
粘着ストーカーの能力はファイターさんが人間だと示しているが。
人間の定義ってなんだろうな。
彼ら魔物と俺たちって同じ命を持つ者として何が違うんだろう。
どうして俺たちは手をとって分かり合えないんだろう。
そんなどうでもいい戯言を考えてしまうくらいサクサクと敵を倒していくファイターさん。
しかし急にピタリと動きが止まる。
なんだ?
しばらくじっとしていたファイターさんの気配が――消えた!?
「粘着ストーカーって無効化できるのかっ」
「はわわ、ご主人様、いくらなんでも寝言多すぎませんかっ?」
「寝言じゃねえよ! いいから帰ろうリファ! あの人、マジで化物過ぎる!」
大慌てでリファの手をひっぱって駆け出す俺。
仕組みは分からないが、絶対に強さも隠してる。
下手すれば人間ですらないかもしれない。
走っているうちに何匹か狼がつっかかってきたが、久しぶりに俺がナイフをふるって撃退する。
やっと出口が見えてきた。
入り口横の兵士詰め所も見える。
「ずるいですよ! 逃げるなんて」
「うわああああ?」
ファイターさんは迷宮の出口に仁王立ちで待っていた。
「それに魔術師さん、あなたじーっと私のこと見てましたよね? ちょっと失礼じゃないですか、レディに対して」
「はぁ? ご主人様は私のことしか目に入っていないんですがっ」
見ていたことまでばれてーら。
なんだろう、この未知数な感じが怖い。
どちらかと言えばお化けに対する恐怖に近いな。
「おやなんだいこんなところで? 坊やたちじゃないか」
地獄に降って沸いた蜘蛛の糸とはこのことだ。
兵士詰め所からひょいと顔を出したのはスピリッツさん、聖焔騎士団団長である。
その獰猛な表情が今はひたすら頼もしい。
「おや、あなたは聖焔――」
ファイターさんが呑気に声をかけようとしているが、かまいやしない。
「助けてください、スピリッツさん!」
「ああん?」
スピリッツさんは怪訝そうな顔をする。
「この人が俺を追いかけてくるんです! 初対面なのに、やけに親しげに声をかけてくるし、痴漢かも!」
「ええ!? ちょ、ちょいちょいちょい! なんてこと言い出すんですか魔術師さん!」
「なんだってぇ? おい、拳士よ。あんたそういう趣味があったのかい?」
スピリッツさんが怖い顔でファイターさんを睨む。
拳士?
知り合いなのだろうか。
「うお、怖い顔ですね。いやいやそんな私はこんな清純そうな少年に手をだすなんてそんな」
「清純そうって言うからには、坊やは拳士の好みってことかい?」
「いやいやいや、だからですね!」
誰が少年か。
こっちの世界の人間が身長高すぎなんだよ。
スピリッツさんも坊や坊やって、たぶん俺はあなたよりも年上なんだけど。
呪いの影響で記憶があいまいになってるからはっきりとは言えないが。
「くう~! これが黒衣の魔術師さんの智謀というやつですか! 魔術師さん、私を露出魔の痴女扱いしたことは忘れませんよ! 必ずこの代償は身体で払ってもらいますからね! うわーん!」
「あっ、待ちな! 拳士!」
拳士さんは再び迷宮の闇へと消えていった。
いや誰も露出魔の痴女とまでは言ってないよ。
とにもかくにも助かったようだ。
「いやー助かりましたよ、スピリッツさん。ありがとうございました。ほら、リファも可愛くお礼を言いなさい」
「お姉ちゃん、ありがとう! 大好きっ」
やっぱりあざといなこの子。
「じゃ、そういうことで」
「待ちな」
さっさと立ち去ろうとする俺の肩を、長い綺麗な指をした手が掴む。
褐色だから白魚ではないんだろうけど、美しい手だ。
「や、やめて……触らないで……」
「変な芝居はやめな。ぶっとばすよ」
ぶっとばすなんてリアルで初めて聞いたな。
「なんだか知らないが拳士の奴に絡まれて、あたしを頼ってきたんだろう? 妙な嘘までついてさ。つまりあたしは坊や達の恩人ってわけさ。違うかい?」
さすが若くして聖焔騎士団団長なんてものを務めているだけある。
もっていき方が老獪だ。
「坊やにはちょっと話があるんだ。具体的に言うと昨日の晩の話さ。坊やが帰ったあとの話だけどね」
「俺が帰ったあとの話? あの後は皆さん解散したのでは?」
「なかなか上手に惚けるじゃないか、坊や。まあその話はいい。いいからちょっとうちの拠点まで来な」
やばいよ、やばいよ~。
絶対にファイさんのことだ。
ハウエルさんが俺のかけた支配に気がついたのか。
しかも術者が俺だと分かったのか。
さっきの拳士さんといい、邪神の能力も万能ではないな。
……今ならスピリッツさんに支配をかけられるのではないか。
いやダメだ。
どうも強い意志を持つ人間、ゲームっぽく言えばINTとかマインドってやつか?
とにかく強い相手には苦痛を与える呪いも抵抗されてきた。
スピリッツさんに失敗すれば自白したも同然だ。
さらに迷宮入り口にある詰め所から、興味深そうに兵士達が俺とスピリッツさんのやりとりを見ている。
よく見ればヴェルヌさんまでいる。
なぜヴェルヌさんはグッと親指を立てて俺に見せているの?
スピリッツさんの何をどうやれってんだよ。
「さっきから見ていれば、ご主人様に対して必死でアプローチしてますけどね!」
ついにうちの鉄砲玉、リファが吠える。
「ご主人様は最低でも私くらいの小さい女の子にしか興味ないんですっ。10年若返って出直しな!」
「……そ、そうかい。まあ同意のうえなら好きにしなよ。嬢ちゃんも一緒に来なよ。甘い果物もあるよ」
「えっ? ほんとですか? わーい、行く行く~」
すげー温かい目でスピリッツさんに見られているんですけど。
そしてリファの陥落の速さ。
俺も好きですよフルーツ。
バナナとか早くも恋しい。
◆ ◆ ◆
「おっいしい~!」
「あっはっは! なかなか良い食いっぷりじゃないか! どんどん食べな!」
「バナナおかわり! あと梨も! 5つでいい!」
「ご、ご主人様……あの、もうちょっと遠慮というか慎みをですね……」
「坊やがそんなに果物好きとはねえ」
リファに嗜められながらもガツガツと食べてしまう俺。
こっち来てから甘い物に飢えていたんだよな。
なにかで読んだが、栗のお汁粉の為に大会を勝ち上がった少年たちの気持ちが今わかった。
しかしこれだけの果物があるのはすごいな。
スピリッツさん達の故郷で火の神の聖地から持ってきたらしいが。
どういう輸送手段が使われているのだろう。
「さて俺に話があるとのお話でしたが。そちらの方は見覚えがありますね」
まだもう少し食べ足りなかったが、さすがにリファから止められた。
まさかこの子に常識考えろと言われる日がくるとは。
「魔術師殿には名乗った気もするが……? 聖焔騎士団のファイだ。一昨日は世話になった」
「え、あー、あの時に戦った」
支配を受けた前後の記憶が曖昧になるようだな。
今、ここでファイさんを操作しながら会話することもできるが。
スピリッツさんも火の神の巫女だ。
邪神の支配に勘付くかもしれない。
それに粘着ストーカーの力で、俺の居る部屋の扉の向こうに誰かが立っている事がわかっている。
ハウエルさんだろうか。
全力でフルーツを楽しんでいたが、ここから切り替えていく必要があるな。
お読みいただきまして誠にありがとうございます。
昨日に続きまして、主人公の呪われたローブの設定出しをさせていただきます。設定したのはいいのですが、目指す雰囲気にはそぐわないため、作中では公開されません。
・愛娘のローブ
ある父親が旅立つ娘の為、神に祈った。今後ふりかかるであろう全ての苦難を娘から遠ざけてください。その強い願いを聞き届けた邪神は、父親の娘の命を奪った。なぜ自らの願いが邪神を呼んだのか。悩み抜いた父親は晩年にこう語った。子の苦難を取り除く親は悪である。俺が娘を支え、共に苦難を乗り越えるべきだった。俺の願いは、娘の死を願ったも同然だ。
 




