私の私による私のための話
終章前の幕間。
風邪を引いた。
高熱が見せた末の夢は、ひどく突飛で可笑しかった。
なにより、うさぎがしゃべりだすのがいちばんおかしかったのだ。
隣の家のお姉さんが死んだ。そうして、私のお茶会の招待客であるキルレリアも死んだ。
お姉さんが死んでしまった原因を、私が深く知ろうとすることはなかった。彼女の死で一時は辺りが騒然としたものの、次第にそれも薄れていき、緩やかに私は歳をとった。
真新しい流行にそれとなくのり、好きな人は誰だのあの人は嫌いだの噂話で盛り上がり、あのお茶会は私の記憶から霞んでいった。そのことは、同時に私の中から『お姉さん』を忘れさせる他なかった。
お姉さんが死んでからというもの、お隣さんは我が子を無くした悲しみから、一周忌を迎えてすぐに引っ越してしまった。無理もない、同じ街に留まって彼女の記憶を思い出すより、新しい街で少しずつ回復する方が家族にとって最適な選択に違いないから。
そのため、あの出来事から十年たった今、お隣さんは未だに借家で、且つ新しい住人は出来ていない。
――お姉さんが死んだ当時、私はお気に入りの彼女を勝手に持ち出された挙句二度と手に戻ってこないのだと知らされた時のことを思い出した。
薄情者かもしれないが、キルレリアとお茶会ができないことはもちろん、お姉さんの所有物には違いないけれど、自分に何も言わずに連れ出したことが一番腹立たしかったのだろう。大好きだったお姉さんのことをはじめて大嫌いだと口に出した。それも、死んでしまった以上伝えることもできないが。
ふと考える。何故お姉さんは死んだのか。あれは事故だったのか、それとも……。
家族に聞くのもなんだかなあ、と躊躇われた。大好きだったお姉さんのことを今更掘り起こさなくてもいいわけで、なにしろ当時のことについて話すには随分時間が経ってしまった。そんなせいか、私の中のお姉さんは相変わらず優しくて人当たりのいい人のままである。
しかし、こんなことを思い出したところで、本人のことを振り返ろうにも、多少美化されたそれを夢見るだけで、『お姉さん』の本質も何もかもがわからない。
誰もお姉さんの本当などはわからないのだ。
お姉さんのことを思い出した数日後、私は風邪をひき、ひどい熱に魘されることになる。
その夢はひどく狂人じみていて、なんというか頭が大変おかしかった。訳のわからないことを言っては頭を振り続ける者に、とんかちで互いの頭を叩いては喜ぶ双子、何度も落ちたのか全面が粉々になっているたまごもいれば、泣くか笑うかどっちかにすれば?と言いたくなる者さえいる。彼らを総じて『私の夢の中の住人』と呼んだが、だとしても、私はこんなのが深層心理の現れなのだと信じたくはなかった。
しかししてこれは私の夢なので、私の妄想に変わりなく、頭がおかしいのは私だと如実に語りかけてくる。
しかし、 狂いを探し認める度にここが夢なのだと理解することができたので、私は安心して夢の中を探索し続けることができた。私の作り出した空間は時空が狂っているので、あるところでは早朝、あるところでは夕方、あるところでは降り続けている雨と多種多様で、歩く度に景色が変わるさまを見るのはなかなか面白い。
その中で、私は白薔薇に囲まれた庭園で彼女に出会う。頭は兎で、首から下は人間のそれ、無理やり縫い合わせたようなつぎはぎのある懐かしい彼女に。
「キルレリア」
ここに、いたんだね。なんて、私は呟いて、彼女と目を合わせた。
「ワタシの名前を勝手に呼んで、お茶会を邪魔するアナタはダレなのかしら」
あの頃の私のように、お茶会を邪魔されたことを憤慨する彼女は眉をひそめる。そしてお姉さんのように華奢な姿は、たとえ妄想だとしても、私の記憶の中の彼女だと再認識させたのだった。
そして、私は大切な大切なことを一つ思い出す。
電車に轢かれて、首から上としたが離れ離れになったお姉さんを、私は確かに目の前で見ていたということに。
次回最終話です。