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七つの大罪  作者:
8/20

憤怒

テーマは「怒り=憤怒」。

うまく表現できているか不安です。

「好きよ……あなたが大好き」

 キミの小さな赤い唇から洩れる甘いあえぎ。抱くたびごとにポキンと折れてしまいそうな華奢な身体。舐めたら瞬時に融けてしまいそうな、そんな砂糖菓子みたいに甘くて白い滑らかな肌。キミのすべてがボクを虜にして狂わせる。何度も何度も激しくキミを愛して貪ってそれでも足りない、全然足りない。それはキミも同じようで……。


「ずっとあなたと一緒にいたい」

 潤んで艶やかに光るヴィリジャンの瞳。まるで翠色のガラス玉がはめ込まれたように、眩い輝きを放ってボクを捕えてやまない。昼も夜もずっとずっと片時も離れず一緒にいたいのはボクも同じさ。

「でも、あの人が怖いの……私からあなたを奪ってしまう」

 光を湛えたキミの瞳が暗く翳を落とす。


 ──知っているよ、アイツだね。こんなに愛しあっているボクとキミを引き離そうとしている憎い奴。

 あのヒステリックな喚き声、怒りに歪んだ醜い顏に乱れた髪、僕を見つめる狂気に満ちた血走る双眼。

 思い出すだけでも反吐が出そうだ。

「お願い。私を置いてどこにも行かないで。ひとりぽっちにしないで。あなたがいない間にあの人が私に何をしているかあなた知っていて?」

 可憐で小さな唇から不安気なかぼそい声が洩れる。

「私に対して……とても口にはできない恐ろしい言葉を叫びながら、髪を引っ張って殴る蹴る……」

 キミの小さな身体が恐怖のためにふるりと身震いする。


「そして……私を抱き上げたかと思うと、いきなり床に叩きつけるの……」

 ──ああ……なんてことだ! そんな虐待行為が許されて良いわけがない!

「大丈夫だよ。もうボクは何処へもいかないから。もうずっとキミの傍にいるじゃないか」

 長い睫毛は伏せがちに頬に影を落として、キミのその深翠の瞳からはらはらと涙がこぼれおちる。ボクは力の限りキミを抱きしめ、なだめるように絹糸のように見事な金色の髪を撫でてやる。キミのぬくもりを感じながら腹の底からふつふつと湧きあがってくるのは、アイツに対する憎しみと激しい怒りだけ。心にも身体にも深い傷を負ったキミをボクのベッドに優しく横たえる。


「待って……どこに行くの? お願い、ひとりにしないで。あの人がまたここに来るかと思うと、私とても怖いの」

「大丈夫、心配しないで。もう二度とキミを傷つけたりしないように、ボクが護るから」

 ベッドの中で恐怖に震えるキミ。ボクはその愛らしい唇に優しくそっとキスを落とす。

「静かに待っていて。すぐ終わるから」

「ほんとうね、ほんとうなのね?」

 本当だよ? こんなに怯えて今にも壊れてしまいそうな、まるで硝子細工みたいなキミを傷つける奴はボクが許さない!

「私おとなしく待っているわ。だからはやく戻ってきてね」

 キミに不安を与えないようにボクは笑顔で頷いた。

 そう、今日で終わりだ。ボクからキミを取り上げるなんて、そんなこと絶対に不可能だってことを思い知らせてやる!

 滾る怒りを押しとどめ、固く両の拳を握り唇を噛み締めてボクは自分の部屋のドアを閉めると一歩、また一歩踏み出した。憎いアイツの許へと。


「……最近、奥さんと息子さんの仲はあまりよろしくなかったと」

「……はい……ええ、まあ……息子がヘンな人形に固執しているのを、妻が快く思ってなかったのは確かでした」

 家族の引き起こした重大事件の連絡を受けて、急遽自宅に戻ってきた父親。普段めったに入ることのできない息子の部屋を見て愕然とした。

 なぜなら室内は夥しいほどの人形と、その関連グッズで溢れていたからだ。

「人形?」

「はい……いわゆる球体関節人形というものでして……自由にカスタマイズできるというのが息子の気に入ったらしく……」

「なるほどね……球体関節人形でカスタマイズ……」

 刑事は聞き慣れない単語の連発に内心戸惑い、理解不能の外国語を聞いているように抑揚なく繰り返す。そしてベッドの上にまるで寝ているかのように横たわっている一体の人形を無造作に掴みあげ、じろじろと隈なく視線を這わせた。


「なるほど、よくできた人形ですな」

 憂いを帯びた翠の瞳、豪奢なドレス、蜂蜜色の流れるように滑らかな髪。

「息子は自分の好みに合わせてパーツをオーダーしていたようです。なんでもネット通販で見つけたようで……」

 刑事はひとつため息をつくと、興味無さ気に人形をベッドの上に放り投げた。

「その息子さんはどれくらい前からご自宅に引きこもっていらしたんですか? 取り調べをした者によると息子さんはかなり興奮していてなかなか事情を聞き出せないので」

「……なんだってあいつは自分の母親を……」

 刑事の質問は上の空。父親はショックのあまり両手で顔を覆うとへなへなと床へくずおれた。


「心中お察しします……。息子さんはかなりこの人形を溺愛していたようですね。人間の、まるで自分の恋人のように」

「そんなバカな……」

 父親は頭を両手で抱えて激しく首を横に振る。

「高校に入って1ヶ月ほどは学校に通っていたのですが……それ以降ぷっつりと家に引きこもるようになってしまって……原因はわかりません。不登校になってかれこれ1年半ほど経ちます。妻も必死になって息子を学校に通わせようとしましたが、却って息子との関係がこじれるばかりで……終いには妻の方がノイローゼ気味になってしまい、かなり精神的に参っていたと思います」

「なるほど。わかりました。その時ご主人はどうされていましたか? 奥さんの相談にのったりとか、息子さんと話合ったりとか」

「とんでもない! 私は仕事が忙しくてそれどころじゃありませんよ! 重役ともなると家のことなど二の次です。刑事さん、あなただってそうでしょう? 息子のことは妻に任せてありますし、妻もすべて自分がやるからと」


 心底意外な質問をされたとばかりに父親は刑事に冷たい一瞥をくれた。そしてそんなことはどうでもいいとばかりに今度は逆に矢継ぎ早に質問を始める。

「刑事さん、妻の死因は……」

 刑事は言いにくそうにひとつ咳払いをする。

「まだ正確な死因は判明しておりませんが、遺体の状況からすると、両手で首を強く締められたことによる窒息死です。いわゆる絞殺ですな」

「本当に息子がやったのでしょうか? だれか他の人間が家に忍びこんで殺したとか……」

「ご主人、お気持ちは痛いほどわかります。が、これは疑いようのない事実です。息子さんがはっきりと自分がやったと証言しているのですからね」

「……そんなバカな……!」


「息子さんは繰り返しこう言っています。アイツが……きっと奥さんのことだと思いますが、そのアイツがボクの大切なキミを虐待しているから、ボクからキミを取りあげようとしているからやったと。キミというのがその人形のことだと言っておりました」

 父親は絶望的に小さく叫ぶと、その唇から悲痛な嗚咽が洩れた。

「場合によると息子さんには精神鑑定が必要かもしれませんな。さあ、ご主人、辛いでしょうがこれから署までご同行願います」

 刑事が父親を抱きかかえるようにしてゆっくりと立ち上がらせると、父親は身を震わせて呟いた。

「……ったくバカなヤツだ! 私の面子も世間体もめちゃくちゃにしてくれて! できそこないのバカ息子が!」

 父親のやり場のない憤怒が全身から湧きたつように発散されているのがわかる。

 刑事は呆れたようにため息をついた。

 ──この親にしてこの子あり、だな。

息子と父親、2人の怒り=憤怒を書いてみましたが……。

難しいですね。

人間とドールの境界がわからなくなってしまった、病んだ少年の狂気もイマイチかな。

次話は「強欲」。一気に時代モノになります。


お読みくださり、ありがとうございました。

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