暴食Ⅴ
「お集まりの皆さま。今宵は当川村家にお越しいただき誠にありがとうございます」
煌びやかなバカラのシャンデリアの下、髪を撫でつけ上背のあるがっしりとした体躯の当主・川村有良伯爵が満面の笑みを湛えてパーティーの開催を告げる。中年期にさしかかり、相応の年月をその容貌に刻んではいるが、彼の美丈夫ぶりは若き日の名残りをとどめ、さらに深みを増して熟成された魅力を醸しだしている。
「本日は長男絵麻緒の成人祝いにお越しいただきまことにありがとうございます」
まるで宝石をばらまいたかのように広間に散らばる豪奢な礼服に身を包んだ紳士淑女たち。その好奇と倦怠と羨望が入り混じった数多の視線が一斉に有良に集中する。高揚感極まっているのか、有良の額には汗が滲み、それでも平静を保とうとして一呼吸吐くと、両脇に控えていた二人の子供達の腰に腕を回し引寄せる。愛する子供達の顏を見て落ち着いたのか満面の笑顔を浮かべる。
「そして、今宵はもうひとつ、皆さまにご報告がございます」
有良がもったいぶるように言葉を区切り、横に控えている瑠都を一瞥する。彼女はその視線に気付いているのかいないのか、つんと正面を見据えたままだ。先刻絵麻緒に引き裂かれた黒いドレスとは打って変わって、光沢のある薔薇色の派手なドレスもまたその美貌に映える。
「我が最愛の娘瑠都と、この度、帝都を代表する××銀行頭取ご令息、諸菱勲君との婚約が相成ったことをここで皆さまにご報告させていただきます」
紹介され来賓の一群の中から現れた一人の青年。年は絵麻緒よりもわずかに上だろうか。ずんぐりとした体形、可哀そうなくらいに赤面している顏にはびっしりと玉の汗が噴き出ている。令息というよりもいきなり晴れの場に招待されてとまどっている庶民といった印象の諸菱勲がぎこちなげに瑠都の隣へ寄りそう。川村家の美形家族の横に並ぶと、その醜悪さが一層際立ってしまうのが悲劇だった。
帝都最大の銀行頭取の令息と伯爵家令嬢との婚約。
この予想外のビッグニュースに広間を埋め尽くしていた来賓からどよめきと拍手がわき起こる。有良が指示する絶妙のタイミングで、給仕の者たちが俊敏な動作で来賓たちに次々とシャンパンの入ったグラスを渡してゆく。仕掛けられたサプライズに興奮と驚愕の入り混じった、様々な表情を晒す来賓の顏はそれこそ見もの。有良、絵麻緒、瑠都、勲もそれぞれ配られたグラスを手にすると、
「それでは皆さま。今宵のこのめでたきひとときに乾杯!」
グラスが高々と天に向かって掲げられ、一同は歓喜とともに祝福の杯を飲み干した。