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苛立たしげなキルレリアとそれから私

 今日も平素変わらず朝のお茶会は開かれている。


「ねえキルレリア、私ベーグルサンドが食べたいんだけど」

「ワタクシに頼まないで自分でつくったらどうかしら」

 ぴしゃり、キツイ口調でキルレリアにたしなまれる。私は残念がって(勘違いしないでほしいけどこれは彼女の前で必ず行わなければならない“ふり”だ)首をすくめて笑った。

「それじゃあキルレリア、とっておきのお話があるんだけど聞きたくはなあい?」

 ピクリ!と耳をたてて反応を寄越した彼女に私はにっこりと笑った。誰だって『とっておき』の一言を聞けば聞きたくなるに決まっていることを、私は昔から知っていた。

「……ふん、アナタが話したいのならご自由に。ベーグルサンドは用意しないけどもね」

「わかってるってば」

 それから私はあくまでも大袈裟にそのお話を語り始めた――。



 これは私の友達が体験した本当のお話よ。それを頭において聞いてちょうだいね。

 お友だちの名前はリリィと言ってね、彼女は幻想を夢見るのが趣味だったの。例えば、虹の先の終わりの方に行けば、ひとつだけ願い事を叶えてもらえるって信じていたし、彼女に言わせてみれば人は海で呼吸するためのエラ呼吸を忘れてしまったみたいだから、それを思い出そうと湖の近くで毎日お祈りしていたこともあったし、自分が世界で特別な存在だとも思い続けていたとも言っていたわ。

 そんな彼女がふしぎな眼鏡を手に入れたのも今じゃあ運命と呼ぶにふさわしいものだったのかもしれない。このお話の一番大切なポイントでもあるふしぎな眼鏡はね、かけてしまうと本人が考えた通りの光景が広がるそうなの。ほら、あそこにいる間抜け面をしたキルレリアの大嫌いな犬だって、ふしぎな眼鏡を通してみれば凛々しくて頼りになりそうな……そうよ、シェパードに見えるはずだわ!


 あら、犬は嫌いって?これだからウサギはわがままね。


 とにかく、リリィはふしぎな眼鏡をかけていつだって妄想にいそしんでいたの。そんな彼女だから、私にだけ絵空事を並べてお喋りしていたわ。なんども舌を引っこ抜こうとも思ったけれど、それじゃあリリィがあんまりにもかわいそうだからやめてあげたのよ。私って優しいでしょう?


 そうね、いつだったかしら、ふしぎな眼鏡をかけたリリィがこんなことを言い出したのは。

「ねえ聞いて。あたし、昨日と一昨日に一枚の硬貨を見つけたの。あたしは善良で悪のこころを一切持たない市民だから硬貨を落とした人がいないかいろんな人に話しかけたわ。でもね、どうしても見つからないうえにその硬貨があんまりにもきれいだから貰ってしまったの。女王様が描かれた金の硬貨は何度見ても惚れ惚れしたわ! ……それからしばらくして、その硬貨の持ち主が現れたの。相手はあたしが夢見た王子さまたち以上にかがやいた人よ。あたし、舞い上がっちゃったんだけどそれから悲しくなって泣いたわ。だってこの硬貨を渡してしまったらあたしがこの硬貨を自分のものにしようと考えていたことがばれてしまうじゃない!!」


 リリィはわあっ!と泣き出したわ。わんわん泣いて、しくしくと泣いて。私はかわいそうに思って虹色のユリのお話をしてあげたの。

 キルレリアも知っているでしょう?何色にでもかわれる虹色のユリのお伽噺。そのユリにお願いをしてから眠りにつくと願った夢が叶うってことを。


 リリィはそのお伽噺を聞いた次の日に安らかな表情を浮かべて死んでいったわ。


 うふふ、そう、リリィはそのお話の最後をかわいそうに知らなかったのね。だって虹色のユリのそばで眠りにつけば幸せな夢を見て死んでいくんだもの!

 加えてかわいそうなのは、リリィが見た一枚の硬貨は錆び付いた銅貨で、王子さまは痩せ細った物乞いで、虹色のユリはただの一面に咲いたビニールハウスのなかのユリだった、ってことね!!

 わたしはあんまりにもリリィがかわいそうになったのと一緒にリリィの夢がかなってよかった、って笑ったの。

 だってリリィってば私に泣きついていた頃は絶望に染まっていたって言うのに、ユリの中で死んだ顔を見たらあんまりにも幸せそうで、希望しか見えない表情を浮かべていたんですもの。



「ね、これで私のとっておきのお話はおしまいよ。キルレリアは満足したかしら?」

「混ざりきらないミルクが浮かんだ紅茶を飲み干したみたいに後味が悪いわよ」

 あらら、それは残念。私は今度こそ本当に残念そうに笑った。

 確かにキルレリアのお皿のうえに乗ったケーキは一口分だけしか手がついていないし、紅茶に入れる角砂糖の数はいつにも増して多くて、溶けきらない分がソーサーのうえに乗っかっている。

 一口紅茶を口に含んだキルレリアはそれで、とため息をついた。

「結局アナタの言いたいことは何だったのかしら、かわいそうな妄想癖が、あくまでも妄想の中で最後を遂げた、悲劇的に喜劇的なお話? それともあなたがヒトゴロシをしたお話?」

「やだなあ、どっちも違うよ? 私がしたかったとっておきのお話は、キルレリアじゃあそんな結末になれない、キルレリアに選択できない可能性のお話だわ。だって、キルレリアならリリィみたいな夢のなかの世界なんて夢見れないでしょう?」

 私がにこにこと笑って言うとキルレリアは悪趣味ね、と苛立って目を伏せた。どうやらこの先に話しかけてもキルレリアはまともな反応を返してくれないらしい。まあ、私も飽きてしまったから構いやしないのだけども。


 キルレリアとの朝のお茶会は平素変わらず開かれている。私は次からはベーグルサンドを持ってこようとさっき決めた。

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