誕生日に幼馴染からキスしてもらうぜ大作戦!!
ゴールデンウィーク明けの平日、学校が終わって俺、野田修平はいつも通り自宅で勉強に励んでいた。
隣には幼馴染みの月見咲夜もいる。なぜいるかって?幼馴染みだからさ!
ではなくて。
簡単に言うとサクから提案されたのだ。二人で勉強した方が集中できる、と。
「この間友達と勉強会やったんだけどさ、全然はかどらなかったんだよねー。だからシュウと二人ならはかどるかなぁって思ったワケよ」
だから、の意味がイマイチ謎だったけど。
だがこいつは俺がサクのことが好きだということを分かっていない。サクにとっては単なる幼馴染みでも俺にとっては好きな子と二人きりになるわけだ。そんなの集中できるわけがない。
……と思っていたのだが、実際にやってみると案外そうでもなかった。よくよく考えてみれば今さらこいつと二人きりになったところで緊張するはずもなかったのだ。慣れってすげぇ。
もしサクがそこまで考えていたのならかなりの策士だな。まぁそんなわけないだろうけど。
というわけで現在絶賛勉強中なのだが……
「もーダメ。飽きたー」
そう言ってサクがその場に仰向けに寝ころんだ。
「おい、少しは真面目に勉強しろよ。お前が言い出したことだろうが」
「そんなこと言ったって、飽きたものは飽きたし」
「飽きたって……まだ十分しかたってないじゃん。……おーい、寝るなー」
サクは制服のまま今にも寝てしまいそうな勢いだった。ちょ、スカートの中見えちゃうって!
こうなったら言うことはただ一つ。
「ったく、そんなんだと……誰だっけ?丸岡君?そいつに嫌われるぞ」
丸岡君。以前こいつに恋愛相談をされたときにこいつから出た男の名前だ。サクが片思いしている憎きクソ野郎。いくら顔がいいからって、男の価値はそんなんじゃ決まらないんだぞ!いつか絶対殴る。
「あぁ、藤岡君のこと?残念だけど、もう藤岡君ブームは終わったんだよねー」
藤岡だった。名前間違えて覚えてた。そういえば顔も思い出せない。おまけにいつのまにかサクは好きでも何でもなくなっていたらしい。何か、一人で肩肘張ってた自分が恥ずかしい。
「……先週だよな、俺が相談されたの」
ブーム終わるの早っ!
「まぁね。よくあるでしょ。改めて見てみたらなんか好みのタイプと違った、みたいな?」
おいおい、そんな状態で恋愛相談とか何なの?そんなに俺にダメージ与えたいの?実際、相談されたときはもう再起不能なレベルの精神的ショックだったんだよ?
とはいえ勝手に好かれて勝手に嫌われた丸岡改め藤岡君。心の中で顔も知らない彼に勝ち誇りながらガッツポーズをする。
「って、そんなことはどーでもいいのよ」
……あの、俺にとってはかなり重要なことだったんですけど。
「それよりも……のど渇いたから飲み物プリーズ」
「お前は一体何様だ!」
思わずそう言ってしまう。
「おいおい、お客様は神様なんだよ。このうちでは客に飲み物の一つも出さないのかい?」
「人の部屋を我が物顔で占拠するやつは客じゃない。よって飲み物を出す必要もない」
うん。この理論、完璧。
「そうは言っても最後にはちゃんとやってくれるんだよねー。シュウ優しいし」
と、満面の笑顔で言ってきた。それ反則じゃね?そう言われたら断れないじゃん。もしこれが計算尽くだったら泣くよ、俺。
「……リンゴでいいんだよな?」
「さっすがシュウ!分かってるぅ」
あぁ、ダメだ。これ完全に計算だわ。
階段を下りて台所へ向かう。冷蔵庫にはまだ栓の抜かれていないリンゴジュースの瓶が入っていた。……母さん、なぜサクしか飲まないリンゴジュースがこの家に常備されているんですか。
とにかくそれを開けてコップへ注ぐ。もちろん氷も欠かさない。
さて、俺の分はどうしよう。ここはあえてサクの分だけ持っていって申し訳ない気分にさせてやろうか。……あいつのことだから間違いなくスルーするだろうな。諦めよう。
自分の分は麦茶に決めて、ふとカレンダーを見る。今日の日付は五月九日。さて、それは何の日?
……俺の誕生日だよ!
おかしい。百歩譲って今朝家族から何も言われなかったのはいいとして、サクからも何も言われないのは絶対におかしい。てかマジで泣く。
毎年祝ってくれて、プレゼントも用意してくれていたのに……。はっ!もしかしてこれは、密かに期待していた「あんたの誕生日を忘れるわけないでしょ。ハイ」と言ってキスしてくるあのパターンじゃないだろうか。
前々から夢に見ていたが、あいつの恋愛相談のせいで無惨に散ったと思っていた。だがよくよく考えればその心配は先ほどのやり取りで完全に無くなったのだ。
ふむ、希望が見えてきた。このパターンは確か「今日は何の日か知っている?」「いや知らない」「俺の誕生日だよ!」「えっそうなの!?」「忘れてたの!?」「なーんて嘘に決まってるじゃん。はい」という流れなはずだ。うん、何かの小説で読んだから間違いない。
そうと決まれば作戦開始だ。大丈夫。シュミレーションは完璧だ。あとは切り出すタイミングだな。これは慎重にやらねば。
部屋にはいると、サクはまだ横になったままだった。
「おーい、持ってきたぞ」
俺がそう声を掛けると、サクはむくっと起きあがりジュースを受け取る。
「ぷはぁっ。やっぱこれだよね~」
「お前はオッサンか」
サクはそのまま一気にジュースを飲み干す。
この辺りだろうか?
「な、なぁ」
緊張のあまり声がつっかえてしまう。
「うん?」
「今日って何の日か知ってるか?」
俺のその問いにサクは首をかしげる。その反応がナチュラルすぎて恐いんだけど、大丈夫だよね?
「うーん、知ら……ちょっと待って。今考えるから」
ねぇ、本当に大丈夫なんだよね!?
サクはしばらく考える仕草をしたあと、何かに閃いたようにはっ、と顔をあげた。そのまま鞄からスマホを取り出して何かを調べ始めた。
これは……どうなんだろう。もしかして、俺のプロフィールを確認する気だろうか。ありえるな。その場合は、「ゴメーン、誕生日プレゼント忘れてた」「ひどいな!」「なーんて嘘だって。はい、じゃあ目瞑って――」に作戦変更だな。
「よし、分かった」
サクがそう言ってスマホを足下に置く。さぁ、来い。
「えぇっと、今日は……アイスクリームの日なんだって」
なんだってーなんだってーだってーてーてーてー。
頭の中でサクの言葉がリフレイン。はい?……えっと、この子は一体何を言っているの?
予想外の言葉にしばらく呆然としていたが、ふとある考えが浮かぶ。
「まさか……ツイッター?」
そう。ツイッターのトレンドにちょいちょい出てくる「今日はなんの日?」のあれだ。おいおい、さっき確認してたのは俺のプロフィールじゃなくてツイッターかよ……。
「あれ?もしかして違った?じゃ、じゃあ……黒板の日?」
それはいったい何の記念日なんだ?そうつっこむ気力もなかった。ダメじゃん。計画丸つぶれじゃん。
「俺の誕生日だよ……」
無意識にその言葉が漏れる。
「えっ!?うそっ!そうだったっけ?」
しかも素で忘れられてたようだ。
「あれっ!?じゃあ八月一日は?」
「それ姉さんの誕生日だし……」
「十月二十日は?」
「それは母さんの」
「……二月三日は」
「それは親父な」
何なの?なんで俺以外の家族の誕生日は完璧に把握してるのに俺だけ忘却の彼方なの?これ軽くいじめじゃね?
「あ、あー、いや、忘れてたわけじゃないんだよ?その、ちょっとボケてみただけというか……」
「…」
「いや、本当だって!ちゃんとプレゼントも用意してるんだから。ほら、ちょっと目瞑って」
その言葉に悲しくも反応してしまう。これはワンチャンあるか……と思って言われた通り目を瞑ると何かが手の上に乗せられた。
「いいよー」
そう言われて目を開ける。俺の手に乗っていたのは……消しゴムが一つ。
「いや、その……今日の昼にシュウが言ってたじゃん。消しゴム無くなったーって。だから、その……ね」
言葉自体は誕プレっぽいが、それはその辺のスーパーで買えるような消しゴムに使う言葉じゃない。
「わーすごい嬉しー(棒読み)」
俺は乾いた笑みとともにそう答えてやった。
「う、嘘だって!本当はこっち。も、もう一回目を瞑って」
そう言われてもう一度目を瞑る。本当に、俺って単純だな。
しばらくして、なにもされないままサクから「目開けていいよ」と言われた。
そこにあったのは――ノートが一冊。
うん、まぁそんなことだろうとは思ってたけどね。
「あ、あの……最初の一ページしか使ってないから、そこを切り取ればちゃんと使えるからね!」
しかも使用済みだったらしい。
うわぁ……何この茶番。虚しさしか残らないんですけど。
「はぁー」
俺はため息をつきながらその場に横になる。まさかここまで忘れられていたとは。
まぁ確かに、こいつはつい最近まで丸岡だか藤岡だかが好きだったわけで、それなら俺のことがアウトオブ眼中だったとしても仕方がない。
「そ、そのー、何と言いますか、……すいません。すっかり忘れてました」
「……最初からそうだとは思ってたけどな」
「シュ、シュウ?もしかして怒ってる?誕生日忘れてたこと……」
「別に。まぁ、確かに高校生にもなって誕生日祝うとかしなくていいし」
「うぅ、本当にごめんなさい」
そう言ってサクがしゅんとする。
……誕生日は忘れられてたけど、傍若無人な幼馴染みの珍しくしおらしい姿も見れたことだしよしとするか。
俺がそんなふうに自己完結していると、何か思い出したようにサクが顔を上げた。
「どうしたの?」
「え?いや、えっと、その……五月九日って告白の日っても言うらしいんだって」
「へー。あれか五と九で掛けてるのか?」
「まーそんな感じ。それでね――」
サクはそこまで言って体全体をこちらに向けた。
「――シュウのことが好きです。私と付き合ってください」
「……へ?」
えっと……、今この子なんて言いました?
「へ?じゃなくて。だから告白よ」
「……誰が?」
「私が」
「……誰に?」
「だからシュウに」
言われていることがなぜか理解できない。あまりの急展開に頭がショートしてるようだった。
「あーもう!だからシュウのことが好きだって言ってるのよ!」
「え……?だってお前、俺の誕生日忘れてたじゃん……」
「そ、それは!その……、告白の日に言おうって決めてたら、何というか、それしか頭に残らなかったというか……」
えっと……、つまり、こいつは俺のことが好きで、それで告白した、っていうこと?
……つまりどういうこと?全然頭が回らない。
「それで、返事はどうなのよ?」
顔を真っ赤にしたサクが怒り気味にそう言う。きっと俺も顔が真っ赤なのだろう。
「え?いや、その……何と言いますか……お、俺も好きだから!」
だから思わずそう叫んでしまう。
「ふえ?」
サクから気の抜けた声が出てくる。それが妙に可愛らしかった。
「えっと、だからその……返事はオーケーということで」
「……うん」
□ □ □
「まさか、サクから告白されるとは思わなかった」
「こっちだって、まさか告白が成功するとは思わなかったわよ」
サクの顔はまだ若干赤い。そのせいか、声が少し高くなっているような気がした。
「てか、お前好きな人がいるって言ってたじゃん。それもほんの一週間前に」
「あ、あれは……、その、そう言えば少しは私のこと見てくれるかなぁって思って。気を引く的な?」
「……俺はあの相談のせいでかなりのショックを受けたんだからな。お前があまりにもかっこいいかっこいい連呼するから」
「だって、シュウ全然反応無かったんだもん」
「それは、何というか、悟られないように必死に隠してたからで……」
どうやら二人して空回っていたらしい。お互いに目があって、おかしくて笑ってしまう。
「でも、これで私もシュウの彼女かぁー。ちゃーんと大事にしてね」
満面の笑みでそう言うサクは世界で一番可愛いと思った。
「あっ、そうだ」
俺がふと思いつく。
「何よ?」
「いや、まだお前から誕生日のプレゼント貰ってなかった」
「あー、そうだね。さすがに消しゴムとノートじゃダメだよね」
「当たり前だろ。しかもノートにいたっては使いかけだったしな」
「……言っておくけど、私今月すでにピンチよ?あまり高いものは買えないし……」
「いや、買わなくていいよ。その代わり……キスして?」
俺がそう頼むと、
「……はぁ?」
割と本気で怒っているような声でそう言われた。そしてゴミを見るかのような目を俺に向けてくる。
「い、いや、恋人同士なんだし、その……いいかな、と思ったんですけど」
あまりの怖さに敬語になってしまう。
「普通に無理。てか付き合ってすぐとかあり得なくない?え……、ちょっとキモいんですけど」
……もうやだ。
結局、その日はそれで解散して、後日、俺のプレゼントを買うこと含めて初デートをした。
あのゴミを見る目は未だに夢に出てきます。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
季節感バリバリ無視で書きました。
よくよく読み返してみると大作戦でもなんでもないですね(笑)ちなみに告白の日とは男性が女性に告白する日らしいけどそんなん気にしないぜ!
ということで、ご意見、ご感想、評価等ありましたら是非お願いいたします