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邪神様の仰せの通りに迷宮探索  作者: 内村ちょぎゅう
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プロローグ

「起きてください、カンゾーさん」


 誰かに呼ばれている。


「やっと目が覚めましたかカンゾーさん」


 どうやら眠っていたらしい。

 目を開けると黒い髪の少女が微笑んでいた。


「いやーよかったよかった。身体の具合はどうですか。たぶん完璧に治したと思うのですが」


 少女はやけに人懐っこい笑みを浮かべている。

 その言葉から察するにこの子が俺を手当てしてくれたらしい。

 記憶がはっきりしないがどうやら怪我でもして意識を失っていたようだ。


「どこも具合は悪くないが……君は?」

「私は忘れられた邪神です。もう自分でも名前を忘れてしまったくらいで」


 親切な少女は頭が残念らしい。

 邪神て。


「でも恨み言は言いませんよ私」


 少女は可愛らしくガッツポーズをとりながら言った。


「いくら邪神なんて言っても、ちょっとは人の役に立つべきだったんですよね。私ったら邪神という立場に変にこだわりすぎたっていうか、もう信じてくれた人はかたっぱしから不幸に陥れちゃったりして。信仰するメリット皆無のダメ邪神だったんですよ」

「そうかい。それは信者も増えないだろうなあ」


 親切な少女の与太話に一応付き合ってやる俺。


「でしょう? だから一から邪神をやり直そうって。信者には最大限の支援を与えて、正しき神々を信奉する人達に嫉妬心を起こさせてやろうって」


 確かに嫉妬というのは人間が持つ最も暗い感情だろう。

 どれだけ善良な人でも嫉妬心でおかしくなることはある。


「だからカンゾーさんはきっと幸せにしてみせますよっ」

「そりゃどうも」


 なぜそれが俺の幸せにつながるのかがよく分からんが。


「でも私って基本的に邪神じゃないですか。だから祝福なんてできなくて、呪いしか与えられないんですね」

「それはありがたくないな」

「でもでもっ、呪いって使い方によってはとっても強力なんですよっ」


 この話は長くなるのだろうか。できればさっさと帰って……どこに帰るんだろう。

 いや、そもそも俺はどこで何をやっていたんだろう。


「例えばですねー。剣で斬られても絶対に死なないけど、針で刺されるとどれだけ小さな傷でもしんじゃう呪いとかですねー」

「それはすごいけど、ちょっと危ないなあ」

「ありゃりゃ、やっぱりそうですかぁ。ちょっとカンゾーさんもうまい呪いを考えてもらえませんか」


 なんだか考えがまとまらない。きっとこれは夢なんだろう。

 このおかしな状況はあれだ、ゲーム脳が見せる奇怪な夢だ。


「素直に死ななくなる呪いはないのか」

「うーん。呪いってプラスマイナスでマイナスにならないとダメなんですよー。最悪の代償の代わりにその場しのぎの利益を得るっていうか」


 さすが呪いだな。およそろくでもない。


「死なない代わりに殺せない、ってのはダメなのか?」

「ちょっとメリットのほうがおっきいですねー」

「食事も含めて殺生ができないとか」

「ああ牛さんや豚さんとか生命を全て含めてですかー。でもそれだとお花や草を抜いただけで罰を受けちゃいますよ?」

「罰ってどうなるんだ」

「死にます」


 邪神って使えねえな。


「しかし死ねないっていうのは十分な最悪な代償になるんじゃないのか」

「ああ、不老不死ですかー。それは確かに余りある代償になりますね。でもそんなに辛い呪いで大丈夫なんですか?」

「いいじゃないか不老不死」

「いやいややっぱり可哀想ですよ。死を取り上げるなんて残酷すぎますよ」


 そんなにもきついのか不老不死。

 確かにフィクションで見る不老不死の人が、永遠に幸せって見たことないが。


「少なくとも不老は抜かないと永劫の時を身動きできない病で苦しむ事になっちゃいますし」

「さ、最低だなそれ」

「ですですー。呪いなんだからそう都合よくはなりませんって」


 代償のほうが必ず重くなるって時点で呪いってダメだよな。


「人から寿命とか若さを吸い取れる能力……とか」

「そーいう神器なら用意できますよ。呪われた投げナイフですね」

「それって使うとやっぱりやばいんだろうなあ」

「いえ神器は使うぶんには代償はありませんよ。一度使い始めると絶対に捨てられなくなるくらいで」

「装備解除不可ってやつか。でもそれっておいし過ぎないか?」

「呪われた神器って作る時に代償が必要ですから、そのー……」


 言葉を濁す少女。なるほどな。やばい儀式で作られたわけか。


「でもそういう方向はいいですよね。呪われたローブなんかもおすすめですっ。私以外の神々の神聖魔法が一切使えないし、その恩恵も得られなくなりますけど、神聖魔法なら無効化しますっ。たぶんそれ以外の攻撃や一般魔法も半分以上はカットですね」

「おお。いいなそれ。下手な装備よりよっぽどいいんじゃないか」


 神聖魔法ってなんなのか知らないけど。えらくゲームちっくな夢だな。


「いやー神聖魔法が受けられないというのはかなり痛いですからね。あと見た目がとんでもなく胡散臭くなりますから。あと魔物と遭遇しやすくなりますね。街中で暮らすならともかく、旅やら迷宮に行っちゃうと、少なくとも一日に一度は必ず襲撃を受けるでしょうねー」

「なるほどな。それも一度装備したら外せなくなるわけか」

「まー、正確に言えば一定以上の距離をとると追いかけてくるだけなんですけどね。お風呂とかは入れます」

「そんなもんなのか。だったら脱いでカバンにいれて他の装備とかにすれば」

「それは無理です。呪いのローブ以外の防具は効果を発揮しなくなりますから。というか脱いでも呪いだけは永続します」


 やっぱり嫌だなあ呪い関連は。


「それでも強力な装備だったら文句は無いけどな。だいたい邪神を信仰していればそれだけで何か良いことがあるんだろう?」

「そうですねー。私を信仰すると普通の人より色々と強くなりますね。頑丈な身体、強靭な精神」

「全ステータスアップか。いいなそれ」

「その代わりに人として大事なものを色々と失いますからねー。ほら、カンゾーさんも家族とか大切な思い出とか消えちゃってるでしょう?」


 邪神が廃れる理由は察して余りある。

 いや待て。もう俺は邪神の信者になってしまっているのか?


「あのさ、本当に人々に親しまれる邪神になるつもりあるのか?」

「ありますってば! でもこればっかりは仕方ないんですよぅ」


 しかしなあ。人として大事なものを失うって。

 プライスレスなものって買い戻せないからなあ。


「あ、それとですねー。私を信仰しているとカンゾーさんと敵がどれくらい力の差があるか分かります」

「それって相手のレベルが分かるってことか?」

「れべる? いやゲームじゃないんですから。敵に勝てるか負けるかがなんとなく分かるだけです」


 スカウターみたいなものか。

 けっこう便利そうだが。


「それで代償は?」

「代償っていうかですねー。強い敵と会った時にまず間違いなくやられちゃうって分かりますからねー。これってすさまじい恐怖ですよ」


 知らないほうがいいことって確かにあるよな。

 知っているせいで萎縮してしまうわけか。


「なんというかろくでもないが、なんとなく固まってはきたな。強い体と強い装備。とりあえずはそれだけで十分だろう」

「そう言っていただけるとありがたいですー。邪神魔法はしばらく頑張ってもらわないと使えませんからねー」

「邪神魔法か。ちょっとかっこいいな」

「ですですー。かっこいいですよー。闇魔法とはまた別ですからね。たぶんカンゾーさん以外に使える人はいませんよっ」


 厨二っぽいとしか言いようがないが、かわいそうなので持ち上げてやった。


「邪神を信仰してもすぐには邪神魔法ってやつを使えないのか」

「魔物でも人間でもなんでもいいんですけど、頑張ってたくさん地獄に送ってくれれば強力なのが使えるようになりますよっ」

「地獄って」

「私を信仰しているカンゾーさんに葬られた者たちはみんな自動的に地獄に堕ちますから。別に変な儀式とかは不要です。普通に戦ってくだされば大丈夫ですっ」


 地獄に堕ちるって、どこまでもイメージ悪いなあ邪神。

 しかし長いうえに変な夢だな。まだ目が覚めない。


「でもカンゾーさんのおかげで希望が見えてきましたよー。もうこのまま世界が光の神々に支配されちゃうんじゃないかなーって、うじうじしてましたけど」

「それって良いことなんじゃないか」

「だめですっ。綺麗な感情だけになった人間なんて木偶の坊ですよっ。そんなの見ていて全然おもしろくありません。幸せの形は十把一絡げのありがちばかりですけど、人の不幸は人の数だけ多種多様にあるんですから~」


 さすが邪神。やなやつだ。これが夢じゃなければお説教してやるところだが。


「特に気になるのは神の遺物が眠っているとされるクイーンの迷宮ですね。あそこはどうも神聖なにおいがするんです。光の神々を信奉する冒険者が神聖な神器なんて手に入れちゃったら……ああっ! もう心配で夜も眠れなくなっちゃいますぅ」

「世界の平和が大きく進みそうだな」

「クイーンの迷宮には邪悪な魔物もたっくさんいますから大丈夫だとは思うんですけどねー。やっぱり信頼できる人に様子を見てほしいです。ついでに聖なる側に属する人間を血祭りにあげて――」

「いやそれはちょっと。っていうか俺は君に協力するなんて一言も言ってないよね」


 俺の言葉に少女は顔が無表情になった。


「従わないのであればー、仕方ないですね」


 仕方ない。仕方ないからどうなるのか。

 想像もつかないが、俺の中で不安が膨れ上がっていく。

 少女と俺を比べると、ライオンと子ネズミ、いや竜と蟻だ。またたきする間もなく殺される気がする。

 これがさっき言っていた邪神の恩恵だろうか。


「いや……できる限りは協力してもいいが」

「ほんとですか~。嬉しいですぅ」


 再び無邪気な少女の雰囲気に戻った。


「でも私も信者に無茶は言いませんからー。今となってはたった一人の大切な信者さんですからね。カンゾーさんにはちょっとずつ成長してもらいますっ」

「とか言いつついきなりそのクイーンの迷宮とやらに放り込むんじゃないだろうなあ」

「おー。さすが鋭いですねー」


 少女は柔らかな笑みを浮かべた。


「さっきはいきなり最深部に送ってしまって失敗しちゃいましたからねー。今度は一番最初の階層の真ん中くらいにしておきますっ」

「お、おいおい」

「肉体強化はまだ信仰が強まっていませんから期待しないでくださいねー。ローブとナイフはすぐに装備してください。さっき試しに送った信者は装備もせずにあたふたしているうちに……うぅ、かわいそうでしたねー」

「ちょお」

「武器や防具は装備しないと意味がありませんっ これって常識ですよね?」


 少女がぐっと握りこぶしを作って言った。そして俺の意識は再び闇に溶けた。

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