色欲Ⅲ
轟々と音をたてて猛烈な勢いで火が踊る。赤い灼熱の炎はまるで押し寄せる波のように荒れ狂いうねり爆ぜ全てを燃やし黒々とした煙を煙突から吐き出してゆく。
当主が交通事故で即死という災難に見舞われた諸菱家。その騒ぎも一日の終わりと共にとりあえず落ち着きを取り戻した深夜。沙田は屋敷裏の巨大な焼却炉の前にじっと佇み、大人一人くらいなら楽に入れそうな重い鉄の扉を開けて、何を思うか、炉内で燃え盛る火をじっと見つめている。
「うまくやったぜ」
足音も無く背後から近づいてきたのは、身につけた服からも身体からも強烈な異臭を放つ、見るからに浮浪者風の矮小な男。
「恩に着るぜ兄貴。これが今回の報酬だ」
沙田は軋む扉を閉め、ゆっくり振り返るとスーツの懐から厚い紙包みを取りだした。
「ブレーキの細工は完璧だった。当主は即死だそうだ」
「そりゃそうだろうよ。俺の仕事にぬかりはねえさ。それよりもおまえの方はどうなんだ? 誑しこんだ奥方とはちゃんと続いてるのかよ?」
「フン、ちょろいもんさ。あの雌豚なら心配ない」
両腕を組み、地面に唾を吐く沙田の端正な顏に下卑た笑みが浮かぶ。いつもの家令然とした風貌は見る影もなく、今までひた隠しにしていた野卑で粗暴な素顔が現れた。
「計画は大成功だな。お前はそのツラと頭活かして屋敷に乗り込んで女手なずけて、俺は人様には言えない仕事をする」
「そうだな。あの家はもう俺無しでは機能しない。あの女は俺のいいなりだし、息子はまだほんの子供だ。そのうち家業を継ぐことになるだろうが、それは俺には関係ない。あの家と女さえ手に入れば……」
「金は俺達の思うままだ」
二人の男は目を交わすとにやり、と不敵な含み笑いを浮かべた。さすが兄弟。見た目はまるで正反対の容貌のはずが、悪辣な笑みは寸分違わぬ卑しさである。
「前の家令をやっちまった時は冷や汗ものだったぜ。うまく病死にみせかけたけど、いつばれちまうんじゃないかと生きてる心地がしなくてよ。それにしてもおまえもよく化けたよなあ……貧乏人の俺達が……おまえが立派なお屋敷の家令様とはね」
「兄貴とは頭の出来が違うのさ」
「フン、何とでもいいやがれ。でもまあ、ここまでたどり着いたのもお前の演技のおかげだしな。しかし、ここの家のヤツもよくもまあ、胡散臭いおまえを雇ったもんだ」
「はん、見た目は立派なお屋敷でも中の人間は腑抜けて腐ってるからな」
侮蔑を込めて言い放つと沙田は左手に持っていた紙包みを兄の眼前にちらつかせる。
「ほら、早く受け取……」
沙田が最後の言葉を発するのと、男が小さく呻き声をあげるのが同時だった。兄と名乗る男は自分の仕事の報酬を受け取ることなくずるりと前のめりにくずおれた。
足許の固く冷たい地面にうずくまって倒れた男を、沙田は乱暴に蹴りあげる。ひっくり返ったその左胸には小型のナイフが深々と突き刺さっていた。
「フン、これで最後の仕事が完了したってわけだ。金はすべて俺のもの。たとえ実の兄貴とはいえ、いつ裏切るかわからねえからな」
沙田は紙包みを再び懐にしまう。刺した傷口から血が噴き出る前に、素早く男の躰をずるずると引きずってゆく。巨大な焼却炉の前まで運ぶと、静かに重い扉を開け、なんの逡巡もなく男を燃え盛る炎の中へと押し入れた。そして何ごともなかったかのように再び鉄の扉を閉める。金属の重みで軋む耳障りな音が闇に響き渡った。
「やった。やっと手に入れた。女と金。色と欲。これからは思う存分生きてやる!」
釣り上げた口角からは押し殺してもなお止まらない忍び笑いが洩れる。ひとしきり笑い、踵を返してゆっくりと屋敷に向かって歩き出した沙田の顏は、いつもの怜悧な家令然とした表情を取り戻していた。
「七つの大罪」完結です。
テーマも趣向を凝らしたつもりですが、
やはり難しい&ネタ切れ…(>_<)
ちなみに、瑠都・直美・絵麻緒・真理也は聖書から。
どれも心清らで正しき人・都市の名を拝借しました。
沙田はサタンにちなんだつもりなのですが…。
今度はめちゃめちゃ明るいモノを書きたいですね…ネタ絞り出さないと。
お読みくださり、ありがとうございました。




