無力の碑
短編です。
「刻まれし騎士の反発」の改良版とも言えるでしょう。
重複してる箇所が多々あります。
面倒なので消すのはまた後日。
歴史ジャンルとしていますが、そうじゃないかもしれません。
連載作品もよろしくお願いします。
『無力の碑』
目の前に広がるのは、白き天井。これが白銀の世界だったらどれほど救われただろうか。
現実を突きつける真白の建造物、病院のベッドに私は寝ていた。もう、長くは生きられないらしい。直接聞いたわけではないが、空気でわかってしまう。こんな感情を味わうのも、人生で一度きりだ。
人生の終焉が目の前まで迫ると、毎日のように思うことがある。
私という存在は、誰かの心に残っているのだろうか。そう、誰かの心にに刻み込まれているのだろうか。
と。
すべては私にはわかるわけもなく、人に訊くわけにもいかない。
ふと横に目をやると、二冊の書籍がおいてある。そのうち1つは文庫本だ。この国で知らぬものはいないほどの有名な作家の、ミステリー小説。映画化もしていた覚えがある。
そしてもうひとつ。古びた紙の束だ。古文書のようなものを彷彿とさせるそれは、地方の古書店で探しだしたものだ。かなり古いもので、値が張ったのを記憶している。
それがいつだったのか、もう思い出せない。
だが、購入する少し前に聞いたある話は、鮮明に思い出せた。こんな時だからこそか。
あのときの、旅の話を。
かつて中国を巡っていたとき、北西部に位置する流甲と言う町で、奇妙な話を聞いた。
話を聞いたのは、各地の碑を巡るツアーのようなものに参加しているとき、知識を持ってなさそうな男のガイドからだ。
学の無さそうなガイドは、碑を前にする度に、それにまつわる詩を私に聞かせた。何でも、この辺りで育った者には、婢にまつわる詩を言う程度のものならば、呼吸をするのと同等であるらしい。
その言い回しが憎たらしかったので、私は一泡ふかせてやろうと少しばかり躍起になっていた。
そんなとき、男は1つの古びた碑の前を通りすぎた。細かいまでに1つ1つ説明していた男だったが、この碑だけは一瞥しただけですぐに視線をはずしたのだ。
さては、この碑の詩は知らぬのだな。
と思い、私は尋ねた。
「おっと! この碑には何と書かれているんだ?」
男は意地汚い笑みを浮かべ、私に言った。
「旦那、この碑は特別な代物なんでさぁ。あまり聞いていい話じゃあない。オススメはしませんぜ」
何を言い出すのかと思えばそんなことか。私は、男は話を知らないのを隠しているだけだと思い、男に追求する。
「構わない。御教え願おうか」
男は、指で近くの茶屋をクイッとやる。茶と引き換えに語ると言っているのだろう。
聞いてみる価値もあるにはあるな。そう思った私は、男の誘いに乗ることにした。
男の話はこう始まった。
時はさかのぼること数百年。男たちが剣術に魅了され、武勇の強きものがすべてを握る時代がそこにはあった。
男として生まれた者は、大国のために我が身のすべてを尽くし、いかなる雑念があろうとも剣の腕を磨くべし。と教えられていた時代だそうだ。その国は、戦をすれば向かうもの無し。と言われるまでの強き国であった。
だが、強者ひしめく大国であろうとも、比率と呼ばれるものは存在する。強きものあれば弱きものあり。幸福あれば厄災あり。
――――大国には、酷く剣さばきの悪く弱い騎士がいた。
戦に出れば足を引っ張り、訓練となればついていけない。その絵にかいたような無様な姿に、他の騎士たちは嘲笑でさえも与えなかった。侮蔑と罵りだけが存在していたのだ。
だが、それも仕方ないと言える理由も存在していた。
男は、すべての戦に出陣し、すべての戦で生き残った。本来ならば、武勇をたたえられる凄まじき功績だが、彼の場有は違う。彼は逃げた。敵から、味方から、戦いから。正しくは身を潜めていた。だが、攻撃の機会を窺っていたのではなく、単に命のため。生き残るために隠れていたのだった。
そのようなことは、現代では仕方のないことかもしれないが、この時代では間違ったことされている。
『武人の風上にも置けない哀れな奴め。そこでいつまでも座っているがいい』
騎士たちは、男に一瞥すら与えず、人としても思わなくなった。
「旅人さん。男はどうしたと思いやす?旦那の予想を聞かせて貰いたい」
茶を飲んで落ち着き、ガイドが静かに言う。
「……怒りに震えて、仲間を斬ったのか?」
単純な話だったので、簡単に答えた。今思えば酷く的はずれな予想だったと思う。
しかし男はのってきたのか嬉しそうに語り出す。
「……騎士は常に剣を持ってるんでさぁ。剣さばきが悪いその男じゃ斬れやせん」
「なら、どうしたんだ? 男は、何かしたのだろう?」
男はニヤリと微笑み、息を整えて話した。どこまでも意地汚い。だが、私は不快な気分になることはなかった。好奇心というものが、それを上回っていたからである。
何故か俺達しか客のいない茶屋の空気が針積めた。
「…………男は……皇帝を殺したんでさぁ。………皇帝を殺し、男はこう言った。」
―――騎士など所詮戦場でしか意味のない存在だ。その証拠に皇帝を守りきれなかった。お前たちと俺にどのような差があるというのだ。自分の命を投げ打ってでも皇帝に忠義を尽くすというものは、こんなにも粗末なものだったのか。
と。
「……男はどうなったんだ?」
やはり、処刑去れたのだろうか?
「……彼は、死にやした。自分の手で。騎士達に嫌な記憶を刻み込むように。……旦那、これが彼の精一杯の反発でさぁ。」
男は終始けなされ続けてた。
しかし、最後に大罪を、死をもって憎き騎士達に刻み込んだのだ。
―――お前達も無力だ。戦場で守れても、王宮で皇帝を守れないければ意味がない。所詮私と同じなのだ。
と。
命が存在するのは、自分のためでもなく、他人のためでもない。
そんな誰にも答えられない問いを、忘れることがないように何者かがこの碑を立てたという。
それは侮蔑を与えた騎士の誰かか。それとも傍観者の誰かか。そんなことはどうだっていいとでもいうように、碑は今にも崩れ去りそうなほど古びていた。
それが、この地に住むものしか知らない無力だった騎士の碑の話。
私には、何かを成しえたという覚えはない。
こんな私を、誰が心に刻み込んでいるというのだ。
感想・評価はお気軽に。必ずお礼に参りますw